表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無碍なる塔の前世持ち    アンチ光属性 底辺からの異世界職業行脚 或いは人牛の件  作者: いちめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/22

14 経糸 エーギル

 おかしなガキだ。昨夜の売上を報告に来ているのはクロノ。見目だけならば珍しくはないだろう。素直に流れる水色の髪に意志の強そうな濃紺の瞳、水汲みもこなせない華奢な手足。相応の齢になればすぐに客がつく。髪はここへきて切り揃えて整えたが、下街のガキらしく胴着一枚。言葉遣いが悪いのも下々には良くある。舐められないように、男を萎えさせるような悪態もつくに違いない。それをこましゃくれたと感じるのは間違いだ。背伸びをしているのではない。あれはむしろ逆。

「先行経費分はこれで賄えた筈っス。ここからは利益に計上させて頂きまして~で、利益配分なんですけどね」

 昨夜の売上もそれなりにあった。クロノが提案した「西都美人案内所」。私娼に勝手をされているとは言ったが、本当にそれを何とかしてくるとは。当然初めは何の戯言だと思った。何しろこの西都のほかの娼館と合同でそれを設けろと言い出したのだから。

「私娼は娼館経営側全体の問題でしょ?料金的には店がマージン取ってる以上、個人事業主には敵わない。敵わないからと言って娼女を安売りするのは悪手なのは分かるよね。店の質が落ちるし、娼女には負担が大きい」

 通常、店舗では金額の交渉はしない。娼女の値段は店が定めた通りだ。一方、私娼はその値を交渉で決める。だからと言って店外で予めそれを掲示しろというのは受け入れられるものじゃない。

「逆にこのスタイルなら一店舗では意味がないでしょ。その店に行けばいいだけなんだから。だったら、業界全体で盛り上げて新規顧客を確保して従来客を呼び戻した方が良い」

 この商売を理解できているどころか、競合店の関係さえ超える案を出してきやがった。勿論すぐに了承した訳ではない。そもそも何故姿絵なのか分からなかった。それでも費用を幾らか出したのはリビュートのところで「養子にしたい」そこまで言わせる何かを見てみたかったからだ。クロノはそれに応えたと言える。姿絵など娼女が「絵を描いてもらえるの?お貴族様みたいじゃない。凄いわ!」喜ぶだけでで意味がないと思ったが、試しに描かせたという出来栄えに唖然とした。その姿を留めおく常の姿絵ではない。威厳や気品とは無縁。扇情と蠱惑、暴力的に情欲を呼び起こすそれは姿絵の概念すら覆してきた。

「この姿絵が二〇も三〇も並んでるのを想像してよ。じっくり見たいし、本物にも会ってみたくなる」

風に揺れる灯が妖しく艶しく姿絵に表情を浮かばせる様は女など見慣れているにも拘らず圧巻。それを見て他店にも話をつけた。手間もあったがその甲斐はあった。クロノの奴は絵師の爺を連れてその全てを回ったらしい。手始めに各店でも売り上げを誇る娼女達から姿絵を仕上げていった。蓋を開ける前から結果は見えていた。

 馴染みの客は戻り、全くの新しい客が来始めた。新規の客というのは年長者に連れられてと言うのが多いものだが、それとは関係なくだ。金が足りなくて女に袖にされるのは沽券にかかわるから、それなりに余裕がなければそもそも娼館には来ない。それが足を運ぶ。これほどの需要を見落としていたとは。売上が上がり始めたのはうちの店だけじゃない。今や西都の男で「案内所」を知らぬ者などいない。都内で声を拾わせている耳に寄れば、お忍びで足を運んだ貴族も数があるのだとか。二の手、三の手があるとすると本業を喰いかねない勢いに、リビュートの奴もとんでもねえガキを見つけてきたものだと思った。


 今日、船が着く。本業は代々の海運業になる。一度傾いたと言うよりはドブの中から力ずくで引き上げた商会だ。商会の船団が南海の嵐に消えたのはまだ俺が十代の頃。莫大な負債を前に、それまでの全てが引っ繰り返った。先代の商会頭は僅かに残った財と共に姿を消した。親父は家族に全てを擦り付けて行ったのだ。名義の関係か、値すらつかなかったのか、残った倉庫とボロ船一艘で、泥水を啜る様にして這い上がって来た。命は何度も賭けた。危険を冒し、何処も引き受けたがらぬ仕事ばかりを選んで今ここに居る。賊も殺しも辞さぬとの噂は絶えた事がない。あれから十数余年。娼館も賭場もとなりふり構わずやって来たが、食う事に窮さず、再び貴族の衣を纏っても俺はきっとまだあそこにいるのだろう。その俺と、あの日の俺と同じ選択を5才の幼女がしてのけた。

「面白いもん見せてやろうか」

 船の荷を下ろす手筈が整ったと伝令が来た時、ちょうど執務室に居たクロノに倉庫や人足斡旋、各所への伝令を用立てながら言った。最近ではクロノに俺の隠し子疑惑が出ているらしい。そのクロノを連れて港へ向かった。

 大型一艘に護衛艦二艘が港に帰ってきている。常ならば一艘で二、三日は荷下ろしにかかる。西都よりも小さな港なら荷下ろしに時間がかかって船が入港待ちをする事もある作業だ。が、今回は交易が目的の航海ではなかったから荷の量はたかが知れている。兵士に曳かれた四頭立ての竜車が入って来た。荷下ろしは続いている。先に帰される兵や便乗の船客がぱらぱら降りて散っていく。

「これからが主役だ」

 捕獲した魔物を船で西都に運べ、それがエリトゥラへの要請だった。往路、討伐の兵らを乗せてゆくのと併せての仕事。季節的に辺境領のある東南洋方面は荒れる。こんなくだらない仕事を受ける商会は少ないからウチに話が回ってきた。有り余った財で大なり小なり命の掛かる航海を買った奴がいたのだ。そう言うろくでもない仕事でも金にはなる。

 見上げる甲板上に昇降機が据えられて、よーいほーいと掛け声で大型の檻が運ばれてくる。檻は板で囲われているので中は見えない。それを兵士が囲む。港側には四頭立ての竜車が横づけされた。直接荷台に檻を下ろすのだ。檻の中から劈く様な嘶きがおこり、囲いの板が悲鳴を上げる。竜車を付けたままの騎竜が怯えて身じろぎするのを御者が宥める。年相応にクロノが拳を握って一歩下がった。

「何あれ?」

「人牛だ」

 人牛などと言っても、ただの雷牛を見間違えたのだろう。捕獲はうちの仕事ではないからそれっぽい死体を持ち帰るのだ、そう思い込んでいた。

「辺境に出た奴?」

この幼女はまたも驚かせてくれる。何処から聞き込んできたのか。

「知ってるのか?」

「難民の子が言ってた。本当にそんなものが居るの?」

「こっちも半信半疑だったがな」

 報告を受けた今も信じられない。檻にロープがかけられて吊り下げ式の昇降機に取り付けられてゆく。少々手間取っているようだ。昇降機が悲鳴を上げている。あれではもたない。

「昇降機もう一台設置しろ!」

護衛に付いていたゲリオスが向かい、クロノと二人並んで待った。

 俺の腰の高さで風に水色が流れる。クロノを連れて来たのは「あらあら、妬けるわね」フリューネが言う程度には気に入っているからだろう。二台の昇降機に吊り下げられて浮いた檻が揺れる。重心が動いているのだ。揺れが落ち着くのを待つ。

「あれから無事を確認しにも来やしねえぞ」

 クロノの親の事である。

「だろうね」

予想済みとでも言いたそうな口調で少しの動揺も与えられなかったのがわかった。この界隈では親に売られてくるガキなんざ珍しくもない。夫に売られてくる妻も、家族のために自分を売りに来る女も居る。男でも女でも売られてきた奴らに尋ねている事が一つある。

「家族を助けてやりたいかい?」

そのために自分の全てを差し出す気はあるかと。それだけの価値があるのかと。答えは否応の二つしかない筈だ。が、その答えがどうであっても結末は変わらない。最初から受け入れてる奴も、怯えて役に立たねえ奴も、泣いて怒りをぶつける奴も変わりゃしない。最後にはここのルールを受け入れて生きてゆくしかないのだから。そのどちらでもない答えを選んだのはこの幼女が初めてだった。

「奴隷にはならない」

 世の中には買手さえ良ければ奴隷になった方が楽な暮らしもあるのにだ。リビュートが示した好条件にも飛びつかない。その手から人生を手放さないという答え。奴隷にならずに済むのなら、その対価を生み出して見せる、と。そして実際にこの幼女はそれを成すのだろう。

 板で囲われた檻がぎちぎちと音を立てて降りてくる。愚かだが娼女には迎えが来ると夢見てる奴も偶に居る。いつか家族が金を貯めて迎えに来てくれる筈と。そんな日は来ない。恐ろしい程稀にそういう事があったとしても、それが上手く行くことはない。一方で腹をくくって娼女として成り上る奴もいる。年季を務めあげるまで身体をもたせ、財を成す。そのどちらも結末は同じだ。娼女だった、奴隷だった人間が元の暮らしの中でどう扱われるかに気付くのだ。在った事は決して無かったことにはならない。そして一番多いのはただ泥の中に沈んでゆく者。

 そのどれともクロノは違う。何が違うのか。恨みでも無い、見返してやりたいでも無い。そして諦めている訳でもない。責任は本人にとらせろ、か。そんな言葉が5才のガキがの口から出るとは。

「リビュートはお前を買ってはいる。ヤツが言ってた魚人ってのもそうだろうな」

思うのだ。そんなクロノがこれからどこへ行くのか。

「お前はここから何を目指す?」

 そいつは俺自身があれからずっと考えている所為だろう。俺はこれで良かったのだろうか。違う道があったんじゃないのか。似たような立場にあったリビュートを気にかけ、折々に報告させていたのも、もしもあそこに居たのなら俺はどうなっていただろうと思うからだ。だから見てみたい。俺ではないこいつが心のままに何処まで行くのか。その為にこいつが何を成すのか。

 重量のある音がして檻の底が竜車の荷台に付いた。御者が押さえ込んでいるのに騎竜がもがく。ロープが昇降機から切り離されると兵らが竜車の側に檻を固定してゆく。檻の中身が身じろぎしたのか竜車が揺れる。横板の一枚だけが外された。獣と血、糞尿の臭いがぶわりと漏れる。差し込んだ陽の光に檻の中身が後退って、また竜車が揺れた。荒い獣の息遣いが聞こえる。生きている。臭気の元を覗き込む。獣の檻の筈なのに中に居た人と目があった。ザンバラの髪の隙間から濁った二つの目。泡涎が滴る先は糞にまみれた蹄があった。

「……こいつぁ………」

同じものを見ていたクロノが呻く。気色の悪いそれを認めて、確認書を兵らの指揮官に差し出す。これが俺の仕事。俺の終着先。クロノ、お前の終着先は何処になる?

「無碍、かな」

それがクロノの答えだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ