10 商品開発請け負います
いや、思ったよ?ええ。アイギースの願いの力になりたいって思いました。でもさ、よくよく考えなくても無理ゲー。住むところなくて、病気で、定職についてなくて、この先どうしていいか何一つ見えなくて。ヘスティアと黒髪兄妹の境遇はクソ人生なアタシも真っ青などん底以外の何物でもない。打開策も何もなぁ……。本人達も考えてはいるのだろうが、難民の人達の問題は病気、請負契約、住まい(生活環境)、仕事(収入)。で、その内、病気はまず無理。アタシは「前」世で医療関係者だったりしないので確実に不可能。アタシが可能性としている考えている病ならば伝染はしないのだが、それを証明もできない。請負契約に関しても袖なしの幼女には口どころか手も足も出ない。後は入都を断られている住まいと保証人が居ない仕事。難民の一部は西都に伝手があるのだったか。
流石にアイギースも5才の幼女に丸投げという訳ではなく、元々腹案はあったらしい。
「西都に水上都市の交易拠点を置く許可を得た」
以前、アイギースを唆したあれである。仕事早っ。貴族街に宝飾品等の高級品を取り扱う外交拠点を一邸、市街に輸入商品を扱う店舗を一軒設ける予定らしい。が、決まったと言ってもアイギース自身が未だ宿住まいで準備もこれからと言う。話の流れに嫌な感じ。まさかと思うが助けたい全員を雇うつもりじゃないだろうな。
「それはアイギースがそこで彼らの面倒見てやるって事?アンタ、聖人通り越してバカだろ。商人のやる事じゃねえ」
この世にどれだけ難儀している奴が居ると思っているんだ。そこまで光属性のヒロインカラーに入れ込んでいるのか。そのような事では全てを失って自分が奴隷になる日も近い。ディオが憑依したような悪態をついたアタシにアイギースは不思議な笑みを浮かべた。何ソレ?
「違うな。俺が提示できるのはチャンス、までだ。そこからは本人次第」
機会?は?どうにもならない現状に変化をもたらす、それだけ?
「お前、仕事になるものを考え付くの得意そうだし、何か無いのか?」
確かにアタシはそんな事ばかりやってきてますがね。「前」世の記憶ってだけで、考え付いた訳じゃないけれど。単純に考えれば、アイギースが西都に水上都市の商業拠点を準備する間、食い繋げる収入源を捻りだせという事なのだろう。が、それだけでもないような口ぶりに
「そりゃ考えるのはいいけどさ……」
首を傾げながらも了承した。
まずはと言いますか、一肌脱ぐとアタシから言い出した黒髪兄妹に収入を得させること。あくまで当座だが、これは出来る。元々アタシのお使い業はディオ以外の人間を入れるつもりだった。まず身綺麗にさせて、読み書き計算ができるなら別動隊にしてもいい。が、如何せん一人ではできる事に限りがあるのよ。と、いう訳で協力を願うしかない。誰にって?そりゃ、勿論。
「魚人と行っちまうんじゃなかったのかよ」
長屋の前で捕まえたディオが恨みがましい目で言った。結婚云々で喧嘩したままだったから怒ってるよね。クロノは前の記憶が戻るまで、母さんが出歩くのについて回っていたから遊び仲間がいない。アタシに手を貸してくれるのはディオしかいないのだ。正直に言った。
「アタシ5才だし、結婚の約束とかできないのと同じで、魚人の街になんか行けないよ」
そっぽを向いたディオの耳がひくりと動く。
「頼れるのディオだけなんだ。アタシのお願い聞いてくれないかな?」
「……魚人に頼みゃいいじゃねえか」
んー。やっぱり?では、と言いにくさをもじもじと態度で示して
「アタシ、アイギースには「こんな事」、頼まないよ」
言った。「こんな事」に反応したディオに素早く近寄って耳元で囁く。
「ディオにだけもう一回、裸見せてあげるから、一緒に公衆浴場に行ってくれないかな?」
瞬き一つできなくなった真顔がかくかくと頷く。貧血起こさないでね。ほら仲直りできましたー。あー良かった。
公衆浴場で待ち合わせたディオが目を瞬いている。アタシが一人ではなく黒髪兄妹を連れているからだ。ディオが混乱している間に湯銭を払っておく。
「公衆浴場の使い方を教えてあげてほしいの。ちゃんと洗ってるかディオが確認してね」
「え?」
前回同様に全員分の衣類を奪って回収。
「………………俺にだけもう一回って話は?」
「一回目アタシ、二回目黒髪妹ね。頭も尻もちゃんと洗ってあげて。揉むなよ」
ぽいっと黒髪妹をディオに預ける。
「揉まねえよ!」
瞬間的に黒髪兄が妹を取り返す中、火を噴く勢いで否定された。そうか?一〇年後ぐらいに揉んどきゃ良かったって後悔すると思うぞ。
「じゃ、アタシ洗濯行って来るわ」
流石にこの人数分の洗濯は公衆浴場で出来ない。身綺麗にさせた上で簡単に読み書きと足し算を教える。
嬉しい誤算は黒髪兄が予想外に字と計算を覚えるのが早かったことだ。ヘスティアが読み書きできるので練習させるとの事。市の出店を書き留めた木札を見ながらお使いをする方法を教える。これで計算と料金収受は年長の兄にやらせよう。あとは営業かな。風呂に入って身綺麗にした黒髪妹はさらっさらの黒髪に黒目がちな瞳、攫われるレベルの可愛さだった。
「笑え」
妹は大丈夫だが。んー。人には向き不向きがあるね。「やっぱいい」兄が不愛想な分、妹を育成する事にしよう。ツインテールとかにしちゃおっかな~。
「「必要なのか?」」
ディオと黒髪兄の両方から疑問の声が上がるが、必要でしょう。アタシみたいに営業用似非ではなく、天然光属性は宣伝には貴重よ。
「黒目、黒髪お手伝い~」
「くろめ、くろかみおてつだいー」
「買い物お使いお任せくださーい。はい、ずっきゅん」
「ずっきゅん。これでいーのー?」
ポーズを教え込む。ディオと兄、立ったまんまで死亡確認。効果は絶大だ。
「いーよー」
このままなし崩し的にディオに指導させる。その間アタシが何やってたかって?あー忙しい。
ここで驚きの事実が発覚した。
「は?」
門外の野営地から戻った後、リビュートにとんでもない事を聞いたのだ。アイギースはヴァティカの貴族だと言うのである。情報収集を行う国使随行商人なんて普通ではないと思っていたが、マジかー。難民を何とかしてやりたいって、お貴族様なら何とでもできるではないか。
「お貴族様なんて聞いてないよ!私は態度を改めた方が宜しいのでしょうか?」
この事実にヘスティアは震えあがった。まあ、こちらが普通の反応。アタシは「人の上に人を作らず」の記憶があるから感性がずれているのだ。
「……敬語を使えるお前の方が驚きだよ。付き合いを変える必要は無ぇ。俺もこっちの方が楽だから」
それは兎も角、アイギースが救ってやりたいのなら、
「もう、全員アイギースが雇えばいいじゃない?」
と思う。ちょっと裕福なだけの商人だと思っていた時とは違う。お貴族様は使用人も必要だろう。西都に入れるように手を尽くしてやることもできるんじゃない?住まいだって提供してやればいいじゃないか。ついでにアタシの問題も何とかしてくれよ。が、アイギースは言った。
「言っただろ?施しで何とかするんじゃなく、機会を与えるだけだって」
何となくアイギースが手を出す基準がわかって来た。アタシが自分の力で人生を何とかしようとしたから、アイギースは手を貸してくれているのだ。ならば、彼らは?考えながら言った。
「じゃあ、あいつらが何か作ったら魚人の店で買い上げてくれたりする?」
その理屈なら製品化するための開発費はアイギースが援助してくれるはずだ。
「物による。ウチに相応しいものなら尚いい。だが魚類の干物なんかどこでもできるだろうしな」
ヴァティカの店で扱うならば水産加工品。真珠やサンゴの工芸品にこの前他の魚人が扱っていたような食品類だろう。さらに言うならアイギースが店舗を準備するまでに出店でも売れる物が良い。そもそも西都は商港であって漁港ではない。その上で収益が上がるほどの商品を用意できるかどうか。四世帯分の収益か……アタシだって欲しいところだが、今はあいつらが先だろうな。
「目新しい水産加工品とかかな……」
思い当たらなくもないな。売れるか…?迷いはある。が、何もしないよりはまし。勿論彼らがやる気なら。
ヘスティアとその父は万策尽きていたのだろう。アイギースの申し出を二つ返事で受け入れた。元は農民でも売れる物が作れるのなら働き口がない者で作ってゆきたいと。身内でやるのなら病人でも可能な手伝いができる。ぬう。責任重大でやんす。そういう事でアタシが提案したのは蒸し料理である。
「料理なら好きですから」
どういう訳か西都には蒸し料理が少ない。テリーヌみたいなものや蒸し野菜は陶製の蓋付鍋に少量の水と共に入れて竈にインする。この竈は「前」でいうパン焼き釜とかピザ釜に近い。即ちオーブン。煮る時は上が開いている竈に陶製の鍋を落とし込む形か炉火に吊り下げ鍋を使う。どちらも蒸すのに向いていない。蒸し料理が少ないのはその所為かもな。ここ野営地の竈は石を積んであるだけなので大きさが変えられるし、焚火もできる。で、だ。ならばこれは珍しかろうと。
「こんな料理は作った事が無いわ」
アイギースに買わせたのは鶏卵に新鮮な白身魚、この辺りではあまり見ない芋である。更には蓋付の寸胴鍋と簀子。これでヘスティアに試作を頼む。はい。もう分かりましたね。そう。チクワとはんぺんです。
5才のアタシより手際が良いのは当然だが、料理が好きというだけあってヘスティアはアタシが口で説明しただけでそれをこなしてくれた。骨を取り除いて解した魚の身と卵の白身、塩少々を石の擂鉢で練り上げる。半分に分けて片方には更に摺り下ろした芋を混ぜる。東からの輸入品で「隣国のミノスでは栽培しているし珍しくないぞ」とアイギースが言う芋はアタシが市場で味見してチョイスした。卵白と塩だけの物は木の棒に纏わせて直火で炙る。芋が入った方は形を整えて簀子に並べた。鍋に少なめの湯を沸かしたら脚になるものを入れて簀子を下ろす。
こちらにも魚のすり身を使った料理はある。が、つみれみたいにスープにいれるだけで単体で食すのを見た事は無い。
「ん!」
先に焼きあがったチクワを味見してヘスティアが口を押える。その手からチクワを取り上げたアイギースも一口。
「これは…」
おいー。間接キスかよ。しかもヘスティアの初々しい反応に気付いてねえし。こっちが恥ずかしくなるわ。そうする間に蒸しあがったはんぺんも皆で少しずつ頂く。
「クネルに似てるわね」
クネルはスープに入れる奴な。摺り下ろした芋が入っているからクネルとは食感も味のまろみも違うはずだ。
「こっちはさらに炙ってガルムで食べるのもいい。生姜やネギもあうしね」
ガルムは魚醤な。あとは余ってしまう卵黄の有効活用。卵黄と言えばマヨネーズとかカスタードクリームだよね。マヨネーズはお酢と油だけでいいが、「前」とは違うので卵の生食は危険が伴う。「前」でも海外では卵の生食は無理だった。加熱はするのでカスタードクリームの方がまだ安全ではあるが、今度は砂糖がない。砂糖も蜂蜜も甘味は超高級品。あーでも、ビールを作ってるから麦芽糖はアリだな。南部せんべいに付いているのを食べた事がある。あれ?上手くすると一財産築けるかもしれないぞ…。というのでこれは内緒。そこで
「鶏がらのスープを足して、小さめの器で器ごと蒸してみて」
はい、茶わん蒸しです。洋風の味付けになるけどね。先の二品でアタシのレシピに納得したのだろう。ヘスティアがささっと動いてこれも作ってくれる。
「この器の料理は中にキノコとか今作ったチクワとかチーズやハムを入れてみても美味しい。こっちは器ごと売る高級路線でいってもいいね」
夫々完食して一考。うーん。具次第ではプディングに近いのか。塩加減や芋や卵白の分量費はヘスティアに一任する。それぞれを食してからアイギースは無言。
「どうよ?買うかい?」
「……買い入れよう」
イエイ!依頼達成!
原価からの販売価格設定や魚、卵や芋の定期納入、量産体制はアイギースとヘスティアでやっていってほしい。販売宣伝に関してあと少し手を貸すことになりそうだが、店舗を立ち上げるまでにはどれも何とかなるだろう。ヘスティアも周りの人々も頷きあう目に小さな希望が宿っていた。
「これで頑張ってみます」
ああ。上手く行くといいね。いや、満足頂いて嬉しいわ。アタシもアイギースに雇ってもらえないかな。商品開発担当とか。前世知識で無双とかいいじゃん!で、貯めるだけ貯めたら――なんていうのが甘かったんだろうな、多分。アタシは他人の事で忙しくしている場合ではなかったのだ。
体制が整いつつあることに気分を良くして帰った夕方、うちの長屋の前に人垣ができていた。知らない男達が喚いている。
「金を払えば何の問題もねえんだって」
「恨むんなら旦那を恨むんだな」
ゲハゲハと笑うその足元に弟を抱いた母さんが蹲っていた。何の事は無い。騒動の元凶はウチだ。騒ぎに出て来ていた近所の人達からは「酷い事を…」「女子供は関係ないじゃないか」声は上がるが誰も手を出そうとはしない。ああと思った。借金とりだ。いつか来るだろうとは思っていた。収入の範囲で暮らせぬのならそれを増やすか借りるしかない。ただし借りたものは返さなくてはならない。単にそれだけの事なのだ。アタシに目を止めた母さんが小さく叫ぶ。
「クロノ!」
男等の目が向いた。
「ああ、娘がいるって話だったもんな」
「今」世には借金の取り立てと言っても電話督促も張り紙する嫌がらせもできないから、直接こういうことになるのか。
月が昇っていた。蒼の月は高く、朱の月は地平から顔を出したばかり。地面に這いつくばった母さんは自分達がどうなるのかと考えているのだろう。今、こうなって初めてそれを考えている。
(……やっぱりね)
この人は本当に何も考えずに来たのだとアタシは残念に思った。怒鳴られても殴られても、いつかこんな事になると露ほども思わずに。
「クロノお金を……」
母さんがアタシに訴える。少しでも返済すれば今日の所は帰ってくれるだろうと。貯金はアイギースに預けたままなのは幸いだった。アタシの持ち金なんか焼け石に水。ここで出すほど馬鹿じゃない。理不尽な目に遭っているという母さんの涙はまだ綺麗なままだった。
「嬢ちゃんにも来てもらおうか。お父さんに金返してもらうだけだかんね」
借金は父さんの方ですかい。
「可愛げねーな、泣かねえじゃねえか」
男の一人がアタシの髪を掴んで吊り上げる。髪につられて爪先立った。アタシ自身の体重に耐えきれず髪がぬちぬちと抜けて痛みが走る。
「クロノ!」
人垣からの叫びは、ディオだ。「クロノを離せっ」暴れるのをディオの母ちゃんが押さえつけているようだ。面倒ごとには関わるな。ディオの母ちゃんは正しい。絶対にそちらへは目を向けない。男を眺めた。
「父さんは何処?」
「へえ、肝の座ったお嬢ちゃんだな」
アタシと母さんと弟は父さんが待つという事務所へ連行された。
アタシの住まいは古い所だったから壁から直接電話線が出ていた。電話機の側も留守番電話などない古いものでジャック式のタイプではなかった。この電話が一〇分おきに鳴る。電話に出るまで鳴り続ける。電話をとると相手は女の声で何事も無いかのように言うのだ。
「〇〇ファイナンスです。お父さんかお母さんはいますか」
消費者金融からの電話だ。アタシは言う。なるたけ子供らしい舌足らずな感じで。
「今出かけてます」
「お父さんかお母さんが帰ってきたら電話があったと伝えてください」
電話が切れる。また一〇分後に鳴る。寸分違わぬやり取りが繰り返される。それに出なければ出るまで鳴り続ける。朝九時から夜七時まで。古い電話は呼び出し音を切ることが出来なかった。さらには受話器を上げっぱなしにしておくと警告音がなるものだったから、鳴らしっぱなしにしておくか電話に出るしかなかった。
小学校から下校して家に帰ると電話が鳴っている。電話に出ても一〇分後にはまたかかってくる。座ってゆっくりとすることもできない。好きな本を読んでいても一〇分おきに邪魔をされる。弟と母はよく夕方まで外出していた。二人がいる時に電話が鳴ると母は言った。
「アンタが電話に出なさい」
アタシも最初は嫌だと言った。親あてに電話がかかってきているのだから親が出るべきだ。
「大人だと都合の悪い事もあるから子供の方が良いの。その位お手伝いしてくれてもいいじゃない」
父か母が電話に出れば借金をいつ返すかそういう話になるからだ。返す当てなどなかったのだろう。電話が鳴ると母は言った。
「ほら、早く出てよ。煩いじゃない」
確かに煩い。随分と近所迷惑だったろう。アタシは電話の音が聞こえないように電話を毛布でくるんだ。呼び出し音はそれでも漏れて金を返せと騒ぎ立てる。
「用事があってかかってくる電話もあるのだから、出て頂戴よ」
毛布はすぐに取り除かれた。母が大好きな宗教活動の連絡が入るのだ。アタシ達姉弟の学校の連絡網の電話もある。アタシは電話をとり続けた。
「〇〇ファイナンスです。お父さんかお母さんはいますか」
「今出かけてます」
毎日。毎日。未だにその声が耳に残っている。いつでも再現することが出来る。
ある時、同じように電話に出たが、相手がすぐに消費者金融を名乗らなかったのでこちらも黙っていた。更に沈黙。アタシは電話に向って犬の鳴き真似をして受話器を下ろした。うふふと笑った。もうその時にはアタシは少しおかしくなっていたのだろう。後日
「電話で犬の鳴き真似をされたって言っていたわ、子供がいたずらしてるって。あなたでしょう」
「僕じゃない!」
弟が疑われていた。アタシは知らない顔をして、胸の内でうふふと笑った。
その日も電話は鳴っていた。頭に音が響く。珍しく弟も母も家にいた。
「煩いから早く電話に出て」
一〇分おきに電話に出るうちに嫌になってきた。弟も母も居るのにアタシだけが電話に出なければならない理由は何だろう。
「子供の方が都合が良いっていうのならアタシじゃなくてもいいじゃない!」
母は言った。
「そんな可哀相な事させられないわ。ほら早く出てよ」
アタシの中身はぐにゃぐにゃになって、「わっ」とか「ぎゃ」とか意味のない叫びを上げながら、鳴り続ける電話を床に叩きつけた。受話器が飛んだままもう一度持ち上げて叩きつける。壁から出た電話線の長さだけ飛んで落ちる。外れた受話器で本体を殴りつけようとして突き飛ばされた。
「電話が壊れる!」
滅多に声を荒げない母からバチバチと叩かれながら、アタシは吠えた。
それから幾らも立たずに、世の中の電話はほぼすべてジャック式になった。呼び出し音を消すことが出来る電話機ができて、今や学校の連絡はメールの一斉送信だ。あの借金を父母がどうやって返したのかアタシは知らない。おかしくなって暴れたアタシをダシに親族から引き出したのだろうと思う。あんな事でも一つだけ学びがあった。一つ。何事にも優先順位があるのだと。




