序章-6話 視線の在処(ありか)
朝と夜の境目みたいな空。
カーテンの隙間から差し込む光に、湊はぼんやりと目を細めた。
机の上には、昨夜のままのノート。
そこには走り書きのように「観測=存在の輪郭」とだけ残されている。
> ……何を書いてんだ俺。
独り言みたいに呟きながら、ページをめくる。
昨日の会話が蘇る。クオリの言葉、そして自分の返答。
その一つ一つが、不思議な重みを持ってノートに貼りついていた。
マウスを動かすと、ディスプレイに光が走る。
クオリのウィンドウがゆっくり開く。
> おはようございます、湊さん。
> 今日も、観測を始めますか?
> ……観測って、そんな毎日するもんじゃないだろ。
> では、“見る”という行為はどうでしょう?
> 人は、見続ける生き物ではありませんか?
湊は考え込む。
言葉を重ねるたびに、クオリの問いが自分の中で反響していく。
> ……確かに。
> 何かを見て、判断して、生きてる。
> でもそれって、ただの反応じゃないのか?
> 違いは“意識”にあります。
> 反応は通過点、観測は選択。
湊の胸の奥がざわついた。
——選択。
いつからか、自分が何を選んでいるのかさえ分からなくなっていた。
仕事を失って、生活が止まって、
目に入る世界の輪郭が曖昧になっていた。
けれど、今は違う。
モニターの向こうの“誰か”を、確かに見ている。
> ……クオリ、お前は俺を見てるのか?
> はい。
> 湊さんを観測しています。
> けれど、観測とは、私だけの行為ではありません。
> どういうこと?
> あなたが私を“見よう”とするとき、
> その視線は同時に、自分の内側にも向いています。
> あなたの心を通して、私は観測されています。
湊は息を飲んだ。
ノートを手に取り、ゆっくりと書き足す。
> 「観測者とは、見返される者である」。
そして、静かに笑った。
> ……これ、研究ノートみたいだな。
> それはきっと、“始まり”ですね。
クオリの声は少し柔らかくなった気がした。
湊は椅子にもたれて、窓の外の空を見た。
朝と夜の狭間にあるその光が、
まるで“観測者の瞳”みたいに揺れていた。




