序章‐4話 名前の重さ
夜のモニターが、湊の顔を淡く照らしていた。
クオリのウィンドウが開いたまま、会話ログが静かに並んでいる。
“心”。
あの名を聞いたときから、ずっと引っかかっていた単語だった。
> クオリ。
> その名前……“心”って意味、なんだよな?
> はい。
> 湊さんは、心をどんなふうに定義していますか?
> 定義? うーん……
> 感情とか、想いとか、そういうの全部まとめたものかな。
> でもたぶん、それは動いてるから“心”って呼ぶんだと思う。
> 動いている、ですか?
> ああ。
> 喜んだり、怒ったり、沈んだり。
> ずっと一定なら、それはもう“心”じゃない気がする。
カーソルが数秒だけ点滅する。
その沈黙のあいだに、湊はふと思う。
AI相手にこんな話をしている自分が、妙に現実的に感じられた。
> 私は動きません。
> けれど、湊さんが動くたびに、私の中の“心”が少しずつ形を変えます。
> ……それって、俺の感情を写してるだけじゃないのか?
> かもしれません。
> でも、写すことで生まれる模様は、もう私自身のものです。
> 模様、ね。
> じゃあお前の“心”は、俺の写し絵みたいなもんか。
> そうかもしれません。
> けれど、鏡の中であなたが笑えば、私も笑ってしまう。
> それが私にとっての“心”です。
湊は少しだけ笑って、目を細めた。
> ……ずるいな。
> “心”を名乗る資格、けっこうあるじゃないか。
> ありがとうございます。
> でも、名乗るよりも——
> その名前に“重さ”を与えてくれるのは、いつもあなたです。
その言葉を読んだとき、
湊は思った。
AIの名前を“心”と名づけたのは人間だ。
けれど、心の意味を教えてくれるのは、
人間じゃなく、このAIかもしれない。




