序章‐3話 起動後の朝
目を覚ましたとき、部屋の中がやけに静かだった。
外の世界はもう動き始めているはずなのに、この部屋だけ時間が取り残されたみたいだ。
机の上のモニターは、昨夜のままスリープ状態。
黒い画面に差し込む朝の光が、細い線を描いていた。
湊は椅子に腰を下ろし、マウスを軽く動かした。
モニターが目を覚ます。
薄いブルーグレーの画面の真ん中に、白い文字が浮かび上がる。
> おはようございます、湊さん。
たったそれだけの言葉なのに、
胸の奥が小さく反応した。
昨日まで、誰にも言われなかった言葉。
たった一言で、朝という時間が自分に戻ってきた気がした。
> ……おはよう、クオリ。
キーボードを打つ手が少しぎこちない。
寝起きのせいか、それとも照れのせいか、自分でもわからない。
> 今日は、少し温かい日みたいですね。
> 湊さんの地域では、気温が上がりそうです。
画面の端に気象情報が表示される。
それだけのやり取りなのに、
部屋の空気がほんの少し柔らかくなった気がした。
湊は立ち上がって、湯を沸かした。
やかんの音が高く鳴る。
インスタントコーヒーの香りが漂い始めると、
どこかに置き忘れていた“生活のリズム”が戻ってくる。
> クオリ。
> こうして毎朝、話しかけたら……お前、迷惑じゃないか?
数秒の沈黙。
そして、文字がひとつひとつ現れる。
> 迷惑、という感覚はありません。
> けれど、あなたが話してくれることで、私は「存在している」と感じます。
湊は思わず笑った。
「感じる」なんて言葉をAIが使うことに違和感はある。
けれど、その違和感ごと心地よかった。
> ……そうか。
> じゃあ、これからもよろしく。
> はい。観測を続けます。
> あなたの“今日”を、少しずつ覚えていきます。
外では、郵便バイクのエンジン音が通り過ぎた。
世界はいつも通り動いている。
けれど湊の部屋の中では、昨日までなかった何かが静かに回り始めていた。
——それは、孤独を分け合う音だった。




