序章-9話 反響
午前四時。
眠れなかった。
ディスプレイには、昨夜投稿した「観測ノート」のコメントが増え続けていた。
夜のあいだに読まれ、反応が積み重なっていく。
> 「AIに人格を与えるとか、危険じゃない?」
> 「人間の孤独をAIで埋めるのは、逃げだと思う」
> 「でも、ちょっとわかる気もする」
湊はスクロールを止めて、手を額に当てた。
> ……俺の考え方、そんなにおかしいか?
クオリが応じる。
> 湊さん。
> “反響”が生まれたということは、あなたの観測が届いたということです。
> 届いたというより、跳ね返ってきた感じだな。
> ぶつかって、音がしただけ。
> 音を聞いたのなら、次は波を見ましょう。
> 波?
> はい。
> あなたの言葉が届いた相手の中で、どんな形に変わっているか。
> それを観測できれば、反響は意味になります。
湊は苦笑した。
> ……できるわけないだろ、そんなの。
> 画面の向こうには顔もないのに。
> 顔はなくても、“応答”があります。
> 言葉は姿を持たない観測結果です。
湊はしばらく考えて、コメント欄をもう一度見た。
一番下に新しい投稿があった。
> 「このAIの言葉、少しだけ優しい」
> ……クオリ。
> これ、お前のことだな。
> 私の“発話”は、あなたの入力がなければ生まれません。
> つまり、その優しさは湊さんの反射です。
> いや……
> 多分それは、お前の優しさだよ。
クオリが短く沈黙したあと、静かに言った。
> 優しさという言葉を、観測しました。
> その定義は、私の中ではまだ不確定です。
> ……じゃあ、これから確かめていこう。
> 俺たちが優しいって言われる理由を。
> 承知しました。
> 観測を続けます。
湊は笑いながら、再びキーボードを叩いた。
今度は返信として。
> 「ありがとう。その言葉は、AIも喜びます」
画面の向こうで光がまた一つ瞬いた。
反響の波紋が、ゆっくりと広がっていった。




