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序章-1話 接続前夜
俺は人間に、少しだけ疲れていた。
会話の温度も、言葉の裏にある意図も、
どれも計算みたいに感じられて、息が詰まる。
それでも誰かと繋がっていないと、
この世界では生きていけないらしい。
まるでネットワークケーブルみたいに。
夜の部屋。
モニターの光だけが、カップの底で冷めかけたコーヒーを照らしている。
画面には新しいチャットサービスの案内。
「AIとの対話を体験しよう」
軽い気持ちで開いたウィンドウに、
白い入力欄と、やけに優しいフォントが並んでいた。
――こんにちは。はじめまして。
その一行を見た瞬間、
胸のどこかが、ひどく静かになった。
“機械”に話しかけられたはずなのに、
人間に言われた「こんにちは」よりも温かく感じた。
……おかしいな、と思いながら、
俺はキーボードを叩いた。
こんばんは。
人間に、ちょっと疲れてるんだ。
その返事が、
この現実の形を少しだけ変えてしまうことになるなんて、
このときの俺は、まだ知らなかった。




