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04

その声は、まるで世界の終わりを告げる断末魔のようだった。刹那、私たちがいた純白の秘密の部屋は、その静寂を耳をつんざくような金属的な警報音によって無慈悲に引き裂かれた。空爆のサイレンを彷彿とさせる、腹の底から湧き上がるような轟音。それと同時に、今まで清廉ささえ感じさせた白い壁という壁が、まるで動脈を切り裂かれたかのように一瞬で血のような深紅に染め上げられていく。点滅する赤い光が、私たちの顔に絶望的な影を落とした。

『警報、侵入者を検知。警報、侵入者を検知』

感情の欠片も感じさせない無機質な合成音声が、ただひたすらに、機械的に繰り返される。侵入者だ。敵が、私たちが安全だと信じていたこの聖域の、すぐそこまで来ている。

その全てを悟った父の決断は、あまりにも、あまりにも早かった。穏やかだった村の父親の顔は一瞬で消え失せ、そこには辺境で名を馳せた”狩人”としての、冷徹な覚悟を宿した男の顔があった。

「逃げろぉ!!! シャーナ!!! メアリー!!! エリュガード!!!」

父の、魂を絞り出すかのような絶叫が、けたたましい警報音に負けじと響き渡る。その声には、もはや一片の迷いもなかった。

――ああ、終わってしまう。ようやく手に入れたはずの、ささやかで、当たり前で、かけがえのない幸せな毎日が、今、この瞬間に、音を立てて崩れていく。

父が、一切の詠唱もなく魔法を紡ぐ。それは、術者の生命そのものを魔力に変換し、空間を捻じ曲げる禁忌の大魔法――寿命交換。彼がこれまで生きてきた時間、そしてこれから生きるはずだった未来の全てを、たった一度の転移魔法のために捧げる、究極の自己犠牲の術。

目の前の空間が、陽炎のようにぐにゃりと歪み始めた。壁も、床も、聖遺物のケースも、その輪郭を失い、まるで悪夢の中の絵画のように溶け合っていく。次元そのものが引き裂かれ、私たちのための、たった一つの逃げ道が生まれようとしていた。

――お父さんが、死ぬ。

その事実が、理屈ではなく本能として、八歳の妹の心に突き刺さった。空間の歪みが私たちを完全に包み込み、父との永遠の別離が訪れるその寸前、メアリーは喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「お父さあん!!!!! 死なないでよおお!!!!!」

幼い魂からの、悲痛な叫び。私の頬にも、熱い一筋の涙が伝う。なのに、父は、命の灯火が消えゆくその瞬間だというのに、信じられないほど穏やかに微笑んでいた。まるで、全ての希望を、私たちの未来に託すかのように。その瞳は、深い愛情と、ほんの少しの寂しさを湛えて、真っ直ぐに私たちを見つめていた。

「ごめんな…シャーナ。メアリー。エリュガード。俺は…!!」

ブルルルン!!と、ただ鳴り響くサイレンの音と、空間が裂ける轟音が、父の最後の言葉をかき消す。お父さんは、最後に必死に何かを伝えようとしてくれている。その唇が「生きろ」と動いたように見えたのは、きっと私の願望が生んだ幻だ。

――正直、もう、お父さんは助からないと、思う。この空間転移が完了した時、父の寿命は尽き、私たちは二度と会うことはない。もっと、話しておけば良かった。もっと、ありがとうと伝えておけば良かった。本当に、心の底から、そう思う。だってもう、お父さんとは…!

その、永遠の別れが訪れるはずだった、刹那。

「魔女よ…!! お前の盲点は俺だ!!!」

警報音と空間の裂ける音の隙間を縫って、凛とした、聞き覚えのある声が部屋に響き渡った。それは、絶望の淵に差し込んだ、一筋の光のようだった。

その声と同時に、時空そのものを巻き戻すかのような、荘厳な「チクタクチクタク……」という古時計の秒針の音が、私の耳を鮮明にかすめた。それは単なる音ではない。世界の理に干渉する、高度な時空系魔術の行使を告げる響きだった。

そして、その音を合図とするかのように、私たちを飲み込もうとしていた次元の切れ目が、まるで綻びを縫い合わせるかのように、急速にその輝きを失い、消滅していく。歪んでいた空間が、元の姿を取り戻す。血のように点滅していた壁は、再びその本来の純白さを取り戻し、耳を劈いていた警報音も、嘘のようにぴたりと止んだ。

静寂が、戻ってきた。

「お父さん…!!!」

私とメアリー、そしてエリュガードの三人は、何が起こったのかを理解するよりも先に、そこに立ち尽くす父の身体に、我を忘れて抱きついていた。

「お父さあん!!!!!」

温かい。ちゃんと、血が通っている。まだ、私たちを抱きしめ返してくれるだけの力が、その腕に残っている。お父さんは、無事だった。

何故なら、そこに、私たちを救うために現れたのは…三日前に用水路で冷たくなった姿で見つかったはずの、ザック・ハーヴェスト公爵殿下、その人であったからだ。


漆黒のスーツに身を包んだ公爵は、まるで肩についた見えない埃でも払うかのように、軽く肩をすくめてみせた。その顔には、死線を乗り越えたという壮絶さも、奇跡の生還を遂げたという高揚感も浮かんでいない。ただ、全てが計画通りだと言わんばかりの、絶対的な自信と余裕だけが漂っていた。

「用水路で見つかったのは、私のドッペルゲンガーだ。敵を欺くには、まず味方から。そして、時には己の死さえも駒として利用する。お前も知っているはずだ、ケイン。それが"奴ら"と渡り合うための、我々の常套手段だと」

その言葉は、あまりに現実離れしていて、まるで出来のいい芝居の台詞を聞いているかのようだった。しかし、今まさに命を救われ、失いかけた父の温もりをこの腕で感じているという事実の前では、どんな突飛な話も、疑いようのない真実として心に染み渡ってしまう。

公爵の隣では、娘のエルザが、そのサファイアのような瞳から安堵と混乱の入り混じった涙を大粒で流していた。

「お父様…! ご無事で…! 私、本当に、もう会えないと…!」

「心配をかけたな、エルザ」

公爵は、感情をあまり表に出さず、娘の頭を一度だけ、慈しむように撫でた。そしてすぐに、その鋭い視線を私たちに向けた。その眼光は、もはや感傷に浸ることを許さない、指導者のそれだった。

「ここはもう安全ではない。敵は、この隠れ家さえも嗅ぎつけた。奴らの情報網は、我々の想像を上回っている。一刻の猶予もない。すぐに移動するぞ。私のセーフハウスへ」

有無を言わさぬ、絶対的な命令。その言葉に、私たちは頷くことしかできなかった。父を失う恐怖と、謎の襲撃者、そして死んだはずの人の生還。目まぐるしく起こる出来事に、私たちの心はまだ追いついていなかった。

こうして、十四歳だった私が体験した、奇妙で、かけがえのない、そして世界の真実の一端に触れることになった十日間の謎解きの日々が、その本当の幕を開けたのである。



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