お前かあああ
ハンバーグを食べながら、俺は警察署周辺を伺う。
目に入るだけでも、3段階目らしいのが200程度いるし、それどころか更に巨大な、推定4段階目なのだろうモンスターが9体も確認できてしまう。
「顔からしてゴブリンジャイアントに、あれは1つ目のサイクロプスってとこか? あと、毛むくじゃらのデカい奴は多分トロールだな。それらが3体ずつとか本当もう……」
それら3種の大きさは、どれも警察署の建物の4分の3ほど。
マンションとかなら6、7階かそれ以上の高さがある。
各々手に持つ棍棒も、一体どこで用意できんだよってくらいのデカさで、一振りで建物なんて崩壊させてしまいそうな迫力だ。
単体でどれほどの殲滅、攻城能力があるのか考えたくもない。
「それ以外も、厄介そうなのがいっぱいだし」
目立つのは上記の3種として、他にもゴブリン3段階目……まぁ、ゴブリン殺しさんに習うならゴブリンチャンピオンに、オークの進化形、兵士みたいに鎧着込んでるからオークソルジャー。
リザードマンにワームっぽいのもいるな。で、あれがミッチーの言ってたコボルトか? 思ったよりデカイから、ハイコボルトってとこか。あと、サイクロプス程の巨体ではないが、一体だけ怖いくらい威圧感のある鬼……多分あれがオーガなのだろう。
てか、あの2本角のオーガは格段だな。
存在感が他のと違い過ぎる。
いつか見た王気みたいな感じがしてならない。
ありゃ一体何段階目なんだ?
もう考えるだに恐ろしい。
とにかくそんなのが諸々盛りだくさんなのだ。
勝ち筋なんてまるで見えない。
モンスターと違って、こちとら足○区民が一丸となって対処に当たる段階ではない。
ステージとしては、大分先の話なるだろう。
これで諦めるなとか、どの口が言える。
「それでも、警察はやらないとならないんだよな。ああ、無情」
俺の気持ちとしては、もう丸投げ。
この状況を打破できるか、食事しながら高みの見物と洒落込む気満々だ。
「あああああっ!」
そんな時、俺のいる松○に、さっき見かけてしまった頼りない警官が1人駆け込んで来る。
俺は慌てて、警官を店内に引き摺り込み、とりあえず口を押さえて、いっそ窒息死させてやろうか真剣に悩んだ。
こんなモンスターから間近な場所で、大声出す馬鹿がこの世にいても害悪にしかならないだろう。
いや、いっそモンスターの前に特攻させて、その間に逃げる方が建設的か。
「ちょっとお前、警察署に突っ込め。俺逃げるから」
「この人いきなり何言ってるの!?」
手を振りほどいたと思ったらすぐに大声出してくる馬鹿。
俺は容赦なく殴っておく。
こいつは、音を立てない密かに行動するとか出来んのか!
「だ・ま・れ」
「それはあんたが殴るからで! いだ!?」
「だから、黙れっつってんだろっ」
ふざけんなよこんちくしょう!
こんな奴の暴走で巻き添えなんて死んでもご免だからな!?
俺は、カウンターの内側から外の様子を伺う。
…………大丈夫。
モンスターは、今警察署攻めに専念してる。
こちらに意識を削ぐ気はないらしい。
助かった。
俺の幸運は、果たしてどこまで続くのか。
「あ! あんた店のもん勝手に!」
「だから騒ぐな! 死にたいのか!」
「いでっ!? また殴った! 警官殴るとか窃盗と公務執行妨害で現行犯逮捕するぞ!」
「やかましい! むしろ俺が、お前を殺人幇助で死刑にしてやりたいわ!」
何か?
こいつモンスターの手先か?
警官じゃなくて、モンスター教の信奉者か何かか?
だから、奴らに居場所知らせて手助けしようって腹か?
いや、もはやそうでなくてもマジ殺したい。
こんな殺意は、三蔓城の野郎に抱いて以来だ。
あの野郎も、何食わぬ顔して、俺に屁を浴びせてきたり、自分のノリだけでバシンバシン叩いてくるような奴だった。
それでも飽き足らず、勝手な行動ばかりとってやがって、おかげで何度危ない目にあったことか……
ああ……動悸がする。
心が乱されて物に当たりたくなる。
ガスガスサンドバッグにして死ぬほど殴りたい。
それか、銃で撃ちまくりたい……
「まぁまぁ、気を落ち着きなって。 騒いだらあいつらに見つかりますよ?」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
お前が言うか!?
お前が言うか!?
お前が言うのかあ!?!?
次の瞬間、俺は無言で警官の首を掴んで、静かに力を入れていた。
「え!? ちょ!? マジか!? や、やめ! うそ!? ぐぐぐっ!」
ジタバタ抵抗してくる警官。
その力は思いのほか強く、決めるに決めきれない。
ちっ、後ろから一気にヤるべきだった。
俺は、警官から手を離して、馬鹿の顔に自分の顔を近づけて言う。
「騒ぐな。いいなド阿呆」
「ゲッホ! ゲッホ! りょ、了解」
首を抑えて咳き込む馬鹿を威圧しておいて、俺は再度周辺を確認。
状況が動いていないことを理解し、警察署対モンスターの成り行きを見守ることにした。
はぁ、疲れる……
「な、なぁなぁ」
「黙れ」
「いやいや、どうしても教えてほしいことがあって」
「知らん」
「そんなこと言わずにさぁ」
「煩い」
「取り付くヒマないなこの人……」
それは、島だ。
やはり馬鹿らしい。
ゴブリン並みの馬鹿だ。
教える義理もないが。
「ん?」
そこで、ようやく目に入ったものがある。
警察署のベランダだ。
あそこの影から、多分狙撃しようと拳銃を構えているように見えた。
「おい、警察署には何丁の銃がある。ライフルはないのか?」
「……あんた、人の質問には答えないのに、自分は質問してくるんだな。あるのは拳銃だけだ。数なんて知らない。てか、ただの警察署にライフルなんてあるわけないだろう?」
「ちっ、使えねぇ」
拳銃だけじゃなく、もっと弾のデカい銃があれば、まだ立方体の撃ち抜きも出来たかもしれないのに。
やはり警官らは攻撃手段に難があるな。
……マイガン、真剣に欲しいなぁ。
「しかし、何でさっきから小康状態が続く。あれだけのモンスターの数なら余裕で警察署制圧できるだろうに」
さっきから見てるが、お互い動きが無さ過ぎる。
攻めるならさっさと攻めて、逃げるならとっとと逃げればいいのに。
「ああ、何かあいつら銃が怖いみたいなんだ。化け物からしたら、突然隣のやつが死ぬもんだから、理解できなくて動けないみたいなんだよな」
「なるほど…」
まんまファンタジー世界のモンスターだからな。
当然銃なんて知らないか。
それと、俺は別に警官に訊いたつもりでもない独り言だったが、まぁ、答えるというなら聞いておこう。
「ん? いやいや、あいつら馬鹿だろう。隣の同類が死んだところで気にした風ではなかったぞ。それなのにモンスターが攻めるの躊躇するのか?」
自宅マンションじゃ、次々2階から飛び降りて次々足を怪我してたし。
3段階目の赤鼻だって、相当の馬鹿だったし、そこそこ大きなスーパーに単騎で乗り込んでくるようなチームプレー皆無な奴だった。
それが、同種が近くて死んだからって気にも留めないはずだ。
「あー、それはあれ。あの鬼みたいなの」
警官は、俺がさっき見たやたら威圧感のあるオーガを指差す。
「あれ、一番最初に撃ち殺した奴なんだけど
、あ、知ってる? 化け物共殺したら生き返るんだぞ? いや、焦ったね。間違いなく頭とか腹とか撃ち抜いてんのに生き返るとか。本当死ぬかって思ったわ。しかも、何か強くなっちゃうし。で、今度こそ! って、もっ回殺してもやっぱり生き返っちゃってさ。それを繰り返してる内に、気づいたら何かあんなヤバイのになっちまったわけ。怖いわ〜」
「……ああ、それは心底酷いな。で?」
「で? でって?」
殴っていいかな。
俺、攻めるのを躊躇してるのか、って聞いたよな?
しかも、話があっちこっち散らばって、自分の感想まで入ってるし。
……てか、非常に気になるのだが、何か言い回しが、まるでお前が最初のモンスターを殺して、更に殺しまくったから、あんなヤバい雰囲気のオーガになった、みたいに聞こえたんだけど、俺の勘違いか? そうだよな?
「あ、ああ! そっか! でな? あの鬼が、やたら頭良くってさ。しかも、他の化け物達全員に逆らえないような命令ができるみたいなんだよ」
「頭がいい? 逆らえない命令?」
驚天動地の言葉だ。
モンスターの頭がいいなんて。
いや、その可能性があると考えてはいた。
少なくとも、ただのゴブリンとゴブリンシャーマン、その上のチャンピオンとでは、行動力と理解度に僅かばかり差があった。
子供でもしないような失敗をするゴブリンと、魔法を使い、簡易的な鍵の構造を理解するシャーマン。
更に、何ゴブリンかは掴めなかったが、赤鼻ゴブリンも、俺の言葉や意図を読み取ろうとするくらいの頭はあったように思える。
だから、4段階目にはより賢くはなるとは思っていた。
でも、頭がいい、という表現が出てくるとは思わなかった。
しかも、逆らえない命令?
要は、あのオーガは指揮権を行使し、あの1000の軍勢を率いているということか?
あの格段馬鹿のモンスターの集団を?
「勝てるわけがない……」
だって、命令とは何かすらも理解出来なさそうな暴力第一主義なモンスターに、攻めるのを中断しろ、と制することができるってことだ。
そんな統制力のある集団を、多少の人数でどうにかなるとは思えない。
それに、もしかしたらではあるが、もっと厄介な話なのかもしれない。
ここに来る途中にいたオークだが、あれらが何故か一斉に動き出したことがあった。
何か意思目的のある動きに見えたし、しかも、誰かに言われたから動いた、そんな雰囲気があったのだ。
もし、あの一斉行動が、当該オーガからの命令だったとすれば、ある程度の距離があっても、命令を伝達できる能力でもあるってことにも成り兼ねない。
そんな迅速な指揮系統を含めた絶対命令権を有しているってことは、やろうと思えば特攻命令も出せるし、表で牽制しつつも裏から侵入させる、なんて搦め手も使えるかもしれない。
「うっそだろ……」
悪く考え過ぎなら、そう言ってくれ。
そんな一丸となった集団……いや、軍隊を相手に出来るわけないだろう。
もはや絶望的な戦力差じゃないか。
「……で? お前がその最初のモンスターを殺しまくった奴だと?」
「あ、気付いちゃった? そうそう! 何を隠そう俺が最初に化け物を撃ち殺した男なんだよ! いや〜、これもう俺英雄だよな!」
「おおおまええかああああああ!」
「い゛!? なん! だからちょまっ! うえ!? それ何!? 鈍器!? そんなん有り!? いやいやいやいや止めて! それ絶対死ぬ! 確実に死んじゃうやつ!」
「黙れ! お前が馬鹿みたいに撃ち殺しまくったから、たった数時間で全滅の危機なんだろうが! ちっとは自重しろ! そして今すぐ、死ねえええええ!」
俺は、メイスを振り回し、この世の害悪の殺処分を試みる。
しかし、この害虫、なかなかに小回りが利いて捉えにくい。
あんまり騒ぎ過ぎたら、あのオーガがこっちに向けて何体か寄越してしまうやもしれん。
「ちぃっ! いいか。お前は自覚しろ! 英雄? 笑わせるな! お前の考えなしが、この馬鹿げた包囲戦に繋がっていることを!」
「わかった! わかったから! 俺が悪かったきら! だから殺さないでええええ!」
こんの野郎!
まったく反省しとらん!
死にたくないだけの言葉なんているか!
死にたくないなら責任とって、お前が特攻しかけろよ!
死ぬ覚悟で、オーガを止めてみろよ!
「この畜生が!」
吐き捨てるように言って、俺はその場に座り込む。
奴らの戦力は圧倒的だ。
恐らく、こいつ以外にも他の考えなしもいたのだろう。
だからこそ、4段階目だろう巨人モンスターが9体もいるのだ。
ついでに言えば、赤鼻ゴブリンと違って、何か毛色の異なる進化をしているゴブリンもいるから、何かしらの進化先を変動させる条件もあるのかもしれない。
何にせよ、オーガが攻めると決断した瞬間に勝敗は決するのは確定的に明らかだ。
「……いや、だとしたら、本当に何で攻めあぐねる?」
絶対命令なら、特攻させまくって警察を消耗させればいいし、そうでなくても一斉攻撃を仕掛ければ勝ちだ。
数が1000もいるんだ。
多少の犠牲なら許容してしまえば勝てるだろうことは、モンスターを指揮できる頭があれば気付いて当然だ。
なのに実行しない。
何で?
……まさか、何か狙いでもあるのか?
それとも、逆に弱みがあるのか。
「おい、警察署の連中は、みんなモンスターを殺したら、蘇って進化するのは分かってるんだよな?」
「ふぇ!? あ、ああ……知ってるぞ? だから、馬鹿みたいに攻めてないんだ」
馬鹿みたいに殺しまくったのはお前だ。
「……なら、殺し切る方法は分かっているのか?」
「っ!! そう殺し切る! それ! 俺もあんたに、その話を聞きたかったんだ!」
「あ?」