突然世界が変わった
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1人は、楽だ。
他人を気にしなくていいのは、とても楽。
そこそこ稼ぎがあれば、とりあえず生きていく分には事欠かないし、憂さ晴らしに多少遊ぶ事くらいはできる。
現代社会で、他人と関わらないなんて不可能だし、仮にニートやら引き籠りになっても親やら地域のしがらみからは逃れられない。
一々周囲を気にしたり、親からのお小言や諦観を頂戴するなんて真っ平だ。
だから、俺は1人でいい。
友達も恋人もいらない。
親もご近所さんもいらない。
1人気ままに、余計なことを考えずにいたい。
それが、この22年、鏡 渉の人生で培った矜持だった。
あ、うん。
だったんだ。
過去形だ。うん。
いやいや、別に今だって信念を曲げたつもりはないよ?
1人が楽だから1人でいたいのは本当だ。
人肌恋しくてもオナニーが虚しくても、1人が1番安心安全最強と思っている。
ついでに、別に1人じゃないと言ってペットと一緒というわけでもないぞ?
俺は動物苦手だし、餌の1つすらあげたことがない。
本当だ。
でもさ?
こんな世界になっちまったなら、多少どうしようもないんだと、流石の俺も思っちまったんだわ。
「ゴブ、リン?」
未だピッカピカの社会人一年生気分な俺が、今日も社畜よろしく朝5時に家を出ようとしたら、そこにはゴブリンがいた。
あ、うん。あの緑の小鬼。
強奪民族で、女を犯すのが得意な例のアレだ。
しかも、玄関開けたら1秒でエンカウントとか本当ふざけてる。
「ゲキャー!!」
もちろん夢だなんて思わなかったね。
俺は、それなりのリアリスト。
目の前にいるんだからいるのだ。
ゴブリンらしき鬼が何なのかはさて置いて、そこに存在しているのだから仕方ない。
きっと世界には実は、モンスターもファンタジーもあるんだよ、と納得しただけである。
なので、速攻玄関を閉めた。
いきなり叫ばれて普通に怖かったし、現実を見なかったことにして、一旦状況を整理したかった。
「ゲッギャッギャー!」
だけど、ゴブからしたらそんなの関係ねぇ! とばかりに、ドアノブを全力で押さえてる俺を構わず、何か手に持ってた棍棒らしきものでドアをドカドカ殴ってきやがる。
その回数分だけ歪んでくる盾に、この野郎敷金どうしてくれんだよ! などと思う余裕などあるわけもなく、俺は冷静に考えた。
とりあえず敵だ。殺人者だ。強盗だ強姦だゲイだ緑だゴブリンだなら俺は死にたくない死にたくない死にたくない死にたいない死にたいない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないって待て、これ死ぬから考えないとマジ死ぬ死ぬから死ぬから死ぬから死ぬなら考えないとすぐに死ぬ今すぐ死んだら死んで死ぬ!
と、冷静な俺は、勢いよく玄関を開けて、迎え撃つことに決めていた。
一瞬自分でも、「ん? 」と思わなくもなかったが、とにかく玄関のドアを思い切り外側に向けて開け放ったわけだ。
「ゲブッ!?」
急に開け放たれたドアに顔でも押し付けられたか、ゴブは変な声を出したと思ったら、ドシ!って音がしたので、多分奴は尻餅をついたんだな、と頭をフル回転させていた。
「なんぼのもんじゃぁあ!」
俺は、極めて冷静に玄関から外に出てみると、丁度鼻の頭を抑えながら立ち上がろうとするゴブリンを正面に捉え、同時に、すぐそばに落ちていた棍棒を見つけたので、速攻取り上げてやった。
俺は、棍棒を手に入れた。
「ゲキョ!? ゲッギャキャギャ!!」
すると、どうもゴブは俺に棍棒を盗まれたと考えたらしく、何やら俺の手にある棍棒を指差し抗議しているように見えた。
マイ棍棒が、きっととても大事なものなのだろう。
「なんぼのもんじゃぁぁぁああ!」
努めて冷静な俺は、声を張り上げて棍棒を値踏みしつつ振り上げて……ポイっと捨ててやった。
うん、俺は棍棒を投げ捨てたのだ。
現在地マンション8階。
棍棒はみるみる1階におちて、ゴン! と音を立てて駐車場に転がってしまう。
これまた自分でも、「ん?」と思わなくもなかったが、咄嗟に頭を防御していたゴブリンを無視して、相手の武器を紛失させてやったわけだ。
これで撲殺は免れた。
良かった。
痛いのは嫌だし。
「ゲギョォー!?」
すると、ゴブは廊下の欄干の上に飛び乗って、1階に落ちたマイ棍棒を確認する。
うん、とても大事なお気に入りだったんだろう。
何か涙目になってるのが哀れだった。
あと、どうでもいいけど、コイツの鼻ってなんで真っ赤でまんまるなんだろう。
個体差か?
赤鼻のトナカイならぬゴブリンで笑い者なのだろうか?
「なんぼのおおおおお!」
ともかく、それを好機と思った俺は、とてもスマートに答えを出し、欄干の上に乗りあがってるゴブの足を掴んで
「もんじゃいいいいいいいい!」
と、欄干からユーキャントフライングさせてやろうと全力で放り投げてやった。
「ゲギョギョギョ!?」
しかし、間の抜けたどこかの魚博士みたいに叫びつつも、ゴブリンもなかなかに然る者で、落下しかけても持ち前の反射神経か何かで欄干の柵一本を掴んで、足をぶらぶらさせながらも墜落死を免れていた。
「ゲ、ギョ……」
しかしながら、どうもゴブリンはそんなに身体能力に優れているわけではないようで、両手で柵を掴むのが精一杯。
宙ぶらりんの状態から復帰は出来ないみたいだった。
そこまで落ちずにいられるなら、下の階に飛び移ればいいのに、と思うが、多分ゴブリンとは見た目通りに頭は良くないのだろう。
必死に柵に捕まって、涙目になっているだけだ。
「ゴブ! 捕まれ!」
そんな姿を哀れに思ったわけではないのだが、俺は崖っぷち赤鼻ゴブリンに向かって欄干上から手を伸ばしてやる。
ここでの俺は別に、疑問には思っていない。
どちらかと言うと、「早くしろ!」と考えていた。
「ゲ、ゲキャ……?」
そんな俺に、驚きの表情を向けてくる赤鼻ゴブ。
その目には、死の恐怖とは違う気のする涙が滲んでいたかもしれなかった。
ある種、死闘を演じた友のような連帯感が生まれた瞬間だった。
「ほら! 早く!」
「ゲギャ!」
必死に柵に掴まっているゴブは、ギリギリの握力で自身を維持しつつ、何とか助かろうと片手を俺に伸ばしてくる。
俺は俺で、出来るだけ手を伸ばして、崖っぷちの助ける者ぶら下がる者を演じていた。
そして、ついに俺の指がゴブの指を掴んだその時!
「てい」
「ギョオ!?」
俺は、欄干をギリギリの握力で掴んでいるゴブリンの片手を、コツンくらいの勢いで蹴ってやる。
となれば必然、ゴブリンの指は頼みの綱から剥がされて、その両手は空を切り……
「ゲギョオオォオォオ!」
ゴブは、声を張り上げながら真っ逆さまに墜落していき、普通に、びしゃ、っと嫌な音を立てて地面に叩きつけられていた。
哀れな奴である。
「…………よし!」
すがすがしく異形を騙してやった俺は、ゴブリンの血で青く汚れた駐車場を眺め、どうやらこれ以上ゴブリンが動作しないのを確認して、そそくさと自室に退散したのだった。