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第三話「彼女を護る為に」

「僕を、イゾルデ盗賊団に入れてくれ」


 暗い夜が小さな雪の糸を吹かす。メルティが編んだマフラーはゆったりとそれに身を任せる。

「……冗談なら程々にしな。アタシ達は、アンタ達の想像以上に、悪党だよ。来ない方が…いや――関わらない方が良い」

 今までの柔らかさなど欠片も無い、蛇の様な鋭い目でベルは言う。

「そうだ。俺達ゃ人殺しだってするぜ。さっき見ただろ?”アレ”が俺達だ」

 レアンの言葉と共に、あの光景が脳裏に再び蘇る。過激派と呼ばれるイゾルデ盗賊団を騙った組織を容赦無く切り裂き、撃ち抜く二人の姿が。


「それでも、力が欲しいんだ。今の僕じゃ、メルティを護れない。ただ守るだけじゃ、足りないんだ」

 震える掌が、無意識に胸元を掴んでいた。力が欲しい。できることなら、二人のように。いや、あの金髪の青年のように。

 

 暫く、沈黙が流れる。白く、細い吐息がベルの口から漏れた。

「分かった。アンタみたいな目をしたヤツは、何人か見た事がある。”アレ”を使うか」

 ベルは、腰にぶら下げた獅子のペンダントを取り出す。

「これは”ラサラスの威鬣(いひょう)”。相手を王権に従い、選別する。簡単に言えば、アンタが盗賊に相応しいか確かめるものよ。レプリカだけど、十分効果はあるはず」

 ベルはそのペンダントに力を込め、唱える。

「獅子よ、”ヘクター・レンジア”を選別せよ」

 獅子の頭に嵌められた赤い宝石が、突然、光を放つ。そして僕を包み込んだ。目を開けば、そこは星なき夜空よりも暗い、漆黒の世界であった。

 

〝来客よ、良くぞ訪ねて来た。〟

 低く、唸る様な声が、頭に響く。姿形も分からないが、途轍(とてつ)もない威厳と力の化身なのだと、この身がそう告げる。自然と片膝を付き、頭を垂らしていた。


〝我は汝を選びに来た。さぁ、答えよ。〟

 冷汗が、頬を伝う。

〝汝、人を殺める事を躊躇うか?〟

 声の主は、答を待つ。口を震えわせたまま、僕は返した。

「躊躇いません。それが責務ならば、必ず全うします」


〝そうか。では、もし――それが、汝の愛する者や、家族同然の者達であった時。汝はどうする?〟

 再び答を待つ。今度は気怠げで退屈そうに問う。それが逆に、怖かった。

 長く考えた末、僕は唇を噛み締め、口を開く。


「……そんな世界など、僕が消してやる」


 一瞬の沈黙。獅子が咆える様な笑い声が小さく響く。

〝そうか……………汝。採用だ。〟

 先程までの威圧感が和らぎ、声色が明るく変貌する。思わず僕は、気が抜けてしまった。


〝我の力を貸してやる。さぁ存分に使うが良い。〟

 眼前に巨大な手が差し伸ばされた――ような気がしたが、何も起こらなかった。

〝成程、『ポラリスの番』か。面倒な者に目を付けられたな。済まないが、直接助ける事は出来ぬ。だが、汝の運命は、星の片隅で見物している。星が巡る時、また逢おう。〟


 そうして威圧感は消え、暗闇には一つの赤玉だけが光っていた。その赤玉は徐々に光を失う。すると、暗かった空間は徐々に明るさを取り戻した。目を開ると、辺りは雪原に戻っていた。

「随分早いね。まさかアンタ、認められたってのかい?」

 ベルは驚愕の表情で僕を見つめる。特にこれと言った変化は何も無いが、ベルには分かるのだろうか。そこはかとなく尋ねてみた。


「何か目印でもあるんですか?」

「首元に、赤い紋章。所謂、叡星(ファイノメナ)があるんだ。自分じゃあんまり分からないけどね。でも、中々やるね。この試練を突破出来たのは、お頭と…あとリーグくらいだ」

 いまいちピンと来なかったが、なんとなく理解できた。


「まぁ来な。アジトへ案内するよ。それと……」

 ベルが歩みを止め、こちらを見て、手を差し出す。

「入団おめでとう、ヘクター。これから君は、アタシ達の仲間であり、家族。世界から孤独を無くす旅に出ようか」

 差し出された手袋を脱いだ右手を、僕は強く握った。


「そういえば、レアンは?」

「偵察だよ。そろそろ帰って来るかな」

「姉貴」

 周囲を見渡しながら探している内に、気が付けば眼前にはレアンが居た。

「なんかずっと視線を感じんだけど、どうも分かんねぇ」


 彼女は暫く黙り、何が起こっているかを探る。

「暗殺者にしては見え見えの殺意。アタシ達を知らない素人かな」

 彼女は脚で雪を掻く。すると中からは持ち手になりそうな整えられた木塊と、金属で固めた細長い砲身で構成されたものが浮かぶ。それを脚で弾き、手で掴む。後で聞いた話だと、その武器を底碪式小銃レバーアクションライフルと言うらしい。


「くたばりな」

 カチッと小さな音が鳴る。すると、即座に砲身より硝煙が沸き立つ。一瞬だが、金色の軌道を描く小さな物体が見えた。それは木々の肌を掠めながら、例の視線の下へと飛んで行く。だが、当たった感覚が無かったのか、彼女は舌打ちをする。

「外したか。レアン!!」

「俺に任せて。姉貴」

 彼の掌に、赤く熱を帯びた粒子が集約する。ラーニンという男が、メルティを治癒していた”アレ”と、どこか似ているが、違う。


彼ノ敵、焼き払え。(ブレイガ・ハルマ)


 其の一言の後。瞬いた先では、自然が殺されていた。木々は焼け、幾許(いくばく)か倒壊する。そんな光景が連なった地は、白銀嶺の森では無いかのように思えた。

「なんで火が……」

「俺達は腐っても盗賊。魔法だって使うし、手段は選ばない。だろ?姉貴」


 彼女の方を見遣ると、大きな溜息を吐いていた。

「何で森まで焼き払っちゃうのさ。これじゃアタシ達は潜めなくなるし、森の平穏を壊してしまう。何よりこの炎が邪魔で、ヤツの安否も分からなくなっちまったじゃないか」


 火が引いた後、彼女に着いて暗殺者の痕跡を探る。歩いても歩いても、形跡は無い。唯一有るのは、不自然に木を削った様な跡だけであった。レアンは軽く其れの臭いを嗅ぐが、矢張り分からないと言う顔をしている。

 足元の燃え滓(もえかす)に成りかけた布切れを踏み掛ける。が、其れが痕跡だと気付き、僕は急いで拾う。


「これ、彼のじゃないですか?」

「確かに、こりゃ人の作ったモンだな。……俺の魔法に気付き、あの木をけって逃げたとかか?ありえなくはないが、とんでもねぇ技術だな」

「あぁ。そこに居たはずなのに、足跡すらない。そんな移動をする暗殺者なんて見たことがないよ。一体何者なんだろうねぇ」

 ふと、奴が飛んで行った方角の空を見る。漆黒に染められた夜空には、吸い込まれる程綺麗な赤い目玉が光っていた。心做し(こころなし)か僕らをずっと覗き続けていた様な気がする。




 二人のアジトへと向かう途中、無感情的な幼い少女が道の真ん中で待っていた。其の子は綺麗な青色のラインが入った濃紺色のローブを腰下まで延ばし、腰には二人と同じ獅子の紋章をぶら下げていた。僕等に気付くと、テクテクと近付いてきた。

「やーレアン、ベル。それと……」

 僕の顔を見て、数秒悩む。


「捕虜?」

「何言ってんだい。アタシ達の新しい仲間だよ」

「おー。きみも盗賊かー。よろしくねー」

 握手をするのかと思ったら、手を広げ、僕の方へ其の手を向けていた。ハイタッチをしたいのだろうか。

 

「よろしくお願いします」

 少女の手に僕の左手が触れる。何故か彼女は、その手をじっと見たり、ぺたぺた触ったりする。

「きみの手、ごつごつしてるー。おもしろーい」

「あの……ベルさん、レアンさん。どちらか止めてくれませんか?僕じゃどうにも…」

「ソフィー、止めなさい。アンタは別の仕事があるんでしょ」

「とっとと内容言えよ、でんたつ係だろ?」


 漸く(ようやく)剥がれた少女は、自分の役目を思い出したかのように話し出した。

「そーだー、わたしは伝達係ー。二人……いや三人にお願いがあるのー」

 少女は懐からやけに達筆な手紙を取り出し、僕らの前にばばんと広げる。覚悟はしていたが、前の生活とはかけ離れた命令であった。

「わたしたちの名を汚す盗賊たちを殺して。だってー」




「まったく…面倒ったらありゃしねぇ」

 男は溜息を吐きながら、眼の前の命乞いをする者共を"処理"する。

「アイツらの持つあの”アイテム”は、特に厄介……国際警察が手を焼くのも納得だな」

 獅子との契約。彼女らが使っていた"ラサラスの威鬣"とは、それをもたらすもの。儀式や贄を何も必要とせずに。


 近辺に転がっていた煙草を拾う。

「火、借りるぜ」

 死体がたまたま持っていた古いライターの火を着ける。煙草の先に当てれば、たちまち天井へと伸びる糸が立つ。


「ふぅ……整理しよう。ガキは二人、女は一人。ガキの一人はバカで、愚鈍だ。気にするこたぁねぇな。それと、女。アイツが一番厄介そうだ。射撃の腕が冴えてて、勘も鋭い。まともに近付けねぇ」

 積もりに積もった疲れと一緒に、一酸化炭素の息を吐く。

「アイツらの仇を取らなきゃな。失敗は、今後の仕事の腫瘍になる」

 彼の赤い右眼は、ドアの外に広がる、真っ暗闇の雪森を見つめていた。


 


「無理ですって!!」

「アンタなら勝てるでしょ!」

 ベルと共に盗賊と戦う。戦況は意外に悪い。それもそのはず、他の二人は本拠地と思しき方に、「こいつと俺で潰してくる」と言い残して突っ込んで行ったのだ。盗賊共は好き勝手に銃を撃ち、ナイフで切り掛かる。

「だって、この人達は……」


 ……あれ。この人達は、一体何なのだ?護るべき者なのか?ギリギリで攻撃を避けながら、そんな事を思う。

「アンタねぇ……言っとくけど、アイツらはアタシ達程優しくないよ。邪魔者を殺す為なら誰にでも引き金を引くし、村民を脅し道具にもする」

 ベルが片手間に小銃を撃ったり、荒々しく打つけたりする。彼女がなんとかしているが、このままだと厳しいだろう。


「でも人を斬るなんて……出来ないよ!!」

「甘えた事言うんじゃ無いよ!!!アタシ達の同胞を何人も殺し、嬲った(なぶった)ヤツらが人間だって?!冗談じゃないよ!!!!!」

 今まで見た事もない怒号を発する。弾が切れたのか、何度も柄で振り回すように殴る。先程よりも強く。


 そうだ。奴等は盗賊。その中でも特に悪い、悪盗(あくとう)だ。人の皮を被った悪魔。そうだろう?あの時、メルティの左眼を射抜いたのは誰だ。彼女を傷付けたのは誰だ。彼女に要らぬ恐怖を植え付け、彼女を悲しませたのは誰だ。僕が剣を握らせることになった原因は誰だ。言わずとも、僕なら分かるだろう。


「アイツらは、絶対に許せない!!」

「その意気だ。好きに()っちまいな」

 ここに来る前に、ソフィーから借りた鉄剣。それを持つ右手に、力を込める。一人の悪盗が僕の右肩目掛けてナイフを突く。そんなの、当たる訳がない。


「僕の前から消えろ」

 自分に出来る全力で、首目掛けて剣をぶつける。スパッと入ったが、半端な所で止まってしまった。だが、人を殺すには十分であった。力の限り、その剣を引き抜く。一人目。後四人だ。


 二人目はこちらから動く事にした。相手が動く前に剣を空へ向かって切り上げる。賊の胸に刻まれた一つの粗い線から、血が噴き出す。返り血で顔が汚れたが、関係無い。二人目。後三人。


「一人仕留めた。あと二人!!」

 ベルがそう叫ぶ。手間が減った。

「も、もう何も盗らない!頼むから命だけは助けてくれ!!」

 悪盗も漸く観念したのか、二人は武器を捨てて投降しようとして来た。哀れにも武器を捨て、服を脱ぎ、膝を付き、ひたすら頭を下げる。


 馬鹿馬鹿しい。もしも僕やメルティが同じように命乞いをしても、お前らは容赦なく殺すのだろう?お前らは僕の恨みを晴らす為の道具でしか無いのだ。

「そんな真似、二度と見せるな」

 一人は脇腹目掛けて剣を突いた。血がドロドロと流れ出し、賊の顔は死を確信した色に変わった。二人目は、頭上から思いっ切り剣を突き立てた。何度も、何度も、突き立ててやった。


「うげ……顔、ズタズタじゃない」

 気を取り戻した時。殺したモノの顔は、歪み尽くしていた。自分でやった事だとは分かっていながらも、耐えがたい吐き気に襲われ、その場で吐いた。

「散々仲間を喰われてきたからね、アタシも気持ちは分かる。でもアンタの殺し方見て、返って冷静になってきたよ。アタシが言うのもなんだけど、自分を見失うのは良い事じゃない。かもね」


 ベルの言葉が胸に刺さる。でも、それでも……

「必要なんだ。僕には、これしかないから……」

 分かっている。こんな事をしても、彼女が悲しむだけだって。でも……でも……

「僕が僕で在り、彼女を護る為には……こうする意外思いつかないんだ」

 心の奥には、ひっそりとした虚しさと、未だに熱い殺意が灯っていた。

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