第二話「決着と遺恨」
「決着と遺恨」
琥珀色の両眼を大きく見開き、鋭利に見つめる。
「俺はレアン。お前は?」
パーカー男は自分を指差し、名乗った。そして僕の方へと指を向ける。僕らの名前を聞きたいようだ。
だが僕には一つ、気がかりな事があった。
「その前に一つ良い?」
「あぁ、言えよ」
「彼女とこの青年を逃しても良いですか?」
「そんなことか。良いぜ、好きにしろよ。よゆーで追いついてやるぜ」
メルティが会話に割り込み、反論しようとするが、それでも逃げるように告げた。
渋々、金髪の男を彼女に託す。すると、彼女は叫んだ。
「絶対戻って来てね!!ヘクター!!!!!」
「そっちこそ、気を付けて!!!」
そう返すと、彼女は森の奥にある僕らの家の方へと向かっていった。すぐさま、レアンの方へ向き返る。彼は気味悪く笑ったまま、僕を見ていた。
「ヘクター・レンジアです。彼女の為にも、早く戻りたいので」
すると、銀髪の女が前に出てきて、懐から取り出した一つの弾丸を親指の上に軽く乗せる。
「合図はアタシ、ベル・ディジーが出す。このコインを上に投げて、落ちた時を合図にしよう」
僕とレアンは軽く頷く。レアンは手を横に出し、ベルに手出し無用な事を伝えた。
「姉貴は後ろで見てて。俺一人でやるから」
「すぅ……はぁ……」
大きく深呼吸をする。精神を、乱さないように。
「"イゾルデ盗賊団"の名に誓って。さぁ、投げるよ」
カンと歯切れの良い金属音が、森中に小さくも鳴り響く。頬を伝う冷たい微風が揺らぐ。森狭間から小さく見える鹿たちもこちらを覗く。足腰を固めると、積雪の塊が少し崩れ、昨春の名残が露見する。
ベルの脚の間から、トスと鈍く静かな音がした。戦いの火蓋は切られた。
「行くぜぇぇぇ!!!!!」
レアンは右手に付けた鉄爪を大きく振るう。体を傾け、右手を押してやる事で軌道を逸らした。だが、足元に僅かな痛みを感じる。追撃に警戒し、僕は咄嗟に距離を取る。
何故だ。回避したはず。その答えは、彼の足元を見れば明らかであった。
「足にも爪を付けていたなんて…」
「用意周到だろ?気付いても俺のスピードに着いて来れなきゃ、意味ないぜぇぇぇ!!!!」
レアンは華麗な一回転をし、加速させた左脚を乱暴に振り払う。僕は腕を盾にし、それを支えるもう片方で攻撃を上手く耐えたつもりだったが、これでもかなり衝撃が来た。
腕が痺れて、動きが鈍くなったその一瞬。レアンは持ち前のスピードで眼前に。僕の左肩を掴み、鳩尾を思いっ切り、刺すように殴る。耐えがたい苦痛に、思わず悶絶する。
「まだまだぁ!!!!!!」
レアンの拳は更に二、三発ほど僕の腹に打たれた。いずれも、痛みが僕を包み込む。だが、まだ敗ける訳には……
「いか……ない……!!」
殴るはずだった彼の右腕を掴み、強く握る。ミシミシと骨が軋む音がした。
「痛ぇぇぇ!!!?この野郎ッ!!」
返しに放たれた蹴りを躱すと、また距離が開いた。
だが、それは僕にとって好都合であった。この中途半端に、近くも遠くも無い間合いは……
「僕の間合だ」
木の棒で三度、できる限りの高速で突く。次いで、左手を槍の様に張らせ、お返しの鳩尾。地に片膝を付き、苦悶に満ちたその顔に、木の棒を思いっ切り叩き付ける。レアンは軽く回転しながら森間を吹き飛び、指で雪を裂きながら、徐々に速度を落とした。
「お前、けっこーやるじゃねぇか」
レアンが下唇を渡る僅かな血を袖で拭い、目角を立てる。
「君だって。速度だけなら僕以上だ」
いつの間にか裂けていた右腕の傷を撫でながら、目を細める。
「てめぇ、なんだ?煽ってんのか?平のフリした近衛野郎がよ!!!!!!」
力任せに爪を振るう。何度も振るう。今度は切り傷じゃ済まなそうだ。だが、これは逆に悪手。乱雑な連続攻撃は、返って隙を作りやすい。喉元目がけて、切っ先を向ける。ここから、一気に距離を詰めれば……!
「そこまでッ!!!」
ベルがそう叫ぶと、僕とレアンは動きを止めた。
「なんで止めたんだよ、姉貴」
するとベルは、彼の頭を思いっきし叩いた。俗に言う拳骨と言うものだ。
「痛ぇよ姉貴、なにすんのさ?!」
「やり過ぎだ。もう分かっただろう?彼らだけでも、あのパツキン兄ちゃんを十分護れるってな」
「だって、だって、姉貴にカッコいいとこ見せたかったんだもん……」
レアンは、少し拗ねてしまったようだ。そんな彼の頭を、ベルはわしゃわしゃと撫でる。
「はいはい、気持ちは嬉しいけどね。ヘクター君、引き止めてごめんね。早く彼女の下に行ってあげな」
「分かりました。ありがとうございます」
そんなほのぼのとした会話が終えた、刹那。遠くから少女の悲鳴が耳を突く。誰によるものかは、すぐに分かった。だがそれは、いつも一緒に居てくれる、優しくも明るい彼女から発せられたものとは思えないほどに、その声は苦痛と恐怖に塗れた叫声であった。
「メルティ!!!!!」
気が付けば、声のする方へと必死に走っていた。同じような木々が並ぶ森で、ひたすら脚で雪を掻いた。ただ一人、メルティの事だけを思いながら。
先程と良く似た、盗賊と思しき風貌を持つ、小太りで下品な男が、水縹色の少女を捕らえている。その腰には、下手に模された獅子の顔があった。
「助けてぇぇぇ!!!!!!!」
「うるせぇ小娘だな。大人しくしねぇと可愛い面が傷つくぜ〜?」
少女は口を抑えられていたが、盗賊の脅しを恐れ、抵抗する手を緩めた。
一方、後ろの部下らしき者たちは、死んでいるように倒れている金髪青年の頭をつつく。
「起きないっすね」
「いや、俺には分かる。こりゃ死んでんぜ。腐る前に土に埋めとこう」
太った男が少女を馬車付近に下ろし、両手を麻縄でくくる。
「着いた」
ヘクターは木上から見下ろし、人数を確認する。全部で五人。土煙を撒けば素早く仕留められるだろうか。そう考えている内に、巨体をひっさげた男は大声で部下を呼ぶ。
「早く馬車に積むぞ!!そっちは何してる?!」
「あ、ボス!人を埋葬してるっす」
「うっす」
せかせかと地面を掘って、金髪を埋めようとしている様を見て、そのボスと呼ばれた男は先程よりも大声で怒鳴る。アイツら、人殺しまで……!
「馬鹿共!!埋葬なんかしてねぇで手伝え!!!コイツを乗せてとっとと王都に運ぶぞ」
焦ったようにスコップをそこら辺に放り投げ、ボスの手伝いをする。
「今だ」
ドンと大地を潰すような音が轟く。白い土煙の中、ゆらゆらと揺れる謎の人影がほんのりと映る。それを見た小太りは、驚いたような声を出す。
「誰だ?!」
その声を発した直後。後頭部目がけて、全力で拳をぶつける。その巨体は軽く浮き、地面へと力なく全身を叩きつけた。
「ボス!?ボス!!!」
部下が彼を呼ぶ。馬鹿だな。と、そう思いながら、呼んだ者から順番に、首元や頭を狙って気絶させ、始末した。
瞬間。何故か体の力が緩み、体勢が揺らいでしまった。見る事はできないが、なんとなく肩に小さな空洞ができているのは分かった。
「弓か……?」
でも、まだ動ける。そいつを倒せば、終わりなはず。だった。
「あ゙あ゙あ゙お゙ぁぁくっ…があ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
少女が叫喚する。もはや雄叫びに近しい。声の主が誰かなんて、言うまでもない。それは、とても痛々しく、生々しく、惨ましく、呶しい声。時たま聴こえる、苦痛を噛み締める声も相まって、聞くに絶えられない。
「メルティ!!!!!!!」
それでも、霧の中にいるはずの彼女を探した。ただ、声のする方へ。今すぐ助けに行こうと。だが、その選択は間違いであった。
「覚悟しろよ?ガキ」
霧が散る。気絶したはずの巨体が、メルティの首元にナイフを当てていた。背後にも数人、見た事のない現代兵器を構え、こちらへ向けている。そんなのはどうでも良い。一番驚いたのは、メルティだ。
先程の絶叫。その答え合わせが、こんなにも無慈悲なものだったとは……
「メルティ……目が…………」
左目には、一矢が刺さっていた。湧水のように血は垂れ溢れ、涙と血が混ざり合っている。とても、人の所業とは思えかった。
「一矢報いたってか?支援、サンキューな」
「そうだな」
どこかに隠れていたのか、耳の長く、薄緑髪の青年が、そこにはいた。そいつの手には、大層豪華な装飾で彩られた弓があった。こいつが……メルティを……
「命令だ。コイツを殺されたくなきゃ、今すぐ投降…いや死ね。"ココ"で死ねよ」
「は?」
僕に、死ねと?今ここで?彼女を護れなかった。ならば、ここで無様に自決しろ。と、そう言うのか?そんなの出来るものか。
余りにも屈辱的で、腹立たしい最期だ。そんなの出来るものか。こんな……無情で、下劣で、下賤で、不埒で、不条理を強いる奴らに、彼女を奪われる前に……
「〝俺〟が……殺さなきゃ…………!!」
「そこまでだ。不届者達」
声の直後。一閃の雷光が視界を覆う。
「ブガガガガガガガガ……」
「ボス?!しっかりしろよ!!!」
首元のナイフを落とし、その場に倒れて痙攣する。
「聞け、盗賊達。いや、装飾を見るに"イゾルデ盗賊団・過激派"御一行、かな?」
イゾルデ盗賊団・過激派とやらの面々は、顔を見合わし、冷や汗を滝のように流す。一人、薄緑の青年を除いて。
「私はラーニン・クェーサリー。悪賊達も、一度は聞いた事があるだろう?私の、"天才"の異名を」
顔が一斉に蒼ざめる。ラーニンと名乗る金髪の男は、ほくそ笑む。僕と、木の影に隠れた者達を一瞥する。
「さぁ、制裁といきましょう。"本物"の皆さん。後は任せましたよ」
「死にな」
一発。耳に付く発砲音が鳴る。木の影から、硝煙が立つ。
「イゾルデの名を騙るのはアンタらだね?遠慮無く殺してあげるよ」
残された部下の一人が、勇気を出して叫ぶ。
「てっ……撤退ーー!!!!!!」
「レアン!!!残さず殺せ!!!!」
「了解」
影だけ残し、一人残らず奴らの首を刈っていくレアン。残党をベルが撃殺する。すごい連携だ。その後、ラーニンの側に寄り、感謝を述べる。
「生きてて良かったです。助けてくれてありがとうございます」
「気にしないで。君達を護れて、本当に良かったよ。私を助けてくれたのは、君達だよね。改めて感謝します」
「ありがとう……ございます……」
僕と話す片手間、ショックで気を失ったメルティの額に手を当てる。緑の光が彼女を包み、優しい香りと共に傷を塞いでいく。
「それじゃあ、今のうちに、皆で逃げようか」
癒し終え、彼女を寝かせたまま抱えた。僕に、背中に掴まるよう促し、流れるようにガシッと掴む。そして、彼は少し溜め、ジャンプする。高く延びる木々すらも超え、僕らは空中にいた。雪床に刻んだ足跡など、豆粒のようであった。
「君達の家はどちらだい?そこまで送っていこう」
彼に移動や周囲警戒をお願いし、僕は帰路への案内を行った。
――――――――――――暫くして、ラーニンさんは僕らを家の扉の前で下ろし、帰って行った。僕は、何度かノックをする。
「なんの用だ。御宅の壺など買わんとあれほど……」
扉が開けられた。メルティと、それを抱きかかえた僕を見ると、何かを察したのか無言で家の中へと招く。
「ラーニン・クェーサリー。彼が助けてくれたと」
「うん。メルティはその人が治療してくれたから、大丈夫なはず」
「……感謝をしようにも、早々に去ってしまっては意味がないな」
彼は礼の仕方を模索しているようだ。僕は、彼女を護れなかったことを、ただひたすらに後悔していた。
「メルティ……ごめん……」
俯いたまま、自分の弱さをずっと責め続けた。
その日の夜。僕はゆっくり丁寧に戸を閉じ、家を出た。
「夜はやっぱり冷えるな……」
彼女が怪我を負う三日前に編んでくれたマフラーを首に巻き付け、朝の場所へと歩を進めた。
「何しに来たんだい?少年」
「なんだ、あの戦いにケリでも着けたいのか?」
固かった口を怯えながら開く。
「僕を盗賊団に入れてくれないか?」
今日はやけに、身体が冷える気がする。