後編
「も、もうっ、アルベルト殿下! 婚約破棄だなんて物騒なことをおっしゃるから、アデリナ様がびっくりされてるじゃないですか!」
ミアの言葉に、アルベルト様が「ああ」とうなずく。
「すまない、誤解を招く言い方だった。『婚約破棄』ではなく『婚約解消』と言うつもりだったんだ」
一方的な破棄ではなく、穏便に合意の上での解消という形を取りたいということだろうか。
だが、私にとっては同じことだ。アルベルト様との婚約を維持できなければ私の目的は達成できないのだから……。
「一応、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
冷静さを装ってそう尋ねた私は、まだ諦めてはいなかった。
アルベルト様を翻意させる突破口が見つからないだろうかという、悪あがき。
だが、アルベルト様の返答は、私にとって全く想定外のものだった。
「それはもちろん、アデリナ、君の幸せのためだ」
「わたくしの、幸せ……?」
アルベルト様の言葉に、私はぽかんとなる。
私の幸せは「推し」のディルク様を幸せにすることで、そのために私はアルベルト様との婚約を維持する必要があるわけで……。
私はキリッと強い眼差しをアルベルト様に向ける。
「わたくしの幸せとおっしゃるのなら、婚約破棄だの解消だのというお言葉は今すぐ撤回して頂きたいですわ」
けれどアルベルト様は一瞬たりとも怯むことなく、穏やかな目で私を見た。
「アデリナ……君の王家に対する忠誠心はたいしたものだと思うが、そこまで自分を犠牲にすることはない」
犠牲……?
言っている意味がわからない。
「この一年で、君とはずいぶん打ち解けることができたと思う」
ええ、それは私も同感です。でも、だったらなぜ婚約解消?
「君が本当に想っているのが誰なのか、俺が気付いていないとでも?」
「?」
「自分の気持ちを押し殺し、俺の良き婚約者となるべく健気な努力を続けてきたアデリナ。君となら穏やかな良い夫婦関係を築けるだろうとは思ったが……幼馴染みとして、良き友人として、君には本当に望む相手と幸せになってもらいたいんだ」
「!?!?!?」
本当に望む相手、って……。いやだから私が結婚すべきはアルベルト様なわけで……。
「わたくしはアルベ――」
「アデリナ様は、本当はディルク様をお慕いしていらっしゃるんですよね!」
私の言葉をぶった切ったのは、ミアだった。
「んなっ……!?」
私は絶句し、唖然としてミアを見つめ返す。
ミアは頬を染めて、「照れてるアデリナ様も可愛らしいです~」と訳のわからないことを呟いてから、邪気のない笑顔でコテンと首を傾けた。
「だってアデリナ様、ディルク様のことお好きですよね?」
「そ、それはもちろん、好き、だけど……」
くっ……言えない。たとえ嘘でも推しを「好きじゃない」などとは……。
でもでもでも! 好きって言っても、恋とかそういうのじゃなくてですね!
「推し」だから! そういうんじゃないから!
……て、この世界の人にどういう言えば伝わるわけ??
「ですよね!」と破顔するミアの横で、アルベルト様も深く頷いている。
「俺も少し前から、アデリナがディルクを想っていることに気付いていた。どうしたものかと考えているうちに、ミアから懇願されたんだ。『アデリナ様をディルク様と幸せにしてあげてほしいんです! それができるのはアルベルト殿下だけなんです!』とな」
驚愕しながらミアを見ると、ミアは「私がんばりました! えっへん!」とでも言いたげにドヤ顔をしている。
さすがはヒロイン、そんな顔も可愛い……じゃなくて!
「ミア!? どうしてそんな勝手なことをしたんですの!?」
「え? だってアデリナ様が、『身分など気にすることはない。あなたには自分の気持ちに正直に行動してほしい』とおっしゃったので! 憧れのアデリナ様に幸せになって頂きたいという自分の気持ちに正直に、アルベルト殿下に特攻かけちゃいました!」
特攻かけちゃいました……じゃないわよ! ヒロインの行動力、恐るべし……。
「さすがに俺もミアには驚かされたが、俺の決心の後押しになったよ。……それに、俺も恋をしてみたくなったし、な」
そう言ってミアの横顔を愛おしそうに見つめるアルベルト様だけど……これたぶんミアは気付いてないですね。
「で、でも、ミアだってディルク様に憧れているのでしょう!?」
確か、憧れの人がいるって言ってたじゃない!?
それってディルク様のことなんじゃないの!?
そう言うと、ミアは心底不思議そうに首を傾げた。
「え? 全然?」
「じ、じゃあやっぱりアルベルト様のことを……?」
「あ、それもないです!」
あ……隣でアルベルト様がショックを受けた顔をしているわ……。
「わたし、恋とかまだよくわからなくて……。わたし、学園でアデリナ様にたくさん助けて頂いてアデリナ様をお慕いするようになったんですけど、ディルク様への想いを熱っぽく語るアデリナ様ったら本当に可愛くって素敵で! 今は自分の恋よりも、憧れのアデリナ様の幸せを応援するのが生きがいなんです!」
な、なんてこと……。
ヒロイン・ミアの「推し」が、ヒーローのアルベルト様でも当て馬ヒーローのディルク様でもなく、悪役令嬢のアデリナになっちゃってるだなんて……!
なんとか……なんとか軌道修正をしなければ……!
「アルベルト様とミアの気持ちはとても嬉しいですわ。でも、わたくしのディルク様に対する想いは恋とは少し違うのです」
私はきっぱりと宣言する。
「それに、ディルク様のお気持ちを無視してお話を進めるなんてあんまりですわ。ディルク様が想ってらっしゃるのは、わたくしではなくミアなのですから」
「そうなのか? ディルク」
片眉を上げ、アルベルト様が部屋の奥に向かって声をかける。
声に応えて現れた人物を見て、私は固まった。
「え、ディルク様……!?」
本棚の陰から姿を現したディルク様は、颯爽と歩み寄り、呆然とする私の傍らに跪いた。
そして、そっと私の手を取り、指先にキスを落とした。ちょっと待って死ぬ。
「アデリナ。愛しい人。僕が他の女性を想っているだなんて、どうしてそんな勘違いを?」
さらりと流れる前髪の奥から、青い瞳が切なげに私を見つめている。
う、美しすぎる。無理。
「アデリナとの婚約を解消してほしいと、僕がアルベルトに頼んだんだ。この場を設けてもらったのも僕」
「な、なぜ……」
やっとのことで声を絞り出す。
するとディルク様は心臓殺しの微笑で私を追撃してきた。さらに頬を染めるオマケつき。こんな顔、原作漫画でも見たことないんですけどーーー!?
「五年前にあなたがアルベルトの婚約者に選ばれたとき、僕の初恋は誰にも知られないまま死ぬはずだった……」
いや私の方が死にそうですけどね!?
ていうか。は? ディルクの初恋がアデリナ? そんな設定知らんけど!?
「でもあなたが僕に言ってくれたから。本当に譲れないものなら、想いを貫くべきだと……。僕はあなたを諦めきれない。たとえアルベルトが相手でも」
言ったけど! 確かに言ったけどあれはそういう意味じゃな……あああああ。無理無理無理。その顔ほんと無理だからーーーーー!
「あなたが僕と同じ気持ちでなかったのは残念だけど……。でも、僕のことを好きだと言ってくれたのも、僕の幸せを願っていると言ってくれたのも、本当の気持ちでしょう?」
コクコクとなんとか頷く。推しに嘘はつけない。
「だったら僕、絶対に諦めないから。アルベルトとの婚約を解消して、僕にあなたを口説く権利を与えてください。僕と一緒に幸せになって?」
見たこともない甘い微笑みで見つめられ、息も絶え絶えになりながら、私は今度こそ敗北を確信した。
「推し」の幸せのため、なんとしても婚約破棄を回避したかったけど……。
どうやら無理みたいです。
〈了〉
本編はこれにておしまいです。
甘々ハッピーな後日談を2話追加予定です。
ブクマしてお待ち頂けると嬉しいです!