前編
同タイトルの短編版があります。
連載版は、短編版と同じ内容の本編3話+後日談2話の予定です。
「アデリナ、君との婚約を破棄させてもらおうと思う」
アルベルト様の言葉に、目の前が真っ暗になった。
回避、できなかった……。
大好きな少女漫画の世界に悪役令嬢として転生していると気付いたのは、およそ一年前のこと。
その日から今日まで、婚約破棄を回避するために心血を注いできた。それなのに……。
呼び出しを受けて訪れた、放課後の生徒会室。
ソファにゆったりと腰掛ける金髪碧眼の美青年は、この国の第三王子であり私の婚約者であるアルベルト様。
いつもの王子様然とした優美な微笑みは影を潜め、決意のこもった強い眼差しが私に向けられている。
アルベルト様の隣には、桃色の髪の美少女がちょこんと座っている。
小動物を思わせる愛らしい容姿のミアは、この少女漫画のヒロインだ。
平民として母子家庭で育ったミアは、母親の死をきっかけに、父親である男爵に引き取られ、貴族の子女が通う学園に転入する。
貴族のふるまいに不慣れなミアは学園の中で浮き、はじめは他の生徒達から遠巻きにされる。
けれど持ち前の前向きな性格とド根性、貴族にはない柔軟な発想力で、徐々に周囲を魅了していく。
この漫画のヒーローであるアルベルトも、ミアに強く魅了される一人だ。
二人の急接近に激怒した悪役令嬢アデリナ(私のことだ)は、取り巻き達を使ってあの手この手でミアに嫌がらせをする。
アデリナの妨害にも挫けず……というかそれを燃料に二人の恋はますます燃え上がり、ついに学園の卒業パーティの場で、アルベルトはアデリナとの婚約破棄を宣言。
アルベルトがミアにプロポーズしてハッピーエンド。
……それがこの少女漫画のあらすじだ。
私が前世の記憶を取り戻したのは、ミアが学園に入学して間もない時期のことだった。
自分が悪役令嬢アデリナに転生していることに気付いた瞬間、私は固く決意したのだ。
婚約破棄される卒業パーティまで一年近くある。
今ならまだ間に合う。
絶対に絶対にぜーったいに、婚約破棄を回避してみせる!!!!!!
私の方針の第一は、絶対にミアに嫌がらせしないこと。
そんなことをしたって主人公達の仲を引き裂けないことは、原作漫画によって証明されている。
悪役令嬢がどんなに卑劣で狡猾な策を弄し、わーこれもうヒロイン今度こそヤバいんじゃないの!?というところまで追い詰めても、必ずヒーロー達がヒロインを助けにやって来るのだ。
嫌がらせなんて、むしろ主人公達の恋を燃え上がらせるだけで逆効果である。
それにアルベルト様は、強引で俺様なところもあるけれど、情も理も持ち合わせた人だ。
原作漫画ではアデリナがミアに卑劣な嫌がらせを繰り返したことを理由に婚約破棄に及んだが、本来、何の非もない婚約者を切り捨てられる人ではない。
アデリナに落ち度さえなければ、たとえミアに心惹かれたとしても、王族としての責務を忘れ、家同士が定めた幼いときからの婚約を破棄したりはしない。……はずだ。
幸いにも、私が前世を思い出したのは漫画のストーリー開始直後。
悪役令嬢アデリナはまだミアへの嫌がらせをしていない時期だった。
元々アデリナは、侯爵令嬢として、また王子の婚約者としてプライドの高い人ではあるけれど、理由もなく下の立場の人間を虐めるほど捻くれていたわけではない。
アデリナがミアへの嫌がらせを始めるのは、ミアとアルベルトが急接近し始めてからのことなのである。
私はミアに、決して嫌がらせなどしなかった。
それどころか、他にミアに嫌がらせする人間がいないか目を光らせ、その気配を察するや即座に潰して回った。
私と無関係の人間の嫌がらせを私のせいにされて婚約破棄される……というパターンを警戒してのことだ。原作の強制力というやつが働いたら怖いので。
そうやってミアに対して無害なポジションを確保する傍ら、婚約者のアルベルト様との関係維持にも尽力した。
元々、私とアルベルト様は子どもの頃から交流があり、いわゆる幼馴染みのような関係だった。
政略によって婚約が決まったのは、私達が十三歳のときのこと。
お互いに恋愛感情はなかったけれど、決して関係は悪くなかったと思う。
私の目標は、そんな穏やかな関係の維持である。
アルベルト様の恋心を私に向けさせようなどと大それたことは考えない。
というか、それをやろうとして失敗した挙句に暴走し、婚約破棄に至ったのが原作のアデリナだったのだと思う。
それに、アデリナは悪役令嬢という大役を務めるだけあってなかなかの美貌の持ち主だが、中身は残念ながら三十代にして年齢=彼氏いない歴のオタクな私なので……。
目指すは友達のような関係の円満な夫婦!
家同士が決めた婚約ではあるけれど、私達うまくやっていきましょうね~……と、折りに触れてアルベルト様にアピールし続けた。
関係の悪くない、何の非もない婚約者を切り捨てられるほど、アルベルト様は情のない人ではないはずだ。
そのはずだったのに……。
「どうして……」
目の前に並ぶ二人にゆらゆらと視線を彷徨わせる。
アルベルト様との関係は決して悪くなかった。
なんならこの一年で、友人としてずいぶん親しくなれた気すらしていたのに。
それに、私はミアを虐めてなどいない。
むしろミアを虐めようとした他の人たちを私が諫めて回った結果、ミアに懐かれた。
そう。まったくもって予定外なことに、私はミアとも友人のような関係を築いていたのだ。
もちろん、アルベルト様とミアが二人きりにならないように気を配ってもいた。
ミアの目が他の殿方に向くよう誘導もした。
全てが私の思惑どおり、うまくいっていると思っていた。
それなのに、この二人がこうやって私に婚約破棄を突きつけてくるなんて……。
私はこの勝負に負けたということなのだろうか。
いつの間にミアはアルベルト様と親密な仲になっていたの?
ミアは原作どおり、アルベルト様を選んだということなの……?
「どうして……」
恨めしげな目をミアに向けると、華奢な肩が小さく跳ねた。
いったい私はどこで間違えたのだろう。
どうしてこんなことに。
どうして……。
どうしてどうしてどうして……!
悔しさに身体が震える。
堪えようにも堪えきれない恨みの言葉が口から溢れ出た。
「どーーーしてディルク様じゃないわけーーー!?!?!?」
叫んで、私はその場に崩れ落ちた。