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9 現実は現実……



「……………」

ランチタイムが解散してから、久保木は考え込む。


……正直、もっと話していたかった。


いつものディスクを見るも、尚香は今仕事の調整で他の課によく行っている。




「これはあれですね。」

「あれに間違いないでしょう。」

柚木と川田は確信する。


「社内でこう来るとは。」

「だから本人戸惑ってるんですよ。尚香さん的には謹慎期間だろうし。」


本部長と事あらばと思っていた柚木に、川田が聞いた。

「この状況で尚香さんモテるって。嫉妬しちゃいません?」

「………まさか。今よく状況を見てみると、変人&アンチ囲いの山名瀬章と、いつ日本を飛び出るかも分からない久保木本部長……。どちらも難易度が高過ぎる……。」


「え?給料ハイスペックと海外生活ならよくないですか?他の課の女子も絶対に狙ってましたよ?」

「純日本人な私には結婚と付き合いの曖昧なフランスも、他のハイスペック相手にパーティーしなきゃいけなさそうなアメリカもしんどすぎる………。」

「やっぱりパーティーするんですか?ドバイも大変だって載ってたけど、ネットに。子供の誕生日も成人式も海外はハデみたいですよ。」

「知らないけど、アメリカドラマとかパーティーばっかりしてるからさ。」

日本は成人式すらしぼんでいくのに、海外は何でも盛り上がって、仕事後の飲み会すらしぼんだ自分たちには敷居が高い。


「それに本部長、その前はブラジルなのに??この、世界大動乱時代に、世界に出るってリスクが高過ぎる!」

久保木はここに来る前はブラジルで、前の会社では中央アジアにも飛ばされていた。いつ会えるのだ。自分も行くのか。こっちも強くないと、アジアの渦に飲み込まれるであろう。一応ジノンシーも、スペックの高い部類ではあるのだが。


「むしろ、他の課の女子に譲る………」

これが答えだ。

ジノンシーには、尚香以外にも切れる女子がそれなりにいるのだ。上司に女性版久保木のような人もいるが、彼らとやっていけるのは、自分もハイスペックか、完全に主婦業に振り切れる者たちであろう。どっちも無理だ。


ただ、久保木自身はアメリカ資本が長かったので、仕事先で結婚どうこうは考えていなかったが。アメリカでは職場恋愛はタブーだ。



「川ちゃんこそハイスペック捕まえないの?川ちゃんも、大手イケメン捕まえられるくらいかわいいよ?」

「え?ありがとうございます。でも、社内はお金を貯める場所です!」

ここが重要だ。お金を貯められる場所の確保。それは言い切る。

「それに手に負えないハイスペック生活より、東京の賃貸生活で月1で煮干し出汁ラーメンでも食べながら、時々ライブでブチ荒れる生活をしたい………。

……それを許してくれる男性を……捕まえます……。」

「!」

普通女柚木が感服する。川田は趣味に生きる女なので、趣味に注ぎこむ余裕をくれない生活はできまい。


「それに、変にモテて他の女子の目の敵になるのは嫌です……」

「尚香さん、目の敵になるのかなあ……」

「言わない方がいいですよ。それこそ本当に尚香さん会社辞めそう………」

「…………もともと庁舎君はあり得ないって言ってたしね……。いらぬ苦労はしたくないよね。」

しかし、うちの会社はそこまで人の事情に関与しなさそうではある。なにせコンプライアンス時代、もしかして尚香も「……それで?」で終わるかもしれない。



「でも、モエない?庁舎君に本部長だよ?」

柚木、どうしてもツッコみたい。

「今回の尚香さん騒ぎを真横で体験して、現実は物語のようにいかないし、スパダリが魔法の如く自分を助けてくれるわけでないと身をもって知ったので、モエるのは頭の中だけにしておきます……。」

「……………」

これはつまらない。


でも、現実そうである。

騒ぎの根源、山名瀬章は、やつれて端の席に追い込まれる尚香を抱きしめてあげるどころか、仕事をしながらただ遠くで見守っているそうな。それって誰でも出来ることだし。この二人ですら祈ってはいるのだ。

忙しいって、ある意味逃げだし。


これがドラマなら、あってしかるべきときめきシーンが全くない。モエないどころか、脚本を書き直したい。


けれど……現実はこんなものなのだ。



いつもあんなにうるさいのに、東京中を走りまくっていそうなのに。「見守るとか何?!出て来い!!」と言ってやりたいが、所詮高校生に毛が生えた20歳。何もできまい。



「……お二人、何言ってるんですか?」

「!!?」

「へ?兼代さん?!」

いつの間にか外回りから帰ってきた兼代。

「楽しそうですね。」

「楽しくないですよ!!」

「……そうですか?」


兼代は、ディスクに書類を置いて疲れ切っていた。

「……尚香さんが一緒に出てくれないせいで、俺が苦労しています………。しょっぱなから去年よりしんどくて、今年も彼女にフラれそうです。」

「あっそう?お疲れ様!」

「新しい彼女できたの?」


「……………」

聞かれてた?聞かれてないよね?と、顔を見合わす二人であった。





***




「尚香ちゃん、じゃあ旧正月は家にいるんだ……」

「あ、はい。」


世田谷の家で、スケジュールを確認する道と尚香。


旧正月は、久々に海外のお兄さん家族が来るはずだったが、今年は子供のスポーツクラブが強豪チームに勝ってしまい、小さな大会で準決勝まで来てしまった。ギリギリまでスケジュールが分からず。間際となったらあまりにチケットが高かったため、少し後になったのだ。

道は旧正月は先祖へのお供え物を作るため、そちらの頼まれ仕事に行く。なかなかいい儲けになるらしい。



「いつもみたいなお食事作れないけどいい?」

「大丈夫です。今、有休多めに取れてますから私がします。それに、中国でお祝いするような料理はお店に少しお願いしました。餃子とお魚と……ゴマ団子とか……。あと、長麺はネットで買って。」

「中国の料理もおもしろそう!」

日本の旧正月は休みではないが、尚香は仕事をセーブしているので食事などは作れるであろう。数年何もしていなかったので、今年は少しでもお祝いしたい。お兄さんたちが帰ってくる準備も必要だ。


そこで道は、心配顔になってしまった。

「………尚香ちゃん………、お仕事……大丈夫なの?」

「…………大丈夫ですよ。」

「……あの、尚香ちゃん、ごめんなさい。本当に、章のことで……」

道としては、これこそこの仕事をやめるべきだと相談したが、やはりお父さんが続けてほしいとお願いしたのだ。



けれど、昨年のお見合いからハラハラして、気分が上がったり下がったり、道は疲れてずどーーーんと、気持ちが下がってしまった。ドサっと、項垂れたように椅子に座り込こむ。

「…………」

「……え?道さん?」


「尚香ちゃん、ごめんね………」

「え?いいですよ?道さん?」

「お仕事も、あれも、これも、全部………」

「道さん?」

「……ん?」

「……道さんっ………」

顔色が白い。



そしてその日は尚香が落ち込んだ道を家に送り、家で休ませることになった。




***




「………熱は……ないですね。」


道の家で、横になってもらい熱も測る。

「多分、ただの疲れ………。ここ数年、風邪もひいた事なかったのにな。」

「………少し休んでください。これ飲んで………」

尚香、2000円もする自分の栄養ドリンクを持って来て道に渡した。値段は言わない。気を遣うだろうから。



「………尚香ちゃごめんね…………。お手伝いが、お手伝いの家にお手伝いされて、本末転倒というか………」

「だからいいですって。」

「…………」

自分の家の台所で、尚香が家から持って来たカリンジュースを淹れてくれる。軽く仕切ってある1Kの部屋なので、少し横を向くだけでその全てが見えた。



道、なんだか目頭が熱くなる。

「…………」


この数か月。ハラハラしっぱなしだった気がする。章が何かやらかさないか心配し、実際やらかしてしまったのだが、目の前の人は優しい。自分を責めてもいい人なのに。



思えばこうして、自宅で自分が誰かに何かをしてもらうのは久しぶりだ。


もうずっと韓国の実家にも行っていない。みんなの反対を押し切って来た日本、そして結婚。祖母に認めてはもらえたが、章がアイドルをやめて日本に戻ってからは、2回しか帰れなかった。



そして死んでしまった夫。


優しくて、本当に優しくて、大好きな人だった。




正一(しょういち)さんがいたら……という思いと…………


結婚を決める時の正一の言葉を思い出す。




『妻を………元妻を、愛していたんです。…………今も………

それでもいいんですか?』




年が離れた自分を追い返すための言葉。

それは方便というだけでなく、本心でもあったのだろうと思う。


知っていた。いや、当時も知ってはいたのだ。自分もそれでよかった。



でも、今、優しい誰かに包まれて思う。



でも、


でも…………





「道さん、大丈夫ですか?」

「……え?」

「泣いてるから………」

「っ!」

驚いて、バッと身を起こす。


「私、泣いてる?」

「泣いてますよ。」

尚香は箱ティッシュを渡した。


「…………」

仕方なしの顔で、道はそのティッシュを取って目と鼻を拭く。


「道さん、寝てて下さい。お粥か何か食べます?よかったら作りますけど。」

「……そこにレトルトがいっぱいあるから大丈夫。」

「………あ、ほんとだ。すごくたくさんありますね。」

「章がバカみたいにたくさん買って来るから…………」

「…………?……あ!」

一瞬意味が分からないが、章と洋子さんの買い物出来なさ具合を思い出して理解した。

「よかったら好きなだけ持って帰ってね……」

「はは………。今、何か用意しましょうか。」

「ご飯はあるから、中華丼食べようかな。尚香ちゃんも好きなの食べよ。」



そうして、二人はここで夕飯を済ませた。



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