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8 これはあれですね。



平日の金本家。


「お母さん、尚香ちゃん最近元気ですか?」

この頃、前より尚香によく会うゆえに、聞いていまう道。


「尚香?そうだね。変わりないけど……よく家にいるよね。」

道は、遠回しに確認してみる。

「少し仕事を減らしたのかな?今まで働き過ぎだったから……。」

「…………」

お母さんは、手を休めて何とも言えない顔をした。尚香の母は70過ぎ。まだ洋裁はできるので、頼まれ物の内職をしている。


「……仕事命みたいな子だったからね………。こうして時間が取れるのはいい事だと思うけど、何かあったのかな、とは思うよね……。」

道は章から聞いて知っているが、お母さんは今のことはあまり知らないようだ。でも、変化には気が付いている。

「昔いろいろあったから、今も無理してないといいけれど……」

「…………」




「道さん私ね。尚香に申し訳ないことがあるの。」

「………尚香ちゃんに?」


「あの子ね、本当は海外に行きたかったんだと思う。」

「………」

「英語とか苦手だったから、覚えるなら現地だって小学生の頃は言ってて。世界で地域開拓を手伝いたい、留学したいってずっと言ってたの。」

「……………」

道も、手を休めてお母さんとこたつに座った。



お父さんも高座椅子で、目ではロジックを見ながら聞いている。


「それでね、あの子の親族ってね、みんな教師や……会社の創業者って感じの人はいないんだけど、自営業者やけっこういい会社の役職についてる人も多くて………」

「……そうなんですか?」

ちょっと意外だが、考えて見れば尚香は金本の遠縁の子。全く身寄りがないわけではないのだ。

「尚香の両親も、立派な先生で……」


(のぶ)ちゃんだな。」

お父さんも口を挟む。尚香の父だ。

「章君が親の音楽の血を引いていたみたいに、尚香もそういう家系なのかなって。」

お母さんが笑ってため息をついた。


「尚香ね、高校の頃も部活で必要なものや資金が足りないと、頼まれてみんなに……プレゼンって言うの?そういうのさせてスポンサー探して回って資金集めするような子だったの。」

「……え。」

高校で?それはすごい。高校なら割り振られた予算の中でするか、父兄から集めたりするものではないのか。

演劇部や少しマイナーなスポーツ部もの、設備や備品、外部コーチのお願い。しかも他高校まで話がいき、専門学科で展覧会をする時も先生でなく尚香が生徒と理想のギャラリーを見付けて、宣伝までしたのだ。お願いしたい部活増え、結局基金のような形に。OBや高校の地元の有力者を探して、学校や部活が楽しかった学生が増えることの、将来的メリットも解説。

そんなことをしていたから、当時から何かの役員や社長業の人間に既に顔が広かったのだ。


なお、尚香自身は普通にテニス部補欠であった。


そして大学の頃には、サークルが関わる市町村で、自営業者の企画に関わり経済クラブの復興やイベントの企画や人集めを手伝っていたらしい。



「それでね、尚香は成績もよかったから中学校で一度人生の立て直しをしてあげようと思って、近い親族に引き合わせてあげたんだ。」

「!」

「その頃私もケガで腰を痛めて、尚香が、私たちの近くにいたいからずっと日本にいるって言い出して。このままだと尚香の人生を縛ってしまうと思って……。ほら、老後とか……。」

養父母に我が儘を言えず、遠慮しているのかもしれない。


「ちょうど、向こうの家も尚香に会いたいって話が来てね。向こうはもう祖父がいるだけでホームに入ってたし、尚香ちゃんの父親の信之(のぶゆき)さんの兄弟たちも若いし。そうしたら、金銭的にも楽になって、うちよりもいい学校に行かせてあげられるって。」



難しい話だ。

擁護施設から養父母の家に。さらに、近い親族とはいえ中学生でまた生活を変えるのはもっと難しいであろう。でも、養父母の気持ちも分かる。老後に苦労させたくないと思っているのに、老後のために養子を受け入れたと思われることもある。実際そう考えるような人もいるのかもしれないが金本夫妻は違ったし、血の近い親族が子供を見たいというのなら、純粋にそれもありと思ったのだ。


道も、子供で楽して生きようとしていると言われた。ただ道はまだ若かったので、老後のことまでは言われなかったが、お金のことはとにかく言われた。それは自分だけでなく、将来子供の心にものしかかる負担の言葉だ。そこから解放してあげたかったのだろう。


それに、東京でいい学校に行かせてあげるというのは、元々そういう家でないと難しいことも多い。金本家は貧しくはないが、そういったノウハウはなかった。




そして面会した結果、実際は尚香を品定めするように見ただけだった。


なにが気に入らなかったのか。

食事会も開かれず、伯父すらきちんとした親族紹介をしない。



考えてみれば、幼い尚香を誰も引き取らなかったのだ。そういうこともあるだろう。


あの時は、金本夫妻も自分たちが尚香の負担にならないようにとそればかり考えていたが、尚香の気持ちの奥までは考えていなかった。



後で知ったのだが、男の子でないなら、もっと愛想がよく利発そうで出来のいい子ならほしかったそうだ。でもただ勉強だけしているタイプかと思い、不安と緊張でガチガチになっている尚香をかわいくないと判断したらしい。多めのお小遣いをもらって、舌触りのいい事だけ言われて面会は終わってしまった。



お母さんはお茶をすする。

「なんだか、申し訳ないことをした気分だったな……。それから余計に、ずっとこの家にいるって言い出して。」

「このまま私たちの心配までしなくていいよとは言ったんだけど。息子もいるし、老後のお金もある程度はあるし。

でも、私の事も子供と思ってくれないんだって、その日初めて私たちに怒りだして。きっと悔しくて悲しかったよね。私たちにも親戚にも裏切られた気分だったんじゃないかな……。」

「……………」

道はなんだか苦しくなるも、尚香はこの家に残れてよかったんだと思った。


「ちゃんと怒れるって、親として信頼されてるからですよ。そんな態度を取ったら嫌われるし、養父母の嫌なところを見たくないって、我慢する子もいそうですから。」

章は全くもって、道に遠慮することはなかったが。



「でも、尚香ちゃん幸せだったと思いますよ。」

「………そうだといいけどな……。」

お父さんもお母さんも切ない顔をする。


「私もこの家に仕事に来るの、楽しいし。それだけでなんだか幸せなんです。」

と、道は笑った。




***




ジノンシーの方は、今のところあれ以来何もない。


待つという選択は正しかったのか。尚香は、仕事をスムーズに移行できる仕組みを作っていた。


「………金本さんが今日も内勤をしている……」

「一緒に外回り行ってくれないんですかね……。」

と、社員たちが恐ろしいものを見る顔で見ていた。


今は要点で入らなければならない現場以外は行っていない。





その昼、コンビニ。

「あ、金本さん。」

「本部長、お疲れ様です。」

コンビニで会った二人は、社内のカフェスペースでランチをすることにした。



「大丈夫なのか?」

「……はい。こちらこそ仕事にご迷惑かけてすみません。」

「……仕方ないだろ。」

現在、ニュース配信会社にイットシーが内容証明を出している。詳しい話は業務中にしているので、別の話になった。


周りの席に人はいないが、久保木は周囲に聴こえないよう少し声を落とした。


「金本さん、その内日本以外での仕事もしてみませんか?」

「………!」

思わず久保木を見てしまう。

「……日本以外?ビジネス英語できませんよ?」

ビジネスと言いつつ、生活英語もギリギリ通じるかだが。

「社会貢献部門なら日本所属のまま海外に関われますし、言語力より交渉力の方が必要になることも多いです。英語とは限らないし、通訳が付きますから。ジノンシーでなくとも、いろんな働き方があるし。」

「………」

尚香も、社会貢献部再編に関わったことがあるので知ってはいるが、自分がそこで働くとは考えなかった。まだ、今の仕事で手いっぱいだ。


「………考えておきます…………」

温かいコーヒーがおいしい。



久保木、尚香が元気そうでホッとすると、そこに柚木と川田が来た。

「尚香さーん!」


食後のコーヒーを飲みながら、このメンバーならと久保木が聞いてみた。

「あれから、弟さんとは会ったんですか?」

「……弟?」

兼代のことだろうか。


「山名瀬章です。」

「?!」

おわッと、全員で久保木を見てしまった。そうだ、ここでは章は従弟なのだ。

「昨年から会ってないです。……本名知ってるんですか?!」

「あれ?みんなも知ってるんだよね?」

「私たちは……まあ……。」

お見合い男のあれこれを詮索していたので知っている。初めは水掛けられ変態男だったのだ。


「はっきりしない奴だから、あれこれ聞き出した。」

章はどこでスイッチが入るのか尚香も分からないが、尚香の両親と愛知の経営者クラブ、サリカちゃんにはやたら愛想がいいのは分かっている。年配者に弱いのか?それとも儒教魂でもあるのか。


「………よく章君が話しましたね……。不愛想じゃないですか?」

「兼代さん相手でも、庁舎君はほとんど話さないって言ってましたよ?」

「大人しいが、20歳の男なんてそんなもんだろ。私の前でも別に愛想よくはない。でも、愛想良すぎる方が怖いし。ウチは営業できるようなのが揃ってるから、みんな社交性があって当たり前に思うけど。」

「…………」

それは言えている。


「でも……なんか、あんな不愛想な顔だけど、親近感が沸くんだよな。」

「あ、分かります!」

それは尚香もよく分かる。きついし強そうなのに、何となく懐かしいような、親しみのある顔。


「嫌いか好きか分かれそうな顔と容姿だけど、俺の脳が好きな方に分類したのか?別に好みでもないんだが。言うことも生意気だし。」

尚香も章と話していて外向き顔が壊されたが、本人気が付いているのか、久保木も口調が代わっている。

「ははは。」

久保木は柔らかそうだけれど、章のような子まで相手にできるのかと、尚香は笑ってしまった。



「……………」

久保木、そう笑う尚香を見入ってしまう。


そして思う。


「………。」



あれ?これはなんだ?



なんだ?


ずっと見ていたい。


…………………。




そんな停止している久保木を見る、柚木と川田。

「…………。」



尚香以外、空気が変だ。




「あ、柚木さんの言ってたチョコ買ったんだけど食べて。レモンの方買ったよ。」

と、尚香、先買ったチョコを開けた。


その横で、考える人のように考え出した久保木。

「本部長も食べて下さい。柚木さんのおすすめです。」

「…………」

「本部長?」

「………え?………あ………」

「チョコです。嫌いですか?」

「……え?好きだけど。………え?…………チョコ?」



「……………」



これは、あれですね。


と、無言で心を合わせる、真顔の柚木と川田であった。




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