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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十八章 あなたのことが

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66 進んでみようか



久保木は前に出た。


そしてガッと、尚香を握っていた男の腕を掴んでねじる。

「ぅう!」

と、男は手を離した。

「っ!」

そしてまた青ざめる尚香。こんなところを会社の人に見られるとは。


口攻撃していた男が体勢を整えて久保木を睨んで言い放つ。

「何ですか?私たちのプライベートですが?」

「女性が嫌がっています。」

「この女性が少し勘違いをしているだけです。」

「は?!」

さすがに尚香が怒る。

「本部長、どいてください。」

「本部長?……会社の人ですか?」

本部長と聞いて男が驚くが、久保木は尚香を前に出さなかった。


久保木はその男にはっきり言う。

「復縁はありませんから。」

そして、尚香の手を握った。


「!」

「………!」


「金本さんからの返事を待っています。あなたとの復縁はありません。」

尚香は久保木を見上げるも、久保木は男の方を真っ直ぐ向いていた。


「……はっ………」

男は鼻で笑った。

「……どこの職場でもそうやって人の気を引くようなことをしているんですか?」

「!」


そんな男に久保木は言い切る。

「あなたこそ、どこの職場……どこの環境でもそうやって女性を下に見るようなことを言っているんですか?」


「何?」

「金本さんが他の人を選ぶとしても、あなたには渡しません。」

「っ……。何を根拠に……」

「同じことを他の女性にでも同僚にでも言ってみたらどうですか。誰に言ってもおそらく信頼をなくすのはあなたですから。」

「っ…………」


そして尚香も久保木を盾にして言い返す。

「この人は、私の両親も含めて、未来を考えてくれますから!少なくともそう言ってくれました!」

すると、不思議そうに男は言った。

「……私もずっとそのつもりでいましたが?」

「……!」

この言い草に尚香は信じられない思いになる。以前付き合っていた頃、この男は『あなたの両親はあなたが自分で見て下さい』と言ったのに、自分のいい加減な言葉にはなんの責任も記憶もないのだと驚く。

正直、久保木にも両親のことまでは言われてないが。



最後に尚香は前に出た。

「本部長、やっぱりどいてください。私が言います。」

久保木は見守りながら身を引く。


そして尚香は明朗に男に言い放った。

「あの、結婚前に社会勉強をさせて下さってありがとうございます!」

「!?」


男だけでなく、久保木や章も少し驚いた。

「失敗する結婚のよい経験になりました。これでさようならです。私にとってはあなたとの将来は一切ありません。これ以上接近するならしかるべき対処をします。」



そう言って、尚香はエントランスに去っていき、久保木は追い駆けて行った。


「………………」

ジノンシーの本部長。背が高く一見若く身なりのいい男。そんな男に元婚約者を取られ、取り残された男は、呆然と立ち尽くしていた。





久保木に構わず尚香はどんどん前に進んで人混みの中に混ざる。


「金本さん!」

と、後ろから呼びかけてやっと尚香は止まり、久保木も心配そうに見た。

「本部長、すみませんでした。昔付き合っていた人です。」

そうして一礼する。

「あの、両親のこととか、あの男に言い切ってやりたかっただけなので許してください。勝手にいろいろ言ってすみません。」

苦々しい顔をしてもう一度礼をすると、久保木が笑う。

「いいですよ。もっと言いたいことを言い切って、好きに使ってくれてよかったのに。」

「!」

呆然と久保木を眺め、それから尚香も笑った。そこにいたのが久保木でよかったと思う。


「諦めたか分からないので、何かあったらすぐ相談してください。」

「……でも私、やっぱり久保木さんとはこれ以上関係を持てません。」

「気にしないで下さい。被害に合うのとそれは別です。」

二人は仕方なく、でもホッとしたように顔を和らげた。





章は先いた場所にそのまま座りこんでしまう。


章だけなら自分が動いたであろう。でも、久保木がいて、久保木の方が威嚇になり、上手く場を収拾できると分かっていた。オフィスビルでラフな格好をしている自分。こんな自分が出て行けばあの男は尚香に言いたい放題言うであろう。常識がないのか、見境がないのかと。



あまりに不足に感じた。

分かっている。本来、尚香と章は生きるフィールドが違うのだ。


それをカバーできるほど、お互い器用でもない。



以前に中国の親戚たちが来た時、尚香の叔父たちが姪っ子の結婚を真剣に考えていたことを知っている。一緒に来ていた30代ほどの男性はやはり結婚目的だったのだ。正直雰囲気も悪くなかった。


おそらく一緒にいても、周囲に溶け込んで、誰も騒ぎ立てることのないほのぼのした一組。


ただ、彼は仕事が安定しているので海外に住みたいと言い、尚香は日本にいたいと言っただけだ。




久保木から着信が入っていたが、章は帰りますとメールだけしておいた。




***




会社のミーティングの休憩時間に尚香がレインの着信を開く。


「?」


またエナドリのソンジからメッセージやスタンプが入っていた。実は数日おきに数回入っていて、面倒なのでまとめて気が向いた時に見るのだが、既読になったとたんダダダダダと返信が来る。


『お姉さん元気ですか~』

『功はなにしてます?』

『KOUくんかっこいいですね!』

『日本語の勉強教えてください~!』


基本返信はしていないが、だいぶ溜まっていたので、『教える必要のないほど上手ですよ。』『バイバイ!』とだけ返しておく。


すると、たくさんの『キターーー!!』『わーい!』『ちぇごー!!』などの高テンションスタンプ連打の後に、『ネイティブが僕には必要!』と来るので、『現地にネイティブいっぱいいますよね。』と返す。


『日本語は語尾の〇がかわいいです。。。』

と返信され、もう無視をする。何がかわいいだ。



しばらくして、

『今度焼き肉いつ食べに来ますか?』

『豚足にしますか?お肌にいいですよ。奢りますよ。』

『僕が韓国語の先生しましょうか?』

と来るので無視すると『KOUに教えてもらいますか?』とまた来る。しかもすごい速度で。日本語堪能なのか、横に日本人でもいるのか。翻訳機でもこのスピードは無理であろう。秒である。


『勉強きらい』スタンプをしておくと、爆笑スタンプが連打された。


「!?」

しかも、その後に『功と同じスタンプ使ってる!』と来たのだ。もう、爆笑スタンプが来なくても向こうで笑っている顔が思い浮かぶ。



こんな箸が転がっても面白いお年頃の人間とは、同じテンションで付き合えないので、その旨を伝える。するとまた速攻返信。

『お姉さん20歳で全然いけますよ!』

と、ハートポーズ連打。



これはめんどくさいとブロックした。ここまで鬱陶しいことをされたら、突如ブロックでも誰も責めまい。




***




それから数日後、尚香はじっと考えた。




居間から眺める仏間。


もう時を打たない、腕時計の入った箱。




どんなにいろいろ策を練っても、もう自分の生活の中に『山名瀬章』が入り込んでいる。


最近尚香も以前の頻度で、深夜残業や休日出勤をすることもなくなった。そのため、道の金本家での仕事も減っている。保育士の資格も取ったのだ。道が他でも仕事をしたいのではないかと頻度を減らしたのだ。実際、道はスポットで企業の保育室に入っていた。



でも、相変わらず章君は家に来る。



だから一度、きちんと考えてもいいのではないかと。



それに、久保木に良くしてもらっても、付き合えないときちんと断ったのだ。



スマホを見ると、章から久々にどこかのレストランできちんと食事をしようと入っていた。もうすぐ繁忙期に入るらしい。今の感覚だと公私はきちんと分けられそうな気もする。


最近はバンドメンバーが食事に来たこと、真理と会ったこと以外何もなくその後騒ぎもない。マネージャー三浦から説教されると思ったがそういうこともなかった。章が社内で叱られたかは知らないが。



『兄ちゃんが来るのでせっかくなら一緒に食事をしよう』


「…………」

章は、兄ならいろんな問題事に何かと対処してくれると言っていた。



章の家族たちとこれ以上縁を繋げるのはどうかと思いつつも、既に良子や巻とも会っている。一度、このまま章との未来を考えてもいいのではという思いになってくる。


エナドリのソンジも、功と自分が恋人になるとでも思っているのだろう。彼なりに応援しているのかもしれない。功の仕事の世界では、自分は功の足を引っ張るかもしれない。20代の身近な若者の間では、功はバカにされるかもしれない。


でも、小さな身内では認めてもらっていると考えていいのか。





仏間から眺める、居間の風景。


眺めているのは誰だろう。




そこでオセロをしていたお父さんと章。




ずっと落ち込んでいた母を励まし、尚香に弱みは見せなかったのにどんどん老いていった父。



そんな父が、楽しそうに親の顔で章にチェスや将棋を教える。


こんな風景が永遠に続いてほしくて、お茶菓子を出した自分。

将棋の漢字の説明をじっと聞く章なのに、真剣なのに、ゲームになると負けてしまう。



『章は武将にはなれないな』とお父さんが言うと、


『正面突破する』と言うので皆が笑う。『弁慶だな』『死んでるし!』と。





尚香はスマホを打つ。


『行きます。大丈夫な日を教えてね。』と。






再投稿です。ごめんなさい。

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