表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十八章 あなたのことが

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/71

65 卵か鶏か




ビルの少し入り組んだところで久保木を待っていた章。


「久保木さん、こんばんは。」

「久しぶりだな。どこか行くか?」

「いいです。ここで。」

「目立たないか?」

「すぐ終わるし、端なので。」

いや、お前自体が目立つんだが、と言いたいが、商業施設や地下通路のない場所なので早く済ませればいいだろうとここで聴く。



「久保木さんですよね。尚香さんに何か言ったの。」

「…………」

少し考える。


「まあ言ったが、保留だ。」

「……俺も保留にされてるんですけど。尚香さんそういう人なのでやめた方がいいですよ。」

「章が居ついているからだろ。」

「………」

そうとも言う。そこんところは何も言い返せない。


「尚香さん、どうせ答えなんて出しませんよ。」

在学中から好きで職場も同じだった高嶺の男性を、ずっと見ていただけの人である。


同じく高嶺と言えそうな久保木など見ているだけで、最終的には無難な人を選ぶか、迷って迷って婚期を逃しそうである。

「実家を離れないだろうし、あっちこっち行く久保木さんとは多分生き方そのものが違います。」


「知った上で待ってるし、ご両親のこともきちんと話すつもりだ。」

「実家と関わりを断たせて、次の職場に一緒に行く気?今度は海外?もう日本飽きたんじゃないの?」

「ご両親も自分たちゆえに若い金本さんが縛られていたら心痛いだろ。一緒にいるだけが家族じゃない。」

「……」

「それに、章こそそんなことをしていたら、ずーと平行線だろ。何の意味があるんだ?」

「…………でも、今だと出来ないことだってあります。入社したての頃は分からなくて、後になってから分かることだってあるでしょう。」

急かすことはできない。



時は満ちる瞬間があるから。



「そう言って延々とタイミングを逃すぞ。」

「俺は待ちますから。久保木さんより待てる時間はあるし。」

一回り以上年齢が違う。

「金本さんの方が焦ると思うが?それに一緒にいる人や考え方次第で、待つ時間は短縮できるし、方向性も増やせる。」

「………」

それはそうだ。


最終手段を言う。

「久保木さんは器用そうなので選択肢がたくさんあるでしょう。他、行って下さい。」

「お前の方が、時間だけでなく選択肢多いだろ。それに仕事に対しては器用な方だと思うが、俺も結婚はできていない。」

結婚と仕事……それどころか付き合うと結婚はワケが違った。

「……………」

それを聞いて章は少し考える。


「久保木さん、リベラリストでしたっけ?」

「……普通だが?」

「無自覚なんでしょうね。」

「勝手に決めるな。」


「『普通』って、そんなの結婚に未来があるわけないじゃないですか。」

「?」

「結婚は恋愛の延長で、人生は個人の自由だと思ってるわけでしょ?もしくは書類上や古い価値観ぐらい?未来への価値観に関して、噛み合わせる根本が違うのに噛み合う訳がない。俺はそこんところは古典的なので。」

「………まあ、欧米的と言うか、フランス的ではある。リベラルもいろいろあるし。でも、一長一短だろ。」

「約束した何かを守る気概が違います。」



それは人でなく、揺らぐことのない永遠の天に誓うものだから。



久保木は、章が何を言わんとしているのか一旦聞く。


「俺は、いい家族を作りたいと思う一つの起点と手段に結婚もあるから。」


章はまっすぐ久保木を見た。


「個人の自由は自由だけど、その目的が一致する人と結婚したいし。『卵が先か、鶏が先か』。目的で言えば鶏が先に決まっています。」



少し考えて久保木は尋ねる。

「ガチガチの理念でも失敗するだろ。それが欧米の結論で。対立しあって世の中家庭内別居も多いわけだし。うちも両親離婚して親父も今の恋人と同棲してるしな。それで幸せならいいし。」

「俺だってガチガチの理念で結婚するわけじゃないし、現代を生きてるわけで。それに、親がどうであろうろと、最終的にそういう生き方に迎合して、そういう未来感のままでいるんですか?」

「………」


「なにそんなに食いついてくるんだ?結果の話だろ。」

「…………」

年齢でもスペックでも勝てないので焦っているのである。勝てるのは将来への価値観だけだ。身の軽そうな久保木に比べ、章は家族関係も重い。でも、変化していいと言う久保木とは未来への価値観が違う。尚香も抱えている家族が重いからだ。


そして尚香は絶対に家族を捨てない。それは尚香の人生を変えてくれた人たちだから。



だからこそ、同じ先を見られる。


それは恒久的で永遠で、普遍的なものだから。




「今、尚香さんは目先のことで迷ってるけど、尚香さんも最終的に見ているのは鶏だし。それに鶏が先だよ。その安心した未来観があって、卵が自分の存在意義に安心するわけでしょ?」

「ほう。」

「卵は初めから設計図があって、完成に向かうんだよ。設計図がない車が性能のいい車になる?理想のない物が車になる?快適な移動という目的があって車な訳で。なかったら卵もないよ。横やりがあるだけで。」

「…………」

「神様は生き物に関しては、実験みたいに行き当たりばったり作らないし。そんな闇国家や闇組織みたいな、失敗していいみたいな。」

久保木、リベラリストと決めつけられても怒ることもなく、いい感じの顔でふむふむ聞いている。


「尚香さんもある意味リベラリストの中で生きているから答えが見つけられなくて、迷っている理由が分からないだけだし。結婚を事実婚みたいに考えていたり、最初から離婚ありきでいたり、本当に事実婚とかやめて下さいね。」


「するわけないだろ。わざわざ日本人を選ぶのに。そんなんで日本人と結婚できるなんて思っていない。」

「………」

「それに俺はフランスよりアメリカや他の国の方が長いからな。フランスも結婚が少ないわけじゃないし、一緒に生きるパートナーの将来を保証させてあげられないなら、結婚も同棲も同じだろ。金本さんを選んでそんな未来を選択する理由がない。」

「…………」

「むしろ、そういう地の固まった女性だからこそ選びたいというのもある。ちゃんと理想があって、自分たち夫婦や子供に着地場所を作りたいということだろ?」

理解が早い。


「俺も、そういう人生がいい。鶏がいるからこそ安定した卵が生まれ、中のひよこも安心して成長する!」

「!!?」

もっとリベラルな男だと思ったのに、柔軟性もあって章はビビる。



この際、むしろ全然違うことを言ってみた。

「尚香さんけっこう頑固で我儘だし、結婚してもやり直しの難しい微妙なイヤ~な時期に離婚したくなるかもよ?仕事以外の行動範囲が狭くてつまらないし、寝てるだけの日も多いし。」

最初からこう言っておけばよかった。叱られそうだが尚香さんを下げてみる。


「あー、大丈夫。休みの日に人の家で映画を観るかゲームしかしない人と付き合ったことがある!」

「!!」

強敵である。久保木、思った以上に柔軟で軽い。

「結局そういう人と別れたんだろ??」

「金本さんとならそれについて議論するのも楽しそう。」

「っ!!」


「…………お前まだ20歳だろ?」

「なに急に?」

「おもしろいな。やっぱりちゃんと店入って飲み直そう。」

「……はぁ?!」



と、言ったところに、先の方に見えるエントランスの一角に尚香が退勤して来るのが見えた。

「尚香さん………」

章が気が付くので久保木も振り向く。



しかし驚いたことに、尚香は見たことのないスーツを着た男性といた。

しかも、手を握って。


「!?」


え?尚香さんが告白されたと言っていた人って、久保木さんだけでなくて?

と章は驚く。尚香は今、本当にモテるのか?

しかもなぜかこっちに来る。この広い場所でなぜわざわざこっちに。



「離してよ!」

その時尚香が怒って手を振りほどき、章たちの少し先で止まった。章たちには気が付いていない。


男が言う。

「ちゃんと一度話し合おう。」

「……帰ります。」



は?何?

こんなドラマみたいな修羅場?と驚く章と、同じく驚く久保木。



しかも尚香さんが?

相手はインテリな感じのスーツを着たサラリーマン風だ。年齢は尚香と同じか、年上に見える。

「あなたとの話し合いは話し合いではありません。帰ります。」

「何を言っているんだ。それに、なんで電話番号を変えたんだ?」

「あの状態で変えなくて済むと思う?変えたからって何?!」


「………やり直そう。」

「っ!よくそんなこと………。」

「あの時は考えが足りなかった。」

尚香はその男を睨む。



何だかすごい話をしている。章はこんな場に出会ったことがないのに、こんな場面が一番似合わなさそうな金本さんがそんなセリフを言われ吐いているので驚くしかない。



男が近付いてくるので、はね退けるように言う。

「選択肢がなかったからでしょ?」

「………?」

「どうせ誰とも付き合えなかったんだよね?私以外の女性に相手にされなかったか、呆れられてすぐに別れられたか。」

以前と違って強く言い切る尚香に男は驚いていた。


「……違う、その……。父が言うんだ……。尚香さんは………と。」

「!…………」

そこで初めて尚香の顔が緩んだ。

「父が……最近少し痴呆なのか………。尚香さんはどこに行ったんだと………」

「……………」


章には分かった。以前の婚約者だ。


「父に会ってほしいし………」

「…………」

少し弱気な顔になるも、尚香はきっぱり言った。

「あの後、ホームに訪問してご挨拶はしました。お父さんには良くしていただきましたが、それとこれとは別です。もう、私がお会いできる人ではありません。」

「………」

「これ以上何か言うなら、人を呼びます。さようなら。」


と行こうとしたところで、腕を掴まれる。

「待ってくれ!」

「……っ」

尚香が青ざめたところで、男は言い切った。

「どうせあなたも、普通に生きて行けるかなんて分からない身じゃないか。誰があなたのような人を!」

「!」



そこで前に出たのが久保木だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ