64 女の子になって!
「大和って本当にバカなんだね。」
「だって知るかよ!そんなん。」
教室の片隅で静かに話すのは先、章がLUSHと知った大和と、この前の春迎祭でその正体を知った利帆である。
「でも、尚香さんが口にせずササっと逃げたことを思うと、みんなに言わない方がいいよ。」
「………まあな。奴はヤバい。」
「だから何が?」
「説明しただろ?尚香さん一家のヒモになろうとしている。」
「功だって儲けてんじゃない?」
「大和ー!まだLUSHの悪口言ってんのかー?」
「お前、この前見てないんだろ?張り合うな!」
「結花たちが気分悪くするからやめろよ。」
クラスメイトが叫んでいる。
「うるさい!俺には奴を悪く言う権利がある!!」
なにせ静かにしてくださいと言っているのに、その当人に直接絡まれている。それどころか、この前校内に入った時はは大和が身元証明人だ。
「何それー!!」
「信じられない!!」
女子が怒る。
「そもそもうるせーから、いつまでも教室で趣味の話をするな!!するなら他人に影響を与えるな!コソコソやれ!!」
「だからってさ!」
「もしかして自分もアイドルになる気か?大人しく進学しろ。」
「興味もないわ!!」
「ちょっと黙って!大和には言う権利あるから!!」
「なぜ!」
「は?なんだ??利帆まで!!」
と、言う具合である。
***
夜に家に来た章に尚香は呆れる。
「章君、一体いつまでお休みなの?」
「休んでいない。ここに来ていない日は仕事をしているし、昼も仕事している!」
「………そう?」
毎日来ている訳ではないし、来てもすぐ帰る日もあるが心配になってくる。
「ミルクも入ったラムレーズンアイスとナッツナッツ見付けたから持って来た。ワサビもある。こっちのバニラは、胡椒で食べるとうまいらしい。アイスの醤油も買って来た。」
「醤油とワサビは知ってるけど……胡椒?」
袋から数種類の胡椒を出す。
「…………」
それにも呆れる尚香。
「え?なんで尚香さんワサビアイス知ってるの?行きたいって言ったのに俺を無視して長野にでも遊びに行ったの?」
「昔、美香たちと行ったんだよ。」
「前、言わなかったよね。それ。」
「それより何で胡椒一種類にしないの?粗挽きだけでなんで2個も買って来るの?普通のも1個でいいのに!だいたいウチにあるし!」
それを無視して、章はバニラアイスに醤油をかけておじいちゃんとおばあちゃんに渡す。
「お、うまいな。」
「うん、おいしい。」
おじいちゃんたちに褒められてうれしそうだ。
そして、バニラの半分に粗挽き胡椒、片方に普通の胡椒をかけ、ワサビアイスも出す。
「尚香さん、どっち食べる?」
「じゃあワサビ。」
「ほい。」
「胡椒のも一口ちょうだい。」
「ほい。」
と、口を付ける前の自分のスプーンで一口もらう。
「あ、おいしい!」
「だろ?」
「章君もワサビ食べる?」
一口もらう。
「うん、おいしいよ。」
「お母さんも食べる?」
交換し合って、雑談をしながらふと我に返る尚香。
「……………」
食べきってから、暗い感じでスタスタと廊下に行こうとする。
「尚香さん、どうしたの?」
「なんでもない………」
あれ?これはいかんくないか?
と、尚香は廊下で考え込む。
「んん??」
普通、男女でシェアするか?小さな一個一個のお菓子ではない。しかもスプーンですくう物。衛生もコンプライアンスもうるさいこんな時代。会社の女性同士でもしない。美香以外は。柚木や川田は向こうが言ってこればする。
最初の一口なので口を付けたスプーンではないが、何の躊躇もなくシェアしてしまった。尚香が今までそれができたのは、男性ではお父さんと初期の頃のお兄ちゃんだけだ。
なのに、この距離感はヤバいだろ!と。
そしてそこに、何も違和感を感じない。
もう、仲のいい男友達を越えて、女友達である。美香ではないか。
「尚香さん?もっと何か食べるー?」
「もういいー!」
廊下から叫んで居間に戻る。
「どうしたの?」
「ううん。何も………」
と、頭を抱える。
それで会社の人にときめいてしまう気持ちもあって、どうかしている。もう本当にこっちの人は弟か女友達でいいではないか。
「章君、もう女の子になって。」
「え?何言ってるの?」
「切実なんだけど。」
「??」
と、嫌な顔をされたところで、大和が来た。
「こんばんはー!」
と、大和が入るとやはり章がいる。そして、LUSHだ。
LUSHなのか?
章は先までしていなかった、マスクと眼鏡をしていた。
「おめー、何しに来たんだよ。」
「………章さんこそ、ここに毎日何しに来てるんですか?」
「こっちが聞いてんだっつーの。毎日じゃないし。お前も来んな。」
背も高いが態度もデカい。
「大和君こんばんは。章君、大和君にひどいこと言わないで。」
「あの、電話したけど母がいろんなお礼って……これ。お菓子だと思う。」
と、紙袋を出す。
「思うじゃなくて菓子だろ!そんなもの俺が取りに行ってやるのに。連絡しろ、兄貴だろ!」
「章君!」
大和はこの大人に呆れる。
「一度仏壇に供えていいですか。」
「どうぞ。」
そうしてひと段落して、大和もアイスをもらった。
「あ、ワサビうまい。」
「大和に大人の味が分かるのか?子供の菓子でも食ってろ。」
「……………」
「……なんで俺の顔見てるんだ?惚れたのか?」
「あ、いえ。別に……。」
何となく見てしまい………大和は気が付く。
「あれ………」
「………だから何だつーの!惚れたなら惚れたと言え!!」
「髪の毛!」
「……あ、ほんとだ!章君、髪の毛!」
尚香も気が付く。
「!!」
「ピンクだ!」
帽子から見える髪がピンクだ。
章はバッと、頭を押さえる。
「見せて!かわいい!」
「いやだ、おじいちゃんに不良扱いされる!」
「不良はピンクに染めないでしょ。見せて。」
みんなが言うので、しぶしぶ帽子を取る。
「うわ……、すごい!パッションピンクだね………」
少しくすみがあるも鮮やかなピンク。
「!!」
大和も驚く。ヤベーよ。こいつ本当にヤバい。こんな大人どうしろって言うんだ。
大和も冬休みなど青にしていたのだが、百歩譲っても、パッションピンクはヤバい。真っ黄色や緑、黄緑よりはマシというくらいだ。こんなのが尚香さんちに出入りしていていいのか。
なぜせめてグレイッシュやアッシュカラー、ポイント染めにしておこうとか思わないのか。
頭の中の構成はどうなっているのか。どういう回路で生きているのだ。
章は、横を向いて言う。
「新曲のプロモーション終わるまでこのまま………」
「いいじゃないか。」
おじいちゃんが笑う。
「ほんと?」
ちょっと遠慮しながらも、その一言で帽子を諦めた。
「スライムで好きなことをさせてもらったから、今度ナオさんや和歌さんの好きなことをすることになっている………」
「はは、そうなんだ。でも章君の仕事を知らなかったら、絶対に変な人だと思うよね!」
尚香が笑って章が安心する。大和は、こんな髪型にしておいて芸能人で世間の目を気にするのか?と一から十までこの人に疑問しか湧かない。
しかも、やはりスライムの本人なのか。LUSHと知らなければ、どこまでも変人であった。変人だが。
「………あ…………」
あ、そうか、こういう仕事の人なのか………
と大和は納得するも、今度は尚香が何かに気が付いた。
「!」
あっ、と思い、
尚香は、また落ち込む。
「……………」
尚香の心の中はこうだ。
そう、だからなぜ、章君は違和感ない生活の一部になっているのだ。
これはいけない。どうしたらよいのだ。
「……何?尚香さん、先からなんなの?やっぱ変って思ってるの?」
「章君………」
一体、この子は何のためにここに来ているのか。
尚香は弱々しく言う。
「やっぱり女になって……」
「え?だからなんで?」
「??」
大和もなんなのだと思う。女?なぜ??
「章君が女性ならほんとよかった………」
「…………」
嫌な予感がする章。男をすっ飛ばして頭までピンクなのに、これ以上どこに行けと言うのだ。侍と武士をさせたイットシーのスタッフより突拍子もないことを言い出している。
そんな尚香さんは、しばらく机に伏してしまった。
***
ジノンシーと同じビル。渋谷アベニューマークに会社を持つ、シューナエンターテイメントのデザイン部門。
関連会社も入るフロアでPCに向かう気楽なオジさん、ノブちゃんと章は画面をじっと見る。
「どう?」
「いい感じ。鼻毛も鼻くそも毛穴も産毛も全部消してね。」
「産毛は何もしてない。消し過ぎるとフェチな人がうるさい。」
「えー、消してよ。」
「つーかお前、産毛全部剃られただろ。」
「なら、ここ顎、細くして。尖るくらい。」
「輪郭は修正するなと厳令を頂いている。」
「誰から?ナオさんからならいいよ。」
「伊那さんだ。」
「それもいいよ。かわいい功君じゃなくなったって、最近ネットでいろいろ言われるからさ。かわいくして。」
「今さら無理だろ。」
グラフィックの確認をするも、ノブちゃんに『漫画級に直せと言ってきます。どうしますか?』と、会社にチクられるので電話で章は叱られていた。
そして、時間を見て夜の7時と確認し会社を出る。
エントランスフロアで待っていたのは、久保木であった。




