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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十八章 あなたのことが

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62 夜が明けるまで



どんどん人が歩き行き交う、夜の渋谷駅。



「LUSH+……?」


目の前にある大判のポスター。そこに佇む男に、大和も足を止める。



どこか異国の荒野で………


目は合わないのに、一対一で対峙しているような、自分とその人。



ああ、学校に来てたLUSHのことか、と理解するも、そこに写った男に拭えない既視感。

戸惑う自分の心。

「……………」



章さんみたい。章さんもほんと、フラフラ遊んでないで、歌はともかくこういう仕事できそうなのに………、と鈍い大和はそこを去っていくのであった。


何か、

何か違和感を抱えながら。




***




ジノンシー飲み会側。


「本部長?最近上手くいってます?」

久保木に声を掛けるのは、いつもキラキラした柚木だ。

「…………」

珍しくほろ酔いの久保木は少し顔が赤い。


「本部長?」

「世の中上手くいかないな。」

「世の中の話なんてしてません。」

「………柚木さんもしかして知ってる?」

食いついて来た!と、柚木はニコニコになる。

「何がですか?!」

「……………」

「言わないんですか~。」

とウキウキ言って、川田に怒られた。

「柚木さん、やめましょう。」


一見柚木が久保木を狙っているように見えるが、目ざとい兼代にはすぐに分かった。金本さんの話であろう。何人かがこの飲み会に尚香を誘ったが全部断られた。ここに久保木がいるからか、それとも本当に用事があったのか。



「はー、俺もせっかく企画側に移るなら、少し金本さんと仕事一緒に回りたかったな……」

かつての兼代ポジに付いている高垣が素直な感想を漏らす。今までの出先で、金本さん来ないんですか?という話を何度聞いた事か。一体どういう会話をしてきたのか自分の目で見てみたかった。


「威圧感ないですからねー。先方もいろいろ聞きやすいんですよ。」

よく一緒だった四谷も話に入る。


時々この話になるが、今になって本当に実感する。

東京のコンサルと聞いて構えているところに、あの金本さんなのでみんな話がしやすい。今は兼代と高垣で回っているところが多いが、二人ともスーツをビシッと着こなした男性のため、業務への信頼はしてもらえるが、プラスα向こうから要望を言って来ることが減った。先方も人と言葉を選んでいるのだろう。

通常業務に支障はないが、そこから新規の仕事や繋がりを掘り出すことはまだ上手くできていない。尚香はとにかく先方に合うマッチング先を探すのが上手かった。


「柚木さんも、そろそろ外回りしません?やっぱ女性必要ですよね。雰囲気が良くなる。」

「……私は川田さんの方が向いていると思います。」

「川田さん?」

みんな川田に注目する。

「…………」

川田は返事をせずグビッと飲んだ。




今日話題の尚香さんは、私生活において凡人であった。


箔のある大学に行き、箔のある企業に勤め、同性代の女性より多くの給料をもらいながら、華やかな誘いにも乗らずどこかに雲隠れしてしまう。仕事関係以外は集まりにもあまり出てこない。


そして、東京下町の古い実家住まいと聞いている。

私生活は自立して当たり前というような層が多い世界で、今時のステータスも求めない。リーダー職から離れてこれから給料も落ちるだろうが、気にしないのだろうか。結婚や出産、介護など節目があるわけでもなさそうだ。

普通の人は一度上がった生活基準を下げるのは難しい。給料が惜しくないのか。



「実績だけ作って逃げられても困りますからね。社内コンサルしてもらわないと。もうちょい引継ぎしてくださいって言って、また回ってもらいましょう。」


ジノンシーは個々の能力があれば人が変わっても問題はないが、それでも仕事相手は日本人だ。先方も急速な変化に対応できないので多少の型は作っておいてほしい。今、それもしているのだが。

「あんな感じで引いちゃったから言いにくいんだけどな。」

「再三言ってるけど時々しか動いてくれない。」

兼代は、遠慮なくいつも言っているのだ。


「金本さん、もう辞める準備してません?」

四谷が呟く。

「え、まじっすか。」

「金本さんみたいな人が、社内で延々と事務処理みたいなことしてて何の意味があるんですか。」

普通の会社ならそれもありだが、ここはそういう会社ではない。最初に買われた働きをしなければ、他の人に変わるだけだ。

「これ、うちも損失食らってますよね。こっちだって訴えたいんですけど。」

記者やネットで騒いだ連中に、こっちも半出社拒否になってしまった社員がいると責任を追及したい。



「………まさか結婚?!」

高垣が言ってしまう。


「?!!」

「!!」


そんな話は噂はあれど、実際浮いた話を全然聞かないのでみんな驚く。

「本当に庁舎君と結婚するとか?」

「え?20くらいですよね?彼。」

平凡金本さん、大胆過ぎる。みんな冗談半分の範囲でおもしろがっていただけなのに。

「庁舎は空振りまくってるし、尚香さんにそんな踏ん切りはないだろ!」

かわいい弟庁舎君をフォローしない兼代である。



「今のところ……それはないと思いますけど。」

「?!」

大人しかったのに、まるで知っているように急に言う川田にまたもやみんな注目する。

「全部空中分解するかも………」

「は?」

「『全部』?」

男たち訳が分からない。

「!?」

久保木も顔を上げた。



そして柚木。

「本部長、どう思います?!」

いちいち久保木に振るなと、柚木を睨む川田。何の燃料投下か。

「……………え?何?」

久保木の反応が鈍い。

「本部長?大丈夫です?」

柚木はかわいく言ってみる。こんな本部長初めてで楽しい。


「……………はぁ………」

でも、久保木は伏せてしまった。



普段ここまで男女が揃うとあまりプライベートの話はしないが、変な飲み会になってしまった企画営業部であった。




***




「大地くーん?」

ある都内のマンションで、章はドアの前からそっとその名を呼んだ。

「大地、入ってもいい?」


返事がないので、横にいた良子も声を掛ける。良子は章の妹だ。

「お兄ちゃん。章兄ちゃんが来たよ。入ってもいいよね?」

「…………」

返事はない。


「入っちゃうよ。チキンバーガー買って来た。ここのチキンがめちゃでかい。コーラでよかった?」

そっとドアを開けて、カーテンが半分閉まった小さな部屋に入る。


机でゲームをしていた大地は怒ることもなく、章の方を向いた。


「大地、久しぶり。」

大地は章の挨拶に、コクンと頷く。

「これ、一緒に食べよ。ここに座って。」

床に広げると、大地は無言でハンバーガーの前に座り三人で食事タイムになる。洋子の子供や(まき)だけの時は一緒に食事の感謝を祈る。


良子と大地も洋子にそう教育されてきたからだ。


今ここにはいないが、巻はノリで加わる。他の家族がキリキリして神経質なので、ちぐはぐして不揃いに見えるのに、永遠で結ばれれいるような洋子の子供たちの集まりが好きだった。



正二(せいじ)兄ちゃんに会った?」

「……ご飯食べに行った。」

やっと喋った大地の声を聴いて、章はほっとした。

「また兄ちゃん戻ってくるし、俺も今度好きな物奢るから、良子や巻も一緒にみんなで食べに行こ。ウチにも遊びに来いよ。」

そう言うと、大地もコクっと頷く。




ここは章の父違いの兄弟の家だ。


洋子の元夫と再婚相手の家で、巻とその姉千奈(ちな)は章と血の繋がりはない。

巻の母は洋子と似ている章が苦手だ。嫌いではないが、章を見ると洋子を思い出してしまう。



自分の夫が、自分たちの結婚当時、元妻を愛していたことを知っている。


彼は嫌いになって洋子と離婚したのではない。妻が手に負えなかったのだ。そして離婚してから『和司(かずし)君も、洋子ちゃんのような子と結婚するならもっと我慢強くなければいけなかった』と責められた。当時は反抗したが今は分かる。


自分も洋子のような性格だったのだ。急性的で、妻の不出来が許せない。



洋子の前夫は、洋子の興奮が収まるまで何でも聞いてあげたらしい。話が支離滅裂で脈絡がなくとも。

彼だって時々怒ることもあるが、そんな時も、妻をギュッと支える。



そして最後はずっと抱き合って寝ていた。


夜が明けるまで。




和司は、物の状況が収拾できない妻の話を聞くどころか、言い訳をするなと怒り、洋子が部屋に閉じこもるので、後で会ってさらに罵った。

感情的になる自分を押さえられなかった。



その後、前夫といた時、洋子はもっと穏やかな性格だったと聞いてショックを受けた。人に食って掛かるような強さもなく、いつも誰かの後ろで怯えていたらしい。山名瀬家で肩身の狭い思いをしたストレスだけでなく、和司と結婚して洋子は完全に変わってしまったのだ。



洋子がどれほど純粋な性格か知っていたはずの和司。自分はかつての義実家のようにはさせないと思っていた。


それなのに。


あんな元義実家からは早く引き離すと誓いながら、洋子の出来なさにイライラし、嘲笑や嫌味を言っていた人たちより最悪なことをしてしまったことに気が付いたのは離婚後だ。自分だけは味方でなければならなかったのに。


それほど洋子も人をイライラさせたが。

でも、それも言い訳だ。


洋子が自分に激しく食って掛かるのは、自分から身を守るためだったのだ。




そして今の妻は、惚れてしまった人が離婚で弱っているところに、頼みに頼んで結婚した元同僚だ。なので洋子の前夫が亡くなったと聞いた時、妻は夫がどこかに行ってしまうのではないかと、何年も何年もハラハラして生きてきた。


「自分が洋子を変えてしまうから、もう彼女とは暮らせない」と夫から聞いた時、実質的には夫は自分と居てくれるだろうと初めて安心した。


夫の心の底までは分からないが、その先はもう見ないふりをして。






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