58 それはハッピーエンド?
次の朝。
残っているのはジノンシー側と、真理に和歌、伊那の彼女ともう一人。女性ばかりで雑魚寝をしていたところに、何と男性の客が来てしまうことになった。
鍵盤の伊那だ。
まだ寝たい人、人前に出られる感じでない人は、ゲストルームに集結させられる。夫婦部屋にもトイレシャワーがあるのに、ゲストルームにも簡単なシャワートイレがあるらしい。なんという家だ。
尚香は早く起きて、食べたい人用に簡単な朝食を作っていた。美香は横でドリンクなどを入れてくれている。
「尚香さん、質のいい卵はもう少し半熟具合を出して下さい。そのスクランブルエッグは邪道です。」
「ちょっと、男子禁制なんだけど!寝てる人もいるから!」
こんなところに紛れて伊那がうるさいので、真理が叫んでしまう。
「もう11時なのに?皆さん遅起き過ぎない?」
伊那がダイニングテーブルで尚香の料理を評価して、一部女子の不評を買っている。
「でも尚香さん、このオリーブオイルのサンドはおいしいですね。」
バナナと黒砂糖、オリーブオイルのオープンサンドだ。
「でしょ?」
「ちょっと聞いてるの??尚香ちゃん、甘やかさないで!」
「伊那、朝からほんとやめて。」
ゲストルームからやって来た伊那の彼女が困っているのに、伊那と言えば反省していない。女性の中で全くひるまず、長髪だが男顔、なのに普通に馴染んでご飯を食べている。
そして急に、
「だがしかし、真理は俺に感謝せざる負えない。」
とスマホを確認して威張り出した。
「何が?」
「真理、玄関見た?」
「何?」
玄関の方で何か音がする。カメラを確認する前にリビングに人が入って来た。
「I'm home.」
低い男性の声。
「?!」
真理が立ち上がる。
「Honey!」
そこに入って来る、少しでっぷりしているくらいの大柄な黒人男性。
尚香たちが何だと思うも、見れば分かる。夫であった。
「My honey!Honey!!」
「My babe!」
しばらく抱き合ってからこちらを見るので、みんなも慌てて挨拶をした。
「おはようございます!」
「おはようです。ワタシ、マリのだんなさんです。」
どうやら日本が話せるらしい。
「なんで?来週って言ってたのに!」
「イナが、ライブに呼んでくれたヨ。」
「!」
伊那を見るとピースしている。伊那が真理の夫に仕事を入れてくれ、早めに日本に来れたのだ。
そこに登場、運転手&荷物持ち。
「うぃーす。」
空港まで迎えに行った功が玄関からたくさん荷物を持って、三浦と舞監の興田と家に入って来た。
「スーツケースは玄関に置いたよ。」
キャスターを拭いていないのでまだ床には上げていない。
「サプライズしないでよー!!」
真理、男性陣に怒る。
「あれ?尚香さん。」
「…おはよ、章君。…あ、……と興田さん……。」
「おはようございます。お久しぶりです。」
尚香は、興田を見て少し苦笑いになってしまうもきちんと挨拶をした。お互い気まずい。
「美香さんたちも……何してんの?」
「女子会。」
「功君もご飯食べなよ。真理ちゃんの旦那様も……」
そうして、自己紹介をしてから美香がサンドイッチを差出した。
「みんなが来るって知らなかった女性もいるんだから、ごはん食べたら一旦どっかの部屋にいて。」
身内ならともかく、外部の女性たちだ。
「こういうのはサプライズ過ぎてもだめだよ。ウチに誰かいるか確認しないと!」
旦那さん、少しでも余裕をと数日早く日本入りしたので、イットシーの他のスタッフも知らなかったのだ。
と、真理が言うも、一番飲んで一番寝ていた川田が、思わず扉を開けてゲストルームから出てきてしまった。
「……あ……」
「……………」
思いっきり部屋着で、思いっきり着の身着のままの川田。
「??」
しかし、最初男性陣は気が付かない。
誰?
音楽関係者?尚香さんの友達?
プライベートではファンキーでパンキッシュな川田さんは、ランニングにショートパンツで、目つきもヤバい。
「部屋入ろっか!」
尚香も慌てて川田を部屋に押し込める。
「尚香さん、大丈夫ですよ。パジャマじゃありません。」
大丈夫。ブラトップであった。けれど色っぽい。
「……尚香さんがまた美人連れて来た………」
功が唖然と見てしまう。
「…………誰?」
興田まで思わず赤くなってしまう。
そして、キチンと身を整えて出て来た女性たちと、ランチに近いブランチになる。途中で買った総菜や寿司などが加わり、真理の旦那さんとみんなで自己紹介になった。
功は、それを少し後ろの方にあるバカでかいクッション風のソファーに丸まって見ている。
「功君、これ食べたら?」
「うん。」
尚香が海鮮丼を持って来て、功の横のサイドテーブルに置いた。
「こっち、ウニとイクラもあるから。」
と、握り寿司まで横に置く。
「俺、ウニ嫌い。」
「嫌いじゃなくて、好きです。食べて下さい。」
と尚香は適当に言っておく。
「じゃあ、尚香さんが食べてよ。ここ座る?」
尚香は白い目で見てその言葉は無視をした。
「功君。丼、醤油直接かけていい?」
「うん。」
「みんなの輪に入ったら?」
「尚香さんこそ、ここに座ってよ。一緒にお寿司食べようよ。」
と、体を伸ばして少し先にある小さな椅子を引っ張り出してした。
「王様と従者みたい……」
「何でそんな卑屈なの?いっつも歌手とマネージャーみたいとか、女優と付き人みたいとか。真理ちゃんにちにある家具は、こんなんでも高級品だよ?これに座ったらセレブだよ。」
と言うも、聴こえた真理が向こうから言ってしまう。
「それ、雑貨屋で税抜き980円だけど。」
「…………。尚香さん、俺と席変わる?」
「いいです。」
そして寿司に戻る。
「俺、イクラはもっと嫌いだから、俺がウニ食べて尚香さんイクラ食べて。何のためにこんなにプチプチしてるのか分からなくて、イクラ食べると異次元に行くから。口の中が冥界になる。」
「………私もそこまで好きじゃない。」
実は尚香も嫌いであった。
「人に食べさせてそういうこと言うんだ。」
子供の頃は好きだったのに、今は子供の頃苦手だった数の子の方が好きだ。
「3周回って、また好きになるかもよ。」
と、章は無理に進める。
「ウニの方ちょうだい。」
「いやいや、イクラで。」
一方、中央のローテーブル。
「………」
尚香は気が付いていないが、みんなこの二人は何なんだとじっと見てしまう。本当に仲がいいではないか。
ただし恋人と言うより、本当に親戚のお姉ちゃんに面倒を見てもらっている小学生。もしくは、構い過ぎママと大人になってもお母さんがいないと何もできないアホな息子である。これで付き合うとか、もう惰性であろう。
まだ新参の女性は、撮影以外でこんなに話して笑っている功を見たのは初めてで驚いていた。
「ねえ、尚香さん。」
小さな椅子に座る尚香に、功は聞いてみる。
「MV観てくれたんだって?僕のファンになった?」
「もうファンだけど?」
「それはウソ。そういうテキトーなのはいらない。」
尚香さんはファンではない。身内や親戚の子が有名になったから、情で応援してくれている叔母ちゃんである。
「でも、あのきれいなMVはすごくよかったよ!」
「『でも』は余計なんだけど。それに、けっこう前の上に、あんだけチューブユーで流れてて今見たって無関心過ぎる。」
「ファンとか名乗るのも仰々しいくらい、音楽のこと何も知らないから……」
「いいよ、そんなん知ってても知らなくても。俺も楽譜もコードも分からないけど、音楽で食ってけるし。」
「あのMVのストーリー展開も功君が考えたの?すごいね。」
「全体はそうで、いろんな人の意見やアイデアが入ってるけど。ナオさんと伊那は演出どころか脚本にまで意見出してきてウザかった。俺、脚本監督なのに好き勝手出来ない。」
「してたでしょ!」
ナオが怒る。この男の好きにして、好きなイラストレータを2人も起用したので予算がさらに上がったのだ。だいたい仕上げは総監督がいたのだ。
「こいつの好きにさせると、会社が潰れる。」
みんなで口出しして、一つの絵を作る。
小規模で、いい作品を作りたいメンバーだったからできた世界。
今はもう、大手ほどではないがイットシーもかなり分業が進んでいる。
尚香は不思議に思う。
作品に使うために原作を読んだのだと思うが、普通の男性は姫が出てくる海外の童話などよく知らない。
絵本すら読んだ記憶も遥か昔で、サイトで秘話などかじっただけの人も多いであろう。感性の世界で生きる人たちは違うのだろうか。
と言っても、尚香も原作は詳しくは覚えてはいないが。ずっと昔に読んで、こんな話だったんだと感動したのは覚えている。忘れてしまうほどの彼方、昔。
芸術は完全に見る側で、作ると言う発想もなかった尚香には全てが未知で新鮮だ。
「でも、章君。愛が成就する歌なのに、人魚姫、ハッピーエンドにはしないんだね。」
「…………」
章は真顔で尚香を見てしまう。
「…………ハッピーエンドだよ?」
「泡になったのに?」
「ハッピーエンドじゃないかもしれないけど、バッドエンドではないよ。」
「……そうなの?」
「この物語は、原作に意味があるんだよ。」
「そう?」
「そうだよ。人魚姫はね、王子だけ思ってたんじゃないし。多くの人が持ちえないものを持っていたんだよ。」
「王子だけ?他にも好きな人がいたの?そんな話だっけ?」
「え?そういう意味じゃないんだけど。」
尚香、少し驚いてしまうも功の方が引きまくっていた。そういえばこの人は、世の全てが浮気だと思っている。
「………尚香さん、もう少し世間を信頼したら?どこまで人を疑うの?遂に男だけじゃなくて、女性も疑うの?まあ、世のあらゆる男が浮気したってことは相手の女性もいたわけで………」
「何っ?章君がそういうことを言うから…」
「…………」
「そんな顔しなくてもいいでしょ!」
ヤバい人を見るような目で見るも、功は言っておく。
「……いいよ。俺の方が心は汚いから。いろいろ知らなくてもいいこと知り過ぎて、世界を美しく見れない……。尚香さんの方がまともだよ。」
「ちょっと!」
と、端っこにいながらも騒がしい二人は、こっそりみんなに注目されていた。
だってこんなん、みんな注目してしまう。
この話は前回の続きです。『下』に入れようと思っていましたが、順序的に『中』に入れなければならない話で、少しだけ本編に関わるため、おまけではなく中間に挿入しました。




