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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十八章 あなたのことが

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57 人魚姫



「お疲れ様ー!」

「和歌ちゃん久しぶりー!!」

夜の事務所の近く、女性何人かが合流して抱き合っていた。タクシーを乗り合わせ、これからみんなで真理のマンションに向かう。



久々の交流会、マンションでは既に先発組が食事の準備をしていてた。


「真理ちゃん!」

「柚ちゃん!!」

柚に抱き着く真理。柚木も川田も人との接触はそんなに好きではないが、ここ最近、真理のこのテンションは楽しくてくすぐったい。真理と先にここにいたマネージャーや尚香、美香たちは既に軽く飲んでいた。


「すごいよねー!こんだけ人が揃う機会、そうそうないんじゃない?」

「功にバンザーイ!!」

功が現在単独で仕事をしていて、真理は自分の仕事のみで融通が利くのだ。


「こんなタイミングですら、戸羽さん来れないなんてね~。」

戸羽さん、一度は尚香や美香たちとプライベートで飲んでみたいと言っていたものの、忙し過ぎて全く時間が合わない。

「いいんじゃない?戸羽さんはゆっくり話したいんだよ。こんだけ揃ったら話せないし。」

「でもこのくらいの方がいいかもよ。どうせ一息ついたらみんなそれぞれ語りたいんだろうし。」


「語る?ダメです!」

と、ナオが遮る。

「今回は尚香ちゃんに、LUSH+のMVを全部観てもらいます!!」

「え?めっちゃヤダ。」

イットシー組が嫌がっている。なぜ、こんなまたとない機会にいつでも観られる自社の映像を見ねばならんのだ。




「まあ、この前の騒ぎもあったし、戸羽さんは会社のまとめ役として、ジノンシーと距離を置いた方がいいかもしれないですね。」

と、川田は考える。あまりプライベートではなく、少し距離を保って仕事の判断ができる人間がいた方がいいとはいえる。



「戸羽さんは、クリエイト部分のPDなんですか?役員なんですか?」

「……んー、最初は少数で回してた会社だったからね。初期からいる人たちは何でもしないといけなかったから。」

ナオも初期からの社員で、したい音楽や映像を作りたかったメンバーが何でもするしかなかった時期があった。その上で社長政木の眼識によって、会社を支えらえれるミュージシャンやアーティストたちを集められたのだ。


「本当は戸羽さんも思いっきりステージ作りたかったと思うんだけど、今は裏方に回ってるよね。」

「もともと、舞台監督だったんですよ。一度きちんと人を入れたけど、ぶつかっちゃって上手くいかなくて。」

「質にこだわる初期メンバーと、経営を安定させるそのために来た人……」


まだ力のなかったイットシー。


なのに戸羽は、大きな貸しを作って、大手と張り合えるようなMVを制作しケンカをしてしまった。

役員たちは歌だけで行ける歌手を揃えているのに、やる順番が違うと。こんな大手事務所のようなことをしたいんじゃないと、元からいた根っからのクリエーターの友人ともぶつかった。


LUSH+ですら伊那が自作していたほどなのに、他社で経験のある戸羽が数千万円もかけてMVを作ってしまったのだ。


戸羽は、今待っているアーティストたちを一人でも多く、世に送り出したいと考えるようになっていた。

ぐずぐずしていると、人生を創作やダンスに掛けた若者たちの青春を失ってしまう。歌手やデザイン系はまだいい。むしろ経験がいる場合もある。けれど、ダンスは若さが物を言う。


10代、20代の体は10代20代にしかないのだ。


彼らに活躍の場を作ってあげたかった。



結果、初めての大がかりなMVは話題を呼び、海外にも知れ渡り、ダンスの依頼もたくさん来るようになったのだ。




「このMVがその時のね。」

とナオが見せてくれ、尚香も驚く。LUSH+のMVで、ものすごく精密な風景の絵やコラージュがどんどん切り替わっていく映像だ。


最初は1Kに住んでいる、東京の若者。

その家のブラウン管TVに映った、1900年代前半のアメリカのダンスホールに吸い込まれるようにカメラが動き、世界が動き出す。細やかなコラージュが動きながら風景は、街、海ジャングルと流れていき、宇宙の中にまで入って行く。



これはきれいだ。

絵とコラージュの万華鏡である。


実はLUSH+のMVなのだが、功のファンでなくとも、音楽のことが分からなくても、見ているだけで引き込まれる。



その間、間に、功やダンサーが入る。


さすが洋子さんの子供。こんな緻密な絵に紛れても功自身が絵になる。




そして、最後はまた東京の1Kの家に帰って行くのだ。




「この時はね、もう女性狙いで。」

と、スタッフの1人が教えてくれる。

「女性の心を掴まないと世間の底は動き出さないですからね。」

「路線変更したって嫌われるのも覚悟だったんだけど、芸術にも全振りしたから、惹かれる男性ファンも多くてどうにか逃げなかった…。」

「もともと、何でもありな感じもあったし。」

「功はクリエーター関係にも受けるだろうから、そっちの人も納得させようって。」



尚香は思う。

あらゆる歌を歌いこなす洋子のように、章も舞台では自由だ。



そしてもう1つ、その童話バージョンも見せてくれる。

英語と日本語版を作ったので、それぞれ分けたのだ。


半分手作業で作っていて、衣装も膨大。イラストレーターも数人採用。社内でも絵が描ける人はみな起用した。小さな事務所にできる仕事ではない。会社が終わったと絶望していた人たちもいたが、クリエーターたちは希望に満ちていた。




童話バーションは一旦西洋の物語にまとめ、三匹の子豚からシンデレラ、しあわせの王子、人魚姫など美しい絵巻物のように、絵が展開されていく。



きれいで、でも素朴な面影を持つ人魚姫も、絵やコラージュで描かれている。



美しい月夜。


姉たちにもらったナイフ。


これを使えば、また自由に泳げる海に戻れるのに、

姫は自身を泡に変えて、彼らの幸せを願う。



人魚姫の海に沈んだはずの泡が、最後に月になって、


王子と人間の姫の幸せを照らす。




「尚香さん、このMV、2つともアイデアや監修は功なんだよ。」

「え?」

それは意外だ。

「脚本もね。」

こんな細かい仕事もするのか。伝統の織物や刺繍のように細かく編み込まれた世界。あの汚い字や絵で指示をもらって、作る側はさぞかし大変だったであろう。


数万枚のも絵や写真を使ったらしい。



「これ、他のメンバーは出たくないって言って、功がめっちゃ怒ったんだよね。」

と、和歌が笑う。与根や伊那だけでなく、真理も初期はMVに出たくないと言っていたのだ。嫌な人たちである。


「そんでそれから、他にもk-pop顔負けのダンス仕込みのも作って、最高に楽しかった!」

と、ナオは大満足だが、『俺、バンドに来たのに何でこんなん踊るの?』と、非常に不満な功であったらしい。


「…真理ちゃん、このMV出なかったの勿体なさ過ぎたよ!」

川田は元々このMVを知っているが、思わず言ってしまう。真理自体が既にキャラなので、こんな映像、ものすごくマッチしていたことであろう。

「……そうだね…。最初はLUSH+イコール、男のバンドって感じだったから野暮かなって……。」

それで、スライムで魔法使いになったのである。

「こんなきれいなの、功君に独占させて勿体ない!」

映像の中に女性も出てくるが、真理ではない。




飲み会は進む。


「それにしても真理ちゃん、すっごい大きいマンションだね……」

柚木が感心してしまう。

「夫婦二人には大き過ぎない?」

普段は1人。しかも海外に行ったり、家にいない日も多いので勿体ない。


すると、横に座っていた真理が黙ってしまう。

「…真理ちゃん?」

「違うもん。まり、本当は結婚したら……」


ボソッとこぼす。

「次から次へと、子供が生まれると思ってたんだもん………」



思ったように妊娠できなかったのだ。


この大きな家に、たくさんの子供たちが走っていたら楽しかったのに。



「……あ……、真理ちゃんごめん……」

真理が落ち込み川田が焦ってしまう。

「……いいよ……」

「………真理ちゃん!」

「川ちゃん!」

と真理は川田に抱き着く。


「うちのダーリンとも会えないしね……。周期とかだけでなくて、なかなか生まれない時期もあるって言われた。生活を変えたり、ストレスがなくなると妊娠する人もいるらしいし。」


子供が生まれれば、夫の母や祖母もまだ若く、東京に来て子守を手伝うつもりでいた。離れ離れでまだ不妊治療も本格的にはできてない。けれど、それゆえに音楽活動に勤しむことはできている。


「真理、まだ若いし。私もまだだよ。」

と、伊那の彼女も言う。彼女もなかなか子供ができないでいる。




そんなふうに夜が過ぎ、その後帰る人、そのまま泊まる人、仕事に戻る人などそれぞれ分かれていく。



そして、新しい朝になる。





この話は、『下』に入れようと思っていましたが、ストーリー的に『中』に入れなければならず、一旦こちらに投稿します。少しだけストーリーに関わるため、おまけではなく最終的に中間に挿入しました。

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