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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十六章 あっちもこっちも

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49 押さえても高鳴って



社内同部署は絶対にあり得ないと思っていた数日前。なのになぜバレたのか。


尚香は怯えてしまう。

「………これは非常によくないことですかね…………」

あの騒ぎの後に、社内の人とそんな事情など。



柚木は、もう全部聞きたい。

「…………もしかして本部長を選んだんですか?」

「っ!!」

ここに来たことを後悔する。


「違う!!違います!!」

「なら庁舎君を?」

それも首を横に振る。

「………両方?」

「違うからっ!!!」

遂に怒る。


「やめなよ。尚香さん死んじゃうよ。」

「…………両方断って、両方に訳も言ったのに、両方保留にされた………」

「新しい!!」

「なに、その愛され方!!」

「っ!!!」

尚香。言葉がない。


「私……、本部長とは考えていなかったんだけど……」

尚香、ぼそぼそと言い訳をしてしまう。

「あんな風に人から言われたの初めてだから……」

「……から?」


「ちょっと浮かれてしまった………」

「!」


「浮かれますよ!」

「それで浮かれない女がどこにいるんですか!婚活真っ最中ですよ??」

「普通に登録してても、本部長みたいな人にまず出会うことありません!そういうとこ会費めっちゃ高いし、女性側も入会厳しくて普通入れませんから!!」

なぜか詳しい柚木。一般の結婚相談所には久保木のような人はいないと知っている。


「……あ、本部長というか、あんなこと言われたのは初めてで……」

違う人でも浮かれてしまったかもしれない。ただ、信頼のある人だから嫌ではなかったのは確かだ。



「ちょっとどんなこと言われたんですか??」

「一字一句、正確に話してください。」

「それだけでしばらくニヤけながらときめいて生きていけます!!」

「え?社内とだと思うと楽しくないけど………」

尚香的には職場だと思うと冷めてくる。


「それに、仕事だとなんとも思わないけど、本部長もちょっと自分、コントロールできない人かも。……女性慣れしてそう……」

久保木の隣にいる自分を想像して自分で萎える。



「だからこそですよ!その中であえて尚香さんを選ぶとは!その心理が聞きたい!」

「佐藤さんも間宮主任もおいてそれができてしまうとは!!」

「ちょっと、取り合いしてください!」

二課の佐藤がタヌキ顔愛され系なら、間宮は時々久保木の補佐などもしてるいかにもできる女性である。ただ佐藤も中身は金本さん並みに恐ろしい女性だが。


「待って、先に理由、理由!」

「はい?」

「久保木さにもそれ相応の理由があるんですよね?」

みんなも、尚香が似合うとは思っていないらしい。久保木のような人がいる結婚相談所には入れない自分扱いをされている気がするも、まあ事実だ。反論はない。

「……そんなの私にも分からない。気が合うのかな……?会話とか気ぃ遣わないし……」

「……!」

さすが功に気を使わない女。久保木にも動じないとは。まあ、二人としても分かる。年上なのに尚香に気を使わない。



それにしても柚木川田の言うことがいつも分からない尚香である。何がそんなに楽しいのだ。


「私、間宮さんでも佐藤さんでもときめける!」

「……失礼だってば。」

尚香は引いてしまう。


佐藤さんは部長や課長に言っておけばいいことをわざわざ久保木に言いに行くのだ。あざとさすらみんな受け入れてしまう、キャラの濃さ。女性でさえ佐藤にときめくので、彼女によっておしゃれないちストーリー出来てしまいそうである。ただスパダリ漫画なら、間宮さんみたいなクールタイプに迫ってほしい。


一方、その逆の尚香はやや小柄でありながらドジっ子かわいい系でもなく、見た目普通会社員なのに中身ビジネスマンな、ときめくには面白い要素が無い系である。恋愛ドラマより、迫力の音楽と渋いナレーションで構成れた、プロジェクトを賭けた開発ドキュメントに出てきそうである。絵的に地味なので音楽とカメラワークに頼るしかない。


久保木もときめきより堅実着実志向なお相手がいいのか。




二人とも楽しいが、尚香だけ干からびてくる。

「考えてみたらおかしいし……………してはいけないことをしている気がする………」


「えー?いいですよ。」

「全然ありです!」

「いい?!」

駄目だろと思う。


「相手を探している段階なんてそんなもんですよ。だって、ちゃんと断って事情を言ったんでしょ?都合が合わなきゃどうしようもないし。どっちかと付き合っている訳でも心を決めたわけでもないのに!」

「そうですよー。婚活だって出会い系アプリだって、就活と同じですよ。内定貰ってないのに一個一個順々処理しているうちに時間だけ過ぎて、少し歳取っただけでもババアって言う男もいるのに?それに迷っているうちに両方とも彼女作って消えちゃいますよ。こっちも賢くいかないと。」


「文句言っている人は、人生の苦労や人の不器用さを知らない人です。人も自分も、みんな不器用なのに!誰が人生上手くいく保証してくれるんですか?」

「尚香さんだって、人生きれいに収められるって思ってます?きれいごとで生きられます??」


「それとも男が選んでくれるのをいつまでも待ってるんですか!」

「え……」

待っていないが、そういえば自分からズカズカ行く気持ちもない。ないというか、どうしたらいいのか分からない。出来るなら結婚はしたい。

「……可能な限り結婚はしたい。」

「ならダメですよ!なんのわだかまりもなく、きれいなだけの人生なんてないですよ?」

「みっともなくても、自分も努力しなきゃ!!」


え?誰に対しての努力?本部長に?それとももっと自分の感性に近い人探す?



「………まあ、尚香さんが難しいのは、相手がちょっと特別なだけで………」

ちょっとなのか。


尚香は、最近思うことをボソッと口にしてしまう。

「………このまま章君とは距離が出できた方がいい気がする。」

「なんでですか?」

「……もうちょっとしたことが、全部全部炎上しそうで………」

「!!」

それには二人も同情する。なんだか歌で食っていけそうなボーカルとの結婚。想像する分にはロマンスだが、横で見ていた二人ですら、思い出すだけでこの前のことは胃がキリキリしてしまう。エグイのが好きな川田でも炎上は嫌だ。人が幸せになれない系は望まない。

だからこそ、二人には一つの結論があった。


恋愛相手は、結婚相手は、自分の手に負える人がいいと。


あんな炎上騒ぎがあっても火中でも、そんな男に狙いを定める女が複数人いる強烈な業界である。強烈な女だけでなく、ヤバい男も寄って来る。

「尚香さん、他にいい訳あります?」



尚香はもう1つ決定的なことを言う。

「………それに、功君とは惰性の付き合いみたいになってきた………」

「惰性?」


「なんていうか、いて普通って言うか、家族って言っちゃうとあれだけど、なんかもう、本当に気も使わない。」

「あー!分かる。付き合う前からそれって、どっちに転ぶか難しいところですね。」

もう男女として思えない系とか。まだ手も握ったことがないのに、倦怠期に突入しそうである。


「起きたての寝ぼけた顔でも、部屋着のズボン二重にしてても、章君となら普通に会える。」

なにせ奴は、早朝や深夜の人んちに勝手に来るのだ。迷惑極まりない。最初の「最悪!常識ないの?!」からトキメキもすっ飛ばして、もうどうでもいいや枠である。


「ウチの冷凍庫の中身私より知ってるし、畳、毛羽立ってるから替えたら?とか言うし。ほっといてほしいんだけど。」

断熱はしたけれど、建て直しかリフォームする予定だったので、畳はそのままだ。

「デカいのにこたつ占領して寝てるから蹴っ飛ばしたいんだけど、お父さんもお母さんも庇うし。頭にきて顔に大きなビーズクッション乗せても起きないから、その上からチョップしても寝てるし。後で見たら抱き枕にして寝てて頭にくる!!」


「…………」

柚木に川田、そんなん本当に親戚だし、と思ってしまう。いや、親戚どころではない。まさに仲のいい弟ではないか。川田は兄と会話すらしないのに。



でも、他人だ。そして男だ。だから問題なのだ。


それに、家に一応アイドルになれるくらいの人間がいて、枕をぶつけてもチョップしても問題ない関係性を持っているとは、金本さん、強すぎる。



「……なんか庁舎君って賢いですね…………」

今日は色っぽい川田、考えている姿も色っぽい。

「賢い?賢くないからウチでぐずってるんだと思うけど?」


「何を言ってるんですか!その歳で、恋愛を通り越して居心地のいい家庭をキープする算段とは!!」


「!!」

「庁舎君、もう気が楽で寛げる家があれば何でもいいんじゃないですか?どうせ、働いて真面目に生きても結婚できるか分からないしさ。恋愛よりも、将来の精神安定席をキープです!!」

「それこそ惰性婚!!」

尚香は叫んでしまう。やはり気が楽な金本家に寄生する気なのか。


「いいじゃないですか。夢追いバンドマンではなかったわけだし。まあ、何で暗転するか分からない職業だけど。」

「20歳のバンドマンじゃなければね………」

せめて普通にお勤めなら。


「尚香さん、庁舎君のアイデンティティを認めてあげて下さい!」

「認めたら、私でなくていい気がする……。」

尚香のアイデンティティに従えば、この結婚はない。章が引いたら自分も引くであろう。押しようがない。


「それに柚木さんや川田さんくらいだったら、私も自信が持てるかもしれないけど………」

なんだかんだ2人はキラキラした東京のOLだ。

「…え?今日かわいかったですよ。」

「!」

「あ、もしかして久保木本部長のために??」

「っ!!……あの、それは……」

「そうなんですね!じゃあ、週明けはめっちゃイメチェンしましょう!!」


「でも尚香さん、(ひる)んではいけません!!」

「そーです!周りがあれこれ言おうと、こんなチャンスは二度とないかもしれないんだし、卑屈になるのはやめて下さい!」

「………この話をすればするほど、もっと堅実な相手を選びなさいと、自分の中でそんな気がする………。」

「何言ってるんですか!!贅沢者過ぎます!!」

「なら柚木さんと川田さんなら、どっちか選ぶ?」



「……………………」

なぜかしーんとなり、二人は顔を見合わす。


答えは一つ。

「どちらも選びません。」



「ほらー!!」

そして川田筆頭に勝手なことを言い出す二人。

「スパダリは物語の中だけでいいです。出来るだけ家にいてくれる人がいいし。」

「あんまモテても心配しかないしね。」


「………でも尚香さん、そんな贅沢なことを考えていると、数年後にそして誰もいなくなって……

泣く時が来ますよ?」


「そうかな。」

「そうですよ。」

「…………」


その時になってみないと分からない。




「でも、会社では何もなかったことにしてね。」

「分かってます。」

そんな事情が広まったら、尚香さんは本当に会社を辞めるであろう。


「はあ……でも私も結婚したいな………」

「え?川ちゃんが?もう少し自由にしていたそうなのに……」

「毎日抱き合って寝たい!!シたい!!して寝たい!!!」

「……彼氏作ればいいだけなのに……」

柚木、言ってしまうも柚木もしばらくずっと一人だ。


「あー、私もなんか疼くわ。シたい!でも、付き合う別れるとかすっごい疲れるから、絶対この先結婚に向かえる人しかイヤだ!」

「分かる、それ。」

「結婚しないなら付き合うとか、するとかなくていい。」

「そうだよね~。性欲はあるし気持ちよくなりたいけど、人と関わるのはめんどいし遊んでいる男性は嫌だし気持ち悪いからいいや。」

そうして何やら細かな話になりだす。


それから、功はあの若さでどうなのか、これまで遊んできたのかという話にもなり、付き合ったとこがないみたいと言うと、そんなわけないし!となって、けっこう過激なことを言われ、尚香はだんだん答えられなくなりアップアップになる。なぜ、自分が章の女性関係を弁明するのか。道に申し訳ない気分になるからか。

これまで尚香が聞いて来た男性たちの会話に比べれば、結婚や付き合いのことで卑猥な話は全然ないのだがいたたまれない。



「………」

美香たちとはそこまで具体的な話をしたことがなかったので、この女性たちの大胆さに尚香は言葉がなくなる。



しかし実際、この三人は今、誰とも付き合っていない。


「……はあ~」

となって、最後はしみじみ飲むのであった。




***




そしてやはり、おもしろくない女、金本尚香は週明けいつもと変わらない様子で出勤してきたのだった。



でも、本当は、少しまだ胸は高鳴っていたけれど、胸の奥でじっと押さえて。





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