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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十六章 あっちもこっちも

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47 愛おしくて



大きな歩道に出る前の道で、立ちつくす二人。



「金本さん、いいですよ。ゆっくり考えて下さい。」

「…………」

「もちろんこの歳だし……先もずっと一緒にと考えています。」



「………私………」


「……………」



「………私、家庭も複雑で…………親が養父母なんです。だから………」

「そうなんですか?」

「養父母は日本で産まれた在日で帰化はしていますが、親戚は中国人が多いです………。」

「……?大丈夫ですよ?」

元婚約者には嫌がられたのに、久保木は何も気にしていないようだ。


「………それに……。章君に………」

その言葉で久保木も一瞬、高鳴った胸が冷める。

「………いろんな答えを保留にしています………。このままいい感じに進んだら……、お互い何もなければ……付き合ってほしいって…………。」


もうお見合いで出会って半年以上経っているらしいが、付き合ってからどうなのか考えるのではなく、決意が出来てから付き合うのか、遠いなと久保木は思った。そこからさらに結婚するのかしないのか。これは成立する気がしない。


尚香が気持ちを決めない理由はこの前の騒ぎもそうだろうし、相手が有名人の上、若すぎるということや、生活が合わなさそうということもあるのだろう。



「………それに私……………」

尚香としても、どうしていいのか分からない。

「それに、章君が家に来ているので…そういうのは駄目な気がします………」

「…………」

尚香はなんだか言っていて恥ずかしい。自分がそんなことを言えるほど惚れられているのか。章にも久保木にもそんな気はしない。


「尚香さん、先も言いましたが、ゆっくり考えて下さい。」

「……………」



「………今日は帰ります……」

と、尚香が目の前まで来た駅に早歩き直行で向かおうとするので、久保木は一度引き留めてベーカリーでイートインせずいろんなパンを買った。



想像以上に混乱している尚香を見て、久保木はだんだん冷静になってくる。


なんだかかわいくて、きれいで、愛おしい。

社内で見せない顔。



そんな尚香に袋いっぱいのパンを持たせて、お互いの地下鉄の方向を確認し笑顔で見送った。




***




「ただいまー」


尚香は家に帰りパンを台所に置く。

「お帰り、尚香。」

「………」

「このパンは?」

「………っ!会社の人から貰ったの。好きに食べて。」

ご飯はいいと言ってサーと2階に上がっていく。



そして着替えもせずに、バッと畳んだ布団の上にあおむけで寝転んだ。


背中からボコっとした枕を取り出し、顔を隠すようにそれを抱きしめた。

「………」

まだ顔が真っ赤だ。多分。化粧が着くと気が付き、枕を少しだけずらす。けれどいたたまれなくて、その辺の大きなタオルを掴む。。



こんな立場でこんな気持ちになったことがないので、どうしていいのか分からない。


……??


私が好かれている?

私が答えを出すの??

いいの?


心臓がバクバクしてしまう。




………も、横を向くと入って来る現実。


洋子さんから貰ったずーずーもずく君とそれに合わせたミニミニ鍵盤ハーモニカ。そして、章が嫉妬していたもずく君ぬいぐるみ。


「………………」

………誰かに気に掛けてもらったからといって、自分、すごく不誠実なのではないか。

すごくドキドキしているこの胸に収まれと暗示をかける……も、収まらない。


もし章と一緒になったら、有名人と結婚しながらも自分だけ雲隠れはできるものなのか。そもそもまだ20歳過ぎで結婚させたら悪評にならないのか。しかも30の女が。

ネットを検索すると、もう『功』だけで検索でき、なんとwikiにも載っていた。本当は前から載っていて尚香が知らなかっただけではあるが。LUSH+はドラムの泰以外、個別にみんな記載されている。実は尚香も、際沢の事件で「女性会社員」とか「際沢事件原告側」とではあるがwikiに掲載されてしまってはいるけれど。



一体、章は自分の何が良かったのだろう。

確かに、お互い気が楽ではある。もう突き抜けて惰性の関係になりそうだ。


はー、こんな人と結婚したらどうなるんだろう。

正直、バンドマンを支える妻になる自信はない。よく言われる目立たない普通な見た目のせいか、献身的でしおらしいと勘違いされている。かといってm言うほどキャリア志向でもないし、休日は好きに買い物するか寝ていたい。


でも、考えてみたら、久保木だっていつまで日本にいるのかも分からない人だ。



それでも………胸に手を置くと思う。


トクトクと弾む心臓。

本部長に悪い気はしない。自分が支えるのではなく、支えてもらえそうでもある。



そんなことを考えながらスマホをスクロースしていくと、かわいいワンコが出て来て、ねこの動画になって、ボーと動物を見てしまう。



気が付いたら化粧も落とさずに、布団にきちんと入りなさいとお母さんが起こすまで寝入っていた。




***




それから尚香は自分が信じられない。


こんなのいつぶりだろう。



朝、起きて服装を気にしてしまう。少しでもきれいに見られたいと。


いつもより少し大きいイアリングを選んでしまう……も、あからさまかと恥ずかしくなって普段の物に替える。代わりに最近していなかったブレスレットをした。

髪も結んでみる。ジノンシーに来てからはずっと下ろしたままであった。


何もかもが恥ずかしくなって、でも、少し大きめフレアのロングスカート。上はニットに太目のベルトで全体を引き締める。靴は少しヒールのあるブーツにしてしまった。メイクはよく分からないのでリップだけ少し明るい色に。



少しドキドキしながら電車に乗る。


何だろう。この春のような気持ちは。

本当に走り出したくなりそうなほど、高揚した気持ち。



浮かれている。完全に浮かれているのだろう。告白されたことに。

この歳になって。




そして…………

通勤途中でまた恥ずかしくなって、昨日のモカ系のリップに戻した。



けれど、

だんだん冷めてもいく心。


「…………」


自分、何をしているのだろうと思う。




駅のトイレの鏡で自分を見て、何を浮き立っているのだろうと落ち込んできた。

たくさんの人に、これから行く職場にも、章との件を収拾してもらってまだ2ヶ月ほど。事件の中で会った、まだ立ち直っていなかった人々。



『お前のせいだ』と何度も言われたいつかの日々。



オシャレをしたら「何も分かっていない」と言われるだろうか。元婚約者や前の会社でいろいろ言われたことが忘れられない。




章に「いつか付き合おうよ」と言われて、「その内ならね、章君がそれまで待てたらね」と答えてしまった自分。その場しのぎの返事にしても、中途半端だ。


でも、いろいろ章に言われても、今まで尚香はこんなドキドキした気持ちになったことはなかった。

「……………」

現実味の違いだろうか。最初会った時、章は性格の悪い仲間でチャラけているヤンキーにしか見えなかった。一般的に誰がそんな男子に惚れるだろうか。でも、久保木は同じ目線の会社員。


どうしたらいいのか分からない。




「…………」

ニットのトップスの裾を上にしてベルトを隠す。ウエストがなくなってボタッとなった。


もう、以前のようにいつも外回りに行くわけではないので、キリっとした格好にしなくてもよい。会社に着いたらブーツも置いてあるスリッパに変えようと思う。結んだ髪も外したら、いつもよりモサイ、上から下までブカッと合わない服を着ているような自分になってしまった。



落ち込んだまま会社に入って行く。




***




「おはようございまーす!」

先に出社していた川田。


「……あれ?尚香さん、スカートとブーツかわいいですね。」

「………あ、そう?」

と、言いながらディスクの下に置いてあるスリッパに変えようとする。

「脱いじゃうんですか?まだ冬だから蒸れなかったら履いてたらいいのに。かわいいですよ。」

そう言われるも、はは、と笑いながら靴を替えた。


柚木も朝のコーヒーを持って席に来る。

「ねえ、柚木さん、尚香さんのいつもと違う感じでかわいいですよね。」

「うん。私スキ。でも50点かな。アイテムはかわいいけれど活かしてない。」

「腕にシュシュしてるじゃないですか。髪に結びましょうよ。」

「?!」

強引だ。


ジノンシーは約束などない限り、みんな出社時間がバラバラだ。だいたい11時くらいに人が揃う。まだ人が集まり切れてない時間に、二人にいじられる。


「そうそう、そんな感じで流したらいいですね。上の髪。」

「…………」

じっとしていると、川田が楽しそうに言う。

「できたー!多分カールを入れるともっといい思うけど、こんな感じ?」

「おー!すごい。いつもの真面目な感じから、華やかになった。」

と、柚木も拍手をする。

「耳を出すと、ピアスとかほしいな……」

川田の目が真剣になってきた。

「フレアなんだから、上下ダボダボし過ぎないよ言いうのは恥ずかしい。

「裾をインしましょう!」

なのに言われて、首を横に振る。

「無理!!」

「えー。その方がいいのに~。」


「うーん。もう少し理想にしたいけれどまあ70点かな!」

「70ですか………」

と、笑ってしまう。


「んー。やっぱここ、巻きたい。」

まだ真剣な川田。

「……ねえ、今度三人でウチで集まりません?」

「え?川ちゃんち?彼いなかったっけ?」

「……大学の時からの人と別れてから、万年独り身なんですけど。」

「そうだっけ??」



そんなことを話していると、営業の会議に出るために久保木が定時に出勤してきた。


「おはようございます。」

「おはようございます!」

みんな挨拶をするも、久保木がこちらに向かって少し笑って手を振った。


「?」

何かがおかしいと気が付く鋭い女子二人。なぜなら、久保木の席はここを通過しなくても行けるのだ。自分の席に行く前にこっちに来るとは。


ははあ、これは、と二人は思う。まあ知っているが。




しかしだ。


「?!」

もっと驚いてしまったのは、尚香の方を見た時だった。


尚香が少し笑って手を振ったのだが、いつもと確実に何かが違った。

なんというか、反応が初々しい。



「!?」



まじで何かあったのか!!と柚木川田は心の中で叫んだ。





***




しかし、そんな柚木川田組に反して、尚香はやはりつまらない女であった。



休み時間、広いリフレッシュスペースで尚香は実に面白くないことを言ってしまう。


「………久保木本部長、私はやっぱり……お付き合いはできません………」

章も久保木もどこまで本気かは分からないが、章のことを宙ぶらりんにしては無理である。

「………。」

まさかこんなに早く言われるとは思わず、久保木は豆鉄砲を食らったような気持ちになった。


けれど久保木は言う。

「………まあ、山名瀬章との事がなんとなくでそのままなら、自分も暫くそのまま保留にしてください。」

「!?」

なんと大胆なことを言う男だ。尚香、面食らう。


「私も歳なのでこれまで何人かと付き合ったけれど、ドキドキして、こういう浮ついた気持ちは初めてだったので………」

「!」

しかも、久保木も浮ついていたとな。やめてほしい、またドキドキしてしまうではないか。と、この歳になって本当にこっぱずかしい。

「お互い冷静になったら、笑っちゃうかもしれないですね。」

と尚香が言うと即答。

「そういうのが結婚時です。」


「!!」


「落ち着いてお互いを見れてるってことですよね?」

そう微笑む久保木に、尚香はやはり恐ろしい!と思う。


自分アゲもせず、自然な女性への会話。日本人なら恥ずかしくて言えないセリフをサラッという。何事もないように。

「違います!年甲斐もなく浮ついて、後でバカみたいだっていう話です。」

「ははは。」

「…………」

自分で言って、尚香は少し赤くなる。

「でも金本さん、今少し、フライングしました。」

「フライング?」

何?と真面目に考えてしまう。


「いや、いいです。忘れて下さい。」

楽しそうだ。

「??」

「はは、まあいいや。真剣に考えこまないで今まで通りに過ごしましょう。」



自分の分からないことには、納得いかない気持ちになるも、尚香はその意味を聞き出せなかった。





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