44 こういうお姉さん
「ちょっと大和!」
と、お母さんの由李子が怒ると、男子たち以外に女子たちも3人入って来る。
「よりこおばさん、差し入れです~!」
「お母さん、お久しぶりですー!!」
「ビッグバーガー!食べよ食べよ~!!」
男子たちもあまり優等生という感じではないのだが、女子も今時のラフでダルそうでオシャレな格好をしている。全部で8人も。
「………」
圧倒されている尚香を無視し、大和はハッと鼻で笑う感じでスカしていた。
「………??」
そして、友人たちとガヤガヤ話しながら、やっとめんどくさそうな顔で見た。
「あー、尚香さん。今日は何かご教授下さるそうで。」
「教授でなく教示ですけど……」
「おー!大和のお姉さんですか!細かいことまで真面目そうですね。」
と、茶髪が言う。
「どうせ、そんな言葉の違い俺ら分かりませんから!」
「え?マジ?俺分かるけど。受験どうすんだよ、お前ら。」
「そんなん、受験に出ねーよ。」
「…………」
尚香は、言葉がない。こういう学生が大学の名を貶める……という態度である。しかもこれで大学に行く気か。頭が悪すぎず、良すぎもしない困った金持ちに多そうな感じではある。緑川高校は、大学進学に関わる試験を受けられるような頭はあれど、トップにまではいかない金持ち高校。優秀な家の中では落ちこぼれまではいかない、でもすごく期待もされない子供たちが行くようなところだ。
なるほどと思う。そもそも本当に荒れている子は、家から逃げたいなどの理由以外で受験などしないであろう。
それともバカにしに来たのだろうか。俺ら、頭もそれなりにいいしと。
リビングを占領されてお母さんも困っていた。
でもまあ、来てしまったものは仕方ない。尚香は腹を据えた。
「では、皆さんこんばんは。」
「!」
急に尚香が話し出すので少し驚いて反応する皆さん。この様子に怖気ついていないのか。
「夕食をしながらでいいので聞いてください。」
「お姉さんは?」
「今、お母様と食べました。」
「ならポテトだけでもつまんでくださーい!ここのおいしいんです!」
と、女子から差し出されるのでつまんで食べる。
「うん、おいしいですね。」
と言うと、無意味に拍手が起こる。高校生身内だけの分からないノリ。
「おねーさん、俺らに敬語遣わなくてもいいですよ。おいくつですかー?」
「29です。」
「……え?ババァじゃん。」
大和が呟くので、みんな大和を見た。さすがに親のいる家に上がらせてもらって、そこまで失礼ではない。親同士仲のいい子もいるので、あまりにひどいことをしたら即自分の親に通報であろう。お小遣いを減らされる。
「大和!!」
案の定、お母さんが怒った。
「尚香ちゃんにそう言うなら私は大ババアなわけ?」
「まあまあ、お母さん!大和は後で俺らが躾けますので!」
友人の一人が宥めている。
しかし、そんなことで尚香は怯まない。この前、大柄な外国人芸能関係者の車に閉じ込められたばかりである。それに比べれば、お母さんもいるし、なんだかんだお坊ちゃまな高校生。
「では、そんなばあばが歳の功で皆さんにお伝えしたいことがあります。」
「…………っ」
大勢の前でババアと言われて怒りも怯えもしないのでみんな驚く。
「ばあばって、何薄めて言ってんだよ!ババアつってんだろ!!」
「………それはちょっと………」
さすがに女子も、大和の言い様に引いている。
しかし、尚香はネットでも裏でも卑猥なあだ名が付けられていたのだ。前の会社でも「あいつ」や「あのバカ」扱い。今更そんな言葉に怯えない。友人に子供ができる歳になれば、少なくともオバさんだとは自覚はしている。
「今日はお母さんに頼まれましたので、私は仕事で来たつもりです。私の話を聞けない人は、ご飯を食べたらご退出お願いします。」
「!」
バイト先で何年働いてもお局にもなれなさそうな、バイト学生にも注目されなさそうな、無害系女性が仕切りだすのでみんな注目してしまう。
雰囲気は柔らかいも、尚香が偉そうで大和はムカつく。
「俺の友人、勝手に帰さないでほしいんだけど。」
「なら、お友達たちも私に注目してください。」
「は?尚香さん、そんな地味なのに注目してもらいたいの?注目される顔してる?自分、恥ずかしくないの?」
「っい!」
お母さんが叩こうとする前に、バシっと他の女子に叩かれた。
その上、尚香には全く効いていない。
「恥ずかしくありません。」
「………っ」
いちいち癇に障る。
そして尚香は、雰囲気を変えた。
「今日は皆さん、武田大和進路相談会序章にせっかくお友達も集まっていただいたので、大和君の事をたっくさん教えてもらいましょう!」
「っは??」
「私は都内で会社員をしている、金本尚香と申します。
まず、この中で一番大和君を知っているのは誰ですか?幼馴染はいますか?」
3人が笑ったり、面倒そうにそれぞれ手を上げる。
「皆さん同じ高校でご近所?」
「俺らは3人はここら辺で保育園から一緒!こいつだけ高校が違う。」
「おお!」
いい人材だと、尚香は拍手をする。周囲が白けていても気にしない。
武田家は結婚してから星が丘に来たと聞いたので、昔からの友人がぼちぼちといる。みんな育ちはいいのだろう。由李子さんのような人に育ててもらったのだ。大和と他の男子たちは、ドカッとソファーに座り込んでいるが、全体的にみんな姿勢がいい。女の子たちもは羽目を外しているようでも、椅子に座っている子はきちんと足を揃えている。
「なら挙手した君から自己紹介をしてもらいましょう。」
「おれ?」
「そうです、名前と……特技?部活とか、得意な教科でもなんでも。あと、大和君とのエピソードか彼のチャームポイントを1つ!」
「はあ?!」
大和に構わず、周りから拍手が起こる。
「自己紹介が終わったら、自分が次の人を一人当てて……どうしよっかな………自分だけが気付いているその人のチャームポイントも言ってもらいます。」
「まじかよ!」
「チャームポイントってっ。」
みんなウケるか苦笑いだ。
「そうですね……なら、まず私が思う大和君のチャームポイントは…………素直でかわいいところです!」
「はああ??」
と言うと、「どこがっ」と盛り上がる。
「大人から見ると大和君はかわいいですね。」
「おおおーーー!!!!」
「お前、言われるなよー!」
「まあ、みんなかわいいですよ。」
「俺らもかよ!」
「お姉さんの方がかわいいですよー!」
「あ、そうですか。ありがとうございます。あまり言われないのでうれしいです。そんなこと言ってくれるのは親だけでした。高校生認定って言うことで、同僚に自慢させてくださいね。」
「あ??勘違いさせてどうするの??気色悪いから尚香さんには何も言われたくないんだけど!!」
「静かに、今は彼の番です。」
と、先の友達を指す。見た目は大和より大人っぽい感じの黒髪の子だ。しかもパーマをかけている。尚香の通った学校は禁止事項でもなかったのにそんな生徒はいなかった。
調子のいい男なのか、いちいち立ちあがりみんなの注目を集めさせてから話を始める。
「……えー。……佐山光です。部活は中学までは陸上で今は無し。得意なのは英語。大和のいいところは…………『素直でかわいい』?」
と、尚香の真似をするので、友人たちがウケている。先、かわいいと言われて真っ赤になって怒っていたからだ。
これはその後の話だが、全員大和のチャームポイントは『素直でかわいい』ということになり、『素直でかわいい大和君』と『チャームポイント』は後日学校にも広まって、しばらく尚香は怨まれるのである。
「ならヒカリ君次の人当てて。」
「あー?」
と言うとみんな目を逸らすので、
「オメーだ!」
と、向かいの茶髪を当てると、尚香が加える。
「彼のチャームポイントも言ってね。」
「こいつの??いいだろっ?!」
「ダメです。一言絶対。」
「こいつからなんていらん!」
茶髪君も断るが、尚香は容赦ない。
「言わないと、私がヒカリ君のステキなところを言います。えーと……」
「………あー!待って、言う!!」
大和の二の舞になりたくないし、OLに褒められたくないので咄嗟に言う。
「茶髪がふわふわ!!かわいい!!」
「っ!」
みんな、『かわいい』以外思いつかなくなる。男子屈辱の時間、賑やかに皆さん思考停止状態に陥っていた。男性から女子が当てられていた時は、さすがに言葉を濁していた。仲間内でもはずかしいのだろう。
それから、尚香は今の進路が決まる前の自分の夢を話す。
本当は中国の途上地域で教育や開発の手伝いをしたかったのだ。けれど尚香が大人になるまでに、世界情勢が大きく変わってしまった。スマホの登場がとくに世界を大きく変えた。今はもう危険で行けない地域もある。そして、尚香もインターンで様々な仕事を任され、そのまま就職。
その後、新しいことをしたいと思っていた時に、最初の事件で精神が折れてしまった。
この話まではしないが、日本の地方の地域開拓をしたことから話を始めた。
自分だけでなく、自分が難しい時は誰かが繋げてきた活動がある。その中で目的を目指す人もいれば、目的を見付ける人もいる。
「ちょっと待ってね~」
と、大学生の仲間と開発したり応援した事業の動画も出して、いくつか実例を話す。インドやバングラデシュなどの一部地域で事業を始めるにあたって、事業どころか地域の生活や習慣の改善からしなくてはならなかったこと。学生の力だけではできなくて、様々な人に協力を煽った時の写真や動画。
ある国では支援のために揃えたものを持って行かれてしまったこともある。海外で調査もできず、歯がゆい思いもした。
「団体とか会社とかでなく、大学生でそんなことができるんですか?」
誰かが質問する。自分たちは普段、学校のどこかやカフェ、ファースとフードでたむろしているだけだ。
「そうですね……こっちのプロジェクトの発起人は他県の高校生たちですよ。彼らも現地に飛んでいます。未成年で海外の途上地域に行くとなると親の許可もいるし大変だったんですが、彼ら自身で説得して2週間行ってきました。今は高校生に海外は勧められないけどね………。この時は私も広報で参加したな。」
「…………」
同じ高校生の発案で、現地に施設や学校を立てている人たちがいると聞いて驚く。しかも、親が裕福ではない子はバイトやこれまで貯めてきたお小遣いで費用を出した。支援金から立て替えたり、スタッフの仕事を受け持って割引にしてもらった子たちもいる。
「でも、一番重要なのは結局現地の人たちですからね。一度そのままにして、廃校状態になったこともあるし。今みんな大学卒業かな……。お給料が発生しないと続けられないので、だいたい活動をやめて普通の会社員になるけれど、リベンジで現地で職員をしている人もいます。日本をまたにかけると活動と生活が成り立たないので、ほぼ現地人になってしまって………。結婚は現地の人とするか、これこそ理解ある彼女じゃないとできませんね………」
「!?」
そうやって、今も現地で活動しているいつかの友人を思い出して申し訳ない。
「彼にも、連絡しないとな………。」
「なら、支援からお給料を出せないんですか?」
「彼に、きちんとお給料を払える仕組みを作ったりもしています。でも、一人に継続して日本で生活できるだけのお給料を捻出するってすごく大変ですから。」
「えー、どうにかならないんですか?」
「国からの支援とかないんですか?」
「受け取るものもあるけど、いい活動にはあんまり回ってこないかな。国というか別の行政や企業を頼ることの方が多いかも。企業の方が審査が明確でこちらも責任意識がはっきり持てるから。ただそれも毎年審査があって………」
「え?今の話、分かりにくいです。もう一度説明してください。審査が明確って?」
と、女子たちも真剣に見ている。
そんなふうに尚香も明確な進路はなかったが、自分がする主軸の一つのプロジェクトを選び、後は日本から支援する立場を選んだ。資金集めや人を仲介させる仕事をしている。これはボランティアの範囲だ。
結局その日は、夜の9時までみんなで話し込んでしまった。
それをダイニングテーブルから見ていた由李子さん。
由李子さんも頭が停止状態に陥る。
んん?
自分も子供ができる前までは銀行に勤めていたけれど、こんな会社員見たことないんだけど、と。