41 尚香ちゃん
新キャラが続々出てきてすみません。
前回までの方は、もう数回出るか出ないかの人物ですが、今回方たちは少し物語に関わってきます。
今日出た人と、もう一人で物語に関わるほぼ全員出揃います。要になるメイン人物は全員登場済みです。
取引先、マクアに向かう途中。
「金本さん、もう完全復帰してもいいんじゃないですか?」
営業の四谷さんが歩きながら尚香に声を掛ける。今日は、兼代も共に他社に出向いて引継ぎの確認をしていく。
「このまましばらく表舞台からフェードアウトしようかなと……」
「えー、尚香さん。がんばりましょうよ~。」
「兼代さん、名字でお願いします。」
千代田区のオフィスビルエレベーターで上に上がる3人。昼食の時間のためか、それなりに大勢乗っていた。
さすがに人が多いので兼代も静かにしているが、小さい声で言う。
『金本さ~ん。今度の件も一緒に行きましょうよ~。』
と、その時全く別の位置から声が聴こえた。
『……尚香ちゃん?』
「?!」
3人、驚いて声の方を見る。
すると、知らない中年サラリーマン男性が、信じられない顔をして尚香を見ていた。
「?」
そのオジさんは「はっ?!」とした顔で、言ってしまった口を慌てて塞ぐ。
え?誰?
と、尚香はゾッとする。
見ても全く分からない。
そのオジさんの連れらしき周囲の数人も、「っひ!」という顔でおそらく上司……である彼を見た。ウチの上司、知らないOLを名前どころかチャン呼びしてる……と。どこかの取引先の子か……飲み会とかで絡んだ子かと。チャン呼びはヤバいだろと。
様々な件があって過敏になっていた尚香は、嫌そうにできる限り端に寄り、該当階のドアが開いたら慌てて出て行ってしまった。
「あ、待って!」
と、四谷と兼代も慌てて追いかける。
「ちょっ!」
と、オジさん、止めようとするも周りに白い目で見られ、ハッと我に返った。
「違う、違います!生き別れの従兄弟……?姪っ子だっけか、……お兄さんの娘です!」
と、オジさんがオドオド言うと、周りからオオ……!と、拍手が上がった。
生き別れとか、感動話である。
しかし同行していた部下は、拍手をしながらも、生き別れのその続柄ってなんだ?と、疑問に思うのであった。
そんなのないだろ、と。
取引先の入り口に一番近いベンチフロア前。ここまで慌てて進んだ尚香は、やっと息を付いた。
「金本さん、なんすか。あれ!」
「……知らない……。四谷さん知ってる?」
四谷、考えるも思い出せない。
「……いや……そもそもこのビルは、マクアさんしか取引してないし………。」
上の階にはマクア関係オフィスはない。
「まあ、いろんなとこ行ってますから、尚香さんは知らなくても、向こうは知ってる可能性はありますからね。」
「でも、さすがに取引先の上司クラスは、挨拶していれば分かると思うんだけど………」
考えても思い出せない。身なりはそれなりに良くしている感じではあった。
「どこかの飲みとか、どっかの会合のパーティーで話した人ですかね……。無礼講的な感じだとその場限りの縁ってのもありますし……」
「だからって、外部者が名前で呼びますかね?ちゃんだよ?」
「コンパニオンだと思われたとか?」
こわっ!
「コンパニオンとかでも、名前教えたりしないと思うんだけど………」
「………いや、尚香さんがコンパニオンとか、派遣会社が雇います?身長条件あるところもあるのに。」
「……どの角度から見ても、セクハラ発言なんだけど。」
兼代の度胸でしか言えないセリフである。
「ニュースの次はストーカーですか?」
「やめて………」
これは笑えない………。
そして、仕事が終わった後に、今日担当したマクアからの受付で帰り際に言われる。
「金本さん、少しだけよろしいですか?」
「はい。」
「このビル32階のシューシーマーさんご存じですか?」
「………シューシーマー?」
「もし、心当たりがあれば、ご連絡がほしいとのことで。」
「?」
あ、もしかして先の変なオジさん案件か?と、ちょっとドキッとしてしまう。
「全く心当たりがなければ、こちらで処分しますけど。向こうからも、本人が受け取らなかったら処分して下さいと言われています。」
そこで、名刺見せられた。
このビルに入っているような中堅のサラリーマンが、この時代に他社を通じてまで、自身にマイナスになるような行動をするだろうかとも思う。それに、変な人なら把握しておくに限るだろう。事前対策ができる。
それで、名刺を受け取った。
「!」
驚く尚香。
「…………」
受付が心配そうに見る。掛け合ったらしい上司の男性もいたのか横から聞かれる。
「金本さん、お渡しして大丈夫だったでしょうか。」
「………あ、はい。」
尚香は少し呆けてしまう。
その名刺にあった役職はシューシーマーバイオ株式会社常務取締役。
名字は『武田』であった。
「……大丈夫です。葬儀とかで会っただけの………なかなか会えなかった親戚です。」
「……」
「親類が多くてお葬式以外、連絡が取れない人も多くて。多分あちらが顔を覚えていたようで、お昼にすれ違って気になったのだと思います。ありがとうございます。」
と、尚香が礼をする。
マクアの二人も顔を見合わせ、それから尚香の話を聞いて安心したようだった。
***
週末。
尚香はお父さんの許可を得てその名刺に連絡をし、星が丘に向かった。
「…………」
駅を出て見渡すと、東京の名所駅の一つとは思えない穏やかな街並み。学生の頃に美香たちと遊びに来て以来だ。タクシーで行こうか歩いて行こうか悩み、周辺の街を歩きながら住宅街に入って行く。
マクアの受付で、親戚がたくさんいると言ったのは本当はウソだ。
どのくらいいるのかは知らない。でも、親戚同士で連絡も取り合えないとなると、問題があるのかなと思われるだろう。章の家系の文句を言えないくらい、尚香の家系も複雑なのか、それともよっぽど淡白なのか、疎遠なのか、尚香自身も知らない。
庭か駐車場が所狭しと詰められる、中型の家が続く通り。
その中の一軒家。
大きくもなく、小さくもない二階建ての家の前まで来て、住所を確認してベルを鳴らした。
「金本です。」
はーい、と言うインターホンに尚香が答えると、ドアがガチャっと開いた。
「尚香ちゃん!」
「こんにちは。」
そこで向かえたのはあの日に会ったオジさんと、おそらく妻であろう似たような年齢の、でも若く見える女性だった。
「こんにちは。さあ、入って。」
と、中に入り靴を脱ぐ前に礼をした。
「尚香ちゃん……」
今度はオジさんでなく、女性の方が信じられないように潤んだ目になった。
「…………」
尚香が立ちつくしていると、どうぞと言われる。
そして靴を脱いだ時だ。
オジさんより少し背の高い若そうな男が、半分顔を伏せて、階段の方からズカズカ降りて来た。
「大和!今日は出掛けてろって言っただろっ。」
と、その若い男を見てオジさんが少し怒る。息子だろうか。
「あ?俺んちで俺の居たいようにいて、何が悪いんだよ。」
「だったら、お客様にきちんと挨拶をしろ。家にいるならその約束だろ。」
と言われると、
「ああ?」みたいな顔をして、尚香に不愛想な顔を向ける。
「………」
尚香は、唖然としてしまうも、見上げて一応挨拶はする。
「こんにちは。」
すると大和君は嫌そうに、
「ちわ……」
と尚香をチラ見して、それだけ言って1階の奥に入って行く。
「ごめんね。ウチの息子で、……反抗期なんだ。」
と、オジさんがすまなそうだ。
そして尚香がスリッパを進められて履いてとしているうちに、台所から何かドリンクを持って来てまた上の階に行こうとする。
「待て、会ったならちゃんと自己紹介をしろ。」
というが、無視して階段を上がってしまった。
「………本当にごめんね……」
今度は奥様が言うも、尚香としては挨拶をしてくれるだけいいのではと思う。
「いえ、大丈夫です。」
学生だろうか。