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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十五章 音の予兆
40/70

40 金の器



兼代的、金本さん評価である。


「この売れ筋商品の中身、開けて下さいって、出荷前の工場に乗り込んで。そんで、ナンバー選別して製品開けさせたんだよね……。梱包だけでなく製品も開いて。

そこの現場リーダーはなんだなんだって感じだったんだけど、焦ってたから分かってたんだろうな。海外工場の時点で虫が発生してたの。もう、みんなびっくり。


なんでそんなことが分かったかって言うと、際沢の後で尚香さんが日雇いで働いてた時に、虫が発生していないかチェックする仕事にたまたまバイトで派遣されたらしくて。ネットで5万もする商品だよ?半年くらい経ってたらしいけど工場番号が変わってないのを知って動いたらしくって。」


「…………」

章、よく分からない。目ざといということでいいのか。


地道に調査をして許可を得て実行。可能性の確認のための動きではあるが、半分内部告発のようなものである。


派遣や取引先としての守秘義務もあるので、大元にも様々掛け合う。


それからは、消費者に中身を確認してもらい返品交換にも応じ、海外工場の再調査も行った。これも実はリコールでニュースに上がったことがある。高級品も買えるような中間層に売る製品。安かろう悪かろうでは許されず大変であったが、消費者が先に見付けて告発される状況は防いだ。

粗悪品を流通させた業者も売り出してしまって言い出せず、海外工場との改善のやり取りも上手く進まず、全部に虫が付いているわけではないのでそのままにしてしまったらしい。



尚香がアルバイトをしていた頃、鬱っぽくて大きな動きはできなかったが、いろんな工場やスーパーにも派遣され、その内情を全部見ていたのだ。


日雇いバイトのバイト同士で起こるイジメ、セクハラ。社員の適当な事務処理。バイトへの口止め。責任者がいない状態で回されるチェーンの飲食店。

日雇いのかわいい子を近くにして微妙にセクハラをするバイトリーダー。どうせバイトだしめんどいとセクハラを放置する若い女の子たち。


目立たない尚香だから、媚びも売られず、そういう実態をじっと見て来た。職場によっては名前も覚えてもらえない、その日に来ただけの過ぎていくただのバイトなのに、そのバイトが1年後に全く違う角度で戻ってくるとは誰も思わなかったのだ。


もうコンサルというより監査である。


この話には、他の男性社員もちょっと度肝を抜いていた。男の視線なら、バイト先の細かい内情をどうとか思わなかったであろう。




「あの時の、金本先生の豪傑っぷりを俺は忘れない………。あの辛い過去すら次世代の企業変革に昇華するとは…………」

と、一杯だけ許されたビールジョッキを机にトンっと下ろす。


「まだ、企業にここまでの善良性を求められていなかった時勢だぞ?」

イメージさえよければ、裏までは突き詰められなかった。というか、SNSでの告発くらいしか一般人にそんなことはできなかったのだ。数年前の話だが。


「尚香さんも表に出すこと出さないことを状況で分けはするけど、粗悪商品をあの価格で売ることも、最高の売れ筋商品と思って取引先が自信を持って消費者に送るのも、目をつぶれなかったらしい………。自社幹部かよ。」

取引先は知っていたのではなく、きれいな品だけ本社に回されていたので知らなかったのだ。


「そんな尚香さんだから。これまで際沢やいろんな件で、なんであんなに手こずってたのかと思うけれど、それを経験したからこその開き直りかな、とも言っていた。とにかく、損を出さない方法探しや、怒っている相手を懐柔するのも上手い……」

尚香は本当は、以前の会社で若くして管理職になる方向を示唆されていたのだ。支店を任せるとまで。


「男だったら、憧れの先輩くらいにはなるかもな!」

と、兼代、言い切った。



「それって、モテるんですかね?」

そこんところ、聞いていても分からない。結局どうなのか。


「人にもよるんじゃね?」

熱く語った兼代が、うーんと考える。

「新選組みたいなのに、まあ見た感じは柔らかいから、気になる男性もいるんじゃないかな?顔が美人でも派手な女性や気が強そうな女性は苦手な人も多いからな。」

「新選組じゃなくて、マルサじゃないですか?」

「お、庁舎。現総理も知らなさそうな顔をして、新選組を知っているのか?でも、マルサと違って建て直しまでするからな。」

「現総理くらい知ってます。」

何千冊と本を読んでいるので多少は世を知っている。


「まあ、今が戦国時代なら俺は金本家に付くな。お前は今のコンプラ時代でなければ信長タイプだろうが、尚香さんは徳川寄りであろう。俺は堅実な歴史を選ぶ!」

「………。」

酔っているのか全く答えになっていない。ただ、章としてはコンプラに自らを押し込むタイプなので、信長にはなれないとは自分で思う。だからこの戦国現代に生きていけるのであろう。陰キャ信長であった。



「結論はだな。モテなくはないであろう。」

「…………!」


今の話からどういう結論でそこに辿り着いたのかは分からないが、みな、美男美女と結婚したいわけではない。安心を求める人も多いのだ。尚香の周りはてんやわんやだが、安心はある。これだけ男女がいれば、その中に尚香を気に入る人もそれなりにいるであろう。

実際、賢い結婚組は顔で選んでいるわけではない。


「とにかく金本先生は、近藤勇だ!」

「それ、モテるとかの話と違うんですけど。尚香さん強情じゃないし。」

「モテモテだろ!近藤勇は!!尚香さんもけっこう強情だし!」

「処刑されたら困るんですけど。」

「まあ、安心しろ。俺は明智ファンだ。」

「信長殺してんですけど。」

そして驚く。顔からして兼代は明智光秀が好きという人間に見えない。

「まあまあ、史実は誰が仕掛けたか分からんだろ!」



「でも俺、将来の子供の話までしたんだけど、どうですかね?」

兼代が、……は?という顔で章を見る。


「子供?」

「何人いたらいいとか。」

「は??」

「………」

「それはもう、一定ライン越えてるだろっ。」

「そうっすか?」

「普通のカップルでもしない話だぞ。」

「ホントですか?」

「結婚前提じゃないと、セクハラで距離を置かれる話だな。」

「…!」


「男だって、結婚する気もないのに彼女が結婚や子供の話、しだしたら逃げるからな。」

「…………」

結婚する気になるまで付き合っておいて、その話と向き合わないのはどうなのかと思うも、仕事のせいで彼女が逃げていく兼代先輩を思って黙っておく。



「…………はあ………。

俺も学生の頃までは女は顔だと思っていたが、尚香さんみたいな人が隣りにいると、話ができて安心できる人がいいっていうの分かるわ…………」

許したジョッキ1杯で気分が良くなったのか、勝手にウーロンハイを頼んでおり兼代は少し潰れている。

「…………兼代さん、尚香さんはやめて下さいね。」

「分かってる、分かってる……………」

「結婚は地味なのを選んで、外で遊ぶ気かって言われ続けますよ。尚香さん思ったよりひどいこと言いますよ?」

「……それをしたら、人生終わることぐらい分かっている。今となっては…………」

「………昔遊んでたタイプですか?」

「………………金本先輩が思うよりは、遊んでいない……………。むしろ怨む………今の彼女にふられたら…………」



その後、兼代を家に送り届けると、鍵を持っていた彼女が先に家にいて、社会人とは思えないデカくてチャラそうな男が送り届けたので驚きまくっていた。一旦ヨリが戻った彼女である。




***




「功君、久しぶり!」


しばらく顔を出していなかった日舞に先生に呼ばれて行くと、みんな不愛想な男を温かく迎えてくれる。


「功君、元気してた?」

「MV観ましたよ!よかったじゃないですか!」

「やっぱ、始めて数か月なのに、素人の目線じゃないんだよね…。殺陣の先生も角度がびしっと決まってるって褒めてた!」

そこはもう、これまでのダンスの基礎と才能である。



そんなことを言われ、座敷で先生に厚く包んだ包みを渡される。開くと、金継ぎされたきれいな椀が出て来た。



そっと持ち上げて全体を見る功。



空色と土色の器を横切るいくつかの金。



その金を静かになぞる。

少しボコボコっとしているのに、器に馴染む継ぎ。



継ぎをした女性が息を飲む。正直デコボコしたところがあるのだ。


「どう?」

「……………」

返事はしないけれど、しばらく眺めて功はニコッと笑った。


「!」

先生と、隣にいた生徒さんが嬉しそうだ。

「功君が笑うところ初めて見た!」




実は功、皿洗いで割ってしまった尚香のご飯茶碗代わりの茶碗を、生徒で金継ぎを趣味にしている人にお願いして直してもらったのだ。封筒に入れたお金を出すと、その主婦の女性に断られる。

「いいの!素人仕事で、練習でもあったから!」

「十分ですよ。」

「いやいや………。」

と、恐縮している。


「なら先生から渡してください。」

と、先生に渡しておく。

「先生………」



日舞はしばらく休みだが、こんなふうに復活するものがあるんだと、章は嬉しくなった。




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