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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十五章 音の予兆
39/70

39 100人いても



手伝うことはないかと台所に行くと、そこでもギョッとする。



水炊きということでタレがいろいろ置いてあるのだが、塩、タレ、ポン酢全てがそれぞれ数種類置いてあるのだ。ごまダレだけでも2種類、ローテーブルに所狭しと並べてあった。なぜこんな。

「章君は誰かとルームシェアしてるんですか?」

「……?……ああ、物が多いからね。」

リモデリングしてあるらしく、全体的には今時の綺麗な内装だがよく見ると小物が多いのだ。


「なんかね、章、買っちゃうんだよね………」

「誰かが来た時にはホテル代わりや、一時シェアとかにはするんだけど、基本一人だよ。あれは章が買っちゃうだけ。」

「………家にある物を把握できないの?」

「……そうでなくてベリー味があったら、レモン味もほしいみたいな感じ?」

「?」


そう言って見せてくれたのは、薄めて飲むお酢。

ミカンやシャインマスカット、ザクロに加え黒酢やアップルビネガーまで出てくる。

「全部飲むお酢。」

「!」

「誰かが見てないと、この種類はうちに無いとか、色がきれいだからってなんでも買って来るから。」

「プレゼントも気に入ったお菓子のシリーズ、デザインや色が数色あるからってほしくなって全部買って来たことあるし。1個でいいのに。」

「あれは何病っていうの?揃えないと死んじゃう病?」

みんな困った顔で考えている。昔はそうしてすぐにカード限度額まで買っていたそうな。尚香は道の家のドリンクやレトルト食品を思い出す。


一度は文具屋にいるというので電話で赤鉛筆を頼んだだけなのに、なぜかそれを知った道さんにストップを掛けられる。時既に遅し、もう買ったと戻って来た時には「きれいだから」と同じトーンを全色買ってきてしまった。この色も赤の隣に置いたらきれいだな……から始まって結局最後まで買ってしまったという。道、言うには、シリーズ揃えましたバーションと、他ブランド他メーカー揃えましたバーションがあるらしい。


「……………」

呆れてしまう。



「1、2回使ってある物もあるけど、洗面所にある物も好きなの持って帰っていいよ。どうぞ。」

と、お酢を一つ渡される。

「…………」

「ザクロとが良かった?」

「いえ、なんでも。ありがとうございます……。お金は……」

「一応、ここでご飯する時の資金用に、代金代わりにあの貯金箱に少しお金入れてもらってる。」

と言われるので、小銭あるかなと探ろうとすると、お客さんからはもらいませんと止められた。



というところで、章が戻って来た。


「……………」

こんなアットホームな場所で砕けているのかと思いきや、章、無口だ。



そして、驚く。本当にクリスチャンなんだと。

テレビや映画でしか見たことがなかったけれど、一人が食前の祈りをしてみんな静かに聞いている。その間、章も静かにしていた。



それから尚香は思い出す。



あ、違う。


昔、一緒に食事をしている時、祈っていた彼がいたと。



でも、キリスト教やイスラム圏以外の人からは、無宗教の日本人の方が食前後にお祈りをするから不思議だと言われたことがある。手を合わせて頂きますのことだ。仕事でアジア圏の人たちに日本の生活のマナーを簡単に説明した時に、不思議がられたことがあったなと。


それから普通にいただきますをして食べる。尚香に最初によそった物を渡され、章にも山盛りに肉を盛ってくれる。

「章はもっとこってりしたものが好きでしょ。」

と、ゴマダレとキムチダレの2つを入れられていた。部活でお腹が空いた高校生扱いである。


もう一度改めて全員の自己紹介をしながら食事をする。だいたいみんな、東京で働く青年。年末のニュースの件を知っていたらしく、非常に心配されてしまった。今いるメンバーの半分が、音楽や舞台関係の仕事に付いているらしい。




その後に片づけをして、以前章が言っていた家の中にあるスタジオを見せてもらった。


一つの部屋が防音になっているらしく、放送局やテレビで見るようなガラス越しに見える部屋。覗き込むと音響まで置いてある。ピアノはないがキーボードだろうか。マイクも2本立ててある。端の方には譜面や楽譜立て、様々な物が置いてあった。

「へぇ……。皆さんが使うんですか?」

「そうだね。それに時々イットシーの人たちも来るよ。」


そこでその場にいた3人が、プラグレスでみんなが知っているような曲を簡単に演奏をしてくれた。

「!!」

これもすごくキレイだ。


しかし、聴く側に先の黒人の実代ちゃんがいる。「何をされているんですか?」と聞いてみたら、音楽はからっきしダメらしい。見た目で人を決めてはいけない。




それで章は何をしているかというと、尚香を放っておいて向こうの1人用のソファーに座ってただスマホを見ていた。


「章君何してるの?」

「スマホ。」

見て分かんないの?という顔をしている。これは既婚の知り合いが言っていた、結婚して実家に行っても義実家に行っても嫁子供放置で何もしないタイプだろうか………と考えてしまう。



「章君、みんなに友達いないって言われてるのにたくさんいるね。」

「…この人たちは、身内みたいなもんだから。叔父さんの教会の兄弟だし。」

「……それで、信用できちゃうの?すごいね……。」

日本人には分かりにくい関係だ。

「もともとルームシェアする人多いし。アメリカでは、いろんな活動の場として家を半分解放してる人も多かったしね。俺と道さんもアメリカで行ってた教会は違うところだけど、そういうので毎週子供のお菓子作り教室とか、英語教室とか行ってたから。」

「…………へぇ…。」

「今思えば、半分はお母さんたちの気分転換のサロンだったのかな。シングルマザー多かったし。毒々しい色のスイーツ作ってお茶会。俺はもう大きかったからサロン中、家から逃げ出す子供の世話をしていた。」

昔は逃げ出す立場だったのに、今度は子供の面倒を見させられたのだ。ただ子供の面倒というより、外に逃げ出そうとするちびっこ野獣を捕まえているだけの気分であったが。


「章君、子供嫌いそうなのに………」

「嫌いだ。」

嫌いなのか。

章は同世代より、子供や大人といた方が気が楽だった。それだけだ。


「でも、ちいちゃんや太郎君や朝ちゃんの面倒よく見てるのに?」

「知っている子は別。身内の子はいい。」

まあ、そういうことはよくあるだろう。

「尚香さんは子供好きなの?子供より仕事への愛が大きそう………。」


「え?私は子供、何人いてもいいよ。」

「!」

章、興味無さそうに聞いていたのに、ガッと体を起こす。

「子供好きなの?」

「現実は別として、気持ち的には100人いてもいいくらい!人の子でも。昔は私も陽くんみたいにああいう施設で働きたかったんだ。園長や陽君夫婦に憧れてたから。」

「………」

「まあ、25人受け入れのサンサンハウスで、スタッフもいてギリギリ子供たちに目が届くって感じだったから、実際はそのくらいが限界だろうけどね。」

ただ育てるだけでなく、どうにか一人一人顔も見て話も聞いてあげ、笑い合うこともケンカもできた範囲。


「え?奇遇、俺も気分的には100人くらいいてもいい。」

「………急に何言うの?」

「子供かわいい。」

自分の子は。

「尚香さん、やっぱり結婚しようよ。きっと楽しいよ!家族が多くて食えなくなったら、日雇い仕事もするから!」

「…………」

誰が子供を見るのだと言いたい。章が落ちぶれたら、尚香が働いた方が効率がよいであろう。


「初めて家に呼んだ人を放置してスマホ見てる人は、将来の夫として無理なんだけど。」

「えー、だって、実代たちと仲良くしてるからさ。」



そんなふうにして、その後少しだけ讃美歌を歌いながら短い夕拝をしてその夜は解散した。尚香には初めての礼拝で、家でもできるのかと驚く。讃美歌もすてきなアカペラだった。



見た目が功のような、ヤバい系の人が出入りしているのかと思ったら全然違い、みんな親切で少しくすぐったい夜だった。




***




「ほー、そうか。弟よ。」

「………」

「尚香さんが本部長とクリスマスパーティーに行ってたとな。」

功の話を聞いて、うんうん頷く兼代。


「まあ、まずは一杯!」

とグラスを掲げるので仕方なく功はジンジャーエールを兼代の食前酒とカチンと合わせる。

「兼代さん、飲まないで下さいね。」

「おう、分かっている。」

兼代は酔うと潰れると聞いているので、止めねばなるまい。


「尚香さん、男の視界にも入らないタイプだと思ってたんですけど、モテるんですかね?見た目なら女性の視界にも入らないと思うんですけど。」

率直に聞いてみると、兼代が上を向いて考える。


「………どうだろ?俺は初対面では、ほぼ記憶の彼方に飛んで存在すら覚えていなかった………」

「……ですよね?」

章も、水を掛けられなかったら記憶の彼方であっただろう。地味と言うか、あんなに存在感のない女性が人に水を掛けるとは。


「……で、ジノンシーで再会して、どこかで見たことがある………ってなって、」

で、止まる。

「『なって』?」

「あ!あの理系女子っぽそうな、眼鏡の子だって!」

「え?眼鏡してたんですか?」


大学当時の写真を見せてもらうと、後ろで一つ結びをして眼鏡を掛けて、他の女性と違ってかわいい撮影角度も何も考えていなさそうな女子が、小さく写っている。

「え?これ尚香さん?」

「そう。」

「かわいらしいね。」

そう思うと、尚香も今はかなり垢抜けた。


ただ、ジノンシーにいると地味ではある。よくも悪くも空気だ。



「…………でも、尚香さん仕事できるからね…………。他の人にはできないような突発力と洞察力とコミュ力持ってるし。」

「そうなの?」

「まさにそれで、庁舎君を掴んだんだろ?」

「え?そう?」


「尚香さんがジノンシーに来た時に、取引先とか会う前からもうあれこれ把握してて、大手通販にも乗り込んですごくって。」

「………」

仕事のことはよく分からないので章はとりあえず聞き役に回る。




プラグレス……プラグを繋がないアナログ演奏

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