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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十五章 音の予兆
38/70

38 おうちに行こう



みんなが尚香の分からない話をしているので、大きいソファーの端に座り込んでいると、その逆端に章が座った。


「尚香さん、大丈夫?」

「……大丈夫じゃない………。章君も洋子さんも嫌い………」

ぷっと笑う。

「だいたい私、章君に会う前は音楽なんてBGMとして聴くくらいしか縁がなかったのに。」

「…尚香さんが勝手に機会作ってんじゃん………」

「………そうだっけ?」

「そうだよ…………」

と、章が微笑んだ。


「でもさ、私が弾かされるなんて思わないよね?普通………。なんで弾いたんだろ……」

「大丈夫。上手だったよ。」

「…………」

絶対に思っていないだろうと、章を見た。



すると、ふと目が合う。


先まで戸惑っていたのに、ニコッと余裕な顔で笑う章。




そこに朝ちゃんがやって来て、尚香の横に座った。どこかにあったのか、シェイカーを持って来て、手遊びしながら尚香の横にもたれる。なんだか不思議なまったりした時間を過ごしていると、その中間に弓奈が優雅にもドンと座った。


「あの、アートパークの演奏会。私も参加していいの?」

「………知らん。ウチの将軍は里愛さんだからな。全部里愛さんの許可がいる。一番隊長は太郎で、二番隊長は朝だ。俺は足軽。鎧すら自分で選ぶ権利がない。」

子供と女子にされたい放題である。しかも、世界のプロ数人がたった15分のために、アートパークに集まるのか。ラストダンジョンではないか。


「まあ、里愛には手に負えないから、私にピアノ大使を任命してくれたってことだよね?」

「……」

「あんな自由変形型ピアノを見せられたら、ちょっと困るけどさ。即興であれだし。」

「………?」

章は先の洋子の演奏を見ていない。



アートパークのフリースペースは、各枠に15分しか与えられておらず、搬入撤去も含めて20分。1分でも長く演奏したければ、入りとバラシをサッとするしかない。園児もいるためそこは不利だ。それに、朝ちゃんはともかく3人ですら時間が合う日は少ない。


「ならさ、他のストリートライブあるんじゃない?」

「………あんまり幅を広げると、目的からずれる。手馴らしのためだから。」

プロが集まり過ぎてどうするのだ。バレるであろう。

あくまで功のバイオリンを馴らすための4人のセッションで、朝のジョギングのようなものだ。しかも功はこの話を三浦や与根にすらしていない。

「………そっか……。楽しそうなのに。里愛に聞いてみよ。」


「ユミナちゃんは、おひめさまがいい………」

急に、朝ちゃんが小さな声で弓奈の耳元で言う。

「!」

仮装のことだろう。朝はお母さんにしか話しかけなかったので驚いてしまう功と尚香。

「かわいい!!」

弓奈思わず朝を抱きしめる。

「でも、お姫様枠は朝ちゃんもしたいよね~。一緒にお姫様しようか!里愛ばっかりドレス着てひどいよね~!」



そんな会話の向こうで、洋子はバイオリンを触っているメンバーの近くにいた。




重ならない親子。


でも、初対面の頃を思うと尚香は少しホッとした。




***




功の車で全員を送り届けてから、後部座席から尚香は聞いてみる。


「章君、最近また会えるようになったね。」

「………外部との仕事が終わってから、調整してもらったから。」


実は章、普通に仕事をこなしているように見えて、あのエナドリ客演4日間で限界であった。その後にエナドリ関係の細々とした映像やロケをこなしてから、フェードアウトである。こうして、出ては消えて、出ては消えるので人気が安定しない。

その間走ったりジムに行って、数日して少し元気が出てきたら、逃げ込むように知り合いのライブに飛び込みをしている。三浦もそのつもりで2月後半から次のクラッシュまでスケジュールを緩めていた。

クラッシュとは、イットシーの仕事用語で章が活動期に入る時期である。




「…………」

気まずいのかそれ以外話さない。


「……………そっか、おつかれ様。」

「………………怒らないの?」

「怒る?なんで?」

「ちょっと減らしてもらった。でも………ニートじゃないよ、俺。干されてないし。」

「………大丈夫。分かってるよ。」



「……………」

「………………」


新宿の交差点を回りながら、尚香は風景を眺める。



「………ねえ、尚香さん。」

「ん?」


「…………今日は人集まってるからさ、俺一人じゃないしうちに来てみない?」

「………章君ち?」

「……洋子さんのマンションじゃなくて?」

「……うん、俺んち。」


「……………」

しばらく考えてしまう。


「ウチの兄ちゃんが帰って来てて、うちに来てたんだけど、今少しまた仕事で出てて。」

「お兄さんと暮らしてるの?」

「違う、海外からの一時帰国。まあ、また帰って来たら俺んち来るか、洋子さんの方行くか分かんないけど。」

「ふーん。」

「今日水曜日だろ。夕方から、アメリカのチャーチの人たちが礼拝代わりの集まりしてるから。」

「教会の事?」

「変な人たちじゃないよ。あのマンションを借りれる代わりに、レコーディングや讃美歌とか作ってる人たちに、部屋貸すように頼まれてるんだ。そんで外国人、とにかく集まるの好きだから、そこで水曜礼拝して食べて騒いでいつも帰ってく。日本人よりはテンション高いけど大騒ぎはしないよ。

兼代さんよりは大人しい。」


章に防音部屋のあるマンションを貸してくれた親戚の叔父さんは、その人自身もクリスチャンで音楽家であった。


「……日本語話せる?」

「半分は日本人や混血で、完全アメリカ育ちもだいたい日本語話せる。女性も多いよ。」

「演奏のレコーディングができるの?真理ちゃんちみたいに大きいの?」

「まさか。」



男性の家に行くのはどうなのかと思いつつも、この前、いろいろ約束してしまった。

関係を縮めようと。


未来がどうなるのかは分からない。

でも、章君がどんな人かもう少し知れるかもしれない。


人がたくさんいるのなら、いい機会かもと思う。

「……いいよ。」

「……!」


「ホント?!」

赤信号で章が振り向く。

「うん。」


「クリスマスにね、会社の人と海外の人がいっぱいいるパーティーに行ったんだよ。子供もいて楽しかった!」

「……誰と?」

「久保木さん。」

「…………クリスマスライブにも来なかったのに。」

章は不満である。





それから尚香と章は、そのままマンションの地下に入って行く。


「地下駐車場あるんだ………」

と恐ろしい。

「賃貸じゃないよね?」

「違うよ。」

「そうだよね…………」

夕方で見えにくいが、それなりのマンション。おそらく洋子のいるマンションよりずっといいところだ。これだと駐車場や管理費も高く賃貸なら安くても月3、40万以上ではないだろうか。50万以上は行くか?恐ろしい。防音部屋まであるならもっとだろうか。


昔、後輩の下宿先を一緒に探していた時、不動産屋の張り紙で駅徒歩3分5万円とあり、ワンルームだけど安いね!と一瞬盛り上がるも、よく見ると駐車場の月極だった記憶。東京、高過ぎる……。


ここは、10階くらいの建物に、階層2戸に付き1機のエレベーターが割り当てられているらしい。





章とでも、二人でエレベーターに乗るのは緊張してしまった。


終始無言でいると、到着。

ホッとしていそいそと外に出る。鍵は番号かカードキー。番号を知っているのは、章と道と兄、そして教会の友人数人とマネージャーの三浦とナオ。以前はテンちゃんも。何かあった時は政木にも番号を教えていいことになっている。

いい家に住む代わりにプライベートがないんだな、と驚いてしまった。誰よりも、人に干渉されるのが嫌で家に引きこもりたそうな顔をしているのに。


「本当は、郊外の戸建てに住みたい。」

と、章が呟きながらドアを開けた。



と、そこに待っていたのは、またもや明るい外国人たち。玄関には見た目が日本人数人と、西洋人ぽい女性に少し太い黒人女性だ。


「章!!」

「こんばんはー!!」

「こんばんは!!」

「章が本当に女の子連れて来たー!!」

「おー!!初めまして!!」

やはりテンションが高い。男性には握手をされ、女性には軽くハグされる。


「どうぞ!入って!」

「ご飯食べましょう!!」

「鍋だけどいい?」

「?」

え?みんなこの家の住人?というくらい、自由にしている。


章は荷物置いてくると部屋に行ってしまい、女性たちに尚香を任せた。


「??」

「ごめんね、章、不器用で。私は実代(みよ)。」

と、先の黒人女性。中身は完全に日本人である。そして日本人っぽい人の方が外国人っぽい。

「ヘイリーって言います。よろしくね。」

「隆夫です。」

覚えられない。

「尚香です。よろしくお願いします。」


「あっちとあっちのプライベートの部屋以外は好きに使ってね。冷蔵庫も好きに使っていいし。」

「ここの部分は章君のね。」

家を簡単に紹介されながら、冷蔵庫の弾き出しの一つは章の物と教えてくれる。

「トイレはそっちで、洗面所はそこ。」



そして手を洗いに行ってギョッとした。石鹸が数個、歯磨き粉が数個、ハンドソープも数種類。え?みんなここで寝泊まりしてるの?自分用持ち込んでるの?



章君が人と暮らせるの??




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