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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十五章 音の予兆

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37 私は奏でる



「そう、尚香ちゃんと弾いてちょうだい。」


は??


急にみんな尚香に注目する。



「尚香ちゃんピアノ弾けるの?」

太郎が聞いてくるも、思いっきり否定する。弾けるわけがない。


「弾けません!」

「弾けるじゃない。」

「弾けません!!!!」

よく考えたら、今ここにいるのは、全員プロ。原ママですら子供たちのマネージャ―である。なんの拷問だ。


「弾いたじゃない。」

「弾けませんっ!!!」

見知った洋子の前で弾くのと、今日初めて出会った里愛の友人のプロフェッショナルの前で弾くのは全然違う。しかも、二人とグローバル規模のプロだ。ヨーロッパの由緒正しき何とかホールでも弾く人たちである。プロでなくとも人前で弾きたくない。


学祭どころか、学校の音楽の授業でも自分よりうまい人が数人いるレベルなのに。

「何、遠慮してるの?私の前では弾いたのに。」

「あの時は洋子さんが無理を言うから!!」

「あら、じゃあ、今日も無理を言わせてもらっていいかしら。」

「…………」


なんで洋子と楽器を弾いているのだと、章は頭にくる。

「なんなわけ?なんで二人が…」

と、章が言い掛けるも、洋子は無視してスッと立ってこの前の楽譜を持って来た。



アリア・サーフの『主の鼓動と』。



「?!」

「尚香ちゃん、これなら弾けるもんね。」

「~っ!!」

「得意でしょ。」

「やめてください!」

思わずダイニングテーブルに逃げるように座った。ここから動くわけにはいかない。



「あんた。」

と、今度は自分の子をひどい呼び方で呼んで、命令した。

「そこにあるバイオリン、何でもいいから一つ持って来て。」

「はぁ?」

「あんたが弾くの。あんたのがあればそれでいいけど。」

直ぐ帰るつもりだったので、自分の物は車の中だ。

「俺に触らせもしなかったくせに………」

と、ブツブツ言っていると太郎が「これ」と、中級者向けの物を持って来た。バイオリンを続けると決めた人が買うような価格帯のものだ。


それをぶらーんと持ち、嫌そうに見てため息をついている。

「僕が先弾いたけど、ちゃんといい音出るぞ。」

「…………」

「なんやのその顔。尚香ちゃんがかわいそうやろ?」


かわいそうならやらなければいいと尚香が思うも、洋子は楽譜をピアノに立てた。今度はダイニングにいる尚香の両肩を後ろから押して、ピアノの前まで連れて行く。

「へっ?」


太郎たちに助けを求めるも、みんな手を振る。

「尚香ちゃんゆっくりでいいんやよ。」

章も「うわ~、かわいそう……」と見ているだけだ。


そして、トスッと座らされた。

「……え?あの……皆さんでセッションされた方が…………」

「プロたちであいつに合わせてどうするの。あいつが合わせればいいんだから。」

「はい?」

「上手じゃなくていいから。」



ああ、こんな時、チートならと尚香は思う。


尚香だってピアノを習い始めた前後は、数か月もすれば自分も、コンサートで見たこのキレイな人たちのようにバリバリ自由に鍵盤を奏でていると思ったのだ。


子供ながらに早々にそれを諦めたのに、まさかチートになるのではなく、この歳でチートな人たちに囲まれて弾かされるとは。いや、ただのチートではなく、努力仕込みの天才たちだ。申し訳なさと恥晒し感がハンパない。

兼代が言う人気アニメの主人公のように、今だけ急に覚醒してインフレ技を出せればいいのに、残念ながら尚香には音楽チート能力はなかった。



そもそも、何のためにこんなことをするのだ!

洋子を睨むも、洋子は無視。そういう身勝手な人である。


尚香はおどおど言う。

「……章君は……上手な人とセッションしたいよね?」

「………え?弾けるなら弾いてみてよ。」

「!!」

自分は、里愛の誘導がなければ固まって、きらきら星も弾けなかったくせになんという男!



親子揃って憎々しい。



「まあいいや。まずは、はい、ド・レ・ミ!」

まあよくないのに洋子が急に言うので、思わずドレミと鍵盤を弾く。

「ミ・ファ・ソ……」

半分沸騰状態で洋子の声を追い駆ける。それを一通り済ますと、今度は片手で『主の鼓動と』をと言われる。


尚香が戸惑っていると、朝ちゃんが小走りでやって来て足元で尚香の足をツンツンした。

「……あさちゃん………」

半泣きで朝ちゃんを見ると、サッと楽譜を見て尚香の手を取り最初の鍵盤近くに誘導してくれた。


「………そう、いい感じ。」

洋子はそれを見て、安心したように囁く。

尚香はスーと息を吸い、ハーと吐くと観念して、まず手癖で弾ける部分までを始める。





―――Jesus. My precicous.――


私が幸せな時、私にはあなたが見えなった―――




今、ここに歌はないけれど、導入の部分。




少し片手で弾き始め、途中からゆっくりと左手を足した。苦手なところまで来て間違えるが、洋子はゆっくり再スタートさせる。



「なら、そのままゆっくり……」

と洋子が怒らないのでどうにか1番は弾けそうだ。


「できた!」という安堵と共にそこでやめようと思うと、洋子が薄い緑のネイルの指で楽譜を指示して言う。

「……そのまま2番……続けて………」

「!?」



「章。次、入って。」


は?

章と尚香が、「は?」となるも、章はクセで曲に入ってしまう。


「??」

尚香が、ヴァイオリンの人と一緒に弾くって習ったままの弾き方でいいの?パートみたいなのあるの?と、頭で迷うも、洋子がそのままでいいと指示をする。



そして始まる。


ゆっくりで、不器用で、ぎこちなく、でもどうにか曲になっているセッション。



「うん、いい感じ。あの子も下手なんだから、気にせずに尚香ちゃんのペースで……」

と、洋子が横から誘導した。楽譜の横で、ピアノを指で叩くようにリズムを取る。


弓奈とニキはただじっと見ている。



自分のペースに持って行こうとしてしまう章と、当たり前に自分で精いっぱいで追い付かない尚香。


洋子と合わせた時と違って、音がズレた。

「章が合わせるの。尚香ちゃんは素人なんだから。」


尚香は必死で章の音なんて頭にない。目の端に見える洋子のゆったりとした指のタップに合わせる。



やっと終わる。

やっと!と、200メートル走ゴールインのつもりが……


「はい………最初からそのまま…………

―――Jesus. My precicous.――に1番からリピート。」


?!!

終わって~!!!


と、心の中で叫ぶも、とにかく続ける。



そして見ている面々には、章の顔が、里愛と最初にバイオリンを合わせていた時くらい焦っているのが分かる。



当たり前だ。

尚香が章に合わせられるわけがない。


章が素人に合わせてあげるしかないのだ。

尚香としても、洋子の時ほどうまく弾けなくて焦ってしまう。



「…っ!」

自分のペースにしようとすると、どうしても音がズレる。


いつも自分の頭の中と勢いだけで弾いてしまう全てをしょうがなく章は緩め、少し先に見える洋子の指に合わせる。




絶対に見たくなかったあの人の作る音。


嫌いな人のタップ。



でも、今の指針はそれしかない。




見にくいので、少し移動する。

するとそこには、泣きそうな顔で必死に弾いている尚香の横顔が見えた。


「!」


章は思わず笑った。

かわいそうだけど、必死でかわいくて、おもしろい。もれなく、自分と似ているムカつく洋子の横顔も見えるが。


少し余裕が出て、何となく合ってくる。





そこから尚香にだけ聴こえる、耳元のハミング。


最後、この前のように洋子のlalalalailala lailalai……のスキャットで消えていくように静かに終わった。




フーと息をして横を見ると、あの時のような、何よりもかっこいい洋子の横顔が見える。


「…………」

見惚れてしまう、今は自分だけが知る、あの横顔。




余韻が消えると、洋子が尚香の方を向いて壊顔した。

「!」

その溢れる笑顔に、尚香は真っ赤になってしまう。



じっと、見つめ合って尚香も思わず笑った。




「………………」





少しの沈黙の後、ワーーーー!!!

と、拍手が起こった。


どう考えても下手くそで、プロには聴き苦しい音だったと思うのに、みんな笑っている。よく見ると朝ちゃんがまだ足元にいた。朝ちゃんにもにっこり笑うと、尚香の腰にくっ付いて来た。


「あんたは本当に下手くそだけど。」

洋子は章を見て不満そうに言うので、章は洋子を見下げる。



「そんなことないぞ!功が最高や!」

太郎も功の腰に飛び付くので、持っていたバイオリンを上に上げた。

その上、太郎は要らんことも言う。

「これで尚香ちゃんもアートパーク音楽隊の一員やね!」

「それはご遠慮させていただきます。」

これ以上、なんの恥を晒すのだ。



「もう一回やる?」

と、容赦ない洋子。首を横に振って逃げた。





それからフリータイムのように、みんな好き好きにここにある楽器を触っている。最終的にギターも出てきてみんなビックリであった。しかも洋子はギターの腕も一流であった。



そして、尚香には分かる。

歌っている。


声は出ないし、口も動いていないけれど、洋子は歌っていた。





それにしても意外なのは、洋子はもっとキレ散らかすと思ったのに、音楽関係になると案外落ち着いているということだ。

功より人が苦手なのに、功よりずっと人を見ている。





しかし、尚香。


バイエルを習っていた中でも、素人の中の素人なのに、プロたちに囲まれだんだん現実に気が付く。

「……………」

ヤバくない?これは音楽をしている人にとって、ものすごい栄光か、羨ましがられることなのではないか?それとも微笑ましいのか、罰ゲームなのか。少なくとも尚香には、キャパオーバーであった。

意味が分からない。


200メートル走どころか、ハーフマラソンを無理やり走らされた上に、リピートでフルにされたような絶望感。



しばらく椅子に座り込んでしまった。





●洋子に弾かされる

『スリーライティン・上』79 意外や意外

https://ncode.syosetu.com/n9759ji/79


●キラキラ星も弾けなかった男

『スリーライティン・上』76 囲ってきた音を

https://ncode.syosetu.com/n9759ji/76



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