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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十五章 音の予兆
36/70

36 開かれた白い扉と



その日、洋子のいるマンションには、初めてのお客様が数人訪れていた。



「わぁー!!」

「なんや、このきれいなの!」


飴色の木目のピアノを見たバイオリン太郎と女性2人が駆け寄っていく。朝ちゃんもお母さんを引っ張って恥ずかしそうにピアノの近くまで来た。


「PINOAって、初めて聞くわユミナちゃん知っとる?」

聞かれた白人とのハーフっぽい女性も首を傾げる。

「分かんない。初めてかも………。かわいい………」


部屋の隅っこの椅子に足を組んで座っている洋子は、無表情でその様子を見ている。ピアノの可愛さを打ち消すような、クールっぷりである。



「すごい………。こんなにバイオリンもある……。」

「ヴァレンタス?この型、多分もう手に入らないんだけど………。」


「このバイオリン、朝ちゃんも使えそう。」

子供用を見て尚香が言うと、洋子がボソッと加える。

「1/8……だと大きいかな……どうだろ。」

朝ちゃんは恥ずかしいのか、鉄琴の方が好きなのかただジーと見ていた。


「洋子さん、触ってもらってもいいですか?」

「もちろん。お好きに。」

許可をもらうと、ユミナと呼ばれたピアニストが、緊張しながら座ってみる……も、席が高くて調整する。


「よし!」

ちょこんと座って、ポロン……と少し指を馴らすと、うわ~という感じで笑った。

「音が不思議!」

「かわいい……。」


「…………」

尚香だけ、何がかわいいのか分からない。どのピアノも同じに聴こえる。この前洋子が弾いた時もかわいくは聴こえなかった。


そして姿勢を正して、小学生の発表会のようにショパンを弾き出すユミナ。軽やかな音が部屋中に響いた。

部屋に溶け込む音。


「おお!!」

思わず尚香と太郎、そして原ママが大きな拍手を送るも、洋子は無表情で足を組んだままパチパチしている。

「まあ、いいんじゃない。」

偉そうだ。


一方、その態度に尚香はビビってしまう。ユミナは里愛の紹介で来た、まさに今活躍中のピアノストである。見た目は20代だが尚香より年上。ヨーロッパの由緒正しいコンサートホールでも演奏できる人だ。

いつもの如く失礼にも程がある。

「ふふっ!」

でもユミナは気にすることもなく、ピアノに見惚れていた。



この面々。現在出張中のバイオリニストの高坂里愛が、自分がいない間にこのバイオリンたちをどうするべきかアイデアがほしいと、お願いした派遣集団である。


お馴染みバイオリン太郎と、バイオリニストのニキ・ディアーヌ・ローレン。

ピアニストの弓奈(ユミナ)・メイシー。里愛が、『私はピアニストじゃないのに、アドリブさせんな!』と、功にぶち切れて送り込んだのだ。演奏家でもその場の勝手なアレンジは困る。


今日は仲介した里愛もおらず、ステキな人たちが来て尚香は緊張しているのに、洋子のこの女王っぷり。ちょっと怒りたくなるも、演奏家同士は気にせずワイワイ喜んでいる。尚香は何も分からないので、台所でお茶を用意することにした。



「洋子さん、洋子さんは演奏されないんですか?」

「!」

その最中で、弓奈が思わず口にしてしまった。


「…………」

ふんぞり返ったままだった洋子の顔が止まっている。


それを、存じぬ顔で尚香は見る。もう今回、洋子が普段人前で演奏しないことを伝えるのをやめたのだ。洋子に直接止められている訳でもない。功の話を出さないことだけをお願いしていた。


「洋子さんも弾いてみてください!」

「聴きたい!」

若々しい演奏家たちが言うも、洋子はじっと座っている。


「洋子さん、弾いてみやあよ。どんなふうにこのピアノとマッチするのか聴いてみたい!」

バイオリン太郎がウキウキ顔で言うと、じぃと考えてスッと立ち上がる。


「!!」


その立ち姿もきれいで、おっ、となる全員。




今回は変えた椅子を調節することもなく、少しだけ尚香の方を見てからストンと座った。


タタタタタタタタ………と、数回鍵盤を叩いて、やはり楽譜なく唐突、弾き始めた。


アップテンポから違和感なく曲調が緩やかになった。


「!」


ドビュッシーから始まる。

尚香は作曲家も曲名も知らないが、昔の映画で聴いたことのあるような曲。


『月の光』


ゆっくり、きれいだ。



半分引きこもりなのに、洋子は現役のプロを目の前にしても全く動揺せず、むしろ誰もいないホールで弾くようにリラックスしている。



そしていつからか、切り替わりが全く分からないように、バッハに移っていた。


『G戦場のアリア』

これも、おそらく誰もが知る曲。



「?」

演奏家二人が顔を見合わせる。


あれ?



独奏なのに、アンサンブルのように、コンサートのように聴こえる。


「??」


そして気が付く。

いつの間にか、洋子が、楽器とも、スキャットとも、歌とも言えない音で、歌を歌っていたのだ。



そしてそれはいつか歌になり、ジャズに変わった。

「!!」


低い野太い声から、徐々に甘い歌に変わっていく。

そのまま80年代サウンドに切り替わり、ロック。テンポよく歌い出しそのままダン!と終わった。



ちょっと呆けて見ている演奏組。



「え?」

と、一瞬驚いてから、みんなワー!!!と、拍手をしてしまう。


「え?え?」

「これ、何ていうジャンル?」

メドレーではあるが、これだけ違う曲を、これだけジャンジャン切り替えていく人は見たことがない。しかも、歌も全部ジャンルが違う。ひどい違和感のようで、どうやって繋げたの?と、もう一度聴きたくなる。

右手と左手、ピアノと歌。曲と曲も被せているのに自然だ。



久々に聴く、懐かしい響き。



尚香も、ふと安心した。洋子さんは弾ける。人前でも弾けるんだと。

むしろ、弾いている時は全く周りに動じていない。



けれど、音に慣れているからこそ、彼らは気が付いてしまった。



「あの、左手、何かありましたか?」

「……………」

弓奈の一言に、洋子が少し止まった。


そして、鍵盤に指を置いたまま、子供のようにグーンと背伸びをし、黙り込んでしまった。


みんな無反応だ。


「………?」

「………捻ったりしました?」

弓奈は聴きにくそうに、でも聞いてしまう。


「ちょっと昔、怪我をして………。」

「!?」

え?と、ショックを受けてしまう尚香。


「でもまあ、ピアノ教室をしていくにはどうにかなる程度だったから。」

洋子は何ともない感じで言った。真顔だが気にはしていない様子。章のように慣れない人の前では笑わない、目を合わせない時の通常の仕草だ。



「十分過ぎる演奏やったけど。」

みんなそれは納得する。けれど、左側は音が省かれている。


両手がパーフェクトなら、分からない。

でも、ピアノ一本でやっていくには足りない。


それが分からなかったのは、尚香と原ママ。朝ちゃんは、分かっているのかも分からない感じである。


「そうなんですか?」

思わず尚香が心配声で聞いてしまった。

「…………」

「洋子さん……」

答えないけれど動揺してるというより、人との会話が苦手で逃げている感じだ。



「けれど、歌があるから………その歌なら、人を集めるのに必要な武器は揃っていると思いますが……」



また聴きたくなる演奏。歌、そして声。

唯一無二。


これに勝るものはない。



「今のアレンジはオリジナルですか?」

「知らない。そういう感じだから。」

洋子はツンと言い切る。

「そういう感じ?」

「そういう風だからそういう風に弾いたの。」


演奏家は悟る。そう、まさにこの人の頭の中で勝手に音が出来ているのだ。



ない鍵盤を、リズムを、

アレンジと歌で彩る。


いや、洋子は歌手でもある。



歌が主役か、ピアノが主役か。



そして、足りない部分を渇望する、切ないほどの何か。




「もういい?アップルシナモンティーが飲みたい………。」

と、洋子が言うので尚香は急いで淹れ直した。

なにせ、顔を見て気が付く。不貞腐れしている時の章みたいな顔をしている。機嫌が悪いか、ちょっと緊張してしまったかどちらかだ。怒っている感じではないが、いろいろ質問されて頭がこんがらがっているのかもしれない。


「洋子さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど?」

本当に子供みたいだ。


「ごめんなさい……」

触れてほしくなかったのかと弓奈が謝るも、洋子は「何が?」と聞いてくる。緊張しただけのようだ。



一同、使われないバイオリンを見に来たのに、見たことのないような即興に驚き、変に浮きだった空気になってしまった。




その時、玄関からに勝手に人が入って来た。



「……………なにこれ?」

靴がたくさんあるのでどの親戚かと思うも、章は、大勢いる部屋に驚く。


「功!」

太郎が嬉しそうだ。

「『功』?」

「こう??」

驚いている弓奈と、功を知らなかったニキ。


「功~!!」

と、太郎が抱きつくも、章は動揺してしまう。なぜ太郎たちと洋子が?

「尚香さん?」

あの日以来の尚香だ。章は尚香が仕組んだのかと、少し警戒するも、尚香は首を振った。




すると、一番自分に似た人が、先のオドオドした空気を一切忘れたかのように、太々(ふてぶて)しく言った。


「私。」


「私が呼んだの。」

洋子に呼ばれたのは呼ばれたのだが、章はこんなに人が大勢いるとは知らなかった。尚香がいることも。



「何のつもり?」

「あんた、下手でしょ?バイオリン。」


「!?」

みんな、突然何を!?と驚いてしまう。人前でひどい。


寄って来た朝ちゃんを抱き上げながらも、章は洋子を睨む。

「……………」

「アートパークの動画見たけど何あれ。」

「……何がだよ。」

「人を混乱させる演奏してどうするの。」

「………」

「音楽で食ってて、人に合わせさせて何がしたいわけ?」

「ああ?」

知らない人もいるのに、既にケンカモードだ。


「急に呼んで言いたいことはそれか?高級品の持ち腐れが言えるのかよ。」

「………」

「俺はヘタクソな歌でヘタクソな音楽でも、それで食ってるんだから、文句ないだろ?」

「…………」

「あ、洋子さんは一緒に手取り足取り手伝ってくれるお友達もいないしな。性格悪すぎて。」

口では勝てない洋子が睨み返す。

「章君!」

さすがに初めて会った人たちや子供もいるのにそれはない。



と、止めようとしたところに、

バチンっと、章の頭が叩かれる音がした。

「!!?」

章が驚く。


抱いていた朝ちゃんが、章の頭を思いっきり叩いたのだ。

「朝ちゃん、ひどい!……」

と章が言うと、もう一回叩かれる。

「あ!」

バチバチ数回叩かれるので、お母さんが抱き替えた。

「朝!」


「朝ちゃん、ひどいんだけど!先制攻撃したの俺じゃないのに………」


朝ちゃんは、負ける人の味方なのである。




「くそ、まあいい。」

と、髪を整えてから、尚香に叱られてみんなで自己紹介をし合った。

「バンドなんだ………。曲は聞いた事あるけど、お兄さんだったんだね………」

知らなかったニキが驚いている。ニキと弓奈、目の前の顔も性格も似た者親子に驚くしかない。


「で、なんで俺を呼んだわけ?仕事場放置してきたから、帰りたいんだけど。」

洋子の用事などさっさと終わらせたい。



「あんた、尚香ちゃんとセッションしなさい。」

「………は?」


「バイオリンできるんでしょ。」

「…………?」

「尚香ちゃんと弾きなさい。ここで。」


「は?」


プロたちがいて、尚香と?



尚香を見ると、尚香も「はい??」という顔をしていた。





スキャット…………音に意味のない歌詞。ラララやダヴァ、ウォウなど。

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