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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十四章 これが章君
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29 バランス



『……ボクシング?』


「そう。ボクシングとかしてない?違う?違うの?」


『……あのさ、尚香さん………。それ、他の人には黙っててくれる?』



電話の向こうが挙動不審だ。

「うん。いいけど。してるの?」

『してないけど?』

「ふーん。危ないことしないでね。」

『危なくないよ。野球やサッカーの方が危ないよ。デッドボールとか、タックルとかあるし。』

「ふーん。」

そうは思えないが、そういうことにしておこう。タックル?アメフトやラグビーじゃないのか?





そして、あの件があってからエナドリの時も含めて2回しか金本家付近に来ていないのに、久々に章が顔を出したのであった。


「どうしたの?」

「僕が鮭持って来た。」

と、箱をテーブルにドンと置く。


「焼いてもいいし、お茶漬けにしてもいいって。こっちが塩で、こっちは普通の。」

お母さんがお礼を言っている。



そして、こたつに座る。


「でさ、尚香さん。話があるんだけど。」

「………あんま来ない方がいいよ。家に。」

「それはそれとして、おとといのことなんだけどさ。」

「一昨日?星ちゃんがお礼言ってた話し?」

「違う!」


「とりあえずここ座って。」

と、こたつを叩くので章が足を伸ばしていないか確認してすわる。

「まず、これ口止めね。」

尚香の好きなラムレーズンとナッツのアイスを差し出された。

「……?」

みんなが今食べる分だけ出し、それ以外冷凍庫に入れて戻ってくる。



「俺、久しぶりに寝られなかった……」

「与根君とケンカした?」

「違うくて、言ってないよね?誰にも。」

考えて思い出す。

「………ああ!ボクシングの件ね!」

「でかい声で言わないでくれる?!」

章、お母さんとお父さんにも指を口に当てて、しーをするので、二人とも聞いてないふりをした。


「ボクシングじゃない。」

「そうなの?」


「キックボクシングだ。」


「…………」

尚香、寒い目で見てしまう。



「実は道さんにも言っていない。」

「えっ?!」

「絶対言わないで。」

「なんで?」

「怒られる。」

「だからなんで。」


「尚香さんが、会社目線なら分かる。」

「…………?」

少し考えて、まあそうか、と分かる。



アイドルでなくとも、歌手だ。



「俺ね、既に2本インプラントでさ。」

「そんな若いのに?!!」

初めて驚く。

歯の管理不足や病気や奇形などでなければ、事故かケガであろう。


「………軽蔑した?」

「軽蔑?……はしないけど、なんでインプラントなの?」

理由も分からないのに。ただ、この強そうな顔。章の性格を知らずに隠れてボクシングもしていて歯も無くしていると知ったら、正直距離を置きそうだ。アーティストや芸能人とは違う意味で、自分とは違う世界の人間である。


「………こけた。」

「……………」

合わせない目を見る限り、絶対に違うであろう。



「章君、警察に捕まったことあるの?」

「ないし!」

「………でも、洋子さん、2回も警察行ったって。」

「!……なんでそんなこと覚えてるの?」

そんなセリフ、忘れるわけがない。お父さんとお母さんも聞かないふりをしている。


「捕まったんじゃなくて、警察で語り合った!」

「……誰と。」

「警察と。」

「そう?」

「うん。案外楽しいよ。」

「ふーん。」



「まあいいや。でも、道さんも知らないなら、ジムの名前教えて。」

「ジム?なんで?通ってないよ。自己流。」

「グローブなのか知らないけど、車に乗せてたってことは通ってるってことだよね?」

家でしているなら、家に置いておけばいいだけである。

「見たの?!」

「踏んだ。」

「踏んで分かるの?!それ何の流派?!もしかして、尚香さんの方がなんか習得してる??でも、車に置いてあるのは予備で、ジムに置いてるのもある。」

「ほら、通ってるし。」

「…………っ……」

道さんも知らないところで格闘技しているとか危なすぎる。よっぽどエネルギーが有り余っているのか。



その後、お願い、絶対に言わないでね!絶対。三浦にも、与根にも!試合とかはしないし、トレーニングしてるだけ!!と、超絶懇願された。



それにしても、日舞の先生。よく筋肉でスポーツジム以外の事をしていると分かったなと、感心してしまう。




***




しかし、知ってしまったからには、危険なことはさせられないと思ってしまう。


自分がマネージャ―だったら、やはりそんなことはさせないであろう。もうインプラントを入れているというのも気になる。本当に試合とかしていないかだけでも確認しておきたい。



それに、考えてみれば、顔や喉だけでなく手と指が資本の男ではないか。



プロでなくても、章はヴァイオリニストだ。



洋子のピアノ、里愛や太郎君とのセッション。全てを思い出して、今度は尚香が眠れなくなってしまったのだ。歌手としての功を守る人間はたくさんいるが、演奏家としての章を知っている人間は数人しかいない。


実は里愛とバイオリン太郎との演奏会は続いていて、あの後数回アートパークで演奏しているらしい。全員のスケジュールが合うのが難しく不定期だが、2回目に来た時は今度いつ来るのか聞いてくれるお客さんもいた。



ボクシングをする演奏家とかいるのか?と思ってしまったのだ。



ロックバンドでボーカルだけなら、指の安全には顔ほど注視されないだろう。



騒動があった後だから、無視しているのが一番いいと思ったけれど、自分のことだけでなくあの木目のピアノや、体の一部のように抱えたヴァイオリンケースが思い浮かぶ。


長く歴史を繋いできた何かが、やっと世界に出力して飛び出た芽を、潰さないで見守ってほしいと言っているように思えた。





後日、章が行く時間に合わせてジムに向かい、時間差でお邪魔する。章からは時間を聞いただけで、行くとは言っていない。



古すぎもせず、新し過ぎもしないビルの、同じように使い込んだようなテナント。


そこの受付で事情を話して見学だけさせてもらう。帽子に眼鏡で来たが、受付のお兄さんと話だけしてマスクもする。この時間帯の枠は、初心者や一般は入れていないらしい。


「お姉さん、功の彼女ですか?」

受付のお兄さん、楽しそうだ。

「……違います。親戚です。」

「あー、遂にあいつ、見付けられたんか。周りに言わないであげて下さいね。」

「いつからの常連なんですか?」

「もう、4年は経つんじゃないか?」

「そんなに?」

高校生くらいだろう。だから仲がいいのか。というか、親の承諾なしにこれまでやって来たのか。

「……試合とかしてないですか?」

「顔は打ってないし、動き教えてるだけで、ほとんど体動かしているだけだから。打ち込みとかはするけど。」

それがどの程度か分からないが、プロが気を使ってくれているならそれでよいのか。



しかし少し練習風景を見せてもらい、そこに功がいるのかは分からないが、驚愕してしまう。

あれが打ち込み、とお兄さんが指さしている方を見ると、拳が潰れないの?!というほどの力で、けっこうすごい音がする。


「功君、ヴァイオリニストなんです!」

小声で怯えてしまう。

「え?そうなの?ただ歌手じゃなくて?」

「…………」

ぞっとした顔でお兄さんを見ると、彼も何か考えている。


「……まあ、やりたいって来てるのは本人なんで、それでいいって思うしかないですよ。フィットネスコースじゃなくて、こっちを選んだのは功なので。」

「………」

「お姉さん。………お姉さん?」

「…………」

「お姉さん!」

「あ、はい……」

「大丈夫だってば。あいつちゃんとセーブするし。ダンスしてきたから、フィットネスはもういいって言ってて。」

「………」

「……だからその分、蹴りに力入ってんのかな?」

と、そこは独り言を言っている。



「功、多才過ぎてムカつくな。まあ、全部平均的にやるより、どれかハチャメチャに生きた方が楽しいじゃないっすか。」

「…………」

「比重は功が決めることだから。」

そうですね、と言いたいけれど少し言葉に詰まる。


「それなりのことを全部平均的に生きてオールマイティーな生き方もあるし、どれか突出させる生き方もあるし、でも能力だけでなく、性格もありますからね。」

それは分かるも心ではぁとため息が出る。



しばらく見ていると、お兄さんが教えてくれた。

「でもこれで二人目です。ここに来たの。」

「え?」

ユアか、事務所の子か、あのトキちゃんとか言う子か?


「道さん!」

と、楽しそうに言うお兄さん。

「!!」

バッグを車に入れておいて掃除もしてくれていてバレない訳がない。


「………いいな……。あいつ、女にモテて。」

「身内ですよ?」

「今の時代、身内の女性にモテることの方が難しいじゃないですか。かわいいお母さんだし。」

「……言われてみれば。」

家族や序列だけで愛される時代でもない。




「あー、あっち功。」

と、お兄さんが指さす向こうの方を見ると、背が高くてフードを着込んでいる男が、スタッフと打ち合いをしている。

「うわっ…」

遠くから見てもやはり、拳がどうにかなりそうな衝撃を感じてしまう。


「功君はボクシングとしても、それなりに出来る方なんですか?」

「それで覇権を握れるかって言ったら違うけど、うちのジムのプロ級がうらやむものは持っている。」

あれだけダンスが出来るので、もともと運動神経はあるのだ。体も相当強い。

「体がいいからな。顔もよくてそこそこ強ければ、そういう枠は取れるな。ただ、手足が長すぎるのはマイナスだ。あいつ長すぎるだろ。リーチはあるけど踏ん張りが弱い。もう少し胴体にウエイトを置いた方がよかった。」

尚香はジムの階段に貼ってあったK-1のポスターを思い出す。確かにそれに比べれば、全体的に細長い。


でも、目付きの悪さなら対抗できるであろう。

章は好みの分かれる顔だ。アイドルだとビジュアル担当枠に入らないらしいが、女性に安心を与える顔でなくも、少し中性的で客が男の世界ではちょうどいいくらいなのかもしれない。投げやりそうなのに鋭い毛色も相まって、バンドも初めは男子ファンの方が多かったのだ。



「いいじゃないですか。ボクシングは趣味の範囲ですよ。最近功、楽しそうですし。」

「楽しそうですか?」

「前はキリキリしてて、ちょっと破裂しそうでかわいそうなくらいだったけど、最近落ち着いてるし、落ち付いた上で、今までのこともできているし。」

「………そうなんですね………」



章はいろいろ持って生まれたけれど、それをかっこよく統合できる比重とバランスと性格は備えていなかった。


でも、そう言われると、こういうバランスもありなのかもしれないとも思う。


年齢でも変わっていくものだ。




練習を見ながら、別の人も来てあれこれお兄さんと話していると、端っこで話していたのに、功が目の前まで来ていた。



「尚香さん………」






●警察にお世話になっている。

『スリーライティン・上』37 仲介しちゃだめだった?

https://ncode.syosetu.com/n9759ji/37


●鋭い先生

『スリーライティン・上』


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