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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十四章 これが章君
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25 進む先



「尚香さん!」

玄関を開けて、名前を呼ばれた方を振り向く尚香。久々に直接聞く声。


あれから1カ月。二人が会った場所は、やはり金本家。尚香の方が仕事で遅く帰って来たのだ。



「尚香さん、お帰り。」

「……お帰り……って………」

「お帰り。」

「………章君…………。」

思わず玄関で固まってしまう。


安心するような、まだ早すぎるような、そんな人の声。


「約束したから。1か月後に会おうって。」

「………そうだけど……」

尚香のこの家でいいのか。でも、外で会うより両親もいるのでそれがいいのか。会っていいのか。




もう夕飯は済んでいたので、着替えをしてリビングに来ると、いつもの如くこたつでお父さんお母さんと一緒に待っていた。しばらく近況を話してから、二人で話したいこともあるだろうと、またお母さんの作業部屋に行く。


そして同じようにホットカーペットを入れ、狭い部屋で1メートル以上離れて座り込んだ。今日も、お父さんがお菓子とお茶を淹れてくれた。今日はたい焼き屋のチーズパンだ。



実は結局、この期間何のメールも連絡もしなかった尚香。久々の章に、戸惑ってしまう。

「あのさ、仕事の事ごめんね。」

いろいろあった間に、尚香は仕事を縮小してしまった。けれど、もともといつかは部下に分散しようと思っていたものだ。それが早くなっただけだ。先リビングでその話もした。


「……うん…………。大丈夫。」

「…………」

「……」

変な沈黙が続く。


今までこんなことはなかったのにと、尚香は変な気分だ。でも、ネットニュースに載るような事態にまでなったのだ。この距離感でいいのか分からず、なんだか気まずいのも仕方ない。




そして思う。この目の前の人は誰なんだ。


去年の少し前は、まだ自分の人生にいなかった人だ。

どこかで生まれてどこかで生きていて、同じ世界のどこかにいて、出会うかも分からなかった人。


でも、ここにいる。


弟みたいに思っていたけれど、それが違うというのも分かる。

なにせ最初がお見合いだ。


と、同時になぜ章君?とも思う。あれからなぜ、章君と自分がこんなことになってしまったのだ。初対面の印象がデザイナーでちょっとステキな人だった時も、自分には合わない人だなあと思っていたのに。接点があっても、自分の傍らを通り過ぎる人だと思っていた。



ちょっと高過ぎる背と、世の中に生きていないような風貌。

章が来ている服も、髪型も、アクセサリーも自分には合わない。



そして今も、やっぱり章君は自分には大きすぎる人だったという距離間。親に頼ってフラフラ生きる、売れないバンドマンだと思っていた頃が懐かしい。


それを確認した今。




じーと考えていたら、やっと章の方から話し出した。


「あのさ、愛知県行った時の陽さん?」

「陽君?」

「うん。怒られた。あの記事何なんだって電話掛かって来て。」

「………陽君から?」

「…………星南さんに聞いて心配してたんだよ。ちゃんとしろって。尚香さん困らすなって。」

「……そっか…………。」

知ってたんだという思いと、陽の気遣いがうれしくも思い、申し訳なくも思う。



陽は同じ施設でしばらく兄弟のように仲が良かった子だ。本来子供同士連絡交換はしないが、小さかった陽は離れ(ばな)れになってから一時期あまりにも「こうかちゃん、こうかちゃん」と泣くので、両親と施設長の仲介の上で数回電話を繋いできた。きちんと知り合いになったのは、尚香が大人になって自分の力で施設に来れるようになってからだ。


山に行った明け方のあの日、海岸付近の駐車場に、美香と駆けて来たのは、陽と施設長の奥さんの瑛子先生だった。あの後、愛知県の病院に入院したので、泣きそうな美香を励まして、よくお見舞いに来てくれたのは陽の妻の星南と瑛子先生だ。星南は身重で大変な時期だったのに。


尚香は体操座りしていた膝をギュッと胸に寄せる。



「………尚香さん。陽さんに何て言っておこう。」

「……大丈夫だよって、それだけでいいよ。」

ニコッと笑う。

章君も笑うから。


「……尚香さん、俺帰るよ。」

「………もう?」

「明日仕事だし。」

「……そうだね……。」

「体大切にしてね。」

「うん……」



とくに何も話していない。けれど、尚香はなんだかとても切なかった。距離ができてしまったような寂しさと、それでよかったんだという安心。




***




その後日、尚香は美香にお願いされて、ある事務所に行くことになった。


車でそのまま地下駐車場に入って行く。




他の人に会わないように個室に入り、そこで会ったのは、政木社長と戸羽プロデューサー、ナオと三浦。それから、舞監の興田(おきた)だ。


なぜ興田さんまで?と思いながら、いくつかの資料を渡され、一連の件に関しこれまでイットシーのしてきた動きを説明された。法的な書類も見せてもらえる。


そして、衝撃的なことを聞く。



実は、一連の騒ぎの発端は、イットシー関連のダンサーの一人から始まったのだ。



彼女が数年かけてもLUSH+のバックダンサーになれなかったのに、突然功の前に来た女性に対する嫉妬だった。


LUSHは白バンの時しかバックを盛らない。

そのため、白バンで出演できるダンサーは、ある意味勝ち組だ。メディアに映る機会も増える。


なのにメインスタッフにまで気に入られた人がいる。その女性から見れば、面白みもない一般人。遊ばれているのを知らず、尚香が媚を売っているようにしか見えなかったのだ。功に気もあった。それで、彼女はとにかく周辺やネットを調べて分かる情報を集め、昔のニュースの該当人物だと探し当て、ニュース配信者に所属する自称記者にそれを売ったのだ。

お金はもらっていないが、情報は渡した。


そのダンサーにいくつかの加勢をしたのが、以前尚香を攻撃したモデルのユアでもあった。ただ、彼女はそのダンサーがそこまで動くとは思っていなかったようだ。あくまで、身内や事務所内で収める話だと思っていた。


アクセスを稼ぎたかった記者も便乗した。




「………」

尚香、言葉がない。


「もう少し待てば、LUSHのライブが拡大するので、その子も活躍できるチャンスはいくらでもあったんですけどね。」

と戸羽が言う。ただ、だからと言って自分がダンサーとしてメインで活躍できるかは別だが。既に上には上がいて、そんな人たちは後輩の面倒も見てそれどころではなかった。



「……それで……。その子、派遣で入ってる子だったんですけど………」

「………」

戸羽が続けると、興田が下を向いてしまった。

「…………?」


「うちのスタッフたちの会話を横で聞いて、金本さんは攻撃していい人だと判断したそうなんです。」

「?」


戸羽は、少し興田の方を見てから話を続ける。

「うちの興田が、金本さんを貶めることを言っていまして、………その……」

「いいです。聴き取りの資料見せて下さい。ありますよね?」

と言って、躊躇なく尚香は資料を受け取った。みんなびっくりする。一方、興田は顔を上げない。



そこには、ダンサーの女性が覚えているままの、だいたいの会話が書かれていた。興田たちの発していた言葉だ。そういうウワサを知って、「あのセミロングの女は一部以外のスタッフには煙たがられている、みんなを騙している、事務所をダメにする、ファンをバカにしている」と判断したらしい。


「既にジノンシーの方とも話をさせてもらっていています。」

政木が付け足した。今のところ大きな影響はないと言われている。



みんな、尚香には見せられないと思ったのに、尚香の反応はしっかりしていた。

「………分かりました。私も申し訳なかったです。」

「?!」

興田一瞬顔を上げる。


「功君がイットシーの代表バンドと分かっていた時点で、想定できたことです。私もライブだけでなく事務所にも出入りしましたし。」

「尚香さんっ………」

ナオが言うも、それは一旦戸羽が止めた。

「自分がイットシー側でも、同じ判断をしたかもしれません。ただ、皆さんが早く動いてくださったおかげで、思ったより影響はありませんでした。ただ、今後業務に何かあれば、会社を通してお話お願いしていきます。」

美香も頷く。


「でもそれを言ったら……あの、私もすみませんでした。」

ナオも頭を下げた。

そして、興田が立ち上がった。

「申し訳ありませんでした!」

「………!」

政木や戸羽、三浦やナオも頭を下げた。


少し驚くも、尚香は冷静に言った。


「分かりました。顔を上げて下さい。」

興田は動かない。


「……あの、私も身の置き所がないので………」



「興田さんも頭を上げて下さい。」

と、言われて興田はゆっくり顔を上げた。

「私の方も、申し訳なかったと思っています。それでこんなふうに言うのではなんですが、今回の謝罪は、各会社の業務や利益に影響したこと以外受け入れますので、私の過失もそれで終わらせてください。」

「過失って……そんな……。」

ナオは困る。自分たちは終わらせる過失なのか。

「私が失敗したことがあれば許してくださいということです。その代わり、興田さんたちの言葉も水に流します。」

「…………?」

興田が驚く。けっこう辛辣なことを言ってきたのだ。尚香も現在の職場の人間たちに不要な印象を持たれたであろう。


「興田さんでなくても、そういうことを言われたことはありますし……」

「…っ」

「……私も同じように誰かが大変な時に、助けられなかった人もいるし、傍観者になったこともあります。自分の失敗を許してもらったことも。」

「…………」

「物損で許してもらったこともあるし……。明日は我が身ですので。」


尚香も大きな仕事をしてきた。思わぬ方に自体が動き、許してもらわなければならない立場もたくさん経験してきた。たくさんの人に出会ったので、本人でなく家族の過失で人生が一変した人たちも見て来た。新人が失敗を言い出せず、ずっと真っ青になっていた時、許してくれた先方もいる。


興田には尚香を攻撃する意図もあったが、それでも自分が明確な原因の一端とは思っていなかったのだ。


誰が煙たいとか、そんな話は世の中のどこにでも飛び交っている。度合いにもよるが、いちいち全部に目くじらを立てていられない。今回の件は自分と章の関係性にもあったし、今でなくともいつか何かあったかもしれないことだ。


それに、前に進みたいから。



「ナオさんには責任はありません。ナオさんも頭を下げないで下さい。ナオさんに責任あったら、私はそれ以上です。」

尚香はそう言って、静かにナオに笑った。ナオが涙目になる。




その後、功と会ったことも話しておく。その件については一旦報告だけだ。イットシーもどうしていいか分からないらしい。



最初も謝られたが、最後にも深く全員に最後に謝られた。




そして尚香と美香も礼をして、そこを去った。




●1メート以上離れる。

『スリーライティン・上』83 章君、ごめんね

https://ncode.syosetu.com/n9759ji/83


●興田の苛立ち

『スリーライティン・上』78 燻り

https://ncode.syosetu.com/n9759ji/78

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