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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十四章 これが章君
24/70

24 愛してるって、普通言わない。



「それでね、所用でその後病院に行ったら、キャーって感じで職員さんたちが申し訳なさそうに話しかけて来て………」


道の1Kのアパートで、寝っ転がりながら話をする道と尚香。

キャーと言いながらも申し訳なさそうに?



「最初は心配されてる感じで、私がもう普通だったからか、章のパパが亡くなった時の当時の話になって……」

道、何か言いにくいのか、そこから少し言い方を考えて話し出す。


「『もうみんな、気になって気になって仕方なかったんですよー!』って言われて。」

「?」


そして少し照れて道は続ける。

「………『ドラマみたいでした~!』って………」

「……ドラマ?」

「半分記入した離婚届が出てくるし、韓国ドラマの悪役みたいな人が出てくるし………」

「………悪役?」

「お兄ちゃんに申し訳なかった………」

「なるほど。」

山名瀬家で道が受けた境遇を知らなければ、道の兄は悪役そのものであろう。尚香は、ドラマとかよく分からないが。


「『日本人は「愛してる」って言わないから!』って言われて……しかも人前では!!」

「!」

道は真っ赤になってしまう。尚香としては、章に出会ってから、こんなに簡単に人前で好きとか言っている人、本当にいるんだと慣れてしまったので、そこはスルーしてしまった。動画でもファンに『愛してる~』と言っているショートがある。


「韓国人は言うんですか?」

「日本人よりも愛してるの幅が広いから……。言いやすいし。それに、章のパパも、家でよく言ってたから………」

「………話を聞く限りは硬そうな家なのに、章君のパパは柔軟なんですね。」

「章のおじいちゃんは昔の人って感じだけど、そのお兄さんが時代を飛びぬけて、なんというか自由な人だったみたい。勝手に海外に行って、すっごく陽気で日本人じゃないみたいな人で、ステレオとかゲーム機とか車とか、なんでも最先端の物持って来て子供と遊んで、その人にすごくかわいがってもらって。早く亡くなったんだけどね。」

「………」

洋子さん側だけでなく、山名瀬側にもいたのか。そんな人。しかもやはり早死。


「章のおじいちゃんも、昔の権威主義って感じでも、いろんな趣味があったし、偏りはあったけどあの人なりに人にはよくしていたから。」

昔を懐かしむ道の顔が、苦渋に満ちていなくて尚香は安心する。優しい顔。

あの日、病院の職員さんたちが日本生活を応援してくれたらしい。



病院も大きな病院なら、業務以外であれこれ話などしないだろうに、時代だろうか。15、6年前なら既に病院への差し入れは禁止だとは思うが、まだ個々人の情が通っていた頃なのだろう。

いつもなら大変な人がいると問題扱いの処理になるのだが、その時は職員間で盛り上がって終わったらしい。


道も既に正一が回復しない覚悟ができていたので、あまりに短い期間だったが気持ちの切り替えができていた。




「……尚香ちゃん。尚香ちゃんも絶対に大丈夫。山で聞いた男の人の声はね……」


先、少しだけ、昔、山中で男性に怒鳴られた話をしたのだ。


「それが本物か、幻かは分からないけれど………」

尚香は道を見る。

「それがどちらにしても、もう、尚香ちゃんに、絶対にここに来るなって、誰かが助けてくれたんだよ。」

「………ここにいたらだめだって。」



あれ以上進んでいたら、もう、次の日の朝の世界に帰れなかったかもしれない。


急に我に返って、ただ止めるだけではすくんで動けなかった尚香の足。

底の無いような恐怖に、必死で逃げ帰ったあの道。



もう、二度と………


そこに戻らないように………





「………尚香ちゃん。相談だけでもいい。何かあったら本当にいつでも頼って。少しくらいは心の支えになるから………」

尚香の胸が詰まる。

「……ね?」

「……………はい……。」




次の日一日休んで、道は仕事に復帰した。




***




章はイットシーの事務所で、いつのも定位置で丸まってタブレットの動画を見ている。

そこに、三浦がいくつか資料を持って入って来た。


「功、エナドリの見とけ。ダンスバージョンもな。ゲストポジも。」

「………なんで?」

もうすでに、全部見て全部覚えてはいるが。そして、指定の動画も全部見ろと言われる。一般には上がっていない、様々なダンスの位置確認動画だ。


「2月来るだろ。」

「え?もしかして客演?やなんだけど。」

「やもクソもねーよ。もう去年から決まってたことだからな。」

「えー?なんで僕に教えてくれないの?」

「教えてどうする。」

時間を与えると言い訳をして、自分の気分が楽な方に持って行こうとするのだ。


「与根や伊那が嫉妬するよ。」

「何でも好きに使ってくれと言われている。」

「仲間なのに!そうやって、初期メンバー以外が増えすぎると最初のメンバーがぼけて、読者に嫌がられるんだよ?」

「黙れ。読者ってなんだ?バンズの方が仕事が多いのに、LUSHの方が伸び伸びしていて申し訳が立たないから、功に仕事させろと。」

「俺、生贄じゃん!!」

バンズはイットシーの二番手だ。LUSHは裏方仕事や別で稼いでいるのであまり表に出てこなくてもやっていける。


「絶対高音させられるし。こんなに喉太くなったのに。」

「伊那がイケると言ったからな。」

「伊那の野郎………。高音歌うと、『高音歌うな』って絶対アンチに書かれる。」

「どうせエナドリとコラボすれば言われる。」

「足、痛めるよ~。」

「何のために毎日走ってんだ。」

男性のダンスは激しい動きが多いため、膝や腰に負担が大きい。体の強い男性だからこそ、激しいダンスができるとも言える。

「背が伸びてから、バク宙できなくなったし……」

「そんなもんしなくていいから。1日だけだ。黄色い服着てるスタンドインだ。見とけよ。必要ならこっちでも合わせするから。」

「久々過ぎて、合わせた方がいいかも。」

と、ガバっと起き上がる。ダンス自体はしていないわけではないし頭には映っているが、合わせるに越したことはない。

「今できるの?」

「午後までに集めるから、用意しとけ。」

「はーい。」

功の契約が、脱退してもある期間内に音楽活動を再開する場合は、一定の期間はゲスト出演に応じるという物があるので、準備はしている。




***




「はー。やっぱりあいつ、やたら目立つよね。」


午後、功が合わせをするというと、今入れる関係者たちまでスタジオに大勢見学に来る。章は嫌がったが、バックダンサーたちは見ておいた方がいいと30人ぐらい来ていた。LUSHメンバーで見に来ているのは、何かすることが何でも好きな伊那だけだ。


高校になってからのダンス動画はショート以外ほとんどないため、背が伸びてからの事はほとんど知られていない。しかし背が低い頃と同じくらい機敏だ。

なんで本職じゃないのにここまでできるのかというほど功の動きがいい。しかも、リハーサル状態で力を抜いているのに目立つ。


エナドリの事務所社長が、デビューから契約まで贔屓だと言われながらも、功に唾を付けておいた理由がよく分かる。「自分が一番手だと、唾だけでも付けておきたい」と、大手社長がプライドもないことを言ったので有名だったのだ。



一曲終わると、ただの合わせなのに大きな拍手が沸いた。


「ちょっと功。アイドル戻ったら?」

無表情で端に戻って来た功に、ラナ・スンが素で言ってしまう。

「………ねえ!」

「…………。」

「何?その不満そうな顔。」

「………ヤだ…………」

「……やめなよ、その女子高生みたいな言い方………」

歌とダンス以外、何もいいところがない男である。


「これ以上、忙しいのやだし。」

アイドルはとにかくスタッフが多い。一曲リリースするだけで映画一本取るのかというほど人と関わり、労力を使う。

「今なら中坊の頃とは違う感じかもよ。」

前は会話もできなかったが、今は会話ができるのだ。

「与根が俺の言うことを聞くから、ここがいい。」

「そんなガキ大将みたいなこと言われて、与根かわいそ。」

ラナが最低野郎を見るように言った。




ほとんどの人には、功は下積み無しの運のいい若者に思える。


元々の才能だけでここに来て、苦労を知らない。それ故に功の精神が軟弱だと思っている人も多い。


けれど生き方そのものが、無い橋を作って渡るようなもので。行先のない場所でもがいて、そこが汚泥であっても探り渡って来た道だった。体が動くのは、それだけ日々準備もしているからだ。


力がなくてもバカにされたり無視されるが、あってもあったで煙たがられる。

ダンスもしたらいいと言われるのでするも、やたら目立つし、セミプロの中では余裕があるため、遊び部分でアクセントを付けたり大振りしてしまうと、「お前は自分が天才かプロとでも思ってるのか!」とよくリーダーや指導者とぶつかった。かといって、トップにもソロにもなれない。そういう発想が章にはなかったからだ。


でも、それでも前に進んで来た。




「そんでさ、結婚しよ!」

突然、ラナが言い出す。何でもいきなりな人たちなのだ。

「絶対やだ。」

「なんで?あ、で。あの人は何?」

ラナは即答にムカついて睨んだ。

「…………」

功はラナの顔を一度だけ見て、他の方を向いてしまった。

「あの人がいいの?みんながコウカさんとか言ってる人!何?あの人。」

「普通の人。」

「何それ?一般人ってこと?」

「一般人だよ。」

他の人にも聞いているが、ラナはいまいち噂のコウカさんの全貌が掴めない。しかも今年になってイットシー関係者は一度も尚香さんを見ていない。


ラナはむくれる。

「なんか、その人嫌なんだけど。」

功は何も答えない。


「…………何でもいいけど、功。道さんに迷惑掛けないでよ。あんたのせいでちょっと知られて、韓国人だってだけでいろいろ言われてさ。道さんに、絶対楽させてあげてね。」

「………」

顔までは写されていないが、エナドリからのファンとアンチの中では、章の母親が外国人の継母だということは知られている。




LUSH+の動きとしては、この前、前回のスライムぶった切り動画に合わせ和風バージョンを出した。今度は妖怪愛好家と生命尊重みたいな人たちからバッシングを受けている。一応、「これは霊を切る剣で、切られたら悪いのが抜けて仲間になる」と子供アニメみたいな説明をしているも、今度は「お前が善なのか!」とアンチは怒っている。



けれどほっとしたのは、思った以上に尚香さんの話が大きくならなかったことだ。


イットシーが早い段階で、メディアだけでなく特定のも個人にも対策したのがよかったのだろう。そして最終的に、今回の騒動のきっかけになった原因が分かる。


もう少し後に。





功は音声登録で日付を設定したスマホのカレンダーを見る。


尚香に電話して、もうすぐ1か月だった。





遊び……余分にある余力、場所。

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