2 ボーカルはスライムを切りまくる
これから2週間ぐらい繁忙期に入ります。
後書きに、人物紹介あり。
仕事始めのコンサル会社、ジノンシーの昼休み。
「…………」
スマホを見て珍しく静かに考えている兼代。
「兼代さん、どうかしました?眉間にシワ寄ってますよ?」
女性社員柚木が席から不思議そうに見た。
「……………」
「兼代さん?」
この男が人から聞かれて黙っているのは珍しい。何も言わなくても喋るのに。
「……あっ……。大丈夫だよ。」
兼代が見ているのは、関心のない人間ならスルーするだろう年末の芸能ニュース。一時サイトトップに現われたものの、ファン以外関心がなさそうで消えていったものだ。けれど、年末は休みでサイトを見る時間が多かったのか、それなりのコメントで埋められている。
『LUSHのボーカルが懇意にしている女性は、過剰な干渉で以前も勤め先や取引先と問題を起こしている』
真面目な人が多いのか、こんなニュースにもきちんとした文章でたくさんの批判が書かれてあった。「こういう人間がいることが信じられない」「これだから女性が悪く思われる」「人気の歌手に世を知らず憧れる若者がいる。目立つ存在である以上自制すべきだ」「こんな歌手は知らない。余計なことを記事にするな」「関心ない」などと書かれている。
一方掲示板とどちらがひどいのか。掲示板は『調べたらクソ』『美人じゃないだろ』『害悪』『女さんはこれだから』『ボーカル馬鹿』………と、この先は普段掲示板系のサイトを見ない人には意味も分からないような、女性へのネットスラングや批判で埋められていた。ニュースは尚香の写真は上がっていないし、もし載るにしてもモザイクが掛かるだろうが、ライブに来たファンの写真か、いくつか似たようなシルエットの物が上げられていた。それもボカシが掛かっているも、ストレートセミロングで本人の可能性がある。
「…………」
「どうしたんですか?」
この様子だと、柚木は知らないのか。情報の早い川田はどうだろうか。川田は今日はずっと客対応をしている。
尚香は知っているのだろうか。今朝、普通に外回りに行ったことを思えば、おそらく本人は知らないのであろう。この会社では、要にいる人間は尚香の過去の事情を知っている。イベント部の人間は、企画に芸能関係を持ち込むこともあるので、チェックを怠らない人もいるかもしれない。もしかして既に知っているのかもしれない。
LUSHのボーカルが懇意にしている女性と、過去に問題を起こした女性。尚香の名前や素性まで知るのは、イットシー側では一部のスタッフのみ。
ジノンシーや取引先はどうだろうか。
普通ならばこの2つピースは繋がらないはずである。
なぜ知られた?
尚香側から?それともイットシー側?
怨み?
ただの興味?
それとも、誰かが正義心を働かせたからか。
***
今年最初のLUHS+の新曲リリースはいきなり大ヒットであった。
主に男子に。
スライムを切って切って切りまくりたいと言っていた功の希望に沿って、西洋RPGの世界で黒騎士がスライムを切りまくるMVにしたところ、なぜか大受け。
しかも今回は、シューナエンターテイメントの外国人クリエーターが、あっという間に映像を作ってしまた。元々映画関係にいて、趣味で自作の素材を作り溜めていた彼は、待ってましたとばかりにこの企画に乗り、洋画張りの世界を再現。西洋甲冑の制作や校閲や審議の方が時間が掛かったくらいである。
「甲冑もCGでいいし、何なら騎士も」と功が言ったら、お前がやるんだよ!と叱られそこは実写になった。
そんなところにお金掛けなくてもいいのにとブツブツ言いながら、じゃあ、顔は見えない兜にしてと言ったら、それなら全CGでいいだろ!とまた叱られ、兜も数種類用意し、かなり本格的な仕上りになってしまった。
「ゴールドと魔石に変わって、新しい人生に生きるので許してね!」と、意味の分からないことを一言添えてリリース。
歌唱部分4分弱の間に、とにかくスライムを切って切ってぶった切りまくるだけのMVで、スライム愛好家を怒らせたくらいである。
『人の心がない』『お前が悪党だろ』『スライムにも命がある』と様々書かれた。
企画段階で、「与根は何がいい?賢者にしとこうか?」と功が提案してみたら、誰も出たくないと我が儘を言うので、しょうがなく真理が魔導剣士としてオープニングとエンディングだけ登場。
最後まで全部切りに切りまくるか、一匹くらい仲間にするかも議論になり、女性スタッフたちの願いにより最終的に小さな一匹を真理の肩乗せスライムにして終わるという内容に決まった。
『真理ちゃん天使』『真理ちゃん魔導剣士かわいい』『色気が足りん』『ひたすら残忍』『でも介がスライムに食われろ』『剣が変わるのはただのデザインですか?切れ味が悪くなるからですか?』『力入れるところを間違っている』と、コメントが来る。
それが女性ファンを増やしたかったプロデューサーの意向から反れ、ファンサイトでなく裏サイトや掲示板で燃え上がるという、予想だにしない現象になってしまった。ガチで作り込み過ぎたからである。
昨年の企画段階で、「よし、今度はRPG日本版にしよう!」とナオが提案し、袴侍か鎧武士かでひと悶着。最終的に両方交差しようということになった。
「伊那、髪長いし浪人侍似合いそうだから、今度は伊那ね。」
と、功が言うも、
「ぜってーやだ。」
とな。
「伊那は何のためにいるの?」
「弾いて曲作ってんだろ。それ以外何がある。」
「俺も歌ってんだけど…」
「オメーがやるんだよ。」
「…え?俺も歌うたう以外何も…」
「クソか!そんなんでボーカルを名乗るな!!」
「……えっ………」
それはひどい。
「何のために殺陣習ってんだよ!」
「あ?誰がバックの主人公姿みたいんだよ。ボーカルの仕事だろ!」
「俺が見たい。」
「黙れ。見たくねーよ。」
と伊那だけでなく他のスタッフにも叱られ、また功がする羽目に。
切るのも、もう全部スライムでいいじゃんと言うも、かのクリエーターが「日本の妖怪も作り溜めている。ぜひ使ってほしい」と意気込んだため、妖怪をぶった切るのでまた批判を浴びそうである。
そんなわけで、もう少し後に今度は妖怪を切りまくるMVがリリースされる。
***
都内のハンバーガーショップ。
「……これ、本当にお前なのか?」
「………」
章が久保木の見ている画面を覗き込むと、胸に手を添えて歌っている自分のMV。ラブソングをしっとり歌い上げている映像である。
「……………僕……ですね。多分。」
多分のわけがなく明らかに本人なのだが、信じられない顔をしている久保木。
この前メックだったので、今日は少し高級なハンバーガーショップに。セットは2千円からで、お年玉も兼ねて奢ってくれるということなので遠慮くなく6千円のセットを注文させてもらった。
「なんで、こんな表情ができるんだ?なんで、こんな笑みを浮かべながら眉尻下げ垂れるんだ??」
「………」
「ちょっとしてみてくれ。」
「……………。」
すっごく嫌そうな顔になってしまう。
「『君を守るよ』って、守れるんか?」
歌詞にまで突っ込んでくる。
「……いえ……どちらかと言うと、守ってほしい派です。」
「だろ?できないこと歌うな。」
「作家だって自分の出来ない理想を主人公に描くでしょ?それ、伊那が作ったし。」
「いや、そこは守ると言えよ。」
「………」
どっちなんだ。
次の、両目続けてウインクするMVでまた突っ込んでくる。
「俺、左目しか出来なんだけど?やってみてよ。」
「…………。何すか!見ないで下さい!!!」
「え?おもしろそうだから1回やってよ。」
「絶対いやっす…………」
と、陰気な感じで壁の方を向いた。
「MVでイキっている男が、こんなに暗いとは………」
「……いや、男相手にそんなこと絶対にしたくないです…………」
章、久保木に尚香のことを聞いてみるか悩んでしまう。
会社の人は知っているのだろうか。名前は伏せられているが尚香のことが芸能ニュースに出たことを。久保木だったらどういう判断をするだろうか。美香に聴いてから相談を煽るべきか。例えを使っても今、相談してみるべきか。
けれど、正月1日のカウコンで言ったことは後悔していない。
相手がスタッフなのか、サリカちゃんなのか、身近な知り合いなのか、ネットは沸いている。それが周囲にとっては幻でも、この数か月のことは章の中で打ち消せない。
「久保木さん。会社で誰か、俺や尚香さんのことなんか話してました?」
「………いや、別に。今日から仕事始めだからまだ聞かないだけかもしれんが。何かあったのか?」
「………別に……。」
もう少し後に会うべきだったか。兼代に聞くべきだったか。けれど章でも分かる。兼代に何か聞いたら話が大きくなるであろう。
「今年はお姉さんから自立しろよ。」
「………僕は、この世界でやっていけなくなったら……何でも仕事頑張るから、平和な家庭で生きたくて………結婚するのは気楽なお姉さんでいい………」
「何をしみったれたことを言っている。」
「尚香さんなら俺がいつか禿げあがっても、腹が出てても、半身不随になっても、飲んだくれても一緒にいてくれる………」
「禿げあがるのは仕方ないが、飲んだくれてるのはダメだろ。って言うか、従姉妹はいかんだろ。近過ぎる。姉離れする気はないのか?もう自分の介護させる気なのか?親の介護さえ飛んでるだろ。最悪な男だな。」
「…………」
恨めしそうに久保木をジト目で見る。
「………この前の、アイドル上がりのお姉さんは?」
「時空ちゃん?」
「写真ないのか?」
と言われるので、検索して出てくる時空の画像を出した。『マリランのトキ』で、出てくる写真に久保木は驚いた。
「…………これを逃すのか?」
日本なのでひらひらの衣装でかわいいアイドルかと思ったら、そういう写真もあるが、パンクやストリートな感じでスリムな衣装を着て顔つきも鋭い。地元球団の始球式の姿など、男だったら胸から腰までマジマジ見てしまいそうなスタイルだ。
「この美女が家にいるんだぞ?」
「………俺がアイドルな時空ちゃんを好きになったなら、時空ちゃんもそうでなくなる俺をきっと見捨てる………………」
「何言ってんだ?まだ20だろ。本当にばかなのか?」
「………………」
本当にしみったれた顔をしている。暗い男だ。
「アイドルやモデルでもきちんと妻をしている女性はいくらでもいるし、結婚してからの重ねた時間の問題だろ。それに欲はないのか?」
「……欲はあるけど、それどころじゃない。」
「何がなんだ……。章は、アイドルでなくなった女性を捨てるのか?」
このしっかりしてそうな女性なら、歳をとっても容姿をキープしそうではあるが。
「……捨てないけど?体重100キロになっても時空ちゃん好きだよ。健康に悪いから、なる前にダイエット勧めるけど。」
「………ならいいだろ。」
「……………………」
年始から、また何を話していたのか分からなくなる二人。
「………お姉さんに、迷惑かけるなよ。」
「…………うす…………」
憐れんだ顔をされるので、それ以上聞けなくなってしまった。
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登場人物の簡単な紹介。
▽金本家
金本尚香……世田谷区に住むアラサー会社員。
お父さん……父。足が少し悪い定年退職したおじいちゃん。
お母さん……母。家で洋裁の内職をしている。
▽山名瀬家
山名瀬章……尚香に自分のお手伝いさんになってほしい、生き辛い20代。
道子……道さん。章の母で金本家のお手伝いさん。
正一……しょういち。章の父。真面目。病死。
洋子……生活力のない元ピアノの先生。
京子おばさん……洋子の父方の叔母。
若葉おばさん……山名瀬家の面倒を見てきた、近所のオバちゃん。
▽コンサル大手。ジノンシー側
兼代……かねしろ。仕事中に聴くくらいはLUSHの曲が好きだった、よく喋るアホ社員。
柚木……ちょっとミーハーなキラキラOL。中身はけっこう強い。
川田……弱気だけど、実は誰よりもコアなキラキラOL。
部長……尚香の上司。気のいいおじさん。
久保木……昨年赴任してきた本部長。社内一部ではスパダリとも言われているが、そんな甘っちょろくなくガツガツ系。
加藤美香……尚香の大学からの親友。イベント部。
▽音楽会社、イットシー側
LUSH+メンバー
功、コウ……LUSH+のボーカル。章のこと。元アイドル。
与根……与根村。ベース。音楽以外普通青年。
伊那……鍵盤。変態。
泰晃……泰。ドラム。既婚者。
真理……サックス奏者で、ほぼオールマイティー。既婚者。
ラナ・スン……現在大手シューナ所属のR&B歌手。道が好き。
ユア……功のことが好きすぎる、根暗美少女。
時空……トキ。イットシーにも出入りする、元アイドルの現マネージャ―。功が好き。
バンズ……イットシー二番手のバンド。LUSHよりあれこれ忙しい。
ナオ……会社のバンドのゼネラルマネージャー。
三浦……主に功専属の功とLUSHのマネージャ―。
和歌……舞台演出&その他スタッフ。
興田……オキタ。舞監。尚香を嫌っている。
山本……オタクな照明。
戸羽……総合プロデューサー。
政木……マサキ。社長。
園長夫妻……尚香がいた愛知県の施設の施設長と妻。
陽……尚香のいた施設の弟仲間。
星南……セイナ。陽の妻。エナドリファン。
エナドリ……EDMX。功が元いたアイドルグループ。
ソンジ……エナドリのリーダー。同級生。田舎の従弟に似ている功が大好き。
コウママ……功の幸せな人生を応援するエナドリファンたち。
サリカちゃん……功がとくに好きなアイドル。会ったことはない。ただのファン。