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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十三章 天の灯の下で
16/70

16 幸せだから



「富子おば様、お話が。」


章が昼寝をしている時間、道は富子を呼んだ。

「富子でいいってば。そんなかしこまらなくて。」

「……あ、はい。えっと、富子さん。」

「何でしょう。」

改まって笑う。


「少し正一(しょういち)さんのお仕事見ていたんですけど……もっと手を引いていいんじゃないでしょうか。やらないことはやらないと。」

「?」

富子。結婚話か章や道の実家の話かと思っていたので驚く。


「あの……富子さんのお兄様の事を言うのは申し訳ないのですが、あの状況でこれ以上仕事を受け持つのは無理ですよね。」

「……そうだねえ……」

「正一さんも、はっきりお断りするべきです。」

「……仕事の詳細は分かりませんが、社長に対して副社長も専務も機能していないってどうなのでしょう。本来どちらか一人だけでも社長に付くべきです。」

一人ダメでも、せめてどちらかが正一に付くだけでも違う。今は副社長、専務も正一の叔父だ。その妹の富子は部外者でしかない。


彼らやその妻が、正一と揉めているところを見たのだ。

「正一さんもきちんと断れないなら、それができるパートナー、探さないと。」

「………」

「外部から人を呼んだ方がいいですよ。」

家族企業なのでそれがなかなかできないのだが。正一とその叔父たちは、明らかにソリが合わない。叔父たちは、長年ともに働いた自分たち兄弟でなく、息子に継がせてしまった正次郎を煩わしくも思っていた。


「………」

富子は、道とそんな意見のやり取りを少してから、あれこれ考えていた。




***




ある日、富子は書類を見ながら、正一に切り出した。


「ねえ、正ちゃん。やっぱり道子さん、章のお母さんになってもらったらどう?」

「………」

正一は少し目を上げるも、またパソコンに向かう。


いつもの柔らかい雰囲気とは違って、苛立ちを隠さない。

「ばかにしてるんですか?」

「……なんでそんなに捻くれているの?」


「………彼女、大学休学をしてるんですね……。しかもまだ二十歳とか。びっくりしました。」

道はここでは数え年を名乗っている。

「……こんなところで子供と遊んでるだけで、休学するのはよくないよねぇ。」

「大いに問題です。早く復学させないと。」


「けどね、道子さんといろいろ話してみたんだけど……。すごく天真爛漫な感じがするでしょ?何も考えずに行動しているようで。」


「………でもあの子、頭いいよ。」

「………」

富子はこのところ道とよく話す。

経営関係でない女子学生が、日本の会社の序列を知っている。普通、社長や専務という言葉を知っていても、細かい立場は分からない場合が多い。いろいろ聞いてみると、電算会計という日本で言う簿記も取っていた。それに、祖父母や親の仕事をよく見ていたらしい。


「精神性も、そこらの20歳よりずっと大人。」

「……」

「普通あの歳の子って、自分の人生で精いっぱいで自分の人生を謳歌したいでしょ?でも、そういうのが全然ないの。自分より誰かのために生きたいって感じ。ただの世話焼きとか構いたがりとかでもなくて……」

「……それって、むしろ異常じゃないですか?」

「…私もはっきりそう言っちゃった。自己や若さがないの?って。」


叔母さん、思い起こすように考える。

「そしたらね、道子さんキリスト教らしくって。」

「…………」

「そういうのきちんと勉強していると、そういう思想で生きていくのはそこまで不自然でもないんだって。今の日本だと変に思えるだけで。まあ、韓国でも今の時代はそんな子、そうそういないと思うんだけどね。」

「………。」

「日曜日に章と礼拝なんてしてるから、何だろって見てたけど、幼稚園の先生みたいな感じで一般で売られている絵本を使って、別に変なことも教えてなかったし。歌って、お祈りしてって感じ。」

章のお母さんが日曜日に聖書を聞かせてたと知って、せっかくならとやってみたらしい。章に世界中の新しい讃美歌などを教えてあげると、もう覚えてしまっていた。


正一もキリスト教は大学で一通り学んできたので、一応気持ちとしてはそんな世界があるのは知っている。西洋、教会建築や現代経済の分布を把握するのにも役立つし、歴史や郷土史、伝記など読むとそれを避けて通れないというのもある。聖人や世界の女性宣教師など伝記も数十冊読んでいた。

でも、実際自分の目の前にそういう人間がいるのは話が別だ。なぜここにいるのだ。


しかも、一人の女性として。



「でも正ちゃん、こうして章から少し手が離れるだけでも助かるでしょ?時々顔色悪いし。」

「………それを、世の中も知らない大学生にさせるとかどうかしています。しかも無給で。」

「だって、観光目的の子を働かせられないでしょ。それに、好きでしてくれていることだし。」


「会長にも気に入られているみたいよ。」

「そりゃ、若い子が話し相手になってくれれば、みんなうれしいでしょうよ。でも、家族ではないから成り立つ関係です。」

「……義家族問題なんてどこにでもあるし。」

「ウチはさらに、嫁が逃げ出すくらいの親族勢揃いの家ですけどね……。」

これは嫌味だ。

「ラインナップ豊かだもんねー!まあ、どうにか犯罪まがいの人間はいないし。こんな家で、正ちゃんがそんな性格に生まれたのが驚くほどだし!でも、道子さんがいいって言ってるから……」

「叔母さんも…最低です……。」



まず、年頃の女性が家に出入りしていること自体問題だ。たとえ正一が住んでいない家でも。



そして、正一はもう1つ仕方なしに報告した。

「あと………若葉(わかは)さんにバレました……」


「……若葉さんに?」

若葉とは、正一家族を結婚前から面倒見てくれた近所のオバちゃんだ。以前の引っ越しで家は少し離れてしまったが、そこまで遠くはないので今も仲がいい。しかも、元妻側とも。


「はい、若い女性がマンションを出入りしていると……。」

「!!」

「たまたま夜にマンションの前を通った時、電気がついていたので自分と章に会えると思って玄関を鳴らしたらしくて。」

「……あらら……」

「チェさんも、私の知り合いと知って、富子叔母さんみたいな立場の人だと思ったみたいで警戒が取れて、エントランスのロックを開けてしまったそうです……」

「会ったの?」

「…………」

「会ったんだ!」


理由も知らずに、若い女性が家から出てきたら、驚いて当たり前である。しかも親戚でもない子だ。


「そういうところはダメだねえ。道子さん、もう少し警戒しないと!」


しかもやはり。思った通り、仲良くなってしまったらしい。

だから若葉にも知らせなかったのに。



父の友人の子が、海外から来てステイ先としてここに滞在しているだけという話で通じるだろうか。それならなくもない話だし、道にもその話で通すようにとは言ってある。

問題は、いくらステイでも、元妻や息子の持ち物もある家で、彼らも時々出入りする家だということだ。今回の件で元妻の許可は取っていない。



「………ねえ、正ちゃん。数年すれば道子さんも立派な社会人だし……」

「大学を休学したままですか?」

「………」


「まず年齢とかを忘れて話をしたいんだけど………」

「……抜いてできる話ではありません。」


「……あのね、じゃあもう、道子さんのことも一旦無しとして聞くけど、」



「………もしかして、洋子ちゃんを待ってるの?」


「…………」

正一は何も言わない。



「正ちゃん、もう洋子ちゃんはだめだよ?」

「………彼女は関係ありません。こんな家に仕事や、叔母さんには悪いですけどこんな親戚まで抱えて、章を抱えて、誰が結婚したいと思うんですか。ただ、結婚はもういいだけです………」


「……違うでしょ?待ってるんだね………」

「………」


先より長い沈黙の後、正一はボツリと言った。



「…………洋子が……。

…………洋子さんが、また上手くいかなかったら………一人になってしまうから………」


「……あのねえ…」


「……洋子さんはまた失敗してしまいそうで………」

「正ちゃん!」

「…………」

元妻の性格をよく知っている正一。富子も一連の件で、正一の元妻の性格がよく分かっていた。



でも、今はそういう時ではない。何故なら………


「洋子ちゃん、子供ができたんだよ?もう、そうは言っていられない段階でしょ?」

身重だからマンションに来れないのだ。


「………分かっています………」

子供ができた再婚相手との家庭に水を差すようなことを………健康な思考ではない。


「…………だから言いたくなかったし………再婚も…………考えていませんでした。」

正一は手で顔を覆って項垂れてしまう。

「どちらにしても、誰かと結婚できる身ではありません……」




正一の中では、元妻はあぶなっかすぎて仕方ない。


混乱状態で離婚して、あたふたしているうちに周りに持ち上げられて再婚。再婚してその家に入る前も、また結婚なんてできないと若葉に泣きついていたらしい。


けれど、若葉と現旦那には挨拶程度にしか接点はない。その後は若葉もたまにしか会えなくなってしまった。



洋子は大丈夫だったのだろうか。




正一との結婚で、

初めての夜。


洋子にとっては何もかもが怖くて、若葉の家に泣いて戻ったあの日。


信じられないと思った。こんな女性がいるのかと。男性がよく使う言葉で言えば、「勘弁してほしい」だ。事情の最中に、身内に助けを求めるとは。発想にもなかった。



そして、どこを見ていいのか分からなかった、

あの人のいた、若葉の家。


あまりに違うようで、

でもそっくりなあの人。



交差してしまった何か。



随分買い被られて、大変な結婚をしてしまったと思ったけれど、

でも、誓った人を幸せにすると決めたから。



頭を抱えた日々も、

幸せだったと思う。





「洋子ちゃんね……今は落ち着いて幸せみたいだよ………」

「………」

そりゃあ、あなたたちのような親族がいませんからね、と正一は思っていそうだが、富子は敢えて言う。

「旦那さん、思ったよりずっと良くしてくれてみたいだし。正二(せいじ)にも。」

「………………」


「…………」

富子もそれ以上は言えなかった。






●初めての

『スリーライティン・上』59 あなたが優しいから

https://ncode.syosetu.com/n9759ji/59



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