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スリーライティング・中 Three Lighting  作者: タイニ
第十三章 天の灯の下で
14/70

14 水面の光が見える?



「……帰れません………」

座ったままの道が静かに言った。


「………あの……」

「……帰る場所がありません……」

「!」

「ウチの家族はもう韓国にいて、私、反対されてここに来たんです!!」

「!!」

またしても驚くしかない大人組である。


「え?よいご家族じゃないですか。」

常識的な判断である。一般的には。けれど、家庭に居場所がないとかいう状況だろうか。それで、これを口実に家出をしてきたとか。


「…………。」

「日本ではどこにいるんですか?」

「……昨日飛行機で来て、夜はビジネスホテルに泊まりました……」

「!!!」

突発的過ぎる。



「………子供が大変なんですか?私、ショウちゃんの面倒なら見れます!」

「はい?」

「ショウちゃんのお守り係になれませんか?」

大人二人、道の顔を見てしまう。


「……この子ね。大変だよ?お嬢さんの思うように動かないから。」

叔母さんが呆れがちに言った。

「髪も切らせないし、お風呂も嫌いだし、ドアを開けたとたんに外に飛び出すし。あまり泣かないからいい子だと思ったら、変な奇声でぶつぶつ言ってるし。ちょっと臭いでしょ。」

「大丈夫ですよ。このくらい。子供の匂いだし。」

もっと臭い子もいた。道は親が面倒を見なかった子の世話もしているし、執着してくる子供に噛まれたこともある。

「養護院の子供たちを見ていたことがあるんです。身寄りのないおじいちゃんおばあちゃんも。」

「そうなの?!」


叔母さんは驚くも、あれこれ付け加えた。

「それにね、この子。あまりにひどいからハーネスを着けたら、散歩しないとすぐにハーネスに絡むの。首とか。嫌がらせかと思ったわ。笑わないからかわいくないし。」

それは嫌な子だ。大人に対する脅しではないか。こんなに小さくてそれが分かるのか。

「子供の危険防止器具も全部外しちゃうし。」

扉ストッパーも、頭をぶつけないためのスポンジやクッションカバーも全部もぎ取ってしまう。

「眠たい時以外はベビーカーも抜け出すし、抜け出せない時は左右に揺するの。何度車ごと倒れたことか。」

……それは困る。


それを聞きながら、ここ数年の生き様を思い出したのか、お父さんがぐったりしていた。


「私、今することないですし、24時間見れます!」

「………今日会ったばかりなのに、そんなわけにはいきません。」

お父さんが真面目に答える。


すると、いつの間に起きたのか、ショウちゃんがお父さんの髪を引っ張った。

「あっ!」

しかも、全身で動いて蹴っている。

「章、やめなさい。」


「……あー、分かった、分かった。散歩か。叔母さん、ちょっと散歩行ってきます。」

「3時にお客さん来るんだけど。」

「………専務にお任せします。ハーネスどこでしたっけ?」

「あのお客さん、専務嫌いなのに。」

専務とは、お父さん家族を一番困らせてきた叔父である。



「………なら、チェさんは日本に親戚も多いかと思うので、どこかの家に連絡してください。」

「親戚の家に行ったら即帰らされます。」

それでいいではないかと思うのだが、そこまで強制送還とは、よっぽど厳しい家なのか。

「……でも、うちではどうしようもありません。」


「………なら、今日は漫画喫茶に行きます………」

ビジネスホテルは連泊するには高い。今後を思えば節約が必要だ。

「え?」

「……漫画喫茶?喫茶店で泊まれるの?」

叔母さんは、泊まれる……というか、漫画喫茶というものを知らないらしい。

「いや、女性が漫喫とか危ないでしょ。」

「そんなことないですよ。女性専用ペースもありますし。」

「ずっとそこに泊まる気なの?」

「………分かりません、でも取り敢えず……。」

「……正ちゃん、この子、今日はウチで泊まってもらったら?」


「何を言ってるんですか。」

本当に父の知り合いかも分からないし、素性も分からない。



そこにノックをして入ってきたのは、この会社の部長。

富子(とよこ)さん、今、会長に聞いてきましたけど、会長のお知り合いで間違いないようです。昔新宿区にお住まいで?」

「そうです。」

「韓国に帰った時の最初のお住まいは?」

「仁川です。」

はじめ1年は出稼ぎで、祖母とは別に仁川にいた。当時、会長が仁川で奢ってもらったと聞いた部長はにっこり笑う。

「会長が挨拶したいそうです。」

「あ、はい!」

「やめてください!」

お父さんが怒る。


「何言ってるの。正ちゃんのお客じゃないでしょ?会長のお客様だよ。正ちゃんは章の散歩でも行って来なさい。仕事のお客さんは部長が見て。」

「分かりました。」

「あなたお名前は?」


「チェ…………、道路の『道』と書いて道子です。」


「!」

「道子!!?」

そこにいた一同が、うおっ?!という顔をした。


「っ……?」

何か悪いことでも言った?と、道は怯えてしまう。

「……そう、道子……さん……なんだ…………」

と言った叔母を、何とも言えない顔でお父さんが見たが、叔母さんは構わず話す。

「はい、正ちゃんはさっさとお散歩に行って!」

と、追い出され、叔母さんは道に向き直った。




「道子さん、今、あなたを証明できるものをいろいろ持っていれば、全部見せてちょうだい。」

「あ、はいっ。」

と、カバンの中の昔の資料をあれこれ出した。

「え?………あれ?!思ったより若いんだね……。大学は行ってないの?」

「看護大学を休学してきました……。」

「…………。」

それはあまりいいことではない。それに見た目は若くとも結婚話などするので、まさか学生だとは思わなかった。……いや、若く世の中を知らないからこそこんな行動ができるのか。


「中学までこっちにいたって、ご両親は永住権で?」

「はい。」

「一度帰っちゃうとビザとかどうなるのかな。まだ数年前だよね。調べて見ないと。」

そしてしばらくあれこれ話をする。



と、言うところでバン!とドアを開けて誰かが入って来た。

「?!」

ショウちゃんだ。



そんなショウちゃんが、すごい勢い来て、ちょこんと道の横に座った。

「章、散歩だ。」

次に入って来たお父さんが怒るも、ズズズ……と頭を擦り付けて、道にくっ付く。

「章、来るんだ!」

暴れておかないと、夜寝ないのだ。この辺りの区画を一周したがそれでは足りないであろう。

「お風呂に入らない子は、女性に嫌われてるぞ。お父さんの方に来るんだ。」

と、近寄るとソファーの背と道の肩を伝って反対側に行ってしまう。道は頭を蹴られるもくすぐったい。


「章!」

「……正ちゃん、まあまあ。」

ショウちゃんは道に小さな頭を託して寝転がった。そして、もっと小さく丸くなる。



「道子さんに、広大(こうだい)紹介する?」

「?!」

ちょっと道の方が驚いてしまう。本当に結婚話を進めるのか、この人たちは何を考えているのか!と、逆に道がビビった。こんな押しかけ男子が道の実家に来ても、道なら絶対に結婚しないか通報であろう。


「叔母さん、また、気違えたんですか?」

「本気だけど。」

「広大はこの前、婚約者を連れて来たばかりです。」

「あ、そうだっけ?」

「…………」

「他、誰かいたっけ?」

「………いても教えません。」

この親族の好きにはさせない。

「叔母さんだけはまともだと思ったのに……」

「私はいつでもまともだけど?」




結局道は、一晩お世話になることに。


まず父の旧友である正次郎の妻に挨拶。叔母さんに言われて、誓約書のことは伏せた。それから正次郎に会う。正次郎は車椅子生活で呂律が少し回らないが、道を歓迎しおいしい料理を出してくれた。




そして信じられないことに、ショウちゃんは髪も爪も切ってしまう。お風呂も道が入れてしまったのだ。あんなに嫌がるタオルでゴシゴシもクリア。


不愛想ショウちゃんは、章君というかわいい男の子だということも判明。変な臭いでなく、ふわふわお肌の、ふわふわな石鹸の匂いがする。



「え?え?どうやって??」

これには、叔母さんが一番驚いていた。


「歌を歌うんです!

どこかな、どこかな?長い爪!チョッキチョッキ、チョッキチョッキ、切ったら~?

あーら、新世界ー!」

と、指で突っつく真似をする。


「ばい菌どっこだ?このお腹~?」

と道が章のお腹をくるくるしようとすると、お父さんの後ろに逃げていく。そして、二次攻撃がないかと道をじっと見ていた。無表情だが明らかに二次攻撃されたい感じだ。


そして大きなタライも買って来た。

「子供によって全部方法が違いますけど、湯舟やシャワーじゃなくて、お湯を溜めて……、このお湯の中にいろんなキラキラがあるってお話しするんです。それから、好きな色の入浴剤も入れて………章君の方から触るのを待って、ゆっくりお湯に慣れていきました。冬だと風邪ひいちゃいますね。」

「………」

笑う道に、大人たちは顔を見合わせた。




けれどここは今、ショウちゃんとお父さんの住む家でもあり、お父さんのご両親の家でもある。正次郎の妻にとっては、突然現れた外国人が家にいるのも嫌であろう。今は誰も来ないからとマンションを紹介してもらい、そこに一泊することになった。


ショウちゃんは、ミュージカル映画をかけたら画面に釘付け。2時間と少しは大人しくしているということで急いで出掛けた。まだ4歳らしいのに、『エビータ』なんてあんな大人の映画を見るのかと驚いてしまうも、もう20回以上観ているらしい。





「番号キーですが、この鍵も使えますので。」


叔母さんとお父さんに連れて来てもらい、マンションに入って驚く。



都内でこれなら裕福層に入るのか。少し変わった造りで、子供がいるんだなと思わせる一面もありながら、でも程よく洗練された家。



何だろう。


この、時空が止まったような、思い出が精いっぱい詰められたような空間。



なのにがらんとして、胸が切なく、


でも、温かく懐かしい場所。




そこは不思議な……誰もいないのに生活の風景が見える場所。



「………本当は、こちらが私の家なんです。」

「………!」

お父さんは仕方ない顔をし、叔母さんは苦い顔をした。


「リビングとダイニングキッチン。あと、そちらの小さな部屋は自由に使って下さいね。子供部屋ですがそこで休んでください。布団はこちらのカバーを。出来ますか?」

「あ、大丈夫です!」

この後、叔母さんも家に送っていくらしく、早く帰らねばなるまい。


「ゴミはこの袋にこの指示通りに。タオルはいくつか置いておきます。お湯の使い方分かりますか?」と、説明し出すので慌てて聞き入る。

「基本料金払ってるし、使わないともったいないから、お湯をたっぷり溜めてゆっくりお風呂に浸かりなさいね。」

叔母さんが冷蔵庫にいくつか食材を入れながら気を遣ってくれた。


「…………」

道は家を見渡す。


すると、お父さんがどこともない方を向いて言った。

「……実はここに、まだ元妻が来るんです。」



「!」



お父さんは、リビングの先にある閉じられた白いドアを眺める。


壁のようなパーテーションの扉だ。初めドアと気が付かなかった。



「…………でも、今は来れないし、元妻の再婚相手にも父の友人が来ているから、子供にも来させないようにと伝えておきましたので。」

「!………すみません……。」

なんだか、余計なことをしてしまった気分だ。




叔母さんとお父さんが帰ると、道はもう一度リビングからこの家を見渡し、白いパーテーションに手を置く。


それから少しだけ、この家のために天に祈った。





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