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1 音


ご訪問くださり、心より感謝申し上げます!

この作品は前作『スリーライティン・上』の続きです。




金本(きんもと)尚香(こうか)の、

3歳の時のたった一つの記憶。



まだリニューアル前の、古いサンサンハウスの玄関の雨避け。



そこの柱に着物の腰紐2本で腰と結ばれ、大きなカバンの横で泣いていた。



それは薄っすら。

胎児の頃のように、脳裏のどこかの淡い記憶。







***




もうすっかり電池を失った、


金本家の仏壇で時を刻む、腕時計が生命線だった時代の、重みのある時計。





その音はどこに続いているの?






LUSH(ラッシュ)+は走る。


真夜中の、昼のような太陽の熱気、怒涛と音のステージを。




ドラムのスティックカウント。


タンッ、タンッ、タン………





スモークなのか、温かい湯気?





…………カチッ、カチッ、カチッ………



金本家の、昔のままの振り子時計。


普段は気にならないのに、気になるといつまでも耳に響く秒針。





ロジックを解くお父さんと、

温かいカリンジュースを準備する、娘とお母さん。



「章君、ずっと仕事だねえ…」

お母さんが心配そうだ。


あの夏から、章がこんなに家に来ないのは全国ツアー以来だ。

「何言ってるの?1週間も経ってないよ?」

尚香は呆れる。

「毎日朝4時には起きているのに、こんな夜中まで仕事なんて……」


「まだ若いんだぞ。年末年始なんて朝までみんなそんなもんだ。」

お父さんも高座椅子から呆れた。




「………7、………6、………5、………4、」



湯沸し器で、お湯がボコボコ沸く音。

もうすぐ沸騰する。



それが誰かのための音だと思うと、ほっとし、そして熱くもなる。





高くあげられる、大きな彼の手。

(ゆび)さす秒針。



「……3、……2、………1…」



「Happy... New Year!!!! I love you all!!!!アイラブユー!!!!」



ワアアアアアーーーーー!!!!!!!

という大歓声が響き、ダンッ!!と曲に入る。


アリーナの観衆に、ロングブーツのサックス真理もぴょんぴょん跳ねて応えた。





そして一曲終わり少し雰囲気が変わると、新年の挨拶や雑談の中で、功は言ってしまう。

言わなくていい事を。


「皆さん、明けましておめでとうーー!!!!今日は友人や家族、誰とお過ごしでしょうかーー!!!お正月、大事な人たちと楽しく過ごせたらと思います!!」

そんな言葉だけで会場が湧く。





「でも、」


でも?



「俺は独り身ですーーー!!!!!」


は?と思う、ベースの与根(よね)や皆さん。




「あれこれお世話になった人に、この年末フラれましたーーー!!!!!!」


は??



「忙しいと言われて、何の誘いにも乗ってくれませんでしたーーー!!!カップルで来た人は幸せになってくださーーーい!!!!!俺は今年も、バンドマンのくせに独り身、暗い、陰キャと言われながらそんな仲間たちとネット見て過ごしまーーす!!!!」



はあああ??????



ゥワアアアアああああーーーーーーー!!!!!!








と、いうことをやらかして、マネージャ―三浦に激怒されるボーカル(こう)


「そういう話は銀バンでしろ!!!!」

「…………銀バンないし……」

1月は1回しか銀バンはない。椅子に大きな体を小さく丸めて不貞腐れている。別に人を攻撃することを言ったわけではないのにと。



「功目的で来た女性客は、一気に冷めるよ………」

マネージャーのナオもゲッソリする。

「……なんで?俺、ただの歌うたいなのに。俺は俺の好きなライブをしたい………。それでアイドルをやめたのに。それにアイドル時代も言ってたし。」

「お前の好きなことが、ファンの好きなことじゃないんだよ。銀バンのノリを持ってくるな!!」


「でも……」

それにこれは、今に始まったことではない。

白バンでも『テンちゃんが相手にしてくれませんでしたーー!!』と叫んでいるし、知り合いの介護士さんにフレらた時も叫んだこともある。テンちゃん以外は素性は言っていないが。

道の職場の当時20代後半の女性だが、章君はちょっと若すぎるかな~とフラれたことがあるのだ。あの時はまだ10代であった。結婚しよ!とお願いした人は、今日の人以外みんな既婚者になってしまった。


「まあ、もう4人目だしね!……ってことは、……えーー??!尚香さんもフラれたボックス行きなの???」

「は?なんだそれは。」

三浦が知らないことなのに、なぜ和歌(わか)が知っている。

それは、ファンがファンの裏サイトで功がフラれたリストアップをして、その思いを昇華してくれているのだ。まさか、年始からそうなるとは。



LUSHはプロデュースグループではない。好きな仲間で好きな音楽をしていて、音楽会社に気に入られてここまで来たバンドだ。



「……違う………こんなLUSHを好きな人たちがLUSHのファンだよ………。それに別に、何か蔑ろにしてるわけじゃないし。言っただけじゃん。俺と同じ人、応援してるよってことだし。」

「お前、お前のしたことが俺らの全てみたいな言い方するな。」

鍵盤の伊那(いな)が言うが、別に伊那もこういうのは嫌いではない。むしろこの勢いでライブを突っ走りたい。初期からのファンもそのノリが好きでライブに来ていたのだ。

「コンサートに誘ったとは言ってないし。」

誘ったけど。


「まあ、あの拷問ライブを1時間も耐えたなら2度目はないだろうな!」

以前、拷問みたいなパンクライブで人酔いさせてしまった。

「ちがーう!!あの女どもがアホみたいに騒ぐから~っっ!!」

真理がぶち切れる。

「真理ちゃん~、初カウコンおめでとう~!!」

アホみたいなことをした当人ラナは愛嬌でごまかした。

「あんた、うちでライブしてんじゃないよ!!!」



身近なスタッフたちがたしなめる。

「功、分かってるだろ?もう個人じゃないし、ハコが大きくなればなるほど、聴く人が増えれば増えるほど、自分だけの責任じゃすまなくなるんだよ。CMだって出てるし。」

「功君、今の時代はネットで叩かれたら終わりだから。たった1%の不満で全部だめになることだってある。」


「……そんなのおかしいし。その人たちは人を貶めた責任をどう取るわけ?」

確かに。話したことは、誰かの気に障るか、そうでなかったかというニュアンスの違いだけだ。誰も気分を害さなければ、何事もなく終わるだけの話である。コンプライアンスに抵触してもいない。多分。……現代となっては、もう多分……としか言えないが。

「……そういう人たちも、いつかそれぞれの人生で根詰まりする時が来るよ。」

スタッフの一人、そう思うしかない。



長い生涯、誰かの気に障らない言葉も、生き方もしない人などいない。

ただ、留まるか流れていくかだ。



ナオがコメントを見ていくと、大半が楽しかったという感想だ。

『でも太郎バーカ』『ダッセ』『私がなぐさめてあげる』『ラッシュはこうっしょ!』『20歳でその数どうかしてる』。

でも時々、『年の始めにフラれたとか言わないでほしいんだけど』『縁起悪い』『個人の話するな』『歌だけ歌ってろ』などとある。からかいの場合もあるが、何が不満や悪意か分からない。



それに、メンバーが女性をライブに誘うにも、「奥さん」という確立した位置の女性とそれ以外では、人々の心象も全然違う。異性を呼んだことがひどい不評を買うこともあるのだ。妻でなければ「無名時代から支えた彼女」、もしくは同格かそれ以上の同業者以外は、いいように思われないことも多い。

LUSHやスタッフからしたら、もう尚香さんは二人が付き合う付き合わない関係なく親類枠でいいんちゃう?という感覚だが、そんな事情は内輪しか知らない。



「………もう個人じゃないからね。いろんな責任があるから。それにね、こういう時代だから、もうそれは仕方ないから。」

「そんな時代は速く過ぎてほしい………」

原始時代に戻りたい男なのである。

「でもさ、みんなの好感を得るなんて無理だし。ファンには精一杯のことはしたし。ライブ離れする人もいるのは仕方ないよ。」

一緒にライブに入った歌手ラナが横から笑う。


今回は1年で唯一の深夜コンサート。薄手の白タオルと歯磨きセットが配られている。功がいつも何かに(くる)まっているし、顔を隠すのが好きなので、家に帰れるまでの布団気分にとタオルにした。ただ、どうにかほっかむりになる程度のサイズ。転売を防ぐために、タオルには超つまらない印刷が1点入っているだけだ。

コンサートバイトにもドリンクが配られている。



「…………」

でも、スタッフの心配はそれだけではない。離れるだけならいいのだが、そうはいかない人もいるのだ。




そしてやってくる政木社長。

「功!!お前バカか!!」


「あ、政木社長。明けましておめでとうございます。」

「黙れ!なんであんなこと言ったんだ!!」

「え?どんなこと?」

「フラれたとかどうとか……」

「年明け一番にやっぱりダメでしたかね……」

「違うだろ!!」

それだけの問題ではない。


「お前は、これが相手に迷惑を掛けるかもしれないって思わなかったのか?」

「……相手……?」

その対象に決まっている。今ここにはその存在を知らないスタッフはいないが、一応名前を出すのも気を付ける。



「特定されてるだろ!」

「……?」

あれは年末。まだあのニュースを知らないメンバーが戸惑う。

「………はっきりとではないが、素性が特定されている。」

「………特定?」

真理が戸惑う。何に?どう?尚香は一般人だ。もし知られても、詳細や名が広まることはあるまい。


でも、政木は知っている。情報を追えば、少なくともある程度の人物像は分かってしまう。


政木は脱力気味に言った。

「みんなにはこのスケジュールが終わったら話す。」

プロデューサーの戸羽や総合マネージャーナオは既に知っている。


「ただ、彼女の職場関係や知人間(ちじんかん)では分かってしまうこともあるかならな。」

このコンサートの話だけ……というわけではない。


いろんなことが動いている。




既に、楽器や大物は荷積みしている。

「まずは気ぃ引き締めろ。客が交通機関に引き上げて、バラシが終わるまでがライブだ!」

「はい!」

と、スタッフたちは答えた。






※LUSH+……ラッシュ。5人のロックバンド。

※白バン……LUSH+の一般向けなポップなライブ。

※銀バン……LUSH+のコアな人向けのちょっとおかしいコンサート。男性ファンが多い。

※でも太郎……「でも、だって」と言い訳するので付けられたボーカルのネット名。でも助、でも介とも言われる。


※ハコ……会場。

※カウコン……年間年始のカウントダウンコンサート。

※バラし……会場撤収




お読みいただきありがとうございます!

本当に感謝です!!



この小説、前作『上』は、ずっとジャンル「恋愛」に入れていました。私の中でずっと恋愛だったので、一寸も疑うことなく恋愛にしていたのですが、なろうさんの他の小説を読みながら……、恋愛要素、薄い……?もしかしてドラマ?となり、ドラマ枠に変更しました。ぜんぜん甘いシーンないし!


ただ、ヒューマンドラマと言ってしまうにはヒューマンさが足りず。でも、なろうさんにはただの「ドラマ」がないので、一旦文芸ジャンルの「ヒューマンドラマ」にさせていただきました。

また変更したり、他社サイトに乗せる時があれば、恋愛カテになるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。



それと、上下巻にしましたので180話以下で終わらせる予定です。上中下にはならないように頑張りますね!前作で反省!


そして、私の作品、PVがある時も全然お星さまがなくて……。PVといいねがあるサイトをなるべく先に更新していますので、ぜひいいね!お願いいたします(´;ω;`)ウゥゥ



追記 上中下になりました!すみません!


※小説では、全体的に楽器を奏でるとこに「弾く」という言葉を使っています。ピアノをベースに、音楽を「奏でる」というイメージで、「弾く」を使っています。吹く、叩く、打つなどはあまり使い分けていません。状況によって気を付けますが、そのままのところもあるのでお許しください。




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