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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

汚点

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、洗面器とかきちんと手入れしているかい?

 水回りはすぐにカビが生えちゃうからねえ、けっこう気にしていないとたちまち汚れちゃうのを一人暮らしすると実感しちゃうよ。実家にいたときの、親がしていた苦労がしのばれるってもんだ。

 こーちゃんは、自分で使うものに関してはあまり頓着しない……と、以前に話していたことがあったっけ。使えさえすればオッケーで、それ以外のことはあまり気にしないと。

 たいていはそれでなんとかなるんだけど、手入れを怠ったばかりにヤバいことが起こる、とは現実でもままあることだ。

 なにも性能を維持するばかりとは限らず、もっと単純なもののために求められるかもしれない。

 私が友達から聞いた話なんだが、聞いてみないか?


 友達が子供のころの話だ。

 夏日が続いていたとき、家へ帰ってくるなりシャワーを浴びることがしょっちゅうだった友達は、ある日、洗面桶の底を見て顔をしかめた。

 プラスチックでできた一角に、ほんの少し黒ずみがあったからだ。指で隠せてしまいそうな小さいもの。

 この手のたぐいに怖じることはほとんどない友達は「きたねえなあ」と、爪でカリカリ削り、洗い流してしまったという。もちろん爪を中心にした手も、きっちり洗いなおした。

 この手の傷つけをやると、かえってカビを誘発しやすくなるといわれることもあるが、目の前の不快の除去がなにより大事なのは仕方ない。

「もっとちゃんと手入れしとけよな」と、自分ではやらないくせに、親へ愚痴をこぼす始末。

 いろいろ機嫌が悪い時だったようだし、そのような時はたいしたことないものも、自分の癪や沸点を簡単に突き抜けていくものだ。


 しかし、一度それらが気になると、他の些細なものも気になり出すか。

 友達は風呂場へ入るたび、桶以外にも浴槽とそのフタ、姿を映す鏡のふちなどにあるカビらしき緑色の汚れに、目が行くようになってしまう。

 これまでがどうだったかなど、たいした問題じゃない。いまこのときにどのような思いをしているかが第一。

 あのあと、親に尋ねてみると、ちゃんと風呂掃除は欠かさずやっているとの話だったが、怪しいものだと思っていた。揺るがぬ証拠がここにあるのだから。

 相手から追及を避けるために、適当な返事でその場を流すのはままあること。今回もそのパターンかと、友達もなかばあきれ顔であったのだけど。


 問題を風呂掃除にばかり押し付けるわけにはいかなくなった。

 はじめて見た時から数日が経ち、友達がタンスから自分の服を出した時に、同じような汚れを見ることになったからだ。

 襟、裾、わきの下……いかにも汚れそうな部位に、あの緑がかったカビらしきものがこびりついている。

 洗濯のせい、とは一概に言えないだろう。後で友達が、竿に干してある家族全員分を改めたところ、汚れているのは自分のものだけだったのだから。

 干す前から細工を……という可能性も考え、休みの日に自ら洗濯物干しの手伝いを申し出て、優先的に自分の服を見れば、その時点でもはやカビの餌食なのが明らかになっている。


 ――おいおい、嘘だろ。俺自身のせいだってのか?


 信じがたいことではあった。

 あれから服を脱ぐときに注意を払ってみるも、カビらしきものの影はない。

 となれば、考えられるのは水にもまれるか、時間経過によって、あれが現れるか……だった。


 友達はすぐに実行へ移した。

 洗濯機は予約ができるようになっており、設定時間を迎えれば自動的に回り出す。フタもがっちりロックされるから、水にもまれるのを観察するのは無理だ。

 なれば、単純な時間経過での様子を見るしかない。

 皆が寝静まる時間を待ち、友達は寝床からそっと起き出した。

 その日は父親が帰ってくるのが遅かったから、風呂のトリは父親で、その直前が母親であろう。友達のものは、おそらく槽の奥へたまっている。

 親たちの着ているものをどかしにどかし、友達は奥底へと手をかけた。


 一瞬、藻か何かを引き寄せたかと思った。

 父親のワイシャツを一枚どかすと、そこへうずくまっていたのはワカメを思わせる暗い緑。かすかに山を成しながら、槽の幅いっぱいを埋め尽くしながらたまっていたんだ。

 これまでの親たちの服から感じた、人間の生活感からいっぺん。自然の寝床へ移ってしまったかのような光景に、友達は絶句。

 が、それもほんのわずかな時間だけ。

 その海藻の山を取り除けようと手を動かすも、指先がそいつらに触れたとたん。


 意識せずとも、涙がこぼれた「気がした」。

 なぜなら、自分の目から意識せずとも零れ落ちるそれらは、この洗濯槽に見えているのと同じものだったからだ。

 ぽしゃり、と音を立ててそいつらが揺れるや、体中からたちまち痛みが走った。

 穴という穴……というのは、まさにこの通りだったのだろう。

 上半身、下半身を問わず、鼻や口といった大きなものから、腕や指先という小さいものまで、この藻らしきものを友達の体中が吐き出したのだから。自らの血をいくらか混ぜ込んだ赤色もたたえながらだ。


 そして、こいつが藻でないこともすぐ明らかになる。

 本来なら無秩序に洗濯機まわりを汚しつくすだろうこれらが、空へ飛び出すや、磁石でもそなえているかのごとく、ひとりでに洗濯機の中へ軌道を変えていくんだ。

 元から溜まっている藻の塊へ合流していくようだが、友達はその一部始終を見届けることはかなわない。

 いまや、最初にあの藻らしきものを出した目を筆頭に、太い釘を体中へ打ち込まれているかのような苦痛が続き、いまや洗濯機に寄り掛かる形で膝をつき、叫び声を押し殺すので精いっぱいだったからだ。


 何分、何秒たったのか、友達には分からない。

 やがて痛みがおさまったときには、身体にもう藻のたぐいはついていなかった。

 洗濯機の底にも、もはやあいつらの姿はなかったが、自分が日中に来ていたシャツの一角に、真新しいシミが浮かんでいる。

 これまでの洗濯物で見てきたような、カビのようなシミそっくりのものが。

 そして、自らの寝間着。

 あの飛び出してきた勢いのまま、汚されつくされていもおかしくないのに、汚れているのは首元の一点だけだった。

 本来つくべきものが、そこへ集約されてしまったかのようなありさまだったとか。


 それから、友達の身の回りで同じような汚れが浮かぶことはなくなった。

 一度、ああして目に留まったからには、もはやここにはいられなくなると判断されたのか、ぱたりと気配は消えてしまったらしい。

 もし、きっちり手入れをせずに、他の汚れに混じっても気にならないような状態であったなら、とうてい気づかなかっただろうし、何が起きていたか分からなかった。

 友達はそう感じているそうな。

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