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1.実は高木君にちょっと相談したいことが有ってね

「実は高木君にちょっと相談したいことが有ってね」

一緒に昼食を取っている課長から話が切り出された。

ある薬品会社に売っている特殊なキノコの納品が最近滞っているという話だ。

元々うちはキノコなんか扱う会社ではないのだが、課長の親戚という男が仲介をしてくれと課長を頼ってきたらしい。

今はまだ研究段階ということでごく少量の納品らしいのだが、課長も無理を押して尽力した話でも有るし心配をしているということなのだ。


「その男のところへ行って様子を見てきてほしい」

「わかりました」

このところの夏の暑さでキノコの生育に問題が出ているのだろうか?

キノコって暑くても育つのかな?

まぁ山の中だったら少しは涼しいかもしれないけど、キノコのことなんか何にも知らないぞ。

一応失礼にならないようにスーツで行ったほうがいいのかな?


山奥や僻地に行く仕事なので俺に行かせようって事はわかっている。


俺が4WDのRV車を持っているから。それだけの理由。

ウチのオンボロ軽社用車ではそういう所へ行くのは心許ないのだ。


数年前長野県の雪深い山奥まで行ったときにも俺の私用車。

課長と二人スーツに革靴で行ったのは大失敗、靴が滑って転んで雪だらけ散々な目にあった。

濡れ鼠になってスーツはヨレヨレ、情けない姿でただ頭を下げる。


それでも商談ということでいつものゴツいアウトドアウォッチを避けて

スーツに合うように親父の遺品の古い手巻き時計をして行ったのが功を奏した。

先方は年季の入った時計マニア。時計講義でゴキゲンになり、スムースに打ち解けられた。

何でもこの時計は非常に珍しい物らしく褒めてもらって嬉しかったし


時計も車も俺の私物。俺のお手柄に、課長はすごく褒めてくれた上、寿司まで奢ってもらったっけ。

今日は課長がいないけど4WDの愛車とスーツと時計であの時を思い出す。

都会の夏の暑さを逃れて、爽やかな山中への出張もなんだか気分がいい。

****


山の中の村落をいくつか抜けて更に奥、明らかに空き家と放棄農地しかないような集落跡。

その奥に男の研究所は有った。


昼前だが蝉の声がうるさい。

もっと暑くなるとセミも静かになるのかな?


研究所と言ってもプレハブが1棟である。

男の奥さんがプレハブの前で出迎えてくれた。

30代前半くらいに見えるが、田舎にありがちな花柄の割烹着姿が妙に似合わない。

こんな山奥が似つかわしくないような色気漂う艶めかしい仕草にちょっと緊張する。


名刺を渡し簡単な挨拶を済ませると、研究所の中を見せてもらう。

スチール棚にプラスチック瓶がいくつもならんでいる。

キノコの培養工場らしいが、瓶にキノコは生えていない。


奥さんの話によれば旦那さんは採集のために山に入って帰って来ない、

キノコは管理が放棄され全滅らしい。


ただの不作だと思っていたが、これはただ事ではない。

電話が通じなかったのはそういうことか。


「ご主人が山に入ったのは、いつ頃の話なんですか?」


「もう2ヶ月前になります」

奥さんは俯き加減に細い声で答えた


「警察には?」

「えぇもちろん・・・捜索もして頂いたんですが」


「・・・」

デスクの上のカレンダーや新聞の日付を見てもそんな感じだ


(まいったなこりゃ、事件だよ。いや、事故か、どっちみち俺に出来ることは無いな)


奥さんから少し離れてプレハブの裏の方に周り、課長に電話をかけ、事の次第を報告したが、今すぐどうにか出来るような問題でもなく、どうにも煮えきらない曖昧な返事が返ってくる。


もう2,3日調査してのんびり帰れと言う指示だった。

調査って言ってもどうすんの?警察に行ってみる?奥さんの話聞くのが先か・・


課長も対策のために少し時間が欲しいと言う事なんだろうか?

のんびり帰れというのだからそうさせて貰うけど、何でそんな事を言うんだろう。

一応仕事で来てるわけだし、適当に話は聞いておこう。


「奥さん、コレご主人の軽トラですか?」

プレハブの裏に停まっている軽トラを指して尋ねる。


「えぇ林道の脇に止めてあったのを山仕事の方が見つけて連絡をくださったので私がコチラに戻しました」


運転席にも荷台にもコレと言ったものはなく、手がかりにはなりそうもない。


「車があった場所に行ってみましょうか、案内していただけますか?」

特になにか意味があるわけでもないが、ご主人が行方不明になった奥さんのために何か気休めにでもなればと声をかけた。


「それでしたらこの軽トラで行きましょう、道が狭いですから」

思っていた以上にグイグイ来るね、俺が行ってどうなるわけもないけど・・


「近いんですか?」

「えぇ1時間くらいですね」

山中の1時間は近いほうだ、と言っても山が迫るこの土地ではどこへ行くのも山中


軽トラは奥さんの運転でグイグイと狭い林道を登っていく。

こんな道では俺の自慢の4WDより軽トラのほうが有用だろう。


ハンドルを握ると性格が変わるタイプなんだろうか、凸凹でジャンプしても気にする風もなし、軽やかに落石を避けながらコーナーを攻める。


こっちは両足を踏ん張り、助手席の手すりに必死で掴まる手が痛くなってきた

1時間を10分ほどオーバーして目的地の林道ゲートの到着した。

これでも気を使ってゆっくり走ってくれたんだろう。


ドアを開け軽やかに降りたつもりが足元がふらついた

とっさに先に降りていた奥さんが腕を支えてくれる

「足元気をつけて下さい」

奥さんが気遣って声をかけてくれる。

二の腕の柔らかい感触と上目遣いの視線にドキッとしてしまう。


こんな田舎でスーツ姿のサラリーマンは珍しいのかもしれない、

奥さんの目がキラキラとして頬が紅潮しているように見えたのは気のせいか・・


「いつもここから山に入るんです。誰にも教えられない秘密の場所があるらしくて」

ゲートの脇の斜面を指差す先には、獣道とも判別のつかない草に覆われた細い道。

その上に小さな祠が見える。


「前にも何日か帰らなかった時が有るんですよね、あの人のことだからひょっこり帰って来るんじゃないかと思ってるんですけど・・・」


そんな情報が後から出てくるの?


なんとも軽い言い回しに違和感を覚える。

2ヶ月も遭難してて無事な訳無いだろう、現実逃避なのか何なのか・・

あれ?車を知人が見つけたって言ってたよね、で私が戻したと。

警察も捜索したって・・

警察が先じゃなかったのか?


「山を超えた先って町か村って有ります?」

向こう側に降りて浮気でもしてる可能性も考えられる。


「まぁ一応越えた先には道がありますしどこかに通じるんでしょうね」

ちょっと硬い口調になったし、まだなにか隠しているのだろうか。


でも、不安であることは確かだろう。

生存を信じたいのは当たり前だ。


ヘタな事言っちまったわ。俺、感受性に欠けてるのかもしれない。

キノコ採りの穴場は家族にも隠すって言うし、なにも知らないのは仕方ない。

遭難の可能性が一番高いわけだし気遣いが足りなかった。


「ちょっと、あそこの神様にご主人の無事をお祈りして来ますね」

俺にはそれくらいしか出来ない。


人命が掛かっているのに親族に対して探偵ごっこみたいな物言いしてしまったことを反省する。

とりあえずこの場を離れて気まずい空気をごまかそう。


草をかき分けるように細い獣道まがいの坂をエッチラオッチラ登り、祠の前で蹲踞の姿勢になろうとし時、



<<やっちまった。>>



カッコつけて革靴で来るんじゃなかった。

「ウッ」

おもわず眼をカッと見開いた。

足を滑らせつんのめり、石作りの祠に頭をしかと叩きつける激痛を覚悟した瞬間。


なぜか視界だけが暗転し眼の前に星が飛ぶことも激痛が訪れることもなかった。


***




硬い床に大の字で仰向けに転がっている俺に、作業着姿の中年のおじさんがのしかかっている。


「静かに!あんたどっから来たんだ?いや、静かに!動いちゃ駄目」


知らないおじさんが俺の耳元に顔を押し付け「シィーーッ」って


気持ち悪いよ。


「ちょ、わかりました。わかりましたからどいて、顔くっつけないで気持ち悪いです」

おじさんの背中をポンポンとタップしたら

やっと俺の上からどいてくれた。


おじさんは俺の顔をじーーっと見つめて無言で俺の腕を引っ張り引き起こすと

チョイチョイと手招きみたいに手をひらひらさせてどこかへ連れて行こうとする。


少し抵抗をしてみたものの「ここじゃまずい」と真剣な顔に

引きずられるがままに小部屋へ引き込まれてしまった。


「おめぇ誰だ?どっから入ったんだ?」

凄まれるけど迫力はない。


「誰って、勅使河原さんですよね?行方不明の。そうですよね」


「え?はい。勅使河原です・・ん?」


「ベロカリの高木竜馬と申します。無事だったんですね、良かったーー」

サッと名刺を差し出した。


「あぁベロカリ・・の高木さん・・・」


「キノコの納品が止まっていらっしゃいましたので様子を見に来させていただきました

いやぁ奥さんとお会い致しまして、遭難と伺ったものですから、心配しましたよ。良かった、良かったぁ」


「あぁキノコのね・・それで君、こんなところまで追っかけて来ちゃったの?」


「いえ、あぁまぁそうなんですけど・・ここどこですか?林道の脇にいたはずなんで・す・が・・・・」


いやおかしい。ここはどこなんだ?



「えっとね、お城です。お城っていうかお城の中の神社みたいなところなんですけどね、うん。知らないで来ちゃったんでしょ?そうだよね」


細かく何度も頷く俺。


「そうね、若い人にわかりやすく言うなら異世界。異世界に飛ばされちゃったってわけ」

「えぇぇぇぇ」

いきなりそんな事言われても訳が分からない。


確かに山の斜面でコケた俺が瞬間的に建物の中に居るのはおかしい。

こんなことは起こるはずがない。

でも起きている。

混乱する思考に体も固まりパニックだ


「私もね、私以外でコッチに来た人初めてだから、たまげちゃってね、まぁ水でも飲んで」


湯呑みの水を飲み干してすこし落ち着いた。


「話、聞ける?ちょっとだけ説明するね」

勅使河原さんが落ち着くように手振りをしてから話を始めた。

初めての出来事の割に落ち着いてるな。

あ、私以外でって異世界転移経験者だね。


「林道脇の斜面にこっちの世界への入口があるのよ。そこ通ってきたんだものわかるよね?で、そこ通れる向こう側の人って私しか居ないわけ。

あなたも通れちゃったから私だけじゃなくなったんだけど、それが大問題。

この世界がひっくり返っちゃうくらい大問題。なんで通れちゃったのかな?」


勅使河原さんは苛ついた様子で俺を問い詰めるが

「知らないですよ。祠の前で滑ったらココに居たんですから」


そう言うとそれもそうだと頷いて少し考え込む。


「だよね。私の場合コレ、この手首の数珠の中の宝玉って言うのが言わば通行手形になってるみたいなのよ。コレを持ってるのはココの王様と私だけ、今のところ私が知ってるのはね、

私の家に代々伝わっているこの数珠と伝承であの穴を私が見つけ出したの。私が。」


穴が見つかったのは偶然だよね、だけど宝玉がなかったら穴は見つからないはずなんだよ。

高木さん、あなた宝玉をもってるでしょう」


「は?何を言ってるかわかりませんけど、なんですか?宝玉?」


「何か先祖代々伝わっているようなものを身に着けてないですか?」


「そんなもの無いですよ」


勅使河原さんは俺を上から下まで見回して、俺の袖口に目をつけた。


「その時計古そうだね」

「腕時計ですよ確かに親父の遺品ですけど先祖代々の訳無いじゃないですか」

古くたって親父か祖父の代くらいだろう、それは先祖代々とは言わない。


「ちょっと見せて」


腕時計を外して渡すと、それを舐め回すように観察しはじめた。

「大した時計ですね。良いものですよ、すごいね」

「わかりますか?」


「長く生きてるんでね、変わった知識もついてくる」

「詳しかったりするんですか?」


テッシーはフッとニヒルな感じで軽く笑うと

「高木さん何歳ですか?」

「26です」


指さされた先の鏡を覗くと、そこには学生の頃のような初々しい顔が写っている。


「なんかね、穴をくぐるとちょっと若返っちゃうんだよね、私なんか何回かくぐってるから見た目はずいぶん若くなってるよ」


どう見ても40過ぎのおじさんなんだけど、ということは本当はご老人なのか?


「こっちに来るときも帰るときも若返るからダブルで若返っちゃうんだよね。

高木さん27って言ったけど今ハタチそこそこに見えるよね、あっちに帰ったら高校生くらいになっちゃうけど、帰る?帰っても困るよね、仕事とか」


「あ、、え???そんなの困るんですけど、帰れないのも困ります」


そう言うとなにかに気付いたように顔色が変わる。



「ちょっとさ、さっきの場所まで戻るよ」そう言って

手を引かれ大の字になっていた通路に連れて行かれる。


「この壁押してくれる?」

テッシーが指さした壁を押す。

が、なにも起こらない。


「なるほどね、この時計開けていいかな?なるべく傷つかないようにするから」


「嫌ですよ、大事な時計なんですから、勅使河原さん時計屋さんじゃないですよね、キノコやさんですよね、道具だって無いでしょう」



「時計屋さんも経験有るんですよ。長く生きてるって言ったでしょ」


まぁ時計屋さんなら大丈夫かな?


「傷つけないでくださいね」


どうやったのかしらないが机でコチョコチョやってたら時計の裏蓋が空いたらしく

見せに来てくれた。


「この光って色の違う石みたいの、コレがたぶん宝玉。普通の時計は人工ルビーが入ってて赤いんだけど、これ緑だね。

宝玉だとすれば調べなきゃいけない。コッチの決まりだし私の仕事でも有る。拒否すると困ったことになるけど、調べていいよね?」


「困ったことって・・逮捕されちゃうとかそういうことですか?」

テッシーは黙って俺の目を見る。


「2,3日預からなきゃいけないんだけど、帰らないで待っててくれるよね」


「って、それがなきゃ帰れないんでしょ?2,3日なら仕事の方は大丈夫だけど、林道に勅使河原さんの奥さんが待ってますよね。俺まで行方不明になったら大騒ぎになりますよ」


「あぁそれなら大丈夫。ハハ、彼女こっちの人なんだ」


え?何?あの奥さんの違和感はそういう事?

旦那さん無事だって知ってたの?

じゃぁなんで俺を山まで連れて行ったんだよ。

おかしいじゃないか。



あぁなんか騙された騙された騙されたうざいうざい。


「どういうことですか!!俺を騙してるんですか!!」


「女房はね、ごまかすつもりでは居たんだろうけど、騙して転移させるつもりじゃなかったはずだよ。

高木くんが消えた時点で察したと思うけど。騙したわけじゃないから、

それよりベロカリの課長、彼、君のこの時計見せたこと有る?」


「有りますよ。時計好きのお客さんのところでじっくり見せびらかしましたからね」


「ほう、じゃ、この裏蓋に彫られた名字も読んだんだ。彼もこの時計知ってますよきっと」


「この時計を知ってるって、宝玉をって話ですか?」


「うん。彼は私の親戚だからね、こっちには来ないけど色々調べて知ってるはずだよ

騙したって言うより、なにか試すつもりだったんじゃないかな?」


「あぁ・・何か納得できない。皆グルなのか??頭ん中ぐちゃぐちゃで整理つかない」


「もしかしたらですよ高木さん。あなたのご先祖はこっちの王族と関係有るかもしれないです。宝玉はそういう意味なんです。少し調べてみますから時間を下さい。

あ、この世界、日本語が使えるんですよすごいですよね

私、古い資料読んできますから、くれぐれも静かにしていてくださいね」


王族って何の話だーーもうこれ以上混乱させないでくれよ


「誰かに見つかったらまずいんですか?」


「そういうことです。色々有りましてね」


テッシーは畳の敷かれた8畳ほどの部屋に案内してくれて

「お茶、ポットに入ってますから、後でお食事お持ちしますね。風呂は今日我慢して下さい」

そう言って引き戸を締めてどこかへ消えて行った。


「は?畳にポット?扇風機まで有るじゃねぇかよ。どこが異世界だ!」

畳に大の字になり天井を見つめていると乾いた笑いがこぼれた。












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