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亡国戦記  作者: 芦屋玲
第一章 砂漠の二人
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1-5

 


 ジェワの話は一考の余地があるものだった。


 この街では完全に余所者のランジェンは、仕事を見つけてお金を稼ぐなどという前に、早晩、その“ヴェストラ様”とかいう東国との仲介屋とやらに売り払われてしまうらしい。

 そして、それはランジェンに限った話ではない。アヤトとラグシャにもその危険が及ぶということだった。



『前に仲介屋が来たのはもう二ヶ月くらい前だ。明日にでも来たっておかしくない。実際、街の連中はそろそろ来る頃合いだって考えてる。動くなら今しかない』



 与えられた毛布にひっくるまり、ランジェンはジェワの言葉を反芻する。



『実はお前が街に入ったところから見てた。連れが二人いたよな?二人が泊まった宿屋の主人は、宿屋ってことを利用してるんだ。あいつらも危ないぞ』



 ジェワたちーー特にアナ以外の三人ーーにはユキナ以外には全く伝手がない。出て行きたくともそんなお金はないし、他のオアシスや国に着く前に死ぬのがオチだろう。だからこそ、外から来たランジェンにすがりたい気持ちは十分わかる。しかし、ランジェンとて彼らとそう変わらないのだ。



(アヤトとラグシャに助けてもらわなかったら、今頃は動物にでも食われてるよ)



 奴隷商に売られそうなところを寸でのところで逃げ出したので、当然財産はない。


 盗賊団に捕まる前にいたところに戻ることができれば、友人や知り合いもいるので生活はなんとかなるけれども、そこに行くまでに必要なお金や食料のことを考えると、今の状況ではそれも難しい話だった。



(…………ラグシャたちも危ないっていうし、言うだけ言ってみるか?)



 社交辞令を真に受けるのもどうかと思ったが、それ以外にどうしようもないな、とランジェンは腹を決め、今夜は眠ることにした。





 ***





 ランジェンが見知らぬ少年を連れてアヤトとラグシャを訪ねてきたのは、翌朝、まだ夜が明けきらない時分のことだった。



「随分と早い再会だな」



 アヤトが皮肉っぽく言い、右の口の端を持ち上げる。



「そう言うな、アヤト。…ランジェン、頼ってくれと言ったのはこちらだし、もちろんそのつもりだが、いくらなんでも時間というものを無視し過ぎだろう。………で、そちらは?」



 そう言う割には二人揃って身支度が整っている。ラグシャはともかく、アヤトに至っては、砂漠で三人で寝起きしていた時同様、全身布尽くめだった。



「朝早くに悪いとは思ったんだけど……急ぎなんだ」



 申し訳なさそうな顔をしつつも、きょろきょろと廊下の様子を窺うランジェンと少年の姿に、アヤトは溜息を吐いて中に入れるようラグシャに視線を送る。



「わかった、とりあえず入れ」


「ありがとう」


「どうも、お邪魔します」



 軽く頭を下げてから部屋に入るランジェンに続き、少年もまた一礼してから足を踏み入れた。



「お前は誰だ?そして用件はなんだ?」



 寝台の上に腰を掛け、足を組んだアヤトが尊大な口調で少年に目を向ける。

 アヤトの態度に若干気圧されつつも、少年は臆することなくはきはきとした口調で話し始めた。



「オレはジェワっていいます。情報の提供と、お願いをしに来ました」





 ***





「なるほど」



 ジェワの話を聞いて、アヤトはひとつ頷いた。



「この街がそんな状態だとは知らなかったな」


「知っていたら寄らない」



 横目で責めるような視線を向けられたラグシャは、苦い顔で頭を抱える。



「教えてくれて助かった、礼を言う」



 ジェワに向かってラグシャが感謝の意を述べ、しかし困ったな、と呟いた。



「星が動くまではここで待機したかったが……悠長にしている時間はなさそうだぞ、アヤト」


「とはいえ、(ろう)からの連絡はまだだ。すぐに移動をすると定期連絡が途絶えることになる。そうするわけには()かないだろう?」


「だが、仲介屋とやらに捕まるのはもっての外だ」


「わかっている。………少年、猶予はないのか」



 アヤトとラグシャの二人で話し合いが始まったようだったので、ジェワとランジェンは傍観に徹するつもりだったが、唐突にジェワに質問が投げかけられた。



「え、あ、はい………早ければ今日にでも来る可能性はあるので、オレたちは出来ることならすぐにでもユキナを出ていきたいと思っています」



 今街にいる外の人間は、ランジェンたち三人を含めても五、六人。これまで五〜八人程度連れて行かれていたことを考えると、足りないと言われる可能性は大いにあった。



「そうなれば、きっと次はオレかゼインかアキルか………オレたちは元々はここの住人じゃないし、アナのじいちゃんがいなくなってからはあんまりよく思われていないから…」



 くそ、とジェワが毒付いた。

 悔しそうな、不安そうな表情のジェワを見て、ランジェンはラグシャとアヤトに向き直り、頭を下げる。



「お願いだ、俺達を他の場所に連れて行ってほしい」



 砂漠で行き倒れたところを助けてくれた。それだけじゃなく、この街まで連れてきてくれた。その上、建前だけかもしれないけれど、なにかあったら頼れと言ってくれた。



(二人の優しさにつけ込んでいるのは分かってる……けど、他に頼れる相手もいない)



「お願いします」



 ランジェンの隣でジェワも深々と頭を下げたのが気配でわかった。



 沈黙が流れる。

 まだ暗かった外が徐々に夜明けの色を濃くして、窓の外が薄ぼんやりと明るみ始めた。



「いいだろう」



 アヤトの声だった。



「どこに行くか、どの道を通るか、どんな行程か……そういったことに疑問も文句も言わず、我々の指示に従うのであれば、連れて行こう」


「っ………いいのか!?」



 ジェワが勢いよく顔を上げる。



「ああ……ランジェンに“困ったことがあれば来い”と言ってあったしな」


「ありがとう!本当に、重ね重ねすまないと思うけど、嬉しいよ!」



 ランジェンがそう言うと、アヤトはひとつ頷き、さてと、と立ち上がった。



「そうと決まればすぐにでも発とう。ジェワ、君の友人たちも急いで呼んでくるといい」


「ありがとう、ございます……呼んできます!」


「念の為、俺もついて行こう。二人はここで待っていてくれ」



 一目散に部屋を飛び出したジェワの後をラグシャが追った。







お読みいただきありがとうございます。


誤字報告、感想等があればよろしくお願いいたします。


評価ポイント、ブクマ等もしていただけるととても嬉しいです。


今後ともどうぞ最後までお付き合いください。



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