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亡国戦記  作者: 芦屋玲
第一章 砂漠の二人
3/8

1-3



前の話のユキナの街についての描写を少し修正しています。


ランジェンにとっては初めてのオアシスなので、他のオアシスは知りません。


よろしくお願いいたします。



 


 宿屋の主人に三日分の宿代を先払いし、勧められた夕食も断って、ラグシャとアヤトはさっさと部屋に籠もった。



「アヤト、星見はどうする?」


「今日はいい。どうせしばらくは動かない。早晩、(ろう)から定期連絡が来るはずだ。動くのはそれからにしよう」


「わかった。……ランジェンについては報告するのか?」



 少し逡巡しながらラグシャはアヤトに尋ねた。


 アヤトがラグシャに視線を寄越す。その目は『どういう意味だ?』と問いかけているようだった。



「なるべく特定の相手との接触は避けていただろう?しかし、不可抗力とはいえ彼とは繋がりを持ってしまったからな、報告はしておいたほうがいいのかと」


「………お前がそう思うなら報告しろ。名前は知られたが、幸い私の素顔は見られていない。ランジェンはまだ若いし、私と()を結びつけて考えることもないとは思うが」


「確かにそうだが、念には念を入れておくに越したことはない」



 ラグシャがそう言うと、アヤトは軽くため息を吐いて肩を竦めた。



「なら、最初から助けなければその“念”も不要だったわけだ」


「それは違う」


「冗談だ。特に理由もなく、人を見捨てるような真似はしない。お前の用心深さに呆れただけだよ」


「俺にはお前を守る義務がある。それは俺にとって何よりも最優先されるべき重要事項だ。お前ももちろん分かっているだろうが…」



 アヤトが片手を挙げてラグシャの言葉を止める。



「承知している。…………私の命は私だけのものではない」


「では、ランジェンについては報告する。いいな?」


「私は別に反対しているわけではないよ。用心深い、と言っただけさ。お前に任せる」



 じゃあもう寝るから、とアヤトは全身を覆っていた布を脱ぎ去った。


 漆黒の長髪が、細めながらも引き締まった背中を流れる。


 砂漠の上を数日歩き回り全身砂まみれだが、そんなことを気にする素振りもなく、真っ白い寝台に潜り込むアヤトにラグシャは複雑な視線を向けていた。





 ***





 一方、ランジェンは苦戦していた。


 これまでの経験から、このくらいの規模の街であれば、どこかしら住み込みの働き手を募集しているだろう、と思っていたのだが、これがなかなか芳しくなかった。



「すまないね、住み込みでは募集していないんだよ」



「うちは住み込みは女性に限定しているのよねぇ」



「まずは通いで、見込みがあれば住み込みで雇おう」



「砂漠の生まれじゃないのかい?悪いけど他を当たっとくれ」



 どうやら今まで滞在したことのあるどんな街よりも、ここでの住み込みの条件は厳しいようだった。



(よく見ると、ほとんどが砂漠の民族だ)



 周囲の道行く人たちは、皆一様に浅黒い肌に赤い瞳をしている。人種が入り乱れているような街ではなさそうだった。



(閉鎖的な街なのか?オアシスなら旅人や商人も多いかと思ったんだけど、そうでもないのかな)



 もうすぐ日が暮れる。アヤトから聞いたとおりなら、どこの店も閉まる頃だろう。



「………今日は野宿かもな」



 半分諦めてぼやいた時、肩を叩かれランジェンは振り向いた。



「さっきから見てたんだけど、お前、金無いの?」



 立っていたのはこの町の住人らしい、浅黒い肌に焦げ茶色の短髪、赤い瞳をした少年だった。



「なんだ?」



 突然間近で話しかけられ、ランジェンは一歩下がって距離を取った。



「いや、気になってさ。仕事探してたんでしょ?見た感じ、お金がなくて今夜の宿にも困ってる旅人、でもどこも雇ってくれなかった。当たり?」


「う………」



 見事に言い当てられ、ランジェンは言葉に詰まった。



「べ、別にお前には関係ない」


「そうだけどさ、ま、ちょっとオレの話も聞きなって」



 少年はぐいっと寄ってきてランジェンの肩に腕を回す。そのまま声を潜めてランジェンの耳元で囁いた。



「ここで仕事探しは悪手だ。お前、もう目をつけられてるぞ」


「え?」



 驚いて目を見開くランジェンの肩を、更にぐっと引き寄せる。



「ここじゃ目立つ。場所変えるぞ」


「はぁ?お前なに言って…」


「しっ……とにかく黙って着いてきな。今夜の寝床は用意してやる」



 聞き返そうとしたランジェンの唇に指を当て黙らせると、少年はランジェンの背中を押してきた。



 状況が飲み込めないまま、ランジェンは促されるままに歩き出していた。





 ***





 少年に連れてこられたのは、市場から距離のある居住区だった。



「こっちだ」



 腕を引かれて一軒の古い民家に近付いていく。


 扉の前まで来ると、少年は周囲に視線を走らせ、それから扉を四回ノックした。



「“ナギドビシワ・アザレカダナ”」



 少年が扉に向かってそう言うと、すぐに向こう側からも言葉が返ってくる。



「“エギンレヴィン・ドヤナギダラ・ラザナ”」



「“バストラ・サマダ”」



 扉の向こうに向けて少年がもう一度言葉を投げかけると、少しの間を置いてガコン、という音が聞こえた。


 彼らが何て言ったのかランジェンにはわからなかったが、合言葉のようなものだろう。



「さ、入って」



 取っ手を引いて扉を開けると、少年はランジェンを中に押し込む。そして自分も素早く家に入ると、すぐさま扉の錠を下ろした。



 中は暗く、明かり一つ無い。どうやら窓も塞いでいるのか、外はまだ明るさが残っていたのに、屋内は完全に暗闇だった。


 ランジェンは暗闇の中では動けなかったが、少年はそうではない様で、ランジェンの腕を引っ張って奥に進んでいく。



「待って、俺…」


「いいから」



 少年に遮られ、“見えない”と続けようとした口が止まる。



(って言われても……)



 不満と不安が積もっていくが、先程少年が言った『今夜の寝床は用意してやる』という言葉を信じ、ランジェンは黙ってついていった。



 十数歩歩いて階段を登り、また十数歩歩いて扉を開け、中に入ってまた数歩、ガタンという音がした後、床下にあったらしい梯子のようなものをしばらく下りさせられ、地面に足がついてからまた十数歩。


 そうして最後に扉を開けると、ようやく明るい部屋だった。



 部屋の中には、ランジェンや少年と同じ年頃と見られる男の子が二人と、少し年上の少女が一人。容姿からするに、三人ともこの街の住人のようだ。



「おかえりなさい、ジェワ」



 少女が少年に向かって微笑みかける。



「ただいま」



 少年ーージェワがそう返すと、奥にいた二人の少年がランジェンに近付いてきた。



「ジェワ、こいつは?」



 髪を左側だけ剃り上げた少年がジェワに聞いた。



(それは俺の台詞だ)



 内心で呟いたランジェンの言葉が聞こえたかのように、ジェワがランジェンの肩を軽く叩き、こう言った。



「街で見つけて連れてきた。……まずは自己紹介だな、オレはジェワ。こっちがゼインでそっちがアキル」



 刈り上げを指してから、その隣の少年を指し示す。それから少女を指さして『アナだ』と言った。



「で、お前は?」



 ゼインがランジェンを睨みつけてくる。



「………ランジェン」



 突然連れてこられた挙げ句に、意味もわからず睨まれたので、ランジェンも思いっきり睨み返してやった。







お読みいただきありがとうございます。


誤字報告、感想等があればよろしくお願いいたします。


評価ポイント、ブクマ等もしていただけるととても嬉しいです。


今後ともどうぞ最後までお付き合いください。



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