scene1
白い部屋にいる。
会社を退職した最後の帰り道に「あ、心臓痛い」と思ったら意識を失い、意識が戻ったと思ったらここにいた。
俺以外には誰もいない。ただ白い天井と床、白い壁が四方にあるだけで、それ以外は影も形も見えない。
いや、白い壁に影だけがいた。
「こんにちは。神です」
影が言う。ちょっと恰幅のいい影だ。
え?神?神様?神様っているの?
「君は死にました」
唐突だな。でも神様が言うならそうか。俺は心不全かなんかで死んたってことかな。
「君が心臓発作でうずくまったところに、子供の蹴ったボールがぶつかって道路に飛び出た工事現場の手押し車を踏んでコントロールを失ったトラックが電信柱をなぎ倒して、ちぎれ飛んだ電線が当たって感電死しました」
なにその予知してても避けられなさそうな死に方!
「あのですねぇ神様、俺今日で定年退職して、これから色々やってみようかなーと思ってたところなんですけど、このタイミングはひどすぎませんかね?」
俺は影に向かって不満をぶちまける。
「ああ、何にもない。えらく凡庸な人生だったねぇ」
「でも君の人生の、いわば脚本を書いたのは君自身なんだよ」
「どうして今まで何もしなかったんだい?」
そう言われてしまえばぐうの音も出ない。いつも無難な選択肢を選び続け、凡庸な人生を選んだのは自分自身だ。
ただもう、このタイミングで言われても、どうにも、出来ない。
俺は死んだのだ。
「やり直してみるかい?」
「え、出来るんですか?」
「いや君の汚い泣き顔見てたら流石にかわいそうだなぁと思って」
俺今泣いてるのか。汚いのか。俺は汚い泣き顔で言う。
「出来ることならやり直したいです。神様」
「うんわかった。リテイクと行こうか。人生のリテイクだ」
「君の人生がまた凡庸にならないように、今回は人生を演出する監督をつけてあげよう」
え?監督?俺の人生を監督してくれるってこと?
「今つけられる監督はタランティーノくんかロドリゲスくんだね」
どっち選んでもバイオレンスの匂いしかしないじゃないですか。どっちも嫌です。
「あとは・・・お!ジョージくんが空いてるね。ラッキーだ」
おー!宇宙で父親と戦ったり魔境探検したりするのかな?
「えーっと、これミドルネームかな?アンドリュー・・・」
Aは嫌です!ジョージ・Aは嫌!
「うーん・・・逆に何か希望はないかな?」
困り顔の影をした神様に、映画が大好きだった俺は憧れの監督の名前を告げる。
「えーっと、スピルバーグさんなんています?」
影しか見えないがおそらくは帳簿を読み込んでいるであろう神様。
「あー!いるよ!OKだ。奇跡的だね!じゃあスピルバーグくんでいいね」
おお!いるの?やった!俺は汚い笑顔のまま了承する。
「じゃあ彼女を紹介するね」
ん?彼女って?
そう思ったのもつかの間、目の前に長い金髪を後ろで束ねた、サンバイザーをかぶってメガホンを持った少女が姿を現す。
「ステラ・スピルバーグ、大天使スピルバーグの娘だよ」
娘って!大物ミュージシャンの娘みたいな名前してますけど!そして天使って?なに?
「ああ!今まで出てきた名前はすべて天使であり、実在の人物・団体・名称などとは関係ありません」
神様なんでいきなりテロップ棒読み口調なの?
「ステラ・スピルバーグと申します。代表作はアースガルズ予備校のwebCMです。天界では結構な人気なんですよ?」
予備校?天使の世界には神になる予備校とかあるの?
「いえ、普通の学習塾ですけど?」
なんか違う!思ってたのと違う!
「じゃあステラ、後は頼んだよ」
「はい!それじゃ行きましょうか。あなたの人生、TAKE2・・・」
「アクション!」