Ep.31(71) 強制譲渡
〈ロシア連邦中南部オムスク〉
「じゃあな〜〜瓜坊〜〜」
千年からの使いを終えた瓜坊を見届けたグレンは、
「じゃ、詳しく聞くぜ武蔵さん」
慈禅を誰よりも可愛がり、大事に育てていた謂わば親である武蔵を前に、心拍数が上がる。
「その前に、グレン・ハイズヴェルムよ、慈禅は……禅は、立派だったか?」
グレンに背を向け、声を震わせながらに問うその言葉に、彼もまた声を震わせた。
「あぁ、めちゃくちゃかっこよかった。今まで見てきた誰よりも」
「……そうか。貴公が言うのであれば間違いないな。よし、分かった。なら、ワシと貴公で、禅の雪辱を晴らそうぞ」
「おう」
クアレオス、慈禅、見とけよ。俺はさらに強くなる。もう誰も失わないくらいにな。
「じゃあ行くか。奴らの相手の頭を潰しに」
「頭??」
「そうじゃ、頭じゃ。貴公は刻導のことは知っておるな?」
「当然!!」
って、名前とか誰がいるとかは知らないけど。
「流石じゃ。知っての通り、刻導は全員が上位。まぁ最近加入した邪虚神は例外じゃが、とにかく猛者の集まりじゃ。その中でも、最上位に近い上位が2名おる。悪魔神"怤會 烝"。疫病神"症懺"」
「うんうん、怤會に症懺ね(やべ、どっちも知らね)
……あ、そういうことか。なら、この国にそのどちらかがいるってことだな?」
「そうじゃ。この国にいるのは疫病神"症懺"。本当は怤會の方に話を聞きたかったが、見つけられなかった」
「なるほどね。でも、なんでそいつを狙うんだ?」
「元々、ワシは疫病神を追う役目を担っていた。禅もそうじゃった。だから、一番奴のことを理解している。それと、奴なら何か知っているかもしれない」
「何かって?」
「禅を襲撃したやつ然り、我々の探す『神和』についてじゃ」
カン……あれ、どっかで聞いたな。カン……あ!!!!!
「カンナギってあのカンナギ!?」
「そうじゃ。奴は強制譲渡で神通力者になっておる。つまり、譲渡される前は普者じゃった。そして、普者の頃に奴がしていたこと、それはーー"研究"。所謂、研究者という奴じゃ」
※強制譲渡
命源細胞のない者に、命源細胞を移植し、強制的に神通力者にする禁忌。
禁忌故に、後遺症が残り、症懺の場合は嫌弱の悪化(嫌弱がより強い)と言語障(言葉がうまく話せない)など。
「研究者時代、奴が調べていたのは神通力者と神和について」
「なるほど、だから知ってるかもってことか」
「そういうことじゃ。そこで、我々は奴を倒し情報を得る。じゃが、簡単な事ではない。さっきも言ったが、奴は最上位に近い上位。当然、『神格』も出来る。そして何より、奴は頭がおかしい」
「うん? 頭がおかしい?? なんだよそれ」
「そうか、貴公は知らんか。かつて、天明様と肩を並べ、歴代最強の破攻の神と呼ばれた男が強さについてこう語っておる。ーー『強さとは、優しさでも才能でもない。どれだけ"マトモ"じゃなくなれるか。即ち、我を捨て、他を捨て、イカれることができるか』とな」
「んだよそれ。言ってる奴が1番頭おかしいだろ」
「カッカ、その通りだ。彼奴はイカれてた。だから強かった。つまり、頭のイカれた症懺も手強いということだ。貴公、気を引き締めろよ」
「分かってるよ」
「じゃあ行くぞ」
「待て」
「うん? なんじゃ?」
「貴公って言うな。グレンって呼べ」
「別に良いでは、」
「ダメだ!! 貴公は……あいつだけ……なんもない!! とにかくなんかあれだから!!」
何を……あぁそうか。禅から貴公と呼ばれていたのか。あいつ以外にそう呼ばれたくはないのだな……ふっ、かわいい奴め。
「分かった。なら、ハイズヴェルムと呼ぼう」
「なんでだよ! 炎の民はみんなハイズヴェルムだろうが!! 分かりにくいからグレンと呼べ!」
「カッカ、確かに! ならグレン、行くぞ」
「おう!!」
出発前に、敵の神通力や性格など、知ってることを全て伝え、2人は首都モスクワへ向かった。
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〈ロシア連邦首都モスクワ〉
「酷いな……」
ニュースになっていたから知ってはいたが、あまりに酷すぎるモスクワの現状を前に、2人は怒りで震えた。
「武蔵……絶対に狩るぞ。疫病神は……あいつは生かしてたらダメなやつだ」
「……そうじゃな」
そこら中に転がる腐った死体と、倒壊する建物を避けながら、2人は殺気の感じる方へと進む。
そして、数メートル進んだ地点"赤の広場"で足を止める。
「ーーいたぞ」
そこには、高く高く積み上げられた優に100を超える死体の山と、その頂上に座る男の姿。
身体中、血で染まり、ポテチの塩を舐めるかのように、手についた髪の毛や皮膚、血液をぺろぺろと舐め回し、こちらを睨みつけていた。
「いいかグレン。一瞬たりとも目を離すなよ。先に言ったが奴は"毒の神通力者"。気を抜いた瞬間、我々は終わる」
「分かってる。相手は上位、格上だ。それに、今まで見たどんなやつよりイカれてる。気なんか抜かない」
一瞬足りとも視線を外さない2人を前に、症懺は不敵な笑みを浮かべ、肉塊の頂上から飛び降りる。
「ーーナに、しニキた? 死ニにキた?」
喋るたびに口から奇妙な紫の煙が吐き出され、その度に2人は後ずさる。
あの紫の煙……多分、あれが例の毒ってやつだな。武蔵曰く、吸ったら終わり、触れたら終わりの激ヤバ神通力。並の神通力者ならあれには勝てない。でも、俺と武蔵の神通力なら……。
「ワシがわかるか症懺! 武蔵寿じゃ!」
「死、しッテる。コソコそ、カぎマわッテタ、ドラごん」
「そうじゃ! なら話が早い。ワシらと勝負せい! ワシらが勝ったら貴様の知ってる情報を全て吐け! 安心しろ、殺しはせん」
「……オぉけェ。ナら、おま、オマえらが、マケ、たら?」
「そんときは貴様の好きにせぃ!」
「……オぉけェ。ケいやク、セイりツ」
おいおい、何だこの意味のわかんねぇ会話は?! 契約? は? んなもん、意味ない……あれ? 待てよ……あ、そうか。そうだったぁぁぁぁぁ!!!!
それは今から数分前、オムスクでの会話。
〜〜〜〜
「良いか? 敵は毒の神通力者。吸ってもダメ、触れてもダメの脅威的な力じゃ」
「んだよそれ。近づけねぇじゃん」
「そうじゃ。でも安心せい。お前の横にはワシがおる。お前は、近づかず攻撃にだけ専念しろ」
専念しろって……あ、待てよ。
「そうか、そういうことか!! おっけおっけ! 全部わかったぞ!!」
「おぉ、さすがはグレン・ハイズヴェルムじゃ。よし、なら頼んだぞ。それともう1つ、症懺の嫌弱についてじゃ」
嫌弱?? なんだっけそれ……まぁいいや、聞いてれば分かるだろ。
「奴の嫌弱は特殊でな、恐らく強制譲渡が起因しておる。名は"拒偽"」
「"拒偽"??」
「そうじゃ。拒偽とは簡単に言うと、嘘をつけないということじゃ。つまり、症懺は嘘をつかない」
「・・・ふぇ?? それが何だよ?? 知ってどうする??」
「たわけ!! これは物凄い重要なことじゃ! いいか? まず嫌弱とは絶対に足掻くことの出来ないものじゃ。それ即ち、奴から発せられる言葉全て、真実ということになる」
「お、おう」
「理解しておらんな。まぁよい。ならグレンは敵と相見えても、ワシが良いと言うまで動くでないぞ」
「何で?」
「奴の嫌弱を逆手に取った契約を結ぶ」
〜〜〜〜
"拒偽"=嘘をつけない。
つまり、今の契約で俺たちが勝った暁には、奴の知ってる情報の全てが開示されるってことだ。つまり、あいつがもし神和について知っていたら……でもあれだよな、こんなまどろっこしい事しないで、「神和について教えろ!」って聞いたら一発じゃ……あ、そうか。嘘つけないなら答えなきゃ良いのか。だから武蔵は前もって契約を……。
「うおぉぉぉぉ!!!! 武蔵! あんたってか、やっぱ神道ってスゲェな!!!!」
「な、何じゃ急に!? ビックリしたぁ」
「クソォォ。俺ももっと頭使った戦い方しないとだ!!」
そう考えたら、キゼルってやっぱスゲェんだな。クソ、もっと強くならねぇと。
「っしゃぁぁ!! おい武蔵! いつでも行けるぜ!!」
ふっ、童が……
「そう焦るな。敵も考えは同じようじゃからな」
殺意と神力の急上昇。それは脳をガンガンと、肌をズキズキと突き刺すほど。
だが、グレンはビビるどころか笑みを浮かべ、
「これが上位の圧……。ーーでもあれだな、俺の知ってる奴(千年)の方が、もっと凄かったぞ」
「カッカ!! そうじゃ、上には上がいる。
さぁ、あれを倒して、ワシらもその域に到達しようぞ」
両雄ぶつかる。
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〈スウェーデン首都ストックホルム:地下〉
「ーーあら、凄いわね。どうしてここが分かったのかしら??」
「当たり前だ。自分のボスは天千年だ。ナメるなよ」
ストックホルム地下にある"地下鉄巨大美術館"。そこを根城とし、陣取っていたのは裁下ラスト・ディーデクス。
そして、彼女を追って現れた王直セレナ・ジャッジと榮多云大。
「あははっ、別に天千年が凄いわけじゃないでしょう? 大方、刻導の中に内通者でもいるとかかな?」
「さぁな。なんにせよ、堺若と野良は返してもらうぞ」
「返す? おやおや、勘違いも甚だしいぞセレナ・ジャッジ。返すも何も、あれは犯罪者。裁く権限は裁下にある」
「その裁下が信用ならないからよこせって言ってんだよ。ったく、初代裁下が不憫でならない。二代目がこんなに低脳だと」
「無礼な物言いね。話にならない、帰りなさい」
手を前に突き出したラスト、それと同時にセレナ、横に並ぶ云大の足元に巨大な六芒星が展開される。
だが、
「一辺倒。バカも休み休みにしろよ」
発動した瞬間に、セレナはそれに触れ、六芒星を消し去る。
「お〜〜流石です。これは程度が低すぎましたね。ですが神通力使っても大丈夫なんですか?」
「は? どういう…… ッチ、しまった」
2人の背後に並ぶ白い服を着た一員(10名)。
それらは1ミリたりとも動かず、ただ真っ直ぐに突っ立っていた。
「うわ!! び、びっくりしたぁぁ。全然気がつかなかった……」
「無理もない。あいつらが着てる服は神装の一種『弾着』。生物の存在を消す服だ」
※神装
神力の込められた武器や物。(神通力者が定期的に神力を補給する) 基本的に普者が扱う物。
※ 弾着
衣服に『消隠姿』の力を大量に込めたもので、生物から発せられる存在感を消し去る。
「そんなのもあるんすね。ーーあれ?ってことは、あいつら人間ってこと!?」
「そういうことだ」
ックソ、神力を使えば、その余波で変異するかもしれない。
「ゴミ戦法だな。やはり黒だなお前は」
「何を言うかと思えば……勘違いしないで下さい。その子たちは了承済みです。ですので、思う存分力を使ってもいいですよ?」
それが出来ねぇから困ってたんだよーーって普通ならなるか。
「ーー"間越して角結び 天地閉ざして無き力" 『霄壌断絶』」
セレナは、自身、云大、ラストを包み込む『霄壌断絶』を展開。これにより、白服の者たちを『霄壌断絶』の外に。=神力の影響を受けない。
敵ながら素晴らしい手際に、あの子たちだけをギリギリ外した寸分違わない操作。さすがね、セレナ・ジャッジ。
「お見事。賞賛に値します」
「黙れ外道。いますぐ降伏するなら痛手は追わせない。選ぶ権利くらいやるよ」
「あらあら、王直様はお優しいこと。ですがお断りします。だってーー負ける気しませんから」
そう発した彼女は、2人に見えるように両手の小指を結んだ。
それを見て、目を見開いて驚くセレナは、大きく息を吸いながら、云大を外へと追いやり、白服の者たちの目の前まで思いっきり突き飛ばした。
「云大!! そいつら抱えて目一杯下がってろ!!!!」
それから数秒後、半径約25メートル程度の小範囲守護領域が展開された。
「ーー惜しい。中々の力持ちね云大。守護領域からギリギリ外れました」
「あぁ、ナイスだよほんと。云大!! よくやった! そいつら抑えててくれ!」
「わっ、わっかりました!!」
「よし」
「あら? 意外と余裕ね。焦ったりしないの?」
「焦りはしないが驚いてはいる。お前が守護系統の神通力者だったとはな」
「ふふっ、それは勘違い。私は守護と破攻、両系統を兼ね備えた神通力者です」
「な……なんだと……」




