Ep.27(67) 地球の神器
〈モンゴルアルタイ山脈〉
「ーー中位獣連筆頭"堺若"、神王に背いた罪で身柄を拘束する」
倒れる堺若に歩み寄る王直眷属後衛セレナ・ジャッジ。しかし、背後から感じる2人の視線に足を止める。
「ーーはぁ……突っ立ってないで何か言えよ」
「……なんか、じゃねぇよ……。心配したんだぞバガ野郎が!!!!」
グレンは泣き叫びながらセレナの元に駆け寄り、彼にしがみついて更に泣いた。
「待て待て!! 何でそんなに泣いてんの?? 自分、何かした??」
「じだお! したじた!! おまねのおとほれはげ……」
うわ……何言ってるわからない……つうか鼻水……
「わかったから。キゼル、こいつ剥がすの手伝え」
「断る」
えぇ……こいつはキレてる……
「何なんだよお前ら!!」
「それはこっちのセリフだ。生きてるなら連絡くらいよこせ。俺はなんとも思ってないが、千年様には無駄な心配をかけるな」
心配?? 心配って……あぁ千年様、またですか……
「自分は何回も連絡したよ。出なかったのは千年君で、自分は悪くない」
「は? 千年様に連絡してたのか??」
「当然! 天明様に仕え、側にいるのが自分の仕事だ。でも、王直の一員、だから頭領である千年君に連絡するのは当たり前だろ?」
「だが千年様はお前と連絡がつかないと……あ、」
確かに、千年はグレンとキゼルに「セレナと連絡がつかない。もしかしたらを想定して今後は動くように」と伝えられていた。
「自分はデウスで最後、気を失っていた。それが原因かは分からないけど、皆んなが再誕した時、自分だけ目を覚さずにいた」
「どのくらいだ?」
「う〜〜ん、1週間? くらいかな?」
「……なるほど、じゃあ目を覚ましてから千年様に連絡を?」
「そうだよ。でも、千年君全く出なくてさ。
そっから数日経ったくらいのときにやっと連絡ついたよ」
千年は再誕してすぐに、セレナの様子を気にかけ連絡をしていたが、当の本人は気絶状態にあり、連絡がつかず。
それから目を覚ましたセレナはすぐに千年に連絡するも、それに千年は気づかず(ちょうど神域に入っていた)。
そして、ようやく連絡がついたのが波憂愁と千年が接触したあと。
だが千年はそこでの会話や、セレナの安否を2人に伝え忘れていた。故に、グレンとキゼルだけがセレナの安否を知らずにいたのだ。
「なるほどな。だとしても千年様は悪くない。お前が俺らへの連絡を怠ったことに問題ありだ」
「ないない。何で自分がガキンチョに態々連絡しなきゃなんだよ」
「ふざけんな!!!! キゼルはともかく、いや実際はキゼルも!! めちゃめちゃ心配したんだからな!!!!」
「ふざけるな、俺は心配などしていない(ムカつくが、強いからな)」
「してた!!」
戯れる2人を前に、セレナはほくそ笑んだ。
あぁ懐かしい。またこうして……
「ごめんごめん! 自分が悪かったよ! 積もる話もあるだろうけど、今はまず……」
その時、セレナは何かを察知して2人の前に出る。
「どうした??」
「何か来る。お前ら満身創痍だろ? 自分の後ろにいろ」
「いやいや、満身創痍だけど、別に、」
「うるさい。黙って自分の後ろにいろ」
警戒するセレナとは対照的に、グレンとキゼルは安堵の表情を浮かべていた。
その理由は、前方から感じる勢いと神力が彼のものだったからだ。
「ーーぱ〜〜い!! グレン先輩、キゼル先輩〜〜!!!!」
手を振り、こちらに走ってきたのは云大。
彼の姿が見えたところで、2人も手を振り返そうとしたが、彼を知らないセレナからしたら警戒するのは当然のこと。
彼が何者で、どんな奴なのか、そんなのは拘束してから考えればいい。というより、自分の嗅覚がこう言ってる。"あれは敵だ"と。ともかく、いまは2人を守るのが最優先事項だ!!
「ーー天明流拳武 "二式" 『迅散共鳴』」
※迅散共鳴
空気中の命源を殴ると同時に、対象の周辺にある、一部の命源に命令をすることで共鳴が起きる。簡単に言うと、対象に触れずに攻撃を繰り出すことのできる力。(範囲・威力・精度は発動者で異なる)
向かってくる云大に対して、堺若に使った技と同じものを繰り出した。
「おいセレナ!! あいつは、」
2人が止めに入るも、一歩間に合わず。セレナの拳が空気中の命源を殴る。
と同時に、云大の鳩尾周辺の命源と共鳴を始める。
「捉えた!!」
ーーだが、云大はそれを肘でガード。まるで、そうくると分かっていたかのような動きだった。
これには流石のセレナも驚きを隠せない。
「バカな……まさか、拳武を知ってるのか!?」
動揺する彼を、グレンは取り押さえ、
「ば、バカ!! おま……お前!! ほんっと、周り見えなくなるそれやめろよ!! あいつは俺らの仲間だ!!」
「仲……間?? 嘘をつけ、あんな奴……あ、」
その時セレナは思い出した。
そういえば、千年様が面白いやつ見つけたって……あ、あっ!!
「榮多云大か!?」
セレナ・ジャッジ、彼の嫌弱は"猛進"。
自分が"こう"と決めたら曲げない、更に集中しすぎて周りが見えなくなる。
「また……やってしまった……」
膝から崩れ落ちたセレナを見て安心したのか、云大は3人の元に駆け寄った。
「あのぉ……俺なんかしました??」
「いや、君は悪くないよ榮多云大君。本当に申し訳ないことを……」
「いやいや、全然!! というか、あなた誰ですか??」
「あぁ、そうだったね。自分は王直眷属後衛セレナ・ジャッジというものだ。以後よろしくです」
「あぁ先輩方の先輩ですね!! 話は聞いてます! 榮多云大です! よろしくお願いします!!」
2人の出会いは災厄であった。
「にしても舎弟、遅かったな。どこで何してた? つうか、外に出たなら千年様に、」
「もちろん報告しました!!」
「千年様はなんと?」
「セレナに任せてるから大丈夫!って言ってました! あ、その時にセレナ先輩のこと知りました!!」
なるほど、千年様がセレナを……さすがは千年様です。
「そうか。お前が無事でよかった。ところで、猫はどうした?」
「猫?? あぁ、あいつなら後ろに……」
4人が振り返ると同時に、猛スピードで彼らを横切る中位獣連の野良。
倒れる堺若の元まで駆け寄り、涙を浮かべながら、
「堺若様!! 堺若様!!」
何度も何度も声をかけ続けた。それを見兼ねて、セレナは立ち上がり、泣き叫ぶ野良に、
「大丈夫、殺してはいない。それより、お前は中位獣連の野良で間違いないな?」
死んではいないということを聞かされ、野良は呼吸を整え、セレナの問いに頷く。
「よし、ならお前ら2人は拘束する。異議はあるか?」
「ない……ニャア。筆頭が倒れた時点で、ニャアたちの負けだ」
「分かった」
その会話の最中、堺若の意識が戻る。
「ーーここは……俺は……」
彼の意識が戻ったのを確認した野良は、彼を抱きしめ、再び涙を流した。
「……野良か。俺は……負けたのか?」
彼女は返答しなかったが、触れる手から伝わる震えで堺若はある程度の状況を理解した。
「そうか……『神格』したのにな……。結局、敗因は抗うことの出来ない自分の弱さか……。なら、もう生きてる価値はないなーー野良、俺を殺せ」
・ ・ ・
「野良!!!! 俺を殺せ。これは命令、」
「断るニャア!! あんた前にニャアになんて言った!? 命とは尊く、儚い。強さがあろうがなかろうが、その重みは変わらない。
だから、ニャアたちは人を、生き物を愛さなければならない。守らなければならない。と、そう言ったのはあんただニャア!! そのあんたが……命があるなら、必死に生きなさいよ!! 生きて生きて生きて、また強くニャればいいのよ!!!!」
彼女は初めて堺若の命令に背いた。それどころか、声を荒げ、真っ向から否定した。
それが面白かった、いや気持ちよかったのか、彼は痛みを忘れ、高らかに笑った。
「ーーお前に叱られる日が来るなんて想像もしてなかった。……滑稽、俺は実に浅く、滑稽だ。やはり死ぬべきだな。いや、もう既に死んだか。ははっ……なぁ野良。俺はどうすればいい? どうすれば……」
野良の涙が堺若の頬を伝ったのか、将又、彼自身の涙か。どちらにせよ、彼は顔を押さえながらそれを隠した。
「なぁ……俺は……俺は、どうすれば強くなれるんだよ……」
「もう十分強いじゃねぇかよ」
2人の間に割って入ったのはまさかの云大。これには、キゼルも面食らう。
あいつはバカか? いやバカだ。空気読めないにも程がある。
彼の珍行動に絶句しながらも、キゼルは云大を引き戻そうと歩き出す。ーーが、
「待て」
セレナに静止され、足を止める。
「なんだよ? どう考えてもあいつがおかしいだろ。止めに入るだけ、」
「待て、あの表情……きっと何かあるはずだ。そんな気がする」
セレナの勘(彼は嗅覚と言う)は外れる割合と当たる割合が半々。
だからこそ、キゼルは彼に従い足を止めるか、無視して云大を止めるかで迷ったが、
「……分かった。だが勘違いするな、お前の勘に従うわけではなく、云大の表情を見て俺は判断した。だから、」
「わかったから! なんでもいい、今は見届けよう」
2人がやり取りを終えたのを確認後、云大は倒れる堺若の前で膝をついた。
「お前さ、俺よりも何百倍と強いグレン先輩・キゼル先輩を相手に、1人で闘ったんだろ? それの何が弱いだよ?」
「……黙れ、お前には関係ない」
「関係ある!! 俺はお前を見捨てない。お前を助けるって約束したからな」
「助ける? 俺を? お前が? ……ふっ、笑わせるな。お前と俺とじゃ抱えてるものが違う。不幸の重さが違う。身体の価値が違う。
それはお前だけに限らず、俺からしたら、俺以外の全てが光に見える。俺は底のない闇、一寸の光さえ流れ込まない暗く重い闇だ。それをお前がどうするって? 中途半端な同情も、安い共感も要らない。
断言する、俺になりたいやつなど1人もいない。俺は俺じゃなきゃ、誰でもいいというのにな」
敗北したからこそでた弱音なのか、云大の雰囲気に呑まれたからでた本音なのか、どちらにせよ、彼は初めて他人に自身の底を見せた。
「闇……ね。バカかお前は? 誰がお前に共感するって言った? 誰が同情するって言った? んなもん、したとこで所詮は気休めだろ。つうかさ、人の悩みってわかるわけなくね? 例えば、俺は"バカ"って言われても何とも思わないけど、そうじゃないやつだっている。"バカ"って言葉で死ぬほど苦しむ奴もいる。だから、相手を理解して同情したり共感するってのは単なる自己満だし、その場凌ぎでしかない。だろ?」
「……確かにな。俺もそう思う。だったら、救うなんて言葉、端から言うんじゃねぇよ」
「いや、同情はしないし、共感もしない。でも、俺は救うぜ、お前を。何故なら、救えるからだ!」
そういうと、云大はポケットに手を突っ込み、そこから取り出した何かを堺若の前に置いた。
「お前、これ知らないだろ?」
堺若は動きを変えず、それを見つめた。
「……知らんな」
「やっぱり(笑)。 正直さ、俺もデウスの人間だったら、お前のこと救えなかったと思う。だってさ、お前のことめちゃくちゃ心配して寄り添ってる猫娘が救えないんだぜ? まぁそりゃあ無理だわな」
「おい!! ニャアは……別に、」
「はいはい(笑)。 でも、ここは地球だし、俺は神通力の使える地球人だ。星が変わったってことは、見えるもの、使えるもの、やれること、色々と変化がある。そしてこれはそのうちの1つだ」
彼の言っている意味が堺若には理解できなかった。
だが、野良は違う。念のため、筆頭に触らす前に彼女はそれに触れた。それにより、彼が持ってきたそれが堺若を救えるものだとすぐに理解した。
「これは!?」
「うん、堺若を救える地球にしかない、唯一無二のものだ」
野良の表情を見て、堺若はすぐにそれに触れる。そして、彼の表情が一変し、目からから抑えることのできない涙が溢れた。
「堺若、お前の嫌弱は"性溺"、そうだろ?」
※性溺
性に対する欲が一般人の約1000倍。長期間行為を行わなかった場合、男女問わず、肌を見るだけで思考が停止したり、正しい判断が出来なくなる。
「うん? おいセレナ、性溺ってなんだ? そんなにやばいのか?」
「あぁ、だいぶ酷な嫌弱だな。例えばさ、普通の人間に嫌弱が存在するとするじゃん?」
「うん? あぁ、人にも嫌弱があればってことか?」
「仮にね? でさ、人間の誰かの嫌弱が性溺だとしよう。性溺ってのは簡単に言うと、性に対する思いが人一倍強いってこと。つまり、セックスしないとおかしくなるってことだ」
「うん。それで?」
「正直、人間であれば性溺による支障はそこまでないと思う。セックスすればいいだけだから。でもさ、神通力者は違うだろ? 神通力者が性行為を行う場合、」
「"!!" そうか、そういうことか」
神通力者が性行為をする場合、相手が普者(非神通力者)であれば、普者側は必ず死を遂げる。相手が神通力者であれば、血統者=神通力者が誕生する。
「神通力者がセックスをする場合、あらゆる難がある。だから、法で禁止されている」
「なぁなぁ、俺も混ぜろよ〜〜」
「なら、普者は諦めて神通力者とすれば良くないか?」
「無理だね。だってそもそも女性の神通力者が少ないから」
少……あぁ言われてみれば。
「つまり、堺若は普者とセックスしなければ欲は満たされず、徐々におかしくなる。でも、法で禁止されてるからセックスできない。したとしても、相手側が死んでしまう。
過去に、普者に命を救われたことのある堺若が、自分の欲を満たすために普者を殺せるはずがない。八方塞がり、残酷すぎる」
セレナの説明を聞き、グレンは理解できていなかったが、ギゼルは顔を手で覆い、何とも言えない表情を浮かべた。
性行為をしないとおかしくなる。でも、性行為できない。なんだよそれ……そんな苦しみの中、あいつは闘ってたのかよ……。
「同情はするなよ。云大も言ってたろ。意味ないって」
「……わかってる。分かってるけど……」
「大丈夫、だって見てみろよ堺若の顔。
ほんと凄ぇよな、彼を見つけた千年君も、彼自身も」
云大の前で未だ泣き崩れる堺若の姿を見て、居ても立っても居られなくなったキゼルは、彼らの元に駆け寄る。
「ーー舎、、云大。 どうやって堺若を救うのか教えろ、、教えてください」
「いやいや、そんなに畏まらなくても(笑)
ゴッホん、いいですか? 堺若の苦悩はデウスでは救えない。それは皆さんがよく分かってると思います。ですが、ここは地球です。いま堺若が持ってる"それ"があれば、堺若を救えます」
堺若の握りしめる"それ"をキゼルは屈んで見つめた。
「なんだこれ? ゴミか?」
「惜しい!! ゴ"ミ"じゃなくて、ゴ"ム"です!!」
「ゴ……ム??」
そう、堺若が握りしめていたのはゴム。即ちコンドーム。デウスにはない、地球で生まれた彼を唯一救えるまさに神器である。




