Ep.26(66) セレナ・ジャッジ
「ーーふぅ〜〜、見事な形勢逆転。ははっ、少し昂った。握りしめて悪かったな」
『神格』したことで巨大化した堺若の手の中で項垂れるキゼルに、優しく声をかけ、力を抜いた。
「これは嘘偽りなく、キゼル・ラーシュ、俺はお前の力を認めている。今まで会ってきたどの中位クラスよりも強く、賢い。だから、お前は殺さない。俺の手下として迎え入れてやる。
そんなお前に、1つ良いことを教えてやろう。相手が神格した際の対処法についてだ。いいか、まず初めに、」
「絶戯 『雷纏鑓』ーー"群"」
キゼルの背後に大量の雷の鑓。発動した瞬間に、獣神の顔面へと叩き込む。
「手、緩めてんじゃねぇよデカブツ」
人間は即死、中位クラスは死または重症レベルの攻撃だというのに、
「ーーおいおい、人の話は聞けよな。つうか躊躇ねぇなぁ」
全くの無傷。それどころか、電撃による痙攣すらせず、本当に食らったのか? というほどに、なんにもなっていなかった。
「あぁ〜〜わかったわかった。待遇に納得がいかないんだな? よしよし、なら飛び級ではあるが、お前を新中位獣連の筆頭にしてや、」
「『瞬迅咆哮』!!」
またしても彼を無視しての攻撃。口に溜めた雷の咆哮を、再び顔面にぶつける。
「声デケェんだよ、この距離で喋んな、口クサ脳筋デカブツ野郎」
これも……ダメっぽいな。神格してハイになってる今のこいつならと思っていたが……想像以上の硬さ。これは、ありったけぶつけて隙を作るしかなさそうだが……いけるか? いや、やるしかない。気絶しかけてでも……
「ーーぶ、、ぶははははっっ!!!! 良いね良いね、この状況でその冷静さ!!!! 益々気に入った! 絶対、俺の部下にし、」
「終極ーー『終告鳴止』」
本来、終極は1日に何回も連発していいものではない。連発は細胞への負荷も大きいし、神力・体力ともにかなり消耗する。故に、発動した瞬間に気絶する場合もある。
そんな初歩的なこと、キゼルなら当然理解してるし、危惧もしている。だが、事この状況において言えば、彼の選択・判断は正しかった。
『終告鳴止』が直撃した獣神の動きは止まり、全身から煙が立ち昇る。
それと同時に、キゼルを握る手の力がほんの少しだけ緩くなる。
効い……てる!? チャンス!!!!
キゼルは今にもガス欠になりそうな状態ではあったが、下唇を血が出るほど噛み、踏ん張り、緩んだ手の中から逃げ出そうと踠く。
そして、ありったけの力を振り絞り、なんとか手の中から抜け出す。
だが、抜ける出すことに全ての力を使い果たしてしまった彼は、身動きが取れなくなり、そのまま地上に落下し始める。
ッソ、詰めが甘かった……。終極連発がここまでとは……ヤバい、こっからどうすれば……。
背中から地上へ、目を開いたまま落ちてゆく。落下の衝撃で更にダメージを負う事は確定しているし、ここからどうすればいいかも分からない。
災厄につぐ災厄。だというのに、そんなキゼルの目にもっと災厄な光景が映る。
「マジかよ……化け物が」
ほんの数秒足らず、キゼルのありったけだというのに、堺若は怒りを露わなしながら、拳を振り上げていた。
「ーーッテェェ゛、流石に痛ぇなぁ。つうか神格前に受けたやつより痛くねぇか?? まさか、あんとき手加減してたのか!? あぁ、ムカつくなぁ……このクソガキがぁぁ!!!!」
振り上げた拳を彼目掛けて振り下ろす。当然、身動きの取れないキゼルがそれを避けることは出来ず拳は直撃。
一瞬にして地上に叩きつけられ、地面が勢いよく破壊される。
これには彼も耐える事は出来ず、あっという間に意識が飛んだ。
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「ーーきろ。ーー起きろ!!」
鼓膜に突き刺さる獣神のどデカい怒号。彼はゆっくりと目を開けた。
「・ ・ ・生き……てる。ははっ、ラッキ〜〜」
大きく陥没した地面に仰向けで倒れるキゼル。あれだけの打撃を受けて生きてることに、彼は素直に喜んだ。
「だいぶ、体も強くなってきたか。あとはやっぱり攻撃力か。課題はまだまだあるな」
そう嘆きながらも、ゆっくりと起き上がる。
「あぁ〜〜体痛ぇ。でもなんか、殴られて逆にスッキリした感はある。まぁ骨はめちゃめちゃ折れてるけど。ーーさてと、使いすぎたせいで一時は神通力が使えない。どうしたものか」
フラフラとよろけながらも、彼はゆっくり、ゆっくりと穴から地上へ歩き出す。
とは言ったものの、限界も限界。ここからの展望も見えないし、正直生きて帰れる自信はない。それよりグレンはどうなった? 蛇の動きは止まってるっぽいが、あいつの神力は感じない。死ん……ではないか。あのバカならまぁ大丈夫。はぁ……にしても、とんだ厄日だ。分かってはいたが、流石に上位クラスには勝てないか。
隠れるか、死んだフリか、どちらかに出ればまだ兆しはあるというのに、完全に勝機がないと分かってはいたが、彼は歩き続けた。
そして、穴からようやく抜け出し、地上に上がる。
「ーーおいデカブツ。俺は決めた、絶対に逃げないってな。正直勝てる気しねぇし、師匠の言いつけ破るのも良くないってわかってる。でも、なんか分からないけど、ここで逃げたらダメな気がする」
彼が諦めないのは、シンプルな意地。常に冷静で、判断を誤らないキゼルにとって、この行動は彼自身にとっても予想外なことだった。だがそれでも、彼は真っ直ぐに獣神を見つめ、確固たる意志を示した。ーーだが、
「……おい、聞いてんのか?? シカトこいてんじゃねぇよ」
キゼルが穴から出るや否や、獣神はそっぽを向いたまま全く反応を示さなかった。
何事だ?? まっったく意味がわからん。
「おい!! 無視か? 逃げるぞ?」
それでも反応はない。意味不明すぎる彼の様子を観察すること数秒、若干、若干ではあるが、獣神の頬が赤くなり、モゴモゴと口が動いていることに気がつく。
なんか……言ってる?? それに、顔が赤い。なんなんだよこいつ。まじで……。
恐る恐るだが、キゼルは耳を傾けながら彼に近寄る。と同時に、獣神はゆっくりと後退し始める。
「はぁ? て、テメェ!! 何がしたいんだよマジで!! なんで俺より意気消沈してんだよ!!」
怒りを露わにしながら徐々に詰め寄るものの、獣神もそれに合わせて後退。これではいつまで経っても距離は縮まらない。
「はぁ……だったらもういい、俺はここから動かないからな!? ゆっくりと回復に専念させてもらうからな!!」
キゼルはその場に座り込み、獣神を睨みつける。
それから数秒、耳が慣れたのか、はたまた彼の声が大きくなりつつあるのか、どちらにせよ、モゴモゴ言っていた獣神の言葉が徐々に聞こえ始める。
「たの……ら、ふ……をきろ」
・・ ・
「む……くを……」
・ ・ ・うん? え〜〜っと……"頼むから服を着ろ"?? うん、そうだ、絶対そうだ。
「"頼むから服を着ろ"。って、言ってるよな? 合ってるか?」
その問いかけに静かに頷く。
「合ってんのかよ!! ていうか、服はちゃんと着て……あ、、さっきの衝撃で上着が……」
地面に叩きつけられた際にボロボロになったズボンと、完全に吹き飛んだ上着。ただ、
「服を着ろって言われてもだな。着替えなんか持ち歩かないし……つうか、別に脱げててもよくないか? 下半身が露わになるのは倫理的に良くないが、上半身は別にいいだろ?」
確かに、ここには男しかいない。つまり別に半裸であっても問題はない。だというのに、獣神は頑なに彼の半裸を拒んだ。
ックソ、めんどくさいし、なんかもどかしいな。神通力が使えたら今すぐにでも攻撃できるのに。でもどうすればいいんだ? 着替えなんかないしなぁ。あ、いっそのこと逃げるか? いやいや、あんだけ啖呵切ったし……いや、別に関係ないか。ムキになる必要はない。ーーあ、良いこと思いついた。
「分かった。グレンの上着を剥いで、着る。
それで文句ないか?」
無言のまま獣神首を縦に振る。
よし、上手くいった。あとはグレンが起きてくれるか……。
キゼルはフラフラしながらも、獣神に背を向けず、ゆっくりと後退り、同じく陥没した地面に伏すグレンの元まで歩み寄る。
ーーいた!!
発見してすぐ、凸凹した急な斜面に足をつけ、勢いよく滑り落ち、倒れるグレンに駆け寄る。
「おい!! おいって!!」
体を大きく揺するも反応はない。
息……はある。鼓動も問題ない。ってことは、気絶。ならーー
歯を食いしばり、目を血走らせながら、残りカス程度の電撃をグレンの胸元に当てる。
すると、グレンの体が"ビクッ"と大きく揺れ、暫くすると、
「ぶ、ぶぁぁぁぁぁ!!!!」
叫びながら目を覚ました。と同時に、キゼルは彼の口元を勢いよく押さえつけ、小声で話を始めた。
「静かにしろ。まずは前言撤回、俺たちじゃやはりあれには勝てない。だから一旦逃げる。だが、俺もお前も体力の限界、走って逃げることはできない。そこでだ、お前、『炎魔』は使えるか??」
「めっちゃ早口だな!!」
「バカ!! 声がでかい!!」
「ごめんごめん。で何? 混血族種転換をすればいいのか? でも何のために……あ、そゆことか!」
「できるか?」
「うん、多分できる。体中痛すぎるけど、命源細胞はほとんど使ってないからな。でも、神通力使えるかどうかが分からない」
神通力が使えな……あ〜〜、こいつやっぱバカだ。
「お前な、相手が神格した場合は、、」
その瞬間、2人を襲う猛烈な殺意。
しまった。時間をかけすぎたか!!
「ーー危ない、正気を失ってた。よくよく考えれば見なければいいだけのこと。ったく、こんな状況なら俺にとって好機じゃねぇか」
2人はいま穴の中。=獣神からは見えていない。
「せっかくの神格。ちゃんと力使わねぇと勿体ないよな?」
獣神の殺意と神力の急上昇に、2人の鼓動は早まる。そして、
「"神遂"ーー」
獣神の上空に出現する巨大な獣徒。それから放たれる圧・気配・臭い・禍々しさなど、視界で捉えていなくても2人はそれがなんなのかを知っていた。
だからこそ、グレンとキゼルは口を揃え、「化け物が」と絶望を露わにしていた。
「ーーそういえば、お前らは"これ"に接触したことがあったな? まぁ本物よりかはサイズなどが少し劣るが、それでもこれは"魑魅"のDNAを抽出し再現した、正真正銘、あの天霊だよ」
獣神の上空に姿を現したのは、以前2人が対峙したあの天霊"魑魅"。
神格したことにより、獣徒の許容がなくなっていた。(つまり、DNAさえ取り込めば如何なる生物も再現可能)
「ぶははははっっ!!!! これが神格……いや、これぞ神格!!!! 天霊は最上位と同等、それを生み出し、操る俺は更に上……ふっ、全く最高じゃないか!!!!」
自分の力に酔いしれる獣神を前に、満身創痍の2人はどうすることもできず、ただ互いに顔を合わせ、焦燥するーーそんな時だった、
「おっといけない。また正気を……。にしても本当に残念だ。俺の配下にしてやろうと思ったのに……殺すには惜しいが、仕方ない。じゃあな、キゼル・ラー、、?? あん? ッチ、めんどくさい。今いいとこなんだ。誰か知らんが、邪魔すんなよ!!!!」
獣神の遥か頭上、『霄壌断絶』の中に入る1人の侵入者。
それを察知した獣神は魑魅を上へ動かし、警戒し、怒りと殺意を向けた。
侵入者の存在に気づいたのは彼らも同じ。だが、獣神の表情とは正反対に、グレンとキゼルは焦燥から一変、安堵の表情を浮かべていた。
「なぁキゼル!!」
「あぁ。ったく、来るなら連絡しろよーーセレナ!!」
そうこうしている内に魑魅が侵入者を捉える。その情報は、魑魅を通じて獣神にも伝わる。
ーー男?? こいつは……。
その瞬間、獣神の中の何かが反応し、鼓動が勢いよく高まる。
なんだこの感覚は!?!? 俺の中の何かが騒いでる。いや違う、これは……記憶!!! 父……その前だ。初代、獣神の記憶が、あの男を見て呼び起こされたんだ。
男との距離、数メートル。近づけば近づくほどに、獣神の鼓動は早まる。
そうかそうか、わかったぞ。あいつは恨みの根源。何があったか、詳しいことは分からないが、これだけはハッキリしてる。
「ーーお前は獣神にとって害!! 今ここで殺す!!!!」
雄叫びとともに加速する魑魅。そして、魑魅が完全に男を射程圏内に捉える。
「そこだ!!!!」
しかし、男は天霊魑魅の攻撃を簡単に避け、右手で魑魅の皮膚に触れる。
「天霊……本物なら手こずるだろうけど、これって所詮レプリカだろ? 悪いけど、お前じゃ自分には勝てない」
触れたその瞬間、魑魅は跡形もなく消え去り、無数の毛が地面に向かってヒラヒラと舞い落ちる。
バカな!!?? 天霊だぞ??!! あり得ん、あり得ん!!!! あいつ、一体なにをした!?
思いがけない出来事に、当然獣神は焦り、思考が乱れる。その一瞬を彼は見逃さず、空中で加速し、瞬く間に獣神の巨大な頭の上に立った。
「ーー相手が悪かったな。自分に神格は通用しない」
未だ立ち尽くす獣神の頭に膝をつき、ゆっくりと右手を添え、何かを呟く。
その瞬間、魑魅同様、獣神の大きな体は一瞬にしてなくなり、元の堺若の姿へと強制的に戻された。
「な……これは一体……」
抱えきれないほどの謎の現象と、突如現れた男の圧倒的強さを前に、彼は背を向けて逃げ出した。
恐らく、これが初めて……いや、獣神にとっては、同じ相手に2度目の敵前逃亡であった。
「別にカッコ悪いとは思わない。寧ろ正しい判断。
でも、自分の可愛い後輩たちは決して逃げなかった。この戦の勝者はグレンとキゼルだ」
彼は、背を向け猛スピードで走る堺若を追わずに、その場で構え、
「ーー天明流拳武 "二式" 『迅散共鳴』」
※迅散共鳴
空気中の命源を殴ると同時に、対象の周辺にある、一部の命源に命令をすることで共鳴が起きる。簡単に言うと、対象に触れずに攻撃を繰り出すことのできる力。(範囲・威力・精度は発動者で異なる)
彼の突き出した拳の先にある命源Aと、堺若の顎周辺にある命源Bが共鳴を起こし、Aに加えられた力が、Bへ。
それにより、堺若の顎に拳の威力が乗った命源が直撃し、彼はフラフラよろけながら前のめりに倒れ込んだ。
「天明様に仇なす輩は、自分が全ては排除する」
男は神王直下六眷属が1人、与えられし任は王の絶対守護。
王直眷属後衛、名はセレナ・ジャッジ。




