Ep.05 脳ミソ
訃ヶ蟲と呼ばれる巨大生物が、日本に出現した人外、天 千年によって討伐されてからすぐのこと。
テレビやマスコミでは、今回のことについて、さまざまな意見が飛び交っていた。
"議論の余地はないですね。これだけの被害。これは明らかに政府の怠慢に原因があります"
"諸外国と比べて、人外への対策があまりにもできていませんでしたね。あれじゃあいつ日本が終わってもおかしくないですよ"
"またすぐ同じようなことが起きるかもしれない。早急に対策を立てて貰いたい"
"とにかく今は、被災地への迅速な対応が必要ではないでしょうか"
ほとんどのメディアやマスコミは政府に対する不満や批判の声をあげていた。
その一方で、「ツイスタ」と呼ばれる日本人も多く利用しているSNSでは、驚くことに別の声が上がっていた。
"人外倒した救世主はどこに行った!?"
"まじで漫画みたいな展開ワロタww"
"税金下げろぉぉぉぉ!!!!"
"あの化物を殺したやつもさっさと殺せよ。あれも所詮人外だろ?"
"救世主とか英雄とか……。どう見てもあれも人外でしょ。死刑死刑"
ツイスタでは、訃ヶ蟲を倒した千年への賞賛と非難の声が相次いでいた。
一難は去ったものの、まだ何があるかわからない。人外対策研究チーム本部を後にした円城寺総理は、すぐに緊急の会見を開いた。
一方その頃、
〈神奈川県西部相模湾近海〉
つい先ほどまで、人外が猛威を振るっていたというのにも関わらず、恐れ知らずなのか、3人の若者が海水浴を楽しんでいた。
「ねぇねぇ〜。ツイスタ見たぁ? 人外、マヂやばくな〜〜い?」
「千秋ちゃんは怖がる姿も可愛いなぁ。 ま、大丈夫! 俺に任せろ! 人外とか余裕でぶっ殺してやんよ」
「うぇ〜〜い。正弘かっちょい〜〜」
海辺でワイワイと楽しむ男2人と女1人。
そんな中、そのうちの1人 江藤 正弘は、何やら急に目を細め、遠くの岸を眺め始めた。
「なぁなぁ。あそこにでっけぇ魚いないか?? いや……人か? なんだあれ??」
男が指差す方を見ると、そこには人? 魚? なんにせよ、大きさな何かが横たわっていた。
「何あれ? まぁくん、千秋怖い」
「大丈夫大丈夫! ちょっと俺見てくるわ!」
正弘は、ヘラヘラしながらそこに向かって走り出した。
「ーー康生、千秋〜! こっちこい!! 魚人だ魚人!! マジやべえって!!」
倒れていたのは、身長180cmほどで、全身青色の鱗。
それは、本やゲームなどで見たことのある、人と同じ人体構造をした魚であった。
正弘は、興奮しながら2人に向かって叫び、手招きした。
すると、その声に反応したのか、倒れていた魚人が立ち上がり、正弘の肩に手を置いた。
「た、、頼む……た、助けてくれ。憂愁様が……」
肩に手を置かれた正弘は、「うぉ!! 触んなっ! 気色悪りぃ!!!!」と、魚人の助けを求める声を遮り、思いっきり顔を殴った。
ばたりと倒れ込んだ魚人の頭を、笑い、怒りながら正弘は何度も踏みつけ、「死ね」という叫び声とともに、近くあった大きめの石を持ち上げ、魚人の頭部に叩きつけた。
魚人の頭からは血が流れ、それから数秒もしないうちに、完全に動きを止めた。
「は、ははっ!! やってやった……っしゃあ!! 人外を殺してやったぞ!!」
息を荒げ、声高らかに笑う正弘の元に、ようやく2人はたどり着き、口元を手で押さえた。
「え……本当に殺したの……?」
「おう、当然。人様の肩に馴れ馴れしく手置いてきた罰だ。つうかおい、写メとれ写メ。ツイスタにあげたら鬼バズるぞ」
「いやいや、さすがにやりすぎじゃねぇか? 別に何もされてないのに……」
「は? おい康生、化け物見てビビったのか?(笑) よく考えろ、こいつは魚だぞ? さ・か・な! 別に殺したって何の罪にも問われない。だろ?」
自慢げに語る正弘に対し、引きつった顔の2人。
すると、死んだと思っていた魚人がピクッと少し動き、
「た……頼む。王直眷属を呼んでくれ。う、海が……海がお怒りになる。頼む、お願いだ」
言葉を話す魚人に、2人は声を出して驚いた。
それを見た正弘は、もう一度石を拾い、魚人の頭の上に持ち上げ、
「おい、正弘! 何してんだよ!」
「……気持ち悪りぃな。人様に指図すんなよ魚野郎が。 サッサっと死ねよオラッ」
「やめろ正弘!!」
振りかぶった石は、魚人の頭部目掛けて振り下ろされた。しかし、、
「ーーあれ??」
3人が違和感に気付いたのは数秒後。倒れていた魚人は、突如姿を消した。
「おい、あの化け物どこいった?!」
辺りを見渡す正弘に、千秋が怯えながら答えた。
「正弘……あんた……う、う、腕が……」
千秋の怯えた表情を見て、正弘はふと我に帰る。
すると、先ほどまで何も感じなかった左腕に、物凄い激痛が走った。
想像を絶する痛み。正弘は、恐る恐る左腕を確認した。
「あっ、、……あぁっっ!!」
正弘の左腕は、今にも崩れ落ちそうなくらい真っ黒に焼け焦げていた。
「痛いっ! 痛いっ! 痛いっ!!」
その場に蹲る正弘。するとその背後に、誰も知らない、15歳くらいの銀髪の少年が突如姿をみせた。
その少年は、先程の正弘が殺しかけた魚人を抱えて、悲しい表情を浮かべていた。
「ーーお前は偉いな。主君の顔に泥を塗らまいと、必死に我慢したんだな。あんなゴミに殴られようと、必死に……必死に言いつけを守り、抵抗すらしなかったんだな。ーー感服した。俺も見習わないとだな」
流れる涙を拭き取り、少年はゆっくりと膝をつき、抱えていた魚人を砂の上にそっと置いた。
「少し待ってろ」
魚人の頭を撫でた少年は顔を上げ、物凄い剣幕で3人を睨みつけた。
それが怒りではなく、殺意であるということを、3人は瞬時に理解する。
『殺される』
自分以外のものが、大きく揺れているのかと錯覚するほど、3人は震えた。
「ーー鈴木康生、橋本千秋。お前ら2人は、魚丸の、主を重んずる覚悟に免じて見逃してやる。失せろ。だが、江藤正弘。お前は別だ。何故、魚丸を助けなかった? 何故殺そうとした? 5秒以内に答えろ」
言ってもない名前が何故わかったとかそんな疑問は浮かばなかった。
なぜなら、少年の発する一言一言に殺意が込められており、それどころではなかったからだ。
心臓を鷲掴みにでもされているかのような苦しみ、死を意識せざるを得ない状況。
そんな中で、彼の問いかけに答えられるものなど恐らく人間には存在しない。
彼が折角くれた5秒という時間は、あっという間に過ぎ、
「ッチ、脳ミソの分際で。俺を無視してんじゃねぇよ」
少年が言葉を発した瞬間、正弘の右腕が光る。そして、「バチンッ」という音とともに、左腕同様、黒く焼け焦げた。
「あぁぁぁ゛ぁ゛あ゛」
痛み苦しみ、泣き叫ぶ正弘に、これ以上ない冷たい視線を送る少年は、
「おい脳ミソ、次は左足だ。嫌なら答えろ。何故こいつを助けなかった? 呼び掛けを無視した? 4秒以内に答えろ」
このやりとりは、正弘の全身が焼け焦げ、絶命するまで続いた。
「ーーはぁ、折角チャンスを与えたのに。もういい、お前みたいな脳ミソは死んでも死ね。もう2度と生まれてくるなよ」
少年は魚人を抱え、姿を消した。
数時間後、鈴木康生、橋本千秋の通報により警察が現場に到着。その後、江藤正弘の死亡が確認された。
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〈東京都内 とある廃墟〉
訃ヶ蟲討伐を終えた千年は、今にも崩れそうなほど老朽化している建物の中にいた。
崩れた瓦礫の上に座り、何やら1人考え事をしていた。
そんな彼の目の前に、突如、神奈川で魚人を救ったあの少年が姿を見せた。
少年は何故か目に涙を浮かべ、話すことなく千年をじっと見つめていた。
「え……なに。なんで泣いてんの。つうか喋れよ」
千年が彼に語りかけると、少年は我慢していた涙を堪えられなくなり、
「ぅわあぁぁ。千年様、千年様!! ご無事で何よりですぅぅ…… ぅわあぁぁ」
廃墟内に少年の泣き声がこだました。
「うるさいうるさい。つうか何だよその死人に会ったみたいな反応!! やめろ!」
「いえ、生きてると信じていましたが、会えた喜びでつい……」
「そんなに泣くかね。まぁいいや。何はともあれ、また会えたな! キゼル!!」
彼の名はキゼル・ラーシュ。獣族と人族の※混血で、神王直下六眷属 通称"王直眷属"の1人。まぁ、簡単に言うと千年の仲間である。口が悪く、涙もろい。とにかく喜怒哀楽の激しい男である。
※混血
2つの族種の特性が混じったものの呼称。キゼル・ラーシュの場合、両親の片方が獣族で、もう片方が人族。どちらの遺伝子が多いかで、見た目や性格、あらゆる要素が変わることがある。
彼の場合は、母親つまり人族の遺伝子が多いため、見た目は人間と変わらない。
「ぅわあぁぁ!! ……あ、千年様。報告があります」
え、怖。急に泣き止んだ。相変わらず切り替え早いな。
「ど、どうした?」
「つい先ほど、海辺で、波 憂愁の従者である魚人族の魚丸が、人族に襲われていました」
「魚丸が? なるほど、だからここに来るのに時間が掛かったのか。それで、魚丸は無事か?」
「はい。少し手当てをして、海に帰しました」
「そうか、良かった。ありがとな」
「いえ。それで、その魚丸から言伝を預かりまして……」
言伝? 待て……うわぁぁ。なんか嫌な予感する。
「波 憂愁が例の『病み期』に入ったみたいで。どうにかしてほしいとのことです」
出たぁぁ、やっぱりかぁ。「星が変わったから持病は無くなりましたぁ!」みたいな展開を熱望していたとこだが。はぁ、まぁいいや。どうせ原因はあれだろうなぁぁ。はぁ……でも、なんだろう。なんか変だ。いつもと違う気がする。
「まぁわかった。とりあえずそっちは俺でなんとかする。あいつに暴れられたら、たまったもんじゃないからな」
「そうですね。ーーあの、千年様。先ほどから気になっていたんですが、グレンと博士はどこに??」
「うん? あぁ、2人は今任務に向かってる。そうそう、キゼルにも頼みたいんだけど、いいか?」
「もちろんです!! ただその……千年はその間なにを?」
「なになに、プライベートな質問ですかい? ストーカーですかい? この変態めっ」
「し、失礼しました!! 2度とふざけたことを言えぬよう、糸かなんかでこの口を塞いで参ります」
「いやいや、冗談冗談!! 俺は別でやることがあるの!! ま、まぁ、とりあえずキゼルはこの国に行ってくれるか?」
千年は、キゼルに一枚の紙を渡した。
「大陸の地図……ですか?」
デカいな……何となくは分かっていたが、この星、デウス以上にデカい。
「そっそ。印付いてるだろ? そこの調査を頼みたい」
「調査? 一体どのような?」
「そんなに畏まらないでいいよ。簡単簡単! その大陸にある国や島にまず入国できるかどうかを調べてほしい。できなければ分かりやすく地図に唾かなんかつけてて! 後で確認するから!」
「は、はぁ…… あ、なるほどそういうことですね!! わかりました! 因みに、入国できた場合はどうすればいいですか?」
「入国できたら内情の調査。人族と接触する必要はないよ。ただ見てくればいい。キゼルならそれで分かると思うから。いいね?」
内情調査……う〜ん、千年様はいつも説明が中途半……いや、違う!! これは「言わなくてもわかるだろ?」という俺への信頼の表れ!! うぉおお!! 頑張るぞ!!
「わかりました!! 命に変えて、いや命が消えてもこの任務遂行してみせます」
「いやいや、そこまで気張らなくていいよ……」
「では行ってまいります!!ーー空間移動」
キゼルの目の前に、人1人入れるくらいの、黒い靄が出現。その中に、キゼルが入ると、靄は彼を包み込むようにして消えた。
「いってらっしゃ〜い! ……あっ、しまった。魚丸がどこにいたのか聞くの忘れてた……。ま、いっか!」
着々と動き出す千年たち一行。
しかし、それは彼らだけではなかった。