Ep.10(50) 硬固と羽翼
〈アメリカ合衆国首都ワシントン〉
任務を開始した天使神護衛隊の慈禅と、王直眷属のグレン・ハイズヴェルム。
そんな2人に襲いかかるミカドノメ"才知"と、クロコダイルの摩瓈爾奠。
その際に、同任務に就いていた天使神護衛隊の1人、クアレオスの死を知った慈は、今もこうして才知に怒りを向けて襲いかかっていた。
「何故だ……どうしてお前ら害種は存在する? どうして、簡単に命を奪う? なぁ、何故クアレオスは死ななければならない? 答えろ!!」
「ふふっ、何を言うかと思えば。歳の割に、頭が悪いのですね」
「答えろ!! 何故クアレオスを、」
「生贄ですよ」
生……贄?
「腹が減ったから生き物を食べた、眠くなったから寝た、それと同じです。我々にとって大事な方々が、いま死を彷徨っている。だから、養分を与えないといけない。そのための生贄を用意しないといけない。それだけのことです」
「狂ってるな。やはり害種は害種。死んで詫びろ」
込み上げる憎悪と怒りを糧に、彼は力を解放した。
「お前のような汚生物は、醜いその原型がなくなるまで殴り殺す。ーー"硬固"」
慈禅は、硬固の神通力者。
硬固と唱えた箇所に、硬質化した神力を、自身または対象に付与する。
⇒発動者が目で捉えることのできる箇所が範囲。なので、目で捉えることのできない臓器などを固め・硬めることはできない。加えて、生物以外には適応しない。
付与された箇所は固まり、動きが止まる。
(自身に付与する場合は硬くし、自身以外に付与する場合は固める)
また、この力は慈が発動した時点で効力が出る。
⇒発動者が解除するか、時間経過(1分)でのみ効果は切れる。=破壊することは出来ない。
「何ですか? 何も変化は……あれ、、足が。何ですかこれは?!」
慈が硬固で固めたのは才知の左足。その場から動くことのできなくなった才知は焦り、必死に固まった足を動かそうとする。だが、
「やめとけ。硬固は一度発動すれば、某が解除するまで解けない、神王様お墨付きの力だ。貴様如き汚生物にどうこう出来る力ではない。ーーさて、色々聞きたいことはあるが、今の某にそんな余裕はない。一発で終わらせてやる」
そういうと、彼は再び「"硬固"」と唱える。
すると、今度は自身の両腕が、ゴツゴツとした腕へと変化を遂げる。
そして、ジタバタする才知の元へと走り、
『ーー神戯 『硬晶』!!!!」
硬質化した腕での殴打。直撃した顔面は、その一撃で首から捥がれ、大量の血液と共に弾け飛ぶ。そして、首から下が無惨にもその場に立ち尽くした。
「ーー滑稽。元から顔など必要なかっただろ? まぁいい、そのまま死に逝け、哀れな害種よ」
振り返り、後方から感じていたグレンの神力に向かって歩き出す慈。しかし、彼もまたすぐに足を止める。
なん……だ、このバカみたいな神力は。上位同等、いや下手したらそれ以上? 違う、神力じゃない。これは殺意だ。何十、何百と殺した、禍々しい殺意。いったい何者……
「ーーおいおい、ミカドノメってこんなに雑魚なのか? いや、違うか。慈が強いのか。はぁ、どっちにしろクソだなクソ。はぁ〜〜あ゛」
慈の背後から殺意を放つその男は、頭の吹き飛んだ才知にゆっくりと近づき、既に死んだであろう才知の肩に手を置いた。
「あのさ、打ち合わせしたよな? 人の話聞いてた? もうちょっと粘るとか、もうちょっと消耗させるとかできなかった? ったく使えねぇ。もういいや……"飛べよ"」
そういうと、手を置いた肩の辺りがどんどんと膨れ上がり、直後、一瞬にして破裂した。
「使えねぇなら、生まれてくんな」
未だ見向きができない慈だったが、背後で何が起きたかは大方予想がついた。
仲間割れ? ってことはミカドノメ……まさか、帝一族!? いや、違う。殺意に混じって神力も少しだが感じる。やはり、神通力者。……ックソ、振り向けん。
あまりにも禍々しすぎる殺意に、慈は振り向くことすらできなかった。だが、
「はぁ。これじゃ天使神の情報は入手できなそうだな。さっきの……何だっけ。クア……クアレなんとかも口堅かったし。はぁ、計画めちゃくちゃだなおい」
男のその言葉で、慈は恐怖心から解き放たれた。
「ーーお前、今なんと言った?」
下を向き1人ボソボソと呟いていた男の眼前に移動し、『硬固』を発動したまま、彼の顔面を思いっきり殴った。
その勢いで、男は後方へと吹き飛び、辺り一帯を蹴散らした。
いま確かに天使神と言った。それに、クアレオスの名も。待て、ということはクアレオスを殺したのはあいつで、更に狙いは坊ちゃんか。
沸々と怒りが込みあがり、それは次第に殺意へと変わる。
「ーーイテテ、そんないきなり打つかね普通。あぁ、痛ぇ。まじで痛ぇ。クソが、飛ばすぞテメェ!!」
神戯や絶戯ではなかったとはゆえ、『硬固』状態での殴打に無傷。男はゆっくりと立ち上がり、
「ていうかあのさ、まだ計画序盤なわけよ? あんまり騒ぐと色々面倒なわけ。だからさ、抵抗しないで素直に飛んでくれよ」
慈はようやく男の姿を目の当たりにする。
身長は約160cmで小柄。黒いマスクと、長髪のせいで顔がよく見えないが、真白な皮膚をしている。加えて、黒い毛皮を羽織り、背中からは2枚の翼が生えていた。
「何者だ?」
ハッキリと敵の姿が見えたのだが、慈は彼を知らなかった。
「はぁ? 聞いてたか人の話? 騒ぎになりたくねぇの。名前なんか言うわけねぇだろモブが。つうか、モブのくせに質問すんな。黙って答えろ。飛ばすぞ?」
「そうか、会話ができないタイプか。ならいい。1つだけ答えろ」
「はぁ〜〜あ゛? おいおい、頭イカれてんのかテメェ。質問すんのはこっちであって、テメェは答える側だモブが。あぁイライラすんな。もう飛ばそうかな」
なんなんだこいつは。よく見たらまだ子供じゃないか。まさか、こっちの世界で生まれた神通力者か?
「会話するつもりはない。答えたくないならそれでいい。だが、貴公が敵かどうかの確認はせねばならない。敵でないのに殺すことはできない、法で決まってるからな」
「はぁ? あぁ、とことんバカだなテメェ。敵以外の何に見えんだ? あ? つうか法って、いつまで天明に縛られてんだテメェ。あれはもう飛んだんだよ。いい加減忘れろタコ」
いま天明様の名を!? いや待て、そんなことより、
「飛んだとはどういうことだ? まさか、天明様は死んだのか?」
「……は? はぁ? あぁ、イライラする。想像以上のモブだなテメェ。飛んだに決まってんだろうが。じゃなきゃ貴族様が全滅した意味がねぇ。命を賭して、圧政を終わらせたんだ。ったく、最期までカッチェよなぁ」
当たり前のようにツラツラと言葉を並べる男を前に、慈は混乱した。
神王様が……死んだ? 貴族が……全滅? ってことは、貴族が神王様を……?
「あ? 何だテメェのその面は? まさか、知らなかった……のか? ありゃ、やっちまったか? あぁ、やっちまったな。まぁいいか、どうせ飛ばすし。って事で、飛ばす前に俺からも2、3点聞きてぇことがある。まず、天使神は強のか?」
「答える義理はない」
「あぁ、そう。そうかそうか、はいはい。じゃあもう飛ばしまぁぁす」
そういうと、男の神力が慈の想像の遥か上を行くほどに跳ね上がった。
ば、化け物かこいつ?! 何だこの神力量!!
「ーーぼぉっとしてねぇで構えろよ。飛ぶぜ? 神戯 『黒羽切壊』」
男から溢れ出ていた神力は、背中の羽に集約され、神戯解放とともに、無数の羽が慈目掛けて飛ばされる。
遠距離攻撃タイプか。羽の速度は中々だが……うん、問題ない。全て避けれる。
慈目掛けて飛ばされた無数の羽を、彼は全て避け切り、飛んできた羽は地面などに突き刺さる。それを確認してすぐ、彼は攻撃の態勢に入った。
正直、色々聞きたいことはあるがやむ終えん。一撃で仕留める!!
「"硬固"ーー絶戯、」
しかし、
「おいおい、何避けた気でいんだテメェ? まだ終わってねぇよ!!」
その言葉通り、落ちたはずの無数の羽が再び動き出し、何事もなかったかのように慈目掛けて襲い掛かった。
1回出したら当たるまで消えないタイプか。ーーなら、
飛んでくる羽を前に、今度は避けることをやめ、
「舐めるなよ!! "硬固"」
彼は全身を"硬固"で硬め、飛んできた羽を全て受け止めた。
「ーー買い被りだったようだな。受けてみてわかったが、対して威力はない。この程度であれば、何度受けようが傷1つつかんな」
羽は、対象に直撃したことで消失。これと同時に、慈は勝ちを確信した。
しかし、
「ぶっ、ぶははは! 警戒しすぎだろ(笑)。
まだ始まったばっかだぜ? 互いに聞きてぇことがある状況で、手の内曝け出してどうする? 本当バカだなお前」
「ふっ、バカはお前だ。某の読みが正しければ……いや正しいか。貴様、羽翼の神通力者だろ?」
慈の言葉に分かりやすく動揺する男。
「な、は? なんて? 誰が何?」
「ふっ、わかりやすい奴だ」
見透かされ、煽られたことで怒りが増し、男は再び『黒羽切壊』を発動する。
しかし、一度、体で塞げた事実がある慈からしたら、最早その力を避ける必要はない。向かってくる羽を再度全身で受け止めた。
「どうした? 焦ってるのか? ふっ、やはり子供。殺しの数は多いようだが、経験値は少ないみたいだな」
「黙れ!!!」
「まぁいい、お前が坊ちゃんを狙う理由は、"神格"だろ? 坊ちゃんも羽翼の神通力者。つまり、坊ちゃんがいる以上、お前は神格できない。だから坊ちゃんを狙っているのだろう。だが勘違いしてるようだから1つ教えといてやる。お前如きが倒せるほど、現天使神 尊 迦玄は弱くない。よく覚えておけ!!」
その台詞で、更に怒りを覚えた男は、また『黒羽切壊』を発動した。
「はぁ、それは意味ないってまだわからんのか間抜けめ」
どれだけ怒りが増そうが、"硬固"を発動している慈の前では関係ない。男の繰り出した全ての羽は、悲しくも全て打ち消された。
「はぁ……はぁ…… 何だよ、くそ、さっきの女と比べ物にならねぇじゃねぇか。くそ」
息が上がる男を見て、慈は再び嘲笑う。
「その程度でよく坊ちゃんに勝てると思ったな。図々しいにもほどがある。それと、もう1つだけ癪に触ったことがある」
「……あ? なんだ?」
「「互いに聞きてぇことがある状況で、手の内曝け出してどうする?」と言っていたが、それは間違いだ。お前は神格ができない。それと、さっきから攻撃が一辺倒なのはその攻撃しか出来ないからでは? つまり、今以上に貴様が強くなるとは思えない。そして、さっきから無闇矢鱈に飛ばしている羽は、恐らく皮膚に刺さることで、何らかしらの効果でるものだろう。違うか?」
「……そ、それが分かったから何だ? 何が言いたい!!」
「ここまで言って理解できんとは……バカめ。ならハッキリ言ってやろう。もう某は貴様に用はない。ある程度のことは把握した。そして、貴様じゃ某には勝てない。つまり、手の内を隠す必要がなくなったということだ」
男が神格出来ないこと、また彼の攻撃が慈には効かないこと。あらゆる条件が揃ったことで、慈は勝ちを確信した。しかし、
「は? はぁ? バカはテメェだろ。神格出来ないのはテメェも同じ。知ってんだよ、テメェの神通力が竜神と同じであることも、テメェが天使じゃなくて、竜族だってこともな」
「……ほぉ、それを知っていたか」
「当たりめぇだ。でも、何でお前、天使神に仕えてるんだ? 普通なら、同じ神通力を持った竜神に仕えるだろう。理由は?」
「ーー某が坊ちゃんに仕える理由……か」
竜族である慈が、なぜ天使神に仕えるか。それは今より遥か昔前の出来事。




