Ep.09(49) 急襲
〈アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ〉
モンゴルを後にし、いち早く任務の目的地に辿り着いたグレンは、到着後すぐに、慌てながら人気のない場所へと移動した。
うっそ……行く前にキゼルが、首都から離れれば安全圏って言ってたから、一番遠くに来たのに……騙しやがったなあの野郎。
着いてすぐに彼が移動した理由は、マイアミの荒れ果てた姿を目にしたからだ。
人口約46万人とは思えないほどの静けさと、あたり一帯に漂う焦げた臭い。更に、建物の多くは倒壊し、道路なども損壊。リゾート地と呼ばれるかつての姿はもうどこにもなかった。
何でこんな焦げ臭いんだ? 爆発? 火事?
ーーあ、そういや"ミカドノメ"がいるって……あれ、何だっけ。あの触れたら爆発するやつ…… あ、爆だ爆!! すげぇ、思い出せた。感動。 じゃなくって、えっと、この臭いと状況から察するに……うん、人間が爆に触れたな。
……にしても、あの後キゼルがもっかい説明してくれた時には何とも思わなかったけど、うん、やっぱり変だ。何でこの世界にミカドノメがいるんだ? 神通力者以外は再誕していないはず……。いや、俺がそんなこと考えてもわかるわけねぇか。とりあえず、言われたことだけちゃんとやろう! うんうん……
「ーーうん? 待てよ。 あれ!? し……しまった……。アメリカのどこに別働隊がいるのか聞いてなかった!!」
キゼルは否定したが、やはり千年の適当さ、説明不足さは酷い。
目的地に着いたのは良いものの、前途多難。グレンはその場で膝をつき、何度も何度も地面を殴った。
「千年の野郎!! やっぱあいつ適当じゃねぇか!! どうすんだよ、どこ行きゃいいんだよ!! あぁムカつく!! 今度あったらぶっ飛ばしてや、」
「おい……何を1人で騒いでおる?」
千年への怒りで周りが見えておらず、馬鹿みたいに騒ぐ彼の背後に立つ1人の男。声を聞き、グレンの動きが止まる。
ま……まじか。やばい、全く気が付かなかった。そ、そんなことより、誰……だ? この感じ……人じゃなくて、間違いなく神通力者だ。しかも、めちゃめちゃ強いぞ。 敵か? 味方か?
「お〜〜い、大丈夫か?」
覗き込む男の顔を見上げて「はっ」となる。
「おおお前、慈禅か?!」
上下真白の服に、黒いブーツと黒い手袋。
身長は192cmで、かなりダンディな見た目をした男。加えて、背中から2枚の大きな赤い翼が生えている。
男の名は、慈禅。
天使神の護衛隊長である。
「何を惚けてる、グレン・ハイズヴェルムよ。王直が、だらしないぞ」
「惚けてねぇ、キレてんだよ!! つうか何で俺がここにいるとわかった?」
「なぜ? ふん、なにぶん某、勘がいいからな」
「勘で済ませるな。俺はちゃんと消隠姿を使ってる。お前ごときに気づかれる程、やわじゃない」
「カッカ! 歳上に対して何たる物言い。まぁ、そこも含めて面白いがな。良いだろう、教えてやる。まず某は、貴公の性格を逆手に取ることにした」
「俺の性格?」
「うむ。貴公はなんというか……あれだろ? ばかだろ? だから、必ず他の誰かに指示をうける。例えば、キゼル・ラーシュとか。 彼は冷静・慎重・賢明、な人物。そんな男がミスミス首都に行けなどとは言うまい。恐らく、"首都から遠い場所は安全だからそこに行け"的なことを言うだろうな。あとは簡単、場所さえ絞れれば、貴公の下手くそな消隠姿など使ってないに等しい。某であれば容易に見つけられる。ということだ」
なるほど、所々ムカつくから殴ってやりたいけど、まあいいや。
「ふんっ、だと思ったよ」
「(負けず嫌い!! うむ、実に良い)
某も1つ疑問に思ったことがあるのだが、貴公は別働隊が某であると聞いていなかったのか?」
「うん? え、え!? お前が別働隊なのか?!」
え〜〜、嘘だろ…… 。
「そ、そうだ。某が別働隊だ」
「ふ〜〜ん、なら今回の任務は俺とお前が協力してやるってことだな?」
「いや、クアレオスもいる」
※クアレオス
女性。天使神の護衛隊の一員。
中位『半神』である。
クアレオス…… あ〜〜、あのバカみてぇに強ぇ女か!
「で? どこにいる?」
「今は首都で調査中だ。我々もすぐに合流するぞ」
「オッケ〜〜! 足引っ張んなよ!」
グレンは慈と共に、首都ワシントンへと向かった。
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〈アメリカ合衆国首都ワシントンD.C.〉
「ーーこりゃあ、かなり酷いな」
マイアミであれだけの惨状、首都に辿り着いたグレンから完全に笑みが消える。
倒壊する建物、そこら中に転がる死体。鼻が痛むほどの異臭と、鼓膜に突き刺さる銃声音と悲鳴。
神通力者じゃなくとも分かる異常。グレンは平然を装ってはいたが、内心、かなり同情していた。
「今もなお、ミカドノメと合衆国の兵隊による争いが起きとる。どれだけ犠牲が出たかはわからんが、今のところミカドノメが優位に立っちょる状況だ」
「ふ〜〜ん、やるじゃん」
まぁミカドノメは神通力者じゃないから、人でも対処出来ないことはないってジジイが言ってたな。
それに、デウスと比べても、こっちの方が兵器とかは数段上だし、放っておいても大丈夫そうだな。それよりも、
「おい、慈。 気になっていたが、なぜこの世界に神通力者ではないミカドノメがいるんだ? 地球に再誕したのはあくまでも神通力者だけなんだろ?」
「そうじゃな。デウスから地球に再誕したのは神通力者のみだ。じゃあなぜ神通力者ではないミカドノメがいるか。それは簡単な話、奴らが地球で誕生したミカドノメだからだ」
「なるほど! ってなるか!! それはどう考えてもないだろ。だって、ミカドノメが誕生するのは、あの、あれだ、帝一族! あいつらがいたからだろ? 王直が握ってる情報では、奴らは地球に再誕していない。つまり、ミカドノメが地球で誕生するわけがない」
妖異や変異者は、神通力者から発せられる神力の余波によって、動物や人間などが命源の加護を受け、力を手にする。なので、神通力者のいる地球でも誕生してしまう。
一方で、ミカドノメは、帝一族という者たちがいたから誕生した種。(どのように、なぜ誕生したかは彼らも知らない)
つまり、帝一族がいないこの地球で、ミカドノメが誕生するわけがない、ということだ。
「うん、某も帝一族は地球にいないと聞いている」
「じゃあなんで」
「その前に、この国の総人口を貴公は知っておるか?」
は? 総人口?
「んなもん知るわけないだろ」
「約3億と2400万人。では、そのうち我々が再誕したあの日から行方がわからなくなったのは何人だと思う?」
「だから、知るわけねぇだろ! いったい何が言いたいんだ?」
「某とクアレオスは、坊ちゃんの命令で、再誕してからすぐにこのアメリカの地に向かった。そこで色々と調べ、わかったことがある。まず、我々デウスの住人が地球にて目を覚ましたと同時に、いや正確には少し前かな? この国では約3万人近くの行方不明者が出ている」
※坊ちゃん
天使神 尊迦玄。
さ、3万人!?
「でだ、いまこの国にいるミカドノメなんだが、果たして何体いると思う?」
慈のその問いかけに、グレンの全身に悪寒が走る。
「ま……まさか、その行方不明者がミカドノメになったということか?!」
「確定はまだ出来ないが、まぁ恐らく。貴公も聞いていると思うが、我々が目覚める前、地球にて『時空転変』が行われ、その際に、地球上の生命は全て意識を失った。そして、目を覚まして、自分の家族や友人がいないことに気がついた。と同時に、ミカドノメによる攻撃が始まったらしい」
そ、そんなことがあり得るのか? ミカドノメの正体が、この地の国民? どういう原理だ? なぜそうなった? いや、待てよ。まさか……
「ーー帝一族がこの国にいるのか? ミカドノメが誕生したのはそういうことなのか?」
「さぁ、どうかな。某がいま伝えた情報はあくまでも仮説。100%とは断言できない。だが、可能性としては十分にあり得る」
帝一族が再誕しているのとなると、敵勢力が一気に強まる。俺らも、うかうかしてられない。
「まぁまだ分からないことだらけだが、それを調べるための任務だ。貴公も心してかかれ。じゃあ、色々と説明もしたことだし、改めて今回の任務について」
「"日本の内閣総理大臣の安否確認、並びに敵対勢力の調査"だろ? つまり、総理大臣とやらを捜索しつつ、ミカドノメ並びに帝一族の情報を集める。でいいか?」
「うん、意外と賢いではないか」
内閣総理大臣が既に死んでいるということ、今は伏せるか……。
「では早速、クアレオスと合流して任務にかかろう。連絡するから暫し待て」
そういうと、慈はクアレオスに意思伝達を飛ばす。
《クアレオス、今どこだ? 王直前衛 グレン・ハイズヴェルムと合流した。話も色々終わらせてあるから、一旦集まれ》
・ ・ ・
《おい、クアレオス! 今どこだ? 聞いているのか?》
何度呼びかけても彼女からの返事はなく、
「慈、どうした?」
「いや、クアレオスから返事がなくてな。何をしているんだあのバカものは」
クアレオス。彼女は単独行動を好む。基本的には、役職上、天使神の側から離れることはないが、本来はこういった類の任務が大好き。地球という未知の世界での任務に彼女自身も興奮していた。
それを察して、慈は彼女に単独行動を取らせたーーだが、それが大きな間違いであった。
《ーーろ……》
突如、2人の脳に彼女の声が流れた。
「なんだ? 今のは……クアレオスか?」
突然の出来事にグレンは戸惑ったが、彼女と長年の付き合いがある慈は、そのたった一言の言葉だけで異常事態であることを察した。
《クアレオス! 今どこだ!? 何をしてる?!》
・ ・ ・
「クアレオス!!!!」
そして、再び彼らの脳内に言葉が流れる。
《逃げ……ろ》
その瞬間、巨大な『霄壌断絶』が2人の周辺に展開された。
「霄壌断絶?!
何が起きてる?!」
「落ち着け! 来るぞ!!」
慈の声で「はっ」となったグレンは、彼の見つめる方向へと顔を向けた。
すると、前方からかなりのスピードで、丸い球体のような何かがこちらに向かって飛んできているのが分かった。
「なんだあれ? まぁいい、迎撃してや、」
「たわけ!!! 得体が知れない、退避だ!!」
迎撃態勢を取るグレンの首根っこを掴んだ慈は、彼を後方に引っ張り、球体を退避。
そのまま、球体が地面にぶつかると、砂煙が舞い上がる。
「ーーっ痛っえな! 何すんだよ!!」
「バカもの!! 散布するような神通力だったらどうする?! 避けれるものは避けろ!」
「なっ、…… いや、そうだな。悪かった」
1つの判断ミスで、場合によっては死ぬこともあり得る。それに、経験値で言えば慈の方が圧倒的に上。グレンもそれがわかったから素直に謝った。
「にしても、なんだいったい? クアレオスはどうした?」
「さぁな。まだ分からんが、1つだけハッキリしていることは、この霄壌断絶はクアレオスのものではない。つまり、これは何者かによる襲撃。貴公、決して慌てず、冷静に対処するぞ」
「あぁ、同じヘマはしねぇよ」
飛んできた何かの周辺に舞い上がった砂煙が徐々になくなり、2人は再びそこを注視する。
「ーー出てきた。 ……うん? なんだ?」
そこには、地面に埋まる赤黒い謎の球体があった。
グレンは近づいて確認しようと思ったが、慈の顔を見て足を止める。
「どうした? 確認しないのか?」
・ ・ ・
「おい! 何だよ急に! 今度は時限式の神通力かもしれないとか言うんじゃねぇだろうな? それは流石に警戒しすぎ、」
「クアレオス……」
慈の口から溢れたその言葉にグレンは困惑する。
しかし、慈の表情と見つめる先のものを再度確認して、すぐに意味を理解した。
「ま……じか。嘘だろ……」
彼らに向かって飛んできたもの。それは、ワシントンで1人調査を行なっていたクアレオスの頭だった。
何が起きてる……。 クアレオスは死んだのか? いや、死んだのか。あれ、ならどうする? 某はどうすれば、
「ーーつみ、、慈!!!!」
体の揺れと、グレンの怒声で「はっ」となる慈。
「すまない……取り乱した」
「それはいい。これからどうするかだ。とりあえず、霄壌断絶を抜けるぞ。この中にいたら外に対しての従操が使えないんだろ? なら早く外に出て早く連絡を、」
「いやしかし、クアレオスは……」
「無理だ、どう考えても死んでる。諦めろ」
「死んでる? ふざけるな。ふざけるな!!
クアレオスが……くそ、クソクソクソ!」
完全に冷静さを欠いた慈。気持ちはわからないでもないが、とにかくこの場を去りたいグレンは、強引に彼を引っ張り、外に向かって走り出そうとする。だが、、
「いいから早く行く 、、ーーッチ、来やがったか」
前方、2人から少し離れた場所に立つ謎の人物。
「あらあら、結構時間与えたつもりだったんですけど、普通は霄壌断絶外に出ますよ? びっくりです、中位レベルってここまで低脳なんですね」
そう言いながら2人に近づき、手に持っていた何かを投げ捨てた。
「君たち今からこうなります。因みに、これ供物だから触らないでね」
投げ捨てられたのは、クアレオスの首から下。それを見て、2人の顔が強張る。
「その女性、お仲間ですよね? 一応お伝えしますが、その方、中々に強かったです、」
ニッコリと微笑む対象に対し、怒りを露わにしながら、慈は飛び出した。
「全く、血気盛んな供物ですこと」
2人が衝突し、辺り一帯がものの見事に吹き飛んだ。
「ーーっおい、慈! そんなやつ放っておけ! 今は外に出ることが先、」
「貴公ひとりで行け。某はこれを殺さなと気が済まない」
「は? いや、気持ちはわかるが、ガキ見てぇな、」
「いいから行け!! 坊ちゃんの大事な仲間を殺された挙句、王直の仲間までやられては某に生きる価値はない。こんなゴミは1人で十分ゆえ、早く外に出て坊ちゃんに連絡を!」
っなんだよそれ、ここまできてガキ扱いかよ。
「……あぁもう知らねぇ! おい慈! すぐ戻るから待っとけよ!!」
「御意」
そういうと、グレンは振り返り、真っ直ぐに駆け出した。
この霄壌断絶の感じだと……20キロ程度。いやもっとあるか? だとしてもだ、今の俺なら数分で外に出れる。 よし、このまま突っ切る!!
全身に炎を纏い、さらに加速するグレン。しかし、ある地点を超えたところで、彼の足が止まる。
待て…… おかしいぞ。 この霄壌断絶……二重、いやもっとだ。何重にもなって展開されてる?!
ある地点を通り過ぎた時に感じた結界の厚み。それは、通常の霄壌断絶では考えられないものだった。
改めて説明するが、霄壌断絶は視認不可の巨大な結界。
能力は、外側と内側の断絶。中の状況を外側から見ることも聞くこともできず、内側からは、外側に神力やその他情報が漏れないようにする力。
(霄壌断絶の展開時に、その中にいた神通力者はそれを察知することができる)
そして通常、霄壌断絶は1人1つしか展開できない。
(小さい範囲なら何重にでも出来るが、範囲が広がるに連れて、神力量が加味されるため、最上位クラス以外は多重に展開出来ない)
グレンの感じた"結界の厚み"が正しければ、この結界は多重に展開されている。つまり、20キロでは済まない距離となっている。
ーーあぁそうか、俺も気が動転してたのか。いま慈がやり合ってるのはミカドノメ"才知だ。そもそもミカドノメが霄壌断絶を使えるわけもないし、ましてやクアレオスを殺せるわけがない。つまり……敵は1人じゃない。
霄壌断絶から感じる強度、そして何重にも展開されてることから、敵が最上位クラス、または上位クラスが複数であると想定したグレン。
その結果を踏まえて、彼は死を覚悟し、慈の場所へと引き返した。
こうなった以上は1人でやらせるわけにはいかない。俺が外に出たところで、間違いなく慈は死ぬ。なら、2人で撹乱して、2人で外に出るのが最善。これでいい、これでいい。
見えない強大な敵の恐怖を打ち消すかのように、彼は何度も自分に言い聞かせた。
ーーしかし、ここで再びグレンの足が止まる。
「ーーおいおい、冗談だろ…… 勘弁してくれ」
グレンは、物陰から自分に向けられた殺意を感じて止まった。それはミカドノメでも、人でも、神通力者でもない。
「ゲ〜タゲタゲタ。美味そうだなお前」
全長5メートル、見るからに硬そうな鱗に、尖りに尖った爪と歯。
四つん這いで、長い尻尾をブンブン振り回しながらそれは彼の目の前に現れた。
「どこから喰ってほしい? 頭?腹?それとも喉??
ゲ〜タゲタゲタ、まぁ全部喰うけどな」
「ッチ、見た目が違くても1回やり合ってる。だからテメェから逃げれないことはよく知ってる。なあ ーー摩瓈爾奠」
急ぎ慈の元に駆けつけたいグレンの目の前に姿を見せたのは、クロコダイルの摩瓈爾奠。
2人に災厄が降りかかる。




