Ep.04 神の戯れ
突如出現した謎の巨大生命体によって、2県と1都が被災にあってから1時間と3分。
一般市民への被害は未だ出ていないものの、現場で対処していた隊員約50名が、巨大生命体に捕食され、辺り一帯の建物は倒壊を始めた。
〈人外対策研究チーム司令室〉
「現場の隊員は、一時撤退してください!!
攻撃を中止し、速やかに撤退してください!!」
総理をはじめ、司令室のメンバーは、捕食される現場を前に、何の策も立てることが出来ず、無情にも時間だけが過ぎていった。
「室長!! どうしますか?!」
「私は"ただの室長"です。全命令権並びに全責任は円城寺総理にあります。なのでその質問、私にではなく総理にしてください。ーーで、総理。どうされますか?」
これほどまでに時間が惜しいと思うことが今後あるだろうか。
事態が事態ともあって、経験もなければ、現状を一発で打開する策もない。唇を強く噛み締め、口を閉ざす総理の姿には皆が同情した。
そんな時、誰もが予期してない、いや想像すらしていなかったことが起きる。
それは、現場からの無線を通じて発覚する。
「ーーこちら福岡県現場指揮、長野! 人外対策研究本部に報告! 突如、対象が姿を消しました! 繰り返します、対象が姿を消しました!!」
耳を疑うその報告に、皆が一斉に福岡との中継が映し出されているモニターを凝視した。
その報告通り、先ほどまで暴れていた対象の姿はどこにもなかった。
これには、終始冷静だった朱奈ですら驚きを隠せない。
「な、何が起きてるの?!」
思考する間も無く、事態は急変していく。
「ーーこ、こちら神奈川県現場指揮、千葉です! 標的を見失いました。というより……いなくなりました!!」
福岡だけではなく、同じく神奈川に出現していた化け物も姿を消していた。
「2体が同時に……。東京は?!」
朱奈のその声に、全員が東京の映るモニターを見つめた。
「いない……」
同じく、東京に先ほどまでいた巨大生命体も、2県と同様に姿を消していた。
皆が呆気にとられる中、東京からも報告が入る。
だが、2県の現場指揮官とは明らかに声のトーンが違っていた。
「ほほ、本部……。こちら東京都現場指揮、山口。報告します。無線で報告のあった、神奈川と福岡で姿を消した2体、並びに東京都に出現した対象が、我々のいる場所のちょうど真上……上空に移動しました」
消えたと思われた化け物は、何故か東京都の上空に移動していた。
「モニターを切り替えろ!! 上だ上!! 急げ!!」
上空を映すモニターには報告通り、3体の人外が空から地上を見下ろしていた。
「んな、馬鹿な……」
消えたという少しの希望が一変、災厄は威力を増して彼らに降り注いだ。
「何なんだよ、クソッ!! あれはいったい何がしたいんだよ!! 」
何をしても手詰まり、思考も読めない。皆が頭を抱える中、彼女だけはモニターに穴が開くほど、現場を見つめていた。
そして朱奈はあることに気がつく。
「ーーねぇ、"あれ"何?」
対象の映るモニターの右上を指差し、皆に尋ねた。
「……室長?」
あまりの出来事に頭でもおかしくなったのか、ひたすらそこを指差し、繰り返し皆に尋ねた。
「あれは何? ねぇあそこ拡大して、早く」
「え? あ、はい」
言われた通り、彼女の指す箇所を拡大。するとそこには、彼女の言う通り何かが映っていた。
「なんですかねあれ?? え、、嘘……人だ……ッ人です!! 室長! 人が空を飛んでます!!」
カメラが近づくに連れてハッキリする。化け物3体のいる上空付近に、1人の少年がいるということに。
「さぁ〜〜てと、日本人とやらに見せてやるか。生物としての格の違い、神通力ってやつを」
そこに姿を見せた少年は、日本に出現した人外改め、"神" 天 千年であった。
〈東京タワー周辺の上空〉
「はぁ〜〜あ、にしても、ちょっとギャラリー多すぎじゃね?(笑) 俺、緊張しいだからこの状況はちょっと……どうしよう、やっぱり地球救うのやめようかな〜〜」
《何ごちゃごちゃ言うとんねんワレ》
1人ぼやく千年の脳内に流れる若々しい女性の声。
《まぁええわ。とりあえず、わかってるとは思うんやが、かっこつけて調子にだけは乗んなよ? ええな?》
「はいはい、分かってます〜〜。というか、早く間出してくれる? 俺、もうやっちゃうよ? いいの? ねぇ? ねぇ?」
《わかっとるわ!! 黙っとれ!!》
「っうるさ!! 脳内で大声出すんじゃありません!!」
彼のいる所から少し離れた東京タワー最上階、そこで千年を見つめる赤毛の少年"グレン"と少女"博士"。
「なぁなぁ、千年の戦いはまだか? なぁ博士!」
「お前もうっさいわボケッ!! 従操使うから黙っとれ!」
はぁ、何でうちが……自分でせいや、ったく。
不機嫌な様子のまま、彼女はゆっくり目を閉じた。
それから暫くすると、彼女の体がじわじわと光を放ち出し、
「"汝 我が命に従い その身で囲み断て"ーー従操 『間』」
彼女が放った言葉とともに、巨大生命体と千年を中心に正方形の広範囲に及ぶ結界が張られた。
※間
人の目でも視認可能な結界。内側から発生する神力を、外に逃がさないよう抑え込む力。(限度あり)
また、結界外から内側に侵入することは出来ない。(発動者の許可が有れば侵入可能+外からの破壊も可能)
《ーーおい、出したで》
「知ってる〜〜、ありがと!! あ、てか博士まだやる事あるんだから、寝たらダメだよ? 準備しててよ?」
《はいはい》
さてさて。俺らがいるから産まれてしまう、この哀れな蟲に別れを告げますか。
対象のいる上空付近に姿を現した天千年は、人類が手も足も出なかった標的の目の前へと移動し、呆れた表情を浮かべながら話しを始めた。
「ーーなぁなぁお前たちさ、地球にまで来て何で迷惑かけるの? 嫌われるよ? こっちだってさ、君たちが何もしなかったらスルーしてあげれるのに、な〜〜んで迷惑かけるかなぁ?? 一応さ、お前らみたいな蟲でも、殺すのは心が痛むんだよ? ねぇねぇ?」
話しながら近づく千年をじーーっと見つめる巨大生物3体。
ゆっくりと歩き、間合いを詰める。そして、距離にして5メートル。
それは、害蟲が完全に獲物を認識し、臨戦態勢に入る距離であった。
『ブギュブギョブギャァァ!!』
先ほどよりも遥かに凄まじい奇声。あまりの声の大きさに、地上の建物は揺れ、中継しているカメラの画面にはヒビが入り、音声には割れるようなノイズが入った。
叫び声だけでこの威力。目の前でそれを直に食らっているはずの千年は相当なダメージを負っている……かと思われたが、彼は気味が悪いことに、無傷でただただニヤニヤしていた。
「クッセェ〜〜(笑)。 地球に来ても息の臭さは健在ですなぁ。まぁでも、安心したよ。そんだけ元気なら、"殺されるのも本望だろう"?」
その瞬間、彼から常軌を逸した、人の目でもハッキリと確認できるほどの殺気が放たれた。
と同時に、離れた場所にスタンばっていた博士が慌てて動き出す。
「ば、バカかあいつは!!」
「うん? どした博士?」
「お前は黙っとれ! ちょっと千年のとこ行くからお前ここでじっとしとれよ?!」
「え? あ、うん。 ……おや?? ってことは俺1人? 1人だよな? しっしっし」
「あ、アカン。お前1人にする方が絶対アカンな」
何やらバタつく博士のことなど気にも留めず、
「それではさようなら、訃ヶ蟲諸君」
※訃ヶ蟲
突発的な強大な力の発生に合わせて出現する巨大生命体害蟲の一種。
不敵な笑みを浮かべる千年に対し、本能的に危険を感じた3体は、一斉に彼に飛びかかった。
「はいはい、もうおせぇよ。ーー消隠姿解除 神力解放 」
彼がその言葉を呟くと同時に、辺り一帯に、まるで"絶望"が訪れたかの如く、空が真っ黒に染まった。
だが、その異常でしかない力を前にしても、訃ヶ蟲は止まらない。
目の前の敵を、目の前の脅威である千年を排除するためだけに、血眼になって襲いかかる。
しかし、そんな訃ヶ蟲を、彼はたった一言で一蹴した。
「ーー神戯」
神通力発動と同時に、千年の左半身は赤黒い炎に焼かれ、右半身は黒と黄色が混じった雷に包まれた。
あまりにも強い神力に、飛びかかったはずの訃ヶ蟲は、千年に到達することなく後方へと吹き飛ばされる。
それを遠くから見守っていたグレンは、
「うっひょぉぉ!! 千年の神戯見んのいつぶりだ? やべぇ、なんかテンションあがってきた!!」
一方で、博士は
「はぁ……やりおった。あいつ、後でマジシバく」
そんな2人の思いなど知る由もない彼は、体勢を崩しながら後方に吹き飛んだ訃ヶ蟲の頭上へと移動し、見下し、冷ややかな視線をおくった。
「もう少し遊びたかったけど、ごめんな。
……天 千年。唯一お前達が恨んでもいい男の名だ。でも恨まないでくれ、これは仕方のないこと。もしまた生まれてきたら、そん時は悪でなく善であることを祈るよ」
それに対し、全力で死に抗うかのように、今までとは比べものにならないほどの声量で3体が叫んだ。
『ブギュブギョブギャァ゛ァ゛!!』
声を聞き尚、彼は微笑んだ。それはまるで、死者を優しく弔うかのように。
そして、千年の周囲に放たれた神力は、彼の全身へと一気に凝縮される。
「神戯 絶光炎雷 "混" ーー『屍宴』」
微塵の光もない黒い炎雷が、3体の訃ヶ蟲の全身を覆うように放たれる。
1体あたり全長9メートルから10メートルある訃ヶ蟲。それが3体分ともなると、かなりの広範囲ではあったが、それでも、1体足りともその宴の誘いは断れない。
燃え轟く炎雷の中で催されたその宴は、屍になるその瞬間まで終わることはなかった。
足先から頭部に至るまで、徐々に全身が消滅していき、10秒と経たないうちに宴はお開きとなった。
「っよし! 討伐完了っ!」
完全に訃ヶ蟲が消滅したのを確認した彼はゆっくりと脱力。空や周辺を覆っていた力は見る見る消え、何事もなかったかのように元に戻った。
「さぁってと、お仕事ですよ〜〜はっかっせっ!」
「うっさい。言われんでも来てるわ。とりあえずお前、あとで説教な」
「え……なんで?」
先程まで遠くにいたはずの博士が千年の横に姿を見せた。(なぜかかなり不機嫌)
「し、室長!! 少年とは別の、謎の少女が現れました!!」
訃ヶ蟲が消滅して、とりあえず一安心していたのも束の間。次から次に起こる出来事に、朱奈や総理は考えるのをやめ、ただモニターだけを見つめていた。
「食われたの何人くらいや? あぁめんどい。つうか自業自得やろ。間接的とはいえ、"あれ"触りたないねん」
「ほら、出てきたよ。早く早く」
「人の話聞けや!! ……はぁ」
彼女が嫌悪感を抱くのには理由があった。
消滅した訃ヶ蟲3体の体から、それぞれ1つずつ緑色の繭のようなものがドロっと零れる。
そして、その繭は地上に向かって猛スピードで落下を始める。
「なにしてんの博士!! 落ちてるよ?! ほら早く早く!」
「っわかっとるわ!! うっさいなぁ。はぁ……うち潔癖やのに……」
博士は今いる場所から、落ちる繭の下に移動し、それを包み込むように、両手を天に掲げた。
「"空咲" 『花楸樹』」
それは、繭目掛けて発動される。ちょうど3体分の繭よりも少し大きめの花が、地上に到達する前に鮮やかに開花。
そしてその花は、繭を優しく包み込み、ゆっくりと地上に落下した。
「っしゃあ!! さすが博士、ナイスキャッチ!!」
大喜びの千年。それとは対照的に、博士は変わらず嫌な顔をしていた。
地上に着いた繭は、ミチミチという音を立ててゆっくりと破れ始め、暫くすると、繭とそれを包んでいた花が崩れる。
すると、まるで動物の嘔吐のように、捕食されたはずの隊員たちが横たわる状態で繭の中から溢れでた。
「あ綾瀬君! 彼らは生きているのかね? どうなんだい!!」
「私が全て知ってるみたいに聞いてこないでください。わかるわけないでしょ」
隊員たちの安否が気になる中、1人の研究員が叫ぶ。
「し、室長! モニター見てください、モニター!! 奴らがいません!!」
「え!?」
巨大な結界はなくなり、先ほどまでいたはずの千年と博士は、姿を消していた。
「ど、どこに?! 急いで他のカメラも確認して!!」
日本でもよりすぐりのメンバーしかいない人外対策研究チームの研究員たちが、総動員して彼らを探したが、見つけることはできなかった。